「あれ? サノちゃんにメルちゃん! どうしてここにいるの?」
「おほほ、今回のキヴォトスイラストコンクールの件で姉さんとお話がありましてね。どうも色々問題が山積みですの」
「クローバーグループと黄泉グループがグルなんじゃないかと疑われているんだ。明日、監査委員会から調査が来るらしくてな、その対策も兼ねて話し合い中だ」
メルリーとモミジと別れ、一度報告をと店に戻ると、そこにはサノとメルの姿。休憩室の机をナミさんと三人で囲み、資料を見ながらあーでもないこーでもないと紙に色々書き込んでる最中。
私はとりあえず荷物をロッカーに入れ、一緒に机に座ろうとするが、ナミさんのマグカップの中身が空だったので一旦隣のキッチンへと移動し、やかんに水を入れコンロに火を灯す。それを見ていたサノとメルが「私たちも」と言ったので、ヨミが三つのマグカップをまとめて持ち、シンクの隣へと置いた。
最早私たちは誰専用のカップとかは気にしてない。飲みかけも気にしないし仲。
「イラコンは良い宣伝になるからね。街の至る所にデカデカと掲載されるから他の会社が狙ってるって噂も耳にしたことはあるけど、こうもストレートに言ってくるか」
「そりゃ疑われても当然ですわね。キヴォトスでも指折りの財閥グループの重要人物が一人。キヴォトスでも名を馳せる敏腕社長がここに一人。そんな二人が噛んでるんですもの。それにヨミの場合は連覇してるというのもありますからね……」
「ヨミにはルーメンの噂もあるしな。機械学習化されたイラストは分析は容易だと言ってるのに、あんなの人間の境地じゃないと言い出し始めやがった。ルーメンと言うのはソフトウェアかハードウェアか、はたまた未知の技術か……おいヨミ、黙ってないで何か言ってくれないのか?」
主要人物であるヨミはサノの隣にあったポテチを袋ごと自分の所に寄せ、ぱりぱりぽりぽりと咀嚼音を響かせる。
まさかサノとメルにもまだ喋ってない内容だとは知らず、私の意識はやかんから三人へと移る。
「んも~前から言ってるでしょ? ルーメンについては何も話せないってさ。それに今はポテチに夢中なの!」
「ヨミったら、以前私の誕生日にくれたイラストをその方達に見せれば済むって言ってますのに」
「それはだめ! あれはメルちゃんの為だけに描いたの! 家の人ならまだしも他の人に見せちゃダメ!」
「それなら目の前で描いてくれればいいじゃないか。ポテチなら好きに食って良いから偉い人達の前で絵を描いてくれればそれで済む」
「それも嫌! 今はイラコンで忙しいの!」
「あなた普段でも何かにかまけて目の前で描いてくれないじゃない。姉さんとしての命令を発動しようかしら」
「私の人権は!? うわーん大人が私を羽交い絞めにして服を脱がそうとしてくるー!」
向かい側に座ってるから距離が一番遠いはずだが、お構いなしに羽交い絞めのポーズをして威嚇するヨミ。
三人は慣れているのか、溜息を吐くばかりだ。
「ではヨミ、これから質問形式にしましょうか? 答えてくれなければそれでいいですわ」
「お、いいねぇメルちゃん建設的だねぇ」
こぽこぽとお湯が沸いたので、とりあえず三人分の即席コーヒーを作り、手元に置く。
三人は座席の形を変え、向かい側にヨミと私が、その反対側にナミさんとメル、サノが座る形となった。テーマは圧迫面接らしい。私は圧迫される側だそうだ。
「おほん、じゃあ早速いくわよ」
「くひひ、いつでもかかってこいでやんす」
ぱりぱりとポテチをつまみ余裕な顔のヨミ。私にも一口くれないかな。
「シロコちゃん、先週頼んでたナットの発注だけどあれやってくれた?」
「ん!? ……あ、ごめんなさい」
まさかの一発目は私。
ナミさんの顔はにこにこしていて、なんだかちょっと怖い。
「いいわよ、私が頼んどいたから。ねぇ知ってる? 私は自分の業務を減らすために人を雇ってるの。でもその人が頼んでた業務をやってなかったらどう思うかしらね?」
「うう……で、でもナミさん。他の発注は漏れはないはず。次は……次は同じミスをしない」
「そうね。シロコちゃんは優秀だもの。同じミスはしない筈よね」
「う、うん」
「でもねシロコちゃん、これ二回目なのよね。どう思うかしら」
「ん……ん……。私は何も出来ない。間違ってばかり……」
「いいのよシロコちゃん。それはそうと、今日も美味しいご飯屋さんに連れってあげるわ。いつも頑張ってくれてるからね」
「こんな間違ってばかりの私が……そんな良い思いしていいのかな」
「いいのよ。私は過去は気にしない」
「姉さん趣旨変わってないか!?」
どうしよう、真っすぐ瞳を見つめれない。
「最近リードを離しっぱなしにしてたから。普段しないミスをし始めた時は渇を入れなきゃ堕落するの、これは教育の基本よ?」
横にいるヨミが頭を撫でて慰めてくれた。
シロちゃんはいつも頑張ってる。でも姉さんは誰よりも頑張ってるだそうだ。
「さて、ウォーミングアップはこれくらいにして本題に入ろうかしら」
「スタッフをウォーミングアップに使うなんて鬼ですわね……」
ナミさんがぴしゃりと背筋を伸ばし顎を引くと、周りの空気が一変。ただでさえ寒い冬の夜、暖房を入れてる筈なのに空気が凍り付く感覚。私はナミさんのこの顔を知っている。商談中の時、店舗で不正が出た時、大勢の従業員の前で会社の大事な話をする時。所謂負けてはいけない勝負時に見せる社長としての顔だ。
流石のヨミもナミさんのこの顔に怖気づくと思ったが、いつもと変わらずのほほんと瞳を真ん丸に開き、ポテチを遠慮なくぽりぽり食べている。その心臓の強さが羨ましい。
「イラストの進捗はどうかしら?」
「まぁまぁかな? でもいい絵が取れそうなんだよね!」
「つまり、構図は出来上がってるのね?」
「ううん! 構図はまだ全然出来上がってないよ!」
「……じゃあ、いい絵ってのはなんなのかしら」
「それはね、私が描く最終回。物語の結末はまだ分からないけど、観客席にいる私はその結末を作ってる最中」
「観客席にいるのに結末を作る。普通ならおかしい表現ね」
「そんな事ないよ! 見ようと思えば永遠に見れる物語。でも、どこかで区切りは付けないといけない。ハッピーエンドで終った映画も続編の冒頭ではバッドエンドから始まってるように。でも続編を見なければそれはハッピーエンドのまま。つまり、物語をどこで区切るかが大事なの」
「つまり、ヨミはまだ観客席にいるのね。いつになったら監督になるのかしら」
「ちっちっち、私は既に監督なんだよね! もう頭の中では作り始めている。線を決めて色を決めてる。でもまだ構図は出来上がってない。だって結末を決めてないから。それに、結末次第では道中の色も線も変わる。それが私が描く場面の切り取り」
「相変わらず面倒な言い回しね……」
今度はサノの口が動く。
「その過程で、ルーメンはいつ出てくるんだ?」
「そうだね~……ヒントを言うなら、私達の物語にもう出てる」
「物語? 観客席から見える景色の中にあるのか? やい! 面倒だ! 素直に白状しろ!」
「そうは言ってもね~。でも私が絵を描くところは見た事あるでしょ? ルーメンは感じなかった?」
「あの時はただのえっちなイラストだっただろう。確か挿絵をお願いした時だな。えっちさは感じたがルーメンは感じなかったぞ」
「くひひ、私の力を解放したらあんなもんじゃないからね」
「ってそんな話じゃなくてだな。とにかく、イラストを描くのに卑怯な手を使ってるんじゃないかと苦情が入ってるんだ。昨今、機械学習を用いたイラスト制作が流行ってるだろう? それを以前から使用していたのではないかとな。関わってるのがクローバーグループと黄泉グループだから猶更」
「サノちゃんは、私のイラストは卑怯な手を使って制作してると思うの?」
「そんな事微塵も思ってない」
「サノちゃんがそう思ってくれるなら、周りにどう思われてもいいの。私はその為に、皆の為に絵を描いてるから」
サノはムスっとした顔で口を閉じるが、頬の赤みは隠せていない。
「今度は私の番ですわね。私もヨミがそんな卑怯な手を使うなんて到底思えませんわ。私が誕生日に頂いたイラストなんて、見る度に胸が苦しくなりますもの。あれを機械学習で作れるとは思えません」
「やはは~照れちゃうな~」
「ヨミの気持ちはとても嬉しいものです。ですが、それは私達はもちろん理解はしてますが、赤の他人から見ればヨミのイラストは面白くないのも事実」
「でもそれならさ、審査を投票制にしないで審査員制度ですればよくない? それで裏で手を回して私を勝手に落とせばいいのに」
「もしそうなれば、私の力全部を使ってでもイラコンは廃止に追い込みますわね。出来レースなんて人を騙す行為、見過ごす事は出来ませんから」
「じゃあどうするのさ~」
「目の前でイラストを描いてくださるのは駄目かしら? 幼い頃から一緒に居ますが、私もサノも姉さんも、ヨミがイラストを描いている所を殆ど見た事がありません。正確には、クローバーグループ傘下のPMC
育成学校の二年生から一度もです。覚えていらっしゃいます?」
「忘れる訳ないよ! そうだね、その頃くらいから私は人前で絵を描けなくなった」
「それだけじゃありません。その頃からヨミの絵はぐんと変貌しました。ネットに投稿してる絵はある日を境に描画が変わり、人々を惹きつける神と呼ばれる絵師が生まれる。界隈ではその日からルーメンを手に入れたと噂されていますが、その点についてはどうでしょう?」
「うーん、もしかしたら脳にチップを埋め込まれたかもしれないね! 超高性能なマイクロコンピュータ!」
「そんな技術キヴォトスには存在しませんわ……。頑固ですわねぇ」