冒険者組合の入っている建物のスイングドアを開いて、モモンガとアヴェが入場する。
それを遠巻きに見ている冒険者達はお互いに何かを囁き合っているが、冒険者組合側から何らかの通達が行き渡っているのか、アンデッドであるモモンガを見ても襲い掛かってくるという事はないようだ。
「ええと、すいません」
「ひゃい!」
「私と、後ろの彼で冒険者登録をしたいのですけれど、受付はこちらでよろしいですか?」
「こ、こちらで承っています」
事前に、受付に応対してもらう時はなるべく相手を刺激しないように種族として生者すべてと敵対する修正のあるアンデッドではなく、亜人の範疇にはいる異形種のアヴェが話しかける、と決めていたので、アヴェが受付に並ぶ組合員の一人に声を掛けたのだが。
案の定怯えられてしまっているようだ。
アヴェは若干もうしわけないと思いつつも、そのまま手続きを進めさせてもらうことにする。
「こちら、冒険者組合の支部長様に手渡していただきたいものでして。都市長のパナソレイ様と「蒼の薔薇」のラキュースさんが連名で書いてくださった、私達の推薦状です。これが私達の身元、といいますか、人類に敵対しない証明の一つになるとお二方はお考えの様です」
「し、承知いたしました。しばしお待ちください」
アヴェが中段の左腕に持っていた証書のスクロールを受付嬢に渡すと、彼女はしばしの暇を告げてそれを持って奥の部屋に向かって行った。
「少し待つことになるでしょうか?」
「まあいいんじゃないですか。俺達は早さより確実な登録の方が重要ですし」
そういって鷹揚に構えようとするモモンガに、そっと寄り添って、小声でアヴェが囁く。
「でも待つとなるとやっぱり周囲の視線が気になりますね。精神的には「どうという事はない」って感じなのですけど、常識の方と精神がぶつかると「こんなに見られてると何かやっちゃったみたい……」っていう心理状態になっちゃいます」
「あー。俺もそれ解ります。さっき一旦置いておいた話もそれがらみで、ざっくり言っちゃうと心と常識を判断する知識が乖離してる状況って言うのがもう……なんだかもどかしいっていうか」
「ですよねっ。この感覚とこれから一生付き合わなきゃいけないのかと思うと結構しんどいですよね」
「ですねー。でも、精神の方に常識を合わせるとちょっと人間社会では暮らせないなって感じがひしひしとしてます」
「あ、そこも私も同じ意見です。やっぱり人間社会の中で生きるなら、折り合いを付けないといけませんよね」
「ですねぇ」
周囲の、自分たちから距離を取る冒険者たちのようにこそこそと内緒話をするモモンガとアヴェだが。
その、お互いにしか通じないであろう、「人間から異形種に変じた人間特有のもやもや感」話が盛り上がってきたところで、奥に下がっていた受付嬢が戻ってきた。
それをきちんと捉えていた二人は、受付嬢がカウンターに立つ前に身体を離し、居住まいを正す。
「お、お待たせしました。支部長に推薦状の確認をした結果。たしかに都市長の印璽と、「蒼の薔薇」サイン入りだと認定されました。当冒険者ギルドはあなた方お二人の加入を歓迎いたします」
「ありがとうございます。加入に際して費用は掛かるでしょうか?」
「組合加入費用の点に関しましては、推薦状に都市長パナソレイ様が建て替えると記されておりましたので、結構です」
「あ、それは嬉しいですね。では他に加入にあたって必要な物はあるでしょうか」
「では後はこちらの書類にお名前の記入をお願いします。文字を書くことはお出来になりますか?」
「えーと、文字は……」
受付嬢から名前の記入を求められたアヴェだが、言葉は通じているけれど文字は通じるのだろうか?という疑問に思い至って動きが止まってしまう。
そんな風に固まってしまったアヴェの様子に、文字を書くことができないのかもしれないな、と受付嬢が気を回す。
「よろしければ代筆いたしますが」
「代筆でいいんですか?こういった書類には本人の記入が必須、というイメージがあるのですが」
受付嬢の提案にほっとしながらも、管理社会で教育も制限されていた世界とはいえ、だからこそ文字を書けることの証明の大事さを知っていたアヴェが疑問を呈すると、受付嬢は微笑みながら答えた。
「冒険者を志す方は文字を書けない、なんていう事は割とよくある事なんですよ。文字を教える私塾に通える階級の人はもっと手堅い職業に就くことが多いですし……」
だから何も恥ずかしい事なんてないんですよ、という様な受付嬢に、アヴェはさらなる疑問を提示する。
「じゃあ、本人確認ってどうするんですか?」
「それはギルドから支給される冒険者証……これは見習いの木札を除いて階級に応じた金属になるんですが……に刻まれた名前を見て、当人だと判断することになりますね」
「え、じゃあもし冒険者証を盗まれたりしたら……」
「はい。成り替わられることもあるかもしれません。そこのところは気を付けていただくしかないかと」
そんな受付嬢の答えに、この世界の本人確認適当すぎますよ!と内心叫び声を上げそうになりつつも、アヴェは手続きを進めた。
「では、私がアヴェで、後ろの彼がモモンガ、です」
「はい。承りました。……あ・ヴ・ぇ……も・も・ん・が……はい。一応、冒険者証にも刻まれる文字ですので、どのような文様になるかお二人とも各自ご確認の上、冒険者証に刻まれた名前が一致するかお確かめください」
「解りました。はい、こちらモモンガさんの記名分です」
「どうもアヴェさん。なるほど、こっちだとモモンガってこういう風に書くのかぁ」
代筆された書類をしげしげと観察したモモンガとアヴェだったが、一通り文様としての文字を確認し終えると、それを受付嬢に受け渡した。
「では登録手続きお願いします」
「承りました。冒険者証の準備ができるまで、しばしお待ちください」
再び受付嬢は奥に……先ほどとは違う部屋に……入っていき、再び開いた間にモモンガとアヴェは雑談を再開する。
「そういえば、宿はどうしますかね」
「私の身体だと普通の宿は無理っぽいですよね」
「広い部屋の宿屋に部屋を取れば入るかもしれませんけど、手持ちの資金的にそこまでのランクの宿には泊まれそうにないですよね。具体的にあの革袋の中に入ってた金額がどのくらいの価値になるのか判らないんですが」
「ラキュースさんは金貨が入ってるって仰ってましたけど。何枚入ってるかすら今の所確認してないですからね」
「貨幣価値、市場調査しないといけませんかねー」
「ぼったくられるのは嫌ですねぇ」
「まあ、物の値段の確認とかDMMO-RPGでも凝る人はとことん凝る要素でしたし、そのノリでやりましょう」
「ふふ、そうですね。なるべく楽しんでやりましょう」
そんな、すでに少し懐かしい感覚になる話題の雑談をしていると、さして待たされることなくお盆の上に焼き印がされた木札が二つ、乗せて受付嬢が戻ってきた。
「お待たせしました。こちらが見習い用の……仮冒険者証となる木札です」
応対をしているうちに、アヴェにはだいぶ慣れたのか、スムーズに声を掛けてきた受付嬢に礼を言ってそれぞれ木札をお盆の上から受け取る。
まあ、モモンガのことはまだ完全に受け入れられていないのか、時折そちらに視線をやっては不安げな目をしているが。
「ええと、冒険者証を受け取ってすぐで申し訳ないのですけれど、文字が読めないのですが依頼の札の代読をお願いしたりするのはどなたにお願いすればいいのでしょうか?」
「それは依頼札のかかっている掲示板の近くにいつも何人か代読で収入を得ている人が……あ」
「……そうなんです。困りますよね」
代読を頼めばよい、と言おうとした受付嬢が、微かにモモンガの事を視界に掠めたことで二人の事情について再確認したことで、気づく。
ただでさえ冒険者にすら遠巻きにされる二人に、まともな代読者が近づくわけがない、と。
「ええと……」
そして、視線を泳がせた受付嬢が依頼掲示板の付近を見回すと、一人の少年がロックオンされた。
「ペイジ君!ペイジ君!ちょっと来て!」
標的にされ、声を掛けられた少年がいやいやするように顔を振るが、受付嬢が良いから来なさい!と怒るように声を上げたため、少年はしぶしぶとアヴェのいる側に回り込んで近づいてきた。
どうやらやはりアンデッドには接触したくないらしい。
「アヴェ様。この子、ペイジっていうんですけど、大体の時は掲示板前で代読の仕事をしていますから。見かけたらこの子に代読を頼んでください」
そう言われたペイジ少年は顔を真っ青にさせると、先ほど呼ばれたのを拒んだ時より強くかぶりを振った。
「むりむりむり、僕にこんな怖い人たちのお世話係みたいな事させないでよ!つどイシュペンさんが対応すればいいじゃないか!」
「いいじゃないの、固定の収入になるかもしれないのよ?それに私には受付業務があるんですからね」
「それこそ代読なんて一時のことじゃないか!こんな化け……怖い人たちの面倒は冒険者組合の職員が見てよ!」
「一時の事でも変に特例みたいな扱いを職員が冒険者にしたら問題でしょ!この通り、お願いだからこの人たちの専属代読になって!アヴェ様とモモンガ様がいない時は他の人からの仕事を受けてもいいから!」
「それはとーぜんだろ!?特権みたいにいうなよ!とにかく、僕は嫌だからね!?」
「おーねーがーいーよー!他の代読人の人は逃げちゃってもう替わりはいないからー!」
「げぇ!?ず、ずるー!僕より大人の人だっていたはずなのに!」
「ねえ、いいでしょ?引き受けてくれればいい宣伝にもなるかもしれないわよ?」
「宣伝どころか遠巻きにされて仕事にならなくなるよ!」
「うう、私には否定できないけど……それでももうあなたしかいないのよ!」
「いやだー!」
ギャーギャーとやりあう少年と受付嬢を前にモモンガとアヴェは苦笑する。
いや、正直子供にここまで謂われなき恐れを抱かれるというのは結構傷つくのだが、その心境が全く理解できないものではない為、感情は怒りには向かわない。
そこで、泣き叫んでいるに近い少年に対して、アヴェはある提案をした。
「もしもし、私はアヴェと申します。貴方にお願いがあります」
「いやだー!ってなんだよ、代読なら嫌だって言ってるだろ!」
「いえ、お願いしたいのは……代読ではないの」
「じゃあなに?リッチの生贄になれとかだったらごめんだよ」
かなり失礼なことを言い出したペイジに、イシュペンが雷を降らせる。
「こら!ペイジ君!」
「ああ、いいですよ。俺は気にしてません。それよりアヴェさんの話を聞いてあげてください」
「モモンガ様本人がそうおっしゃるなら……」
だがモモンガが気にしていない、という旨を伝えたことでいったんその話はなかった事になり、アヴェが再び会話の主導権を握った。
「究極、代読をしてもらう以外のお願いというのは、私とモモンガさんが文字を読めるようにしてほしい、ということなのだけどね」
「え?」
「ある程度お金はあるの。金貨を払うから、私とモモンガさんに読み書きを教えてくれない?」
「え?ええー!?」
「ペイジ君、さすがにこれは断らないわよね?」
「何言ってんのイシュペンさん!リッチに殺されるかもしれないのに読み書きの授業なんてしてられるわけが……」
再び話を知っちゃかめっちゃかな方向にもっていきそうになるイシュペンとペイジのやりとりだったが。
これをぶったぎってアヴェは提案する。
「授業を受けるのはここ、冒険者組合のロビーの片隅。期限は一先ず一か月。先払いで金貨二枚。延長は一か月ごとで、そのたびに再び金貨二枚を支払うものとする。どうかしら?」
「う。ううぅー……!」
アヴェの提案の、金貨二枚を聞いた途端、心が揺れた、と言わんばかりに動揺するペイジ。
「ペイジ君……これ大きなチャンスよ?良くて一日の稼ぎが銅貨数枚になるかどうかっていう代読の替わりに読み書きの授業をするだけで一か月で金貨二枚。しかも、本来教育する側に求められる格式や一定の知識といった基準も求められていない。こんな美味しい話そうそうないわ」
「うう……解ってる……解ってるけど……」
イシュペンに後押しされても決心がつかないペイジに、さらにアヴェが声を掛ける。
「貴方はモモンガさんが自分に危害を加えることを警戒しているみたいだけれど、授業の場所が冒険者ギルドならすぐにどうこうはならないと思わない?」
「うー……」
説得するも、今一反応の悪いペイジに対して、アヴェはこんな手段は使いたくなかったのだけれど……と思いながら口を開いた。
「それとも、色んな冒険者の皆さんが集まるこの場所でも安心できないかしら?」
その言葉は、やけにはっきりと周囲に響いた。
思わず周囲で様子を伺っていた冒険者たちも反応する。
それを見て取ったペイジは青くなる。
(こ、この亜人……!そんな言い方されたら僕が冒険者の事信頼してないみたいになるじゃんか!これ、もう断れない流れだぞ……!)
そう思って脂汗を掻くペイジに、アヴェはもう一度声を掛ける。
「依頼、受けていただけませんか?」
「……こ……わ。ワカリマシタ。引き受けます」
「ありがとうございます」
そっぽを向きながら、しぶしぶではあるけれど頼みを引き受けたペイジと。
目的を達成できて満足そうなアヴェの笑顔が対照的だ。
ちなみにモモンガは「あー、ブラックアヴェさんだ。滅多に見れないけど必要なら黒くなるよね、アヴェさん」と、主に怖がられているのは自分なのにのんきしていたそうな。