自由への航海   作:天の川

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 円満に聖地から旅立った俺は、シャボンディ諸島の片隅でひっそりと営業する、とあるぼったくりバーでビールの入ったグラスを片手にクダを巻いていた。

 

 小型船を預けたレイリーを待つこと1週間。

 船が無ければ旅は始まらず、否応なしにマトモな客の来ないぼったくりバーで、不良オヤジの帰りを待っていたのだが、いい加減に飽きが来ているのだ。

 

「レイリーは何時になったら帰ってくるんだ? 自由過ぎんだろ?」

 

「オーザちゃんったらホント我が儘ねぇ。待つ事も楽しいわ……そうは思えない?」

 

 何がどう我が儘なのか分からないが、『ワール・D・オーザ』これが海に出る際に考えた俺の名だ。

 ワールドと名乗れるなら何でも良かったのだが、シャッキーによると過去にワールドを名乗る大海賊が居たらしく、仕方なく『ワール・D』と名乗ることにした。

 世界を旅する、世界様を越える、世界の力を手に入れる……そんな意味をこの名に籠めたつもりだ。

 

「いや、全然」

 

 客の居ない店内のカウンター席で座る俺は、垂直に立てた手のひらを左右に振ってシャッキーの言葉を否定する。

 

「あら、そう」

 

 カウンター内で短く呟いた店主のシャッキーは、タバコ片手に手元の新聞に目を落とした。

 

「大体さぁ、なんで行き先を確認しておかないんだ? 心配じゃないのか?」

 

 シャッキーとレイリー。 この二人の関係はよくわからないモノがある。

 俺に分かるのは、恋人同士や愛人関係、そんな言葉で言い表せる様なちゃちな関係ではないって事位だ。

 

「大丈夫よ。レイさんはオーザちゃんの十倍は強いわ」

 

「いや、そうじゃなくって、誰と何してるか分かんないだろ?」

 

「あら? 私の心配かしら? オーザちゃんのクセに生意気ね」

 

「クセにって何だよ!?

 ったく、天竜人権限で大捜索網を敷いてやっても良いんだからなっ」

 

 シャッキーとレイリーの二人は俺が天竜人であると知っている。

 それを知りながら態度を変えない二人を気に入っているのは秘密だ。

 

「天竜人、辞めたんじゃないの?」

 

 立ち上がって片腕を組んだシャッキーは、少し不思議そうにしている。

 

「そう思ってたんだけどな? 意外と叔父上と叔母上も甘い様で……これをくれた」

 

 別れの際に受け取った品を懐から取り出してカウンターに並べ置く。

 

「これは……純金の懐中時計と永久指針ね? あら?」

 

 普通と違う事に気付いたシャッキーは、手にとってまじまじと調べている。

 

 モノは懐中時計と永久指針で合っている。

 普通でないのは表面に刻まれた紋章と指針の指し示す方角だ。

 

「天竜人の紋章に、聖地を差す指針……何時でも帰ってこい、オーザちゃんは天竜人だ……って事かしら?」

 

 シャッキーがカウンターに戻したアイテムを素早く回収して仕舞い込む。

 

「さぁな? ま、精々使わせてもらうさ」

 

「素直じゃないわね。それで? オーザちゃんはそれを使って海に出て、一体何をするのかしら?」

 

「何って……自由を謳歌するのに決まってんだろ?」

 

「本気……?」

 

「ん? 本気も本気だが、なんかマズイのか?」

 

「呆れているのよ。オーザちゃん程自由に生きている人って中々居ないわ」

 

「そうかぁ? 天竜人は自由に見えて案外窮屈なんだぜ?」

 

「そんな風に感じる天竜人はオーザちゃんだけよ。 でも良いんじゃない? 若い内に海に出て、人に合い、恋をする……そうする事できっと何かが見付かるわ」

 

「は? 恋ってなんだよ? 俺はそんなモノをするために海に出るんじゃないぞ」

 

 恋。

 つまりは女でイコール肉体関係。

 聖地から出なければ幾らでもやれる事であり、俺にとっては大した価値の無いモノだ。

 

「そう言うオーザちゃんだから恋をオススメするのよ」

 

 空になったグラスにビールを注ぎながら話すシャッキーは、嘘や冗談を言っている訳でも無さそうだ。

 

「恋、ねぇ……」

 

 俺の呟きを最後にお互いが口を閉ざし、ゆったりとした時間が流れ始める。

 

 と、思ったのも束の間。

 

『出てこいっ、レイリー!!』

 

 ドアを蹴り破って馬鹿が現れ、開けっ放しとなった入口からぞろぞろと雑魚も現れて店内を占拠した。

 大方、レイリーを撃ち取って名を上げようとでもしているのだろうが、馬鹿が多過ぎる。

 この1週間だけでも三度目だが……海軍ですら把握していないレイリーの居所を、こんな雑魚が知っているのは些か解せない。

 

 もしや、このババァと不良オヤジは、わざと情報を流してんじゃないだろな?

 

「レイさんなら居ないわよ」

 

 俺の向ける白い目にも全く焦った様子を見せないシャッキーが親切にも事実を告げた。

 

「隠しだてしようってのか!? ババァ!!」

 

 お?

 馬鹿じゃなく自殺志願者らしい。

 シャッキーがババァなのは紛れもない事実だが、それを口にするのは危険極まりない愚行と言える。

 

「オーザちゃん? 何か失礼な事を考えてない?」

 

「いや、全く」

 

「そう? なら良いけど、あのドア幾らだったかしら?」

 

「1000万ベリーだな」

 

 無論嘘だが、シャッキーに対する慰謝料込み込みで、何時もより高めに吹っ掛けております。

 

「そうよね……そう言う事だから弁済金を置いて帰って頂戴」

 

 俺にニッコリ微笑んだシャッキーは、そのままの笑顔を馬鹿に向けて金銭を要求している。

 

 極悪だ。

 極悪がいるぞ。

 

「オーザちゃん?」

 

「はい、すんません」

 

「なっ!? ふざけてんじゃねぇ!! こんなボロいドアの何処にそんな価値が有る!」

 

 怒った馬鹿が足元に転がるドアを踏みつけ穴を開けた。

 

「おー……おっさんスゲェじゃん? 宝樹で出来たドアを貫くたぁ大したモンだ」

 

「ほ、宝樹だと? う、嘘ついてんじゃねぇ! オレに宝樹は壊せねぇ」

 

 おっさんは段々と小声に成りながらも最後まで言い切った。

 

 偉いぞ、おっさん。

 

「うん。知ってる。おっさんじゃぁ宝樹を壊せなければレイリーも倒せない。悪い事は言わない……金を置いて帰りな」

 

「んだとぉ? 黙って聞いてりゃテメぇ何者だ?」

 

「恋を求めて世界をさ迷う愛の狩人、その名もオーザちゃんよ」

 

「いや、違うし」

 

 シャッキーによる訳の分からない勝手な自己紹介を即座に否定しておく。

 おっさんをイラつかせる目的だったとしても、乗る事は出来ない。

 

「あら? 残念ね」

 

 大して残念そうでもないシャッキーは、天井に向けて煙を吐いた。

 

「て、テメェラ! フザケテンじゃねぇぞぉ!!」

 

 目論見通り逆上したおっさんが腰のピストルを手にしたかと思うと、

 

 ――ダンっ!! 

 

 流れる様な動きで引き金を弾いた。

 只の馬鹿と思っていたがなかなか判っている海賊だったらしい。

 殺ると決めたら即座に放つべし……ピストルは脅しの道具じゃない。

 

 おっさんの銃口はシャッキーを狙い、ソコから放たれた弾丸が迫る。

 

 素早く腕を伸ばした俺は、その弾丸を…………二本の指先で掴んだ。

 

「な、な、なにぃ!?」

 

「あら? 凄いじゃない。そんな事はレイさんだって出来ないわよ?」

 

「出来るけどヤらないダケだろ?」

 

「そうかしら?」

 

「銃弾なんか弾くなり避けるなりすれば良いだけのモンだろ? わざわざ掴み取る意味なんかねーよ」

 

「なら、その意味の無いことをどーしてオーザちゃんはヤるのかしら?」

 

「それは……」

「テメェラ! 無視すんなぁ!!」

 

 ――ダンっダンっダン!!

 

 おっさんが俺に向けて銃弾を発射した。

 

「オラァ!」

 

 拳を武装色で硬化させ迫る弾丸を弾き飛ばす。

 弾かれた弾丸が『運の悪い事に』店内の備品を幾つかを破壊した。

 

「あら? 困ったちゃんね? 確かあのグラスも高かったわ」

 

「500万ベリーだな」

 

 当然、嘘だ。

 

「大変ね。グラスが三つとドアの代金……合わせて2500万ベリー払って貰うわよ」

 

 ここはぼったくりバーでありシャッキーは追い剥ぎではない。

 商品を注文しない馬鹿には、物品を壊させて法外なお代を請求する……それがこの店のルールだ。

 

 シャッキーがカウンターから店内へと悠然とした足取りで移動する。

 

「か、か、頭!? コイツらヤバイっすよ」

「逃げやしょう!」

 

 ここに至り、成り行きを見ていた雑魚が慌て始めるが、時既に遅し。

 

「帰るのはしっかり弁済してからよ」

 

 出口に仁王立つシャッキーがニッコリ微笑んでいる。

 

「ぎゃー」

「勘弁してくれぇ」

 

 そもそも、ピストルを武器にする程度の雑魚が、老いたとは言え冥王を捕えるって自信は何処から沸いて出るのだろう?

 貴族だけでなく、世の中馬鹿が多いということか?

 

 シャッキーにしばかれる雑魚達の叫びをBGM代わりに聞きながら、俺はそんな事を考えるのだった。

 

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