「んぅ・・・・」
「あ、起きましたか先生!も~心配しましたよ~」
「・・・・ここは、・・・・?」
先生が目を覚ますと、そこはアビドス学園の校舎。その一室だった。上体を起こして周りを見れば『さっきまで隣にいたアビドスのメンバー』も寝かされていて、慣れた感覚からどうやら自分は数時間気絶していたことが分かった。
「えっと、・・・どうして気絶していたんだっけ」
そう。確かアビドス学区に行ったその帰り道に見知らぬ少年から刀を向けられて、刀に月の光が反射したかと思えば・・・・。
「あ~先生。おはよ~。こんな深夜に起きるなんて、悪い人だね~」
「ホシ、ノ・・・・あぁ。うん。そうだね」
回らない頭を必死に回した先生は現状を取り敢えず呑み込むと、『ロープでグルグル巻きにされたままホシノに見張られている少年』に目を向けた。
「それで、その子は?」
『少年』は目に沢山の涙を溜めながら芋虫のようにのた打ちまわっていた。時折壁や机に体をぶつけているが、構わずのた打ちまわる姿は最後の力を振り絞って足掻くナメクジのようだった。
「ん~?先生の知り合いじゃないの~?」
「え、先生の知り合いじゃないんですか?」
ホシノとノノミが同様の反応をしたため先生は首を傾げた。生憎と先生に『少年』との面識は無い。2人の反応からアビドスが狙いというワケでもないらしい。
つまり、・・・。
「モガモガモガ!!!モガモガモガ!!!」
件の少年は猿ぐつわをされていて上手く話せないようだったが、仕切りに何かを叫んでいるようだった。
「取り敢えず猿ぐつわは外してくれるかな?話がしてみたいんだけど」
先生がそう言うと、ホシノは渋々といった感じで「え~、ん~、いいけどー」と言いながら少年の口元を塞ぐ布を取り払った。
ーーーーーーーーすると。
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!!いやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!!!!」
少年は狂ったように拒否の意志を叫び出した。
まるで己の臓物の全てを拒否するかのうに。まるで己の崩壊も厭わないかのように。ひたすらに叫び続けていた。
これには流石の先生も面食らってしまったが、直後のノノミの発言で先生の中の評価は一変した。
「あ、そうだ。そういえば、先生達を運んでくれた便利屋さん達から伝言を頼まれているんでした。
その、先生。・・・・この子、一切抵抗しなかったみたいなんですよ」
「抵抗?どういうこと?」
「その、この子は変な光で先生達を気絶させた後、何もせずただ固まったままだったみたいで。便利屋の方が到着されて戦闘に入ってからは反撃もせずただ銃弾を避けるばかりで、何がしたいのか実際に戦った便利屋の方々も良く分からなかったみたいなんです」
「・・・・そっか」
先生の中で、点と点が繋がった。
「ホシノ。彼の拘束を解いてくれるかな?」
「・・・・・・・・正気?」
「正気だよ。ちょっと確認したいことがあってね」
「・・・・いいけど」
ホシノが少年に巻き付いていたロープを引きちぎると、途端に『少年』は先生の方へと飛びかかった。あらかじめ予測していたホシノが先生との間に立つが、少年は床を蹴って天井まで飛ぶと、天井を蹴って再び先生へ襲いかかった。
「っ、先生!!!」
キヴォトス人でもなかなか見ない挙動に、完全に虚を突かれたホシノが叫ぶ。すると先生は自然体のまま、「大丈夫だよ」と言って微笑んだ。
少年は勢いそのままに先生に飛びかかると、そのまま押し倒し、両手を先生の首に添えた。
ーーーーーーーーそして、ピタッと固まった。
「うわっ・・・・うわ、うわ、うわ・・・・」
「君は私達を気絶させたが、しかし何もしなかった。恐らく、何もできなかったんだよね?君が本能的に嫌がることをさせている誰かが、いるってことだよね?
・・・・・『何があったか』、話してくれるかな?」
「うわっ、うぇうぁうぇあ、うぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
少年は泣き崩れると、先生の胸の中で気絶するまで泣き続けた。
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星空を眺めるのは、何年ぶりだろうか。
少年はキヴォトスの夜空を眺めながら、そう呟いた。
あの後。本当に気絶するまで泣いた少年は、意識を取り戻すと全てを先生とアビドス生達に伝えた。そして気絶させたアビドス生にシッカリと頭を下げ、許してもらうと次は先生にも頭を下げた。謝罪を受け取った先生は気まずそうに頭をかきながら、己のことを己以上に知る少年に向かって、こう言った。
・・・・うん。取り敢えず君は一旦アビドスに残っててもらえるかな?うん。お願い。食料とかは私からアビドス生にお願いをしておくけど、他に何か必要なものはある?・・・・そう。じゃあこれ、私のモモトークだから。うん。よろしく。じゃあ私はちょっとシャーレに戻って諸々を伝えないといけないから一旦戻るけど、良いかな?
慌てた様子で、少年の故郷を滅ぼしたバケモノについての報告をしに去って行く先生を『少年』は見えなくなるまで眺めていた。
そして先生を見送った少年は、アビドスの校舎の屋上で1人。星を眺めていた。
「・・・・綺麗だなぁ」
助けを求め、全てをサラケ出した少年に残っていたのは安堵感と更なる恐怖。そして動かないといけないという脅迫観念と、逃げ出したいという願望だった。
別に先生に頼って全てが解決するかといえば、そんなことは一切無い。実際に奴らは先生がいる状態のキヴォトスをいくつも呑み込んできたのだ。この世界の先生だけが大丈夫だと信じるのは、あまりにも楽観的な観測だろう。
だから少年は可能な限り頑張らなければならなかった。頑張らなければならないハズだった。
自分の思考など関係無く、自分の気力など関係無く、ただ今は戦い続けるしかない。
・・・・・・・・ハズなのだが。
「うへぇ・・・君も大変だったんだね~。おじさん感心しちゃったよ~」
しょぼくれていた少年の隣に、小鳥遊ホシノが座り込んだ。ホシノの手には冷えた缶ジュースがあり、スッと差し出された缶ジュースを少年は素直に受け取った。
「あ、ありがとうございます・・・・」
少年は大事そうに缶ジュースを握り締めると、視線を落とした。・・・・何かを貰ったことなどいつ以来だっただろうか。プルを引くとプシュッと音がして、中からシュワシュワと音がした。
「どうせなら一気に飲み干しちゃってよ~。おじさん若い子の一気飲みが見たいな~」
「ぇ・・・・あ、はい」
何も渡していない(むしろ迷惑をかけただけな)状況で貰い物をもらった手前、従うしかなく。言われるがまま炭酸ジュースを一気飲みした少年はすぐに咳き込んだ。
「グビグビグビケホッ、ゲホッ」
「あはははは。面白い顔するね~」
「笑い事じゃ、ゲホッ、ゲホッ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・(ん~、そんな顔ができるのなら、まだ大丈夫かな~)」
「ゲホッゲホッ、??、ゲホッゲホッ」
「どうかな~?そのジュース、おじさんのイチオシなんだけど~」
「いやそんなゲホッ、ゲホッ、味とかゲホッ・・・・」
口と喉が大惨事すぎて味とか分かんないんすけど。という言葉は終ぞ少年の口から語られることは無かった。
「ヤバ、気管に、ゴホッゴホッ」
「・・・いくら何でも噎せすぎじゃない~?」
ちなみに少年は女性ばかりの環境に長くいた関係上、飲み物を吹いたり変な顔のままボーッとしたりとかは死んでもやらないタチである。そのため咳き込みながらも呼吸法をなんやかんやして無理やり吹き出さなようにしたり、咳も汚い声にならないように注力しているため、他の人より段違いに咳が長くなっていたりする。・・・女子かな?
「これがアビドスからの洗礼か・・・」
「ん~や、これはおじさん個人からの洗礼だよ~。あと4人分頑張ってね~」
「うぇ、あと4回もあるの!?」
「セリカちゃんとかは特に怒ってたから、覚悟しておいた方が良いかもね~」
「そマ?え?俺、死ぬ・・・?」
「大丈夫大丈夫。多分半殺し程度だから」
「え?・・・・・・・・え?」
セリカとかいうヤバい奴がいるらしい。少年が心のノートにそうメモしていると、小鳥遊ホシノは本題に入った。
「・・・・・・・・・・。
ところでさ~、君はこれからどうするの?」
それは、少年にとって最大の質問だった。
仮にも小鳥遊ホシノはアビドスのトップであるため彼女への発言はアビドス全体への発言となる。少年は一旦とはいえアビドスの世話になる以上、勝手に消えるにしても小鳥遊ホシノには話を通しておくべきだろう。
「君は君の言う『推し』を目の前で殺され、完全に挫けた。挫けて先生を殺そうとして、できなくてまたうずくまった。そんな君は、今度は何をするのかな~ってさ、おじさんはちょっと心配なんだよね~」
小鳥遊ホシノと話しながら少年の覚悟もある程度固まってきていたため、少年は素直に自分の胸の内をさらけ出した。
「・・・・俺は、戦わないといけないんです。
かつて一緒に戦った皆の思いを背負って、生きていかないといけないんです。だから、どう戦えば良いかはまだ分かんないですけど、まぁ、頑張りたいと思います」
最後まで黙って聞いていた小鳥遊ホシノは、再び少年の顔を見て、そしてーーーーーーー。
「おじさんはさ、君のやり方も分かるんだよね~」
ポツリと呟かれた言葉に少年は首を傾げた。
「分かる、ですか?」
「うん。誰にも頼れないところとか、行き当たりばったりなところとかが特にね~」
「あ、そうですか・・・・」
少年はずっと百鬼夜行にいたためアビドスとの面識は一切無かった。なので小鳥遊ホシノのことは一切分からず、何をどう共感したかを察することはできなかったが。
しかし少年でも小鳥遊ホシノが何かを秘めていることは分かった。
「だからさ。分かるからさ・・・・。
おじさんから1つ、説教して良いかな?」
「あ、はい。どうぞ・・・・」
少年にとって小鳥遊ホシノはほぼ赤の他人である。そんな人から説教を受けても・・・・とは思ったが、そこは呑み込んだ。少年が話を促すと、小鳥遊ホシノは真剣な顔で少年を見て、言った。
「・・・君は強くないんだから、無理しちゃダメだよ」
「・・・・」
「のんびり生きてたら良いことも沢山あるからさ。だから戦うことも、生き急ぐことも、まだ君には早いとおじさんは思うな~」
それは、どういう意味だろうか。この人は何が言いたいのだろうか。沢山の疑問が少年の頭の中で反響した。
しかし。
「あ、そうですか・・・・」
何も反論することなく、少年は話を締めくくった。
分かりたくなかったからこそ、理解したくなかったからこそ耳を塞いでしまったのである。そんな少年の心内を知ってから知らずか、どうしようもない子を見るような目で見ていた小鳥遊ホシノはおもむろに少年の頭に手を伸ばすと、少年の頭を撫で始めた。
「えっちょっ、」
一人称がおじさんなロリ体型(先輩)に頭を撫でられるという驚異的な体験に少年は固まってしまったが、すぐに男の子としての本能が再起動すると、おじさんの手から逃げるように抵抗した。しかしキヴォトス人の握力に屈し、ただ撫でられ続けるしかなかった。
・・・・少しの間だけ、無言の時間が続いた。
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翌日。アビドス高等学校から小鳥遊ホシノが姿を消した。