自由への航海 作:天の川
「ゾロォ!!」
ナミの窮地を救う見計らった様なゾロの登場に、ルフィが檻の中で喜びの声を上げた。
「あれが……海賊狩りのゾロ……!?」
「ふーん? カジノの支配人がロロノア・ゾロを知ってるのか?」
我ながらワザとらしいとは思いつつ、揉めるバギー達を尻目に、隣で嘆息を漏らしたニコ・ロビンに突っ込みを入れる。
「えぇ……彼、この海では有名人みたいよ」
「へぇぇ〜」
「何かしら? 私からすれば、貴方がロロノア・ゾロの名を知っている方が不思議よ。それに、彼が現れると知っていた風なのはどういう事かしら?」
ニコ・ロビンに疑惑の眼差しを向けるも、涼しい顔して切り返された。
長年に渡って様々な組織を転々としてきたニコ・ロビンの顔色を変えさせる事は難しく、又、信頼を勝ち取ることは更に難しい。
難しいと言っても原作を知る俺は、ニコ・ロビンの信頼を勝ち取る方法も知っている……だが、原作の方法を使おう等とはこれっぽっちも思わない。
何故なら、答の判っている出来事程つまらないモノはなく、ニコ・ロビンとはこうして互いの腹の探り合いをしている方が余程面白いのだ。
目の前で指令を受けておきながら、何も企んでないと言い張る女。
方や何も知らないハズが、東の海にやたらと詳しい男。
明らかに不自然で有りながら、シラを切り続ける相手の尻尾を掴んでギャフンと言わせる……まぁ、言わせたからどうだって話だが、面白いモノは面白いんだから仕方がない。
俺とニコ・ロビンは別れが訪れるその日まで、きっとこんな関係を続けるのだろう。
「それは気配を読んだからだ……この男は覇気の扱いダケは長けているからな」
「ハキ……不思議で便利な謎パワーね」
蛇の弓を手にしてやって来たキキョウの説明に、ニコ・ロビンがニコ・ロビンらしからぬ反応を示すのは、彼女が覇気を苦手としているからだ。
それは兎も角、俺が得意なのは覇気だけでなければ、覇気は謎パワーでもない……二人揃って色々と間違えている様だ。
「キキョウさんや……外海の者にソレを教えても良いのかえ?」
覇気、それは意思の力。
本来なら誰しもが備え、使える力。
しかしながら、世界はそれを隠し、まるで存在しないかの様に振る舞う。
使える者達は自らの優位を保つ為に隠し、海軍は覇気を広めた場合のリスクを危惧するあまり、伏せる。
今では4つの海やグランドライン前半の海で、覇気に関して安易に吹聴するのはタブー視されるようになり、タブーを破れば何処からともなく最速の大将が現れ、全てを破壊し尽くす、とのまことしやかな噂まである始末だ。
そして、この噂は恐らく真実であり、天竜人の俺であってもタブー破りは許されないだろう。
覇気の力と覇気を隠す事に天竜人の権限を越える秘密があるのなら、それはつまり、世界の秘密に繋がる……そんな気がしてならないが、今の俺の力では本気を出した最速の大将を相手にするのは無理だろう。
今は焦らず世界を巡って力を高め、最速相手でも負けない自信が付いたその時こそ、このタブーに挑む時となる。
「構わん。私にとってこの女は、貴様に苦労させられる同士の様なモノだ」
同士ならば安易な吹聴には当たらない。
キキョウはきっとこう言いたいのだろうが、色々と解せない。
解せないが、何時までも無駄話に興じている場合でも、想像を元にした謎を考えている場合でもない。
殺る気満々のバギーと、ヤル気の無いロロノア・ゾロは一触即発の状態で、今にも戦闘が始まろうとしているのだ。
「はぁ? 俺に苦労させてんのはお前等の方だろうがっ!? まぁ、いいや……キキョウ、あの二人どっちが勝つと思う?」
軽く抗弁した俺は、真剣な表情を造ってキキョウの見立てを聞いてみた。
「そう、だな…………腹巻きの男ではないか? 貴様が見定めた赤鼻の男は、そう強くはあるまい」
「うん、間違いじゃない。単純な戦闘能力なら海賊狩りが上だろう。でも、それだけで決まらないのが外海の闘いってヤツだ」
「なに?」
ビキニ姿で訝しげに両腕を組むキキョウは、知ってか知らずか小さくない胸を強調している。
キキョウはここに至るまでの航海で、男の欲望のなんたるかを学ばなかった……言い寄る相手をブッ飛ばせる彼女だから、男の欲望の脅威が解らないのは仕方ないのかもしれない。
しかし、悪魔の実の脅威のなんたるかは「学べませんでした」で済ます訳にはいかない。
覇気を使えるキキョウは強者であるが、この世界はそれだけでやっていける程甘い世界では無い。
覇気の力は強力無比……しかし、悪魔の実も又強力……いや、それ以外の力も覇気使いの命を脅かす事は十分に可能であり、キキョウにはそれを学んで貰いたいのだ。
キキョウが俺の側に在る限り、護ってやるのもやぶさかではないが、俺の能力では広範囲攻撃に対応しきれない可能性は大いにあり、結局、自分の身を護るのは自分であり、キキョウの身の安全を考えるなら、キキョウ自身に強くなってもらうのが一番手堅い。
キキョウの身の安全……それは、俺の海難救助に繋がる事であり、決して疎かに出来ないのだ。
その為の第一歩として、悪魔の実のデタラメさを伝えるべく、この戦闘を注視したいと思う。
盛上がる手下達を蹴り分け進んだ俺達は、最前列で三人並び高みの見物を決め込んだ。
「まぁ……見てな」
刀を口にし三刀流の構えを取るロロノア・ゾロ。
周囲の手下達はバギーの名を連呼して大いに盛上がっている。
「派手に死ねっ!」
バギーは右手に大きめの短剣、左手には何本ものダガーナイフを器用に握り締め、ゾロは目掛けて不用意に飛び上がった。
――シャキィン!!
交差するバギーとゾロ。
「なんて手応えのねぇ野郎だ」
吐き捨てる様に呟いたゾロが刀を収めた直後、片手足と胴体を切断されたバギーが倒れ込んだ。
「む? あの赤鼻の男……妙だ」
「解るか?」
「あぁ……あの様な姿に成りながらも、まるで生気は衰えていない」
「何だとっ……!? ……い゛ぃ!?」
キキョウの解説を聞いたゾロが振り返ると、短剣を握った手首が宙に浮いていた。
宙に浮く手首がゾロを目掛けて飛んでいくも、ゾロの刀に払い除けられる。
「派手阿呆がぁ! 余計な事を喋るんじゃねぇ!! テメェのせいで刺し損ねたろうがっ」
バラバラになったパーツを浮かせて合体したバギーが、不意打ち失敗の責任をキキョウに擦り付けた。
「キキョウさんや……あのデカっ鼻、お前の事を阿呆扱いしてんぞ?」
「それは許せんな……人のセイにするとは戦士の風上にもおけん。後で痛い目に合わせてやろう」
「何故そうなるっ? 派手阿呆が二人ぃ!?」
「赤鼻さん……この二人、特に男の方はマトモに相手をしたらダメよ。それに、今は剣士さんの相手に専念するべきじゃないかしら?」
「どこかで見た顔のネェチャンだが、お前の言う通りだな……ロロノア・ゾロ、今はテメェの相手をしてやるぜぇ!!」
ニコ・ロビンの忠告を聞いたバギーは、何処からともなくダガーナイフを取り出すと、ゾロに向かって投げ付けた。
「な、なんだテメェ等は!?」
驚きながらも迫るナイフを刀で弾き、再び三刀流の構えに入るゾロ。
「オリャァ、切っても切れないバラバラ人間! ロロノア・ゾロよ……貴様がいくら腕に覚えがあっても、剣士である以上端から勝ち目はネェのさぁ!!」
余裕の笑みを浮かべたバギーが短剣を握った手を振り回し、ロロノア・ゾロへと襲い掛かる。
「くっ……どうなってやがる!?」
剣技と呼べないバギーの攻撃はロロノア・ゾロの三本の刀で捌かれ、体勢を崩したバギーの身体は何度となく斬り付けられる。
しかし、斬っても斬れない道化のバギー。
それどころか、斬られる度に宙に浮く手足が予想外の方向から迫り、ロロノア・ゾロの体表に小さな裂傷を産み出していく。
「剣士さんは随分とやりにくそうね?」
いつの間に用意したのか樽に片足組んで座るニコ・ロビンは、現在の戦闘状況を的確に言い表している。
攻撃を捌く男と、攻撃を受けても平気な男……互いにノーダメージでも後者の方が明らかに有利だろう。
尤も、バラバラの実の能力発動が体力を消耗する類いのモノなら、勝負はどう転ぶか判らない。
「そりゃそうだろ……バラバラの実は切断系の攻撃に対して無類の強さを発揮するからな」
「バラバラの実……それがあの赤鼻の男が喰った悪魔の実とやらの名か? 確かにデタラメな現象を引き起こす様だが無敵の能力でも無いだろう? 斬っても宙に浮くと警戒さえしていれば、腹巻きの男の様に対処は出来る。攻撃を続ければその内倒せるのではないか?」
キキョウは闘う二人から視線を逸らさず強気ともとれる分析を披露するが、良い傾向だ。
「そうだな。知っていれば対処は出来る……つまり、知らなければどうだ? この世界にはデカっ鼻の様に、予想も付かないデタラメな能力を持った人間が大勢いるんだ」
「注意を怠るな……と、いうことか」
「そういうこった」
大きく頷くキキョウを見た俺も満足気に頷く。
みなまで言わずともキキョウに俺の言わんとする事が伝わった様で何よりだ。
にしても、キキョウが悪魔の実のデタラメさを学んだ今、こんな闘いに用は無くサッサと終わって欲しいのだが……この闘いってどんな結末を迎えるんだっけ?
推測通り、悪魔の実の能力発動の代償に体力を奪われているのか、徐々にバギーの息は荒くなり、それに合わせて元から無かった攻撃の精彩がさらに欠けていく。
今のまま戦闘が続けばバギーに勝ちの目はなく、ゾロに倒されてしまう気がする。
原作では確か……。
…………。
「あ……」
「どうした?」
「何かしら?」
「いや、何でもない」
女二人から疑惑の眼差しを向けられ取り繕うも、何でもない事はない。
これは非常にマズイ。
俺の記憶が確かならゾロとバギーの対決は、バギーの不意打ちが成功してゾロが逃げを打って終わる……少なくとも、バギーを倒すのはゾロではなくルフィのハズだ。
なるほど……本来なら居ない人間がただそこに居るだけでも、変化は起こるというコトか。
もしも、俺が考えるよりも原作がデリケートに出来ているならば、ニコ・ロビンを連れ歩くのは問題が多そうだ。
ニコ・ロビンは然るべき時期に『歓迎の街』で下ろしてやれば、原作の修正力が働いて元に戻ると踏んでいたが、早目に手を打った方が良いかも知れない。
と言っても、ニコ・ロビンは基本的に俺の言う事を聞かないし、かと言って事情の説明も出来なければ、殺すのは論外だ。
なんだこれ?
もしや、早くも原作ブレイクが避けられない所にまで来ているのか? んな、アホな。
まぁ、ニコ・ロビンは一先ず置いておくとして、今はこの状況をどうするかだな。
俺が会って話をしたい人間の多くは、原作のストーリーの中にいる。
出来れば無闇に原作を変えたくないのだ。
…………。
よし、刺そう。
俺がゾロの背後から刺してやればルフィが逃げを唱え、原作から外れた軌道が修正されるハズだ。
そう考えた俺は、手近に落ちていた短剣を拾い上げゾロの隙を探り始めた。
「貴様っ!? 何をするつもりだ!?」
すかさずキキョウから非難の声があがる。
「あん? 俺が何をしようが俺の自由だ」
「ならば私がどうしようとも私の自由なんだな? 名を賭けて闘う戦士の邪魔をするなら、貴様と言えど許さんっ」
俺を睨むキキョウの表情は真剣そのものだ。
言うこと聞かない奴だとは思っていたが、見事に邪魔をしてくれる。
まぁ、キキョウを押さえ付けてまでヤることでもなければ、これだけ騒げば不意打ちで刺すのも難しいだろう。
「はいはい、バレたら出来ないし、もうヤらねぇよ。でも、何で判ったんだ? お前ってそこまで見聞色が得意だったか?」
短剣を投げ捨てた俺は、今後の為にもバレた理由を聞いてみるコトにした。
何かしようとする度に出鼻を挫かれては、この先が思いやられるのだ。
「私が得意なのではない。さっきも言ったが、貴様が扱いに長けているのだ。それ故に、貴様が事を起こそうとすれば雰囲気がガラリと変わり、私でなくとも直ぐに気付く」
「マジで? そうなのか? ニコさんや」
「えぇ。詳しいコトの判らない私でも、ターゲットさんが暴れようとすれば気付くわ。空気が張り詰めるとでも言うのかしら?」
「そうか」
澄ましたニコ・ロビンの解説に素っ気なく応えてみたが、コレもマズイ。
このままだと俺は不意打ちが出来ないってコトになるぞ。
原作しかり、女しかり、世の中思い通りにはいかないらしい。
まぁ、思い通りにいかないからこそ面白いのだが。
「何をごちゃごちゃ言ってやがる!? この派手阿呆がぁっ、手ぇ貸すんならサッサとしやがれ!」
明らかに押され気味となったバギーが、首から上を宙に浮かせて勝手な事を叫んでいる。
「はぁ? グランドラインを制するバギー様ともあろう御方が、手を貸して欲しいってか?」
「アホぬかせっ! テメェから殺ろうとしたんだろうがっ!!」
「そうだっけ? まぁ、ヤるのは無しだ。俺は忙しいんだから邪魔をするならブッ飛ばすぞ?」
全くっ……俺は原作修正の次なる手を考えるのに忙しいんだ。
どう転んでも敗北するバギーに構っている暇など無い。
「んなぁ!?」
「言ったハズよ? この男は私達と違う感性で生きているの……マトモに相手をしても無駄よ」
「おいおい……仲間割れかぁ? デカっ鼻が敗けを認めてルフィを解放するなら、オレに用はない……そっちで勝手にやってくれ」
鞘に納めた刀で肩をトントンと叩くゾロの戦意は既に消えている。
剣の実力ならゾロが上。
最初から闘うコトに乗り気で無かったゾロは、これ以上バギーと闘う価値が無いと判断したのだろう。
さて、困ったな。
このまま行けば原作ブレイクは避けられない。
歴史の修正力は何処に消えたんだ?
『出てこぉーい! 道化のバギーぃ!! ワール・D・オーザぁ!!』
途方に暮れかけたその時、階下から老人の叫ぶ声が聞こえた。
果たして、響く老人の叫びは俺にとっての助けとなるのか?
予断を許さない状況の中、俺は呼び掛けに応じて屋上の端へと移動するのだった。
原作の修正力なんてモノはナイデスね。