その後も三人からの追撃は続いたが、ヨミはまるでひらりひらりと舞い散る真っ赤に染め上がった紅葉の様に、言葉の雨あられを華麗に避け続けた。
「んもう! シロからも何か言ってくださいまし!」
「そうだぞシロ。距離で言うなら一番近いんだ。ヨミなんて耳元に息を掛ければいちころさ。以前もそれで絶頂したからな」
「ヨミがかるーく話さえしてくれれば事はすぐ収まるのよ。あとサノそれいつの話?」
フラストレーションが溜まりまくった三人はこうやって私にも視野角を広げて追撃の手を緩めようとしない。
「んーそだねー……まぁ、シロちゃんにも言ってるけど、今回のイラコンで私がルーメンをどのように扱っているかは皆に話すつもりだったの。だからもう少しだけ待ってくれないかな?」
「む、それならそうと早く言ってくれればいいじゃないか」
サノがムスっと頬を膨らませて文句の目をヨミに送る。ヨミは舌の先端を僅かに見せながらはにかみ、「覚悟が必要だったから」と後頭部に手を添えて申し訳なさそうに謝った。他の二人も早く言えだのそれでも物事は解決には至ってないなど文句たらたらだ。
「むむぅ、ルーメンの謎を発表するって言うだけでも勇気がいるんだよぉ! あと、世間に公表とかもしないでね」
「あのヨミが勇気を振り絞る程の内容ですか……。崖登りの訓練中、一足先に到達したのに面白そうだからと命綱無しで装備抱えたまま飛び降りたあのヨミがですねぇ」
「うむ。手榴弾何発までなら耐えられるチャレンジをしていたあのヨミがだな。そこまで勇気を振り絞らないとならないとは……姉さん、私達も覚悟が必要かもしれないぞ」
「三日連続で私のプリンをつまみぐいしてた命知らずのヨミが、そこまで勇気を絞らないといけないだなんてね」
ナミさんのプリンをつまみ食いする事が先二行と同列に語られるのは少しおかしいと思う。そこまでカンカンに怒るんだ。もうお土産のクッキーを食べ過ぎるのは控えよう。
「しかしですわ、どうして今回になって急にルーメンの正体を明かす気になりましたの? 何かきっかけでも?」
「うん? んー……内緒」
ちらりと横目で私に視線を送るヨミ。どうしたのかと真っ直ぐ彼女を見つめたが、瞳を伏せながら「なんでもない」とぽつりとつぶやくだけだ。
「ヨミ、まぁ明かしてくれるのはいいとして、目下の課題は別企業から来てるクレームの処理なのよ。あなたの技術が不正だのなんだのってとにかく疑われているの。もちろん、黄泉グループの代表としてでも個人的にもあたなの事は信用しているわ。でもそれだけじゃ問題は解決しない。もし向こうの企業が騒ぎまくって事が大きくなれば、この伝統あるキヴォトスイラストコンクールが消滅しかねない事態に陥る。それは避けたいの、どうしてか分かる?」
ヨミはナミさんを見つめて数秒沈黙した後、右斜め上に視線を移し思考。答えは出なかったのか、言葉を出さずに首を横に振るだけだ。
「もしそうなれば、ヨミが落ち込むからよ。自分のせいで一つの文化を壊しまったなんて事実、私達がいくら慰めようとしてもあなたは落ち込むでしょ?」
「うん……うん、そうだね。気にしない素振りはするけどかなり落ち込むと思う」
「私はね、嫌なの。あんたみたいな悪戯っ子で耐久力だけが取り柄の子が落ち込むのが」
目に見えてるからこそ、未来と事実を伝えて一緒に困難を乗り越えようとする。
ナミさんらしいやり方だ。
「ねぇナミさん、その企業は何を要求してるんだっけ」
「ヨミが知っているルーメンの情報よ」
「それならさ、ヨミは単純に否定する。それだけじゃ足りないの?」
「企業が疑いを表に出す。その行為が厄介なのよ。企業秘密ですだけじゃ世間は納得しない。それに私とメルが関わってる以上、否定出来ない関係性というものがあるの」
「むぅ、それなら解析ツールで解析して貰えばいい」
「もうやったわ……でもね、お前ら程の大きな企業ならツールを改造することくらい可能な筈だと突っぱねられたのよ」
「……待ってナミさん。その企業の目的ってもしかして……ヨミじゃなくて、イラストコンクールじゃなくて、グループ狙い?」
ナミさんは両耳をピンと立てると、目を細めてはにかみながらコーヒーを一口喉に通す。
「ご名答。やっと議論の主題に移れるわね」
「ん、何か恨みを買うような事をしたり?」
「さぁ? そんなのビジネスの世界ではしょっちゅう起こってるわよ」
大人には大人の世界がある事は百も承知だけど、それで子供が楽しみにしているイベントに害を為すようならば、私は絶対許せないの。
どこか遠く虚空を見つめそうぽつりと放つナミさん。他三人もどこか瞳を伏せていて、今のナミさんの言葉にはどこか思い当たるふしがあるのだろうと匂わせる。
「ヨミがすぱっと言ってくれるならそれが一番だけど、ここまで問い詰めても口に出さないと言うのならもう諦めるわ」
「うへへ、ありがと」
ほっと胸を撫で下ろすと、飲みかけのコーヒーをこくこくと少しずつ喉に流し始める。
「ねぇナミさん。もしヨミがその機械学習でイラストを描いてたらどうなるの?」
「うん? そうね、今回ので言うなら監督不行き届きでシロコちゃんのお尻を思いっきりひっぱたくわ」
あれ、おかしい。断罪の対象が私になってる。
「あ! シロちゃんもしかして疑ってるの!? そんな……シロちゃんだけは私の事を無条件で信じてくれると思ってたのに……うぉお、うわぁ、うへぇえ」
「おいシロ、それはあんまりじゃないか。ヨミが可哀そうだ。これは詫びにお尻をはたかれないといけないと思うんだが」
「はたくだけは駄目だと思いますわ。お尻でドラムのパーカッション演奏をするくらいじゃないときっとヨミの気が済まないでしょう」
「ん、待って皆、ちょっと興味本位で聞いただけだから。ほら、こういうのって一応聞いておかないと」
お尻でケツパーカッションは断固として阻止しないと。いざ実行されたら尊厳だけじゃなくて何かを失う気がする。
「うえーん姉さんー! 皆ー!」
ヨミがわざとらしく三人の元へと駆け寄り、およよおよよといかにもな大根役者ぶりを発揮する。それを見かねた三人はヨミを囲んで頭を撫で、可哀そうにと横目で私に視線を送り続けた。
「待って私もしかしたら機械が勝手に描いてたかもしれない。うん、なんだかそんな気がしてきた」
「ええ、あそこまで私を感動させるイラストなんて人間には描けませんもの。いいのです、大事なのは気持ちですわ」
「ヨミ、例え世間が敵になっても私達はずっと味方だからな」
「ねぇ皆、あそこに丁度良いケツドラムがいるわよ。とりあえずヨミの新しい門出に一つ音楽でもお届けしない? 社長直々に演奏してあげるわ」
じりじりと間合いを詰めてくるナミさん達。
捕まれば尊厳は死に、明日からあだ名はケツドラムになる。それだけは避ける。
パンパン、パパパン、パパパンパーン。
軽快なリズムで近づいてくる様はまるでゲームのモンスター。捕まれば終わる。
「くくく、シロのケツはとても柔らかいからな。叩きたいと思っていた所なんだ」
サノの唐突な台詞に静止する三人。視線が彼女に集まると、瞳を見開き「しくじった」と声を荒げる。
「サノ、まだ私も触ったことないのにどうしてシロコちゃんのお尻の感触の感想なんて言えるのかしら。どうしてかしら。答えなさい」
「待て、失言だったのは反省している。だがそれならヨミなんて尻枕で寝てた時あったんだぞ。私なんてまだ軽い方だ」
「な!? 私だけじゃないもん! メルちゃんなんておっぱいアイマスクしてる所見たことあるもん!」
「これヨミ! あれは事故だと何度も言ったではありませんか! それを言うならサノなんて太ももで暖を取ってたりしてたのを見ましたわ!」
あれ、私って普段の日常でこんなにセクハラされてたっけ。もしかして寝静まったあとかな。
「お前ら……! シロコちゃん、彼女達ばっかりずるいわ。私も混ぜなさい」
ん、私の名前はケツドラムシロコ。よろしく。
こんな世界線もありかもしれませんね。