「「零……」」
ラストカウントを二人でハモる二人。
しかし、世界は終わらず。
急速にその構成を変えていく。
「あれ?終わりませんね」
「何かの不具合でしょうか?」
「はぁー、なんか気が抜けちゃったなぁ。明日4時起きだから鯖落ち延期してもログインしてられないぞー!運営ー!」
「そうですよね。お互い明日の仕事の事考えると割と十二時まで起きてるのもギリギリですし……」
アヴェがそういった時、唐突に当たりに月明かりが降り注いだ。
まるで光あれ、と言われたかのように。
「……あれ?」
「どうしましたモモンガさん」
「なんか、急に明るくなってません?マップバグった!?」
「あ、そういえばなんだか足元(?)がなんだかくすぐったいというか……ええ?なんだか周囲が森になってますよ」
中下の腕を体に沿わせ、上側の腕を組んで顎に手を添えたアヴェが周囲を見渡すと、確かに月明かりの下くらがりになってはいたものの、暗視スキルを持つ二人には何ら障害にならず森になっているのが確認できた。
「あれ、じゃあバグったのはマップじゃなくて俺達の座標データのほうですかね?もー、ほんとどうなってるんだ……」
アヴェのように、自らも顎に手をあて周囲を見回しながらGMコールGMコールとつぶやきながら、ゲームのシステムウィンドウを開こうとしたモモンガだが、その目的が果たされることはなかった。
「あ、あれ?コンソールが開けない!?」
そんなモモンガを他所に、アヴェも混乱の極みに叩き込まれていた。
「モ、モモンガさん!この森、多分匂いがあります!」
「え、えぇぇー!?ん、んん……森の匂い?っていうのかはわからないですけど、確かに匂いが……しますね」
コンソールが開けない事と、匂いがするという異常事態に混乱するも、モモンガはアヴェが「なんで?なんで匂いが?」と珍しく油断した口調で秀麗な鼻筋をぐにぐにと指でつまんで変形させて変顔をしているのを見て、心のどこかが冷静になった。
「んー?ユグドラシル2……にしてはコンソールが開けないっていうのは運営が真っ黒だし、DMMO-RPGでは嗅覚や味覚は制限される法律があるから……なんだろうな……どう考えるのが正解なんだろう……」
心の中でかつてモモンガに戦略思考を教え込んでくれたぷにっと萌えを思い浮かべながら空転する思考をなんとかまとめようとする。
だが、どんなに考えてもこの状況を説明できる論理的な答えを導き出すことはできなかった。
とにもかくにも、状態が異常すぎた。
「とりあえず、身体はユグドラシルのアバターみたいだけど……って何やってるんですか、アヴェさん!?」
モモンガの空転した思考のギアも、いつの間にか異常な高速回転を止め、ギアが噛み合ってきたかと思ったらアヴェが足元(?)の草が生えた地面を手に取り、口に放り込んだ。
「う……!ぺっぺっ!じゃりじゃりします!苦い!これが青臭いっていうんですかね、ベジタブルフレーバーのペースト食品に似た匂いがします……」
整った顔を思い切り顰めながらぺっぺと口の中に入れた土と草を吐き出すアヴェ。
モモンガは呆気にとられたように顎骨を開き、アバターのデザインとして尖っている指骨の先で頬骨を掻く。
「は、はぁ。なんでそんなことしてるんですか?」
「え。あー……ちょっと混乱してる中で唐突に「匂いがあるなら味もあるんじゃない!?」って思いついたら試さずにはいられなくなって……すいません、変なことしちゃって。同行者が奇行に走ったら不安になりますよね」
「いや、俺はそれよりアヴェさんが心配で。でも、味があったんですか?」
意識せず、アヴェの背中をさするように触れるモモンガに、話している間に口の中がだいぶ綺麗になったのか表情を改めたアヴェが苦笑交じりに微笑もうとしたアヴェだったが……。
「いたっ、痛いですっ。モモンガさんに触られてる所なんかげっそりする感じで痛いです」
「え、ええ?なんで……ってもしかして<<負の接触>>か!?ええと……あ、切り方が解る……これでどうです?」
「あ、痛くなくなりました」
「これは……痛みまで感じるようなのはDMMO-RPGじゃありませんよ」
「そうですよね。それになんだか身体を動かすのもゲームの意識して動かすって言う感じがしなくなって、無意識に動きますね」
そう言って身をよじるアヴェの身体は大柄な男性といえばそれまでの体格のモモンガより、隠しようもなく異形で、大きい。
女性の身体部分は普通なのだが、とにかく下半身の蛇部分が二メートルを超えるのではないかという長さだ。
「……まずは判断を付けられることから確認しましょう。まず俺達はゲームのアバターの身体になっていますが、ゲームで出来たことは出来るのかどうか」
「それは……さっきの<<負の接触>>の事を考えると、出来るのではないでしょうか?」
「あー、そうなりますか。じゃあ、俺だけじゃなくてアヴェさんも使えるかどうか確認した方が良いですよ」
「それは、スキルのような力が必要な場面が訪れるかもしれないということですか?」
モモンガの眼を見つめながら若干の恐怖に顔を引きつらせるアヴェを安心させる様にモモンガは明るい口調で語る。
「いや、万が一ですよ。ブループラネットさんがナザリックの第六層に森を造る時にいってたじゃないですか。「本来の森は人間以外の生命が溢れていて、軽々しく入ると危ない場所なんだ。だから昔の人は山に入る時は様々な備えをしていたんだ」って。だから本当に、念のためですよ。それに、もし万が一ゲーム内でのアバターの性能が発揮できるなら俺達をどうこうできる相手なんてそうそういないですよ」
嘘である。
モモンガはゲーム内のモンスターならそれなりに高位の相手も狩り取っていたが、PvPでの初戦勝率はさほどよくないプレイヤーだった。
むろん一戦目は分析に廻すから、等と言った勝率の低さには理由はあったが、問題は現状が「一戦目様子見して負けが許される状況なのか」という事だ。
ゲームだとはとても思えない、圧倒的現実感のある状態で見も知らぬ場所に、守らなければいけない相手と二人きり。
この時ほどモモンガはいなくなったアインズ・ウール・ゴウンの仲間達に「なぜ今ここにいてくれないんだ!」と叫びだしたい気持ちになった。
だがそれは今のモモンガには許されないし、腹の底から現状に対する不安が沸き上がって頭の中がいっぱいになりそうになると、その不安はなぜか立ち消えてしまった。
それは明らかに異常な状態だったが、アヴェを不安にさせないために強がりたかったモモンガには、ありがたかった。
「とりあえず、アヴェさんもスキルの発動試してみてください」
「そうですね。じゃあ……<<魔獣の鋭爪>>」
モモンガがアヴェのスキルを試すように促すと。スキル名の宣言と共にアヴェの六本の腕の前腕部がネコ科の猛獣のモノに変わり、攻撃力が高そうな見た目になる。
「ひゃあ!モ、モモンガさん!手がぁ!」
「落ち着いてくださいアヴェさん!落ち着けばどうすれば手を自在に元に戻したりできるか理解できるはずです」
「は、はい。ひっひっふ~……あ、分かってきたかも……えい」
ネコ科の猛獣の脚のようになっていた前腕部は毛が抜け落ちることもなくぐにゃりと軟質なゴムのような質感になったかと思えば、元通りの五本指の手のひらを持つ人間のモノに戻っていた。
勿論、元々つけていた指輪は装着された状態になっている。
「あんな変化をしても指輪には何にもないなんて不思議……」
「気にするところそこですか?」
「それは、ええ、モモンガさんから貰った結婚指輪がありますからね」
「うっ!?それ、今言いますか?」
「ふ、ふふ。大事な事ですもの」
「……照れるなぁ」
そんな甘やかな空気を醸し出した二人が、若干の間をおいてお互いにスキルの発動を確認できたこと、他にもゲームのシステムで出来たことなどを続けて試したことでアイテムボックスと、その中にある無限の背負い袋の中身が引き継がれていることを確認した。
「うーん。ゲーム内での手持ちアイテムだけだと不安だなぁ」
「そうですね。特に今はどこかを攻略しようというわけでもなくて、武装は基本的な物だけですし」
「俺的には回復アイテムのリソースが不安ですね……俺、アンデッドだから負の属性じゃないと体力回復できない……」
「モモンガさん、<<グレーター・リーサル>>の付与されたアイテムは持ってます?」
「ありますけど回数制ですからねー……大事にしなきゃ」
「いざとなったら私が壁になりますね」
「え!?なにいってるんですかアヴェさん、それはないですよ!」
「モモンガさん、回復手段の目途がつかないモモンガさんのHPの方がとりあえず死なない私のHPより価値が高いんです。これは譲りませんよ」
「でも、そんな……」
「大丈夫です。私が死なないのはワールドアイテムの効果ですから。世界のお墨付きです」
「……」
モモンガは、そうじゃないですと言いたかった。
死ななくても痛いものは痛いじゃないですか、なんでそんなことを言うんですか。
そう言いたかった。
だが、自分が無責任に身を晒し倒れれば、アヴェに待っているのは死ぬことも許されず嬲り続けられる詰みかもしれない。
そう思うと、調子のいい言葉は先ほどのようにでてこなかった。
「大丈夫ですよ!私、これでも強いんですから!」
にこりと、美貌に柔らかく笑みを浮かべると、アヴェは三対の腕の片割れで力こぶを作る。
だがモモンガは見逃さなかった。
笑みを浮かべる口元が、わずかに強張っているのを。
それを見てモモンガは(アヴェさんが傷つくくらいなら俺がやるしか……)と思うのだった。