【硝子玉の子】   作:みっつ─

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初めましての方は初めまして。他の作品を読んだことがある方はお久しぶりです。みっつーです

スレ主とは言っても特にスレを纏めている訳では無いのであくまでスレの中で面白い!と思ったネタを集めてSS化してるだけです。
まずは個人的にも推してるフリルルートを書きます。余裕があったら他ルートも書くかもしれませんが…流石にそこまでは持たなそう


#1 生まれて

 昔のことなんて特に覚えていない。最初に喋った言葉とか、はいはいから急に立ち上がった時のこととか、何が好きだったとか。何気ない日常から大きな節目まで。母親は覚えているそうだが自分はほとんど覚えていない。

 自分が覚えている一番古い記憶は母親が泣きながら自分を抱きしめていた記憶だ。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 お母さんが泣きながら強く抱きしめてくる。柔らかく、温かい身体から冷たい涙がこちらの頬や首まで伝っていく。謝っていることから僕に何かあったのだろうということは推測できるのだが、それ以上のことは何年経っても分かっていない。

 何故なら文字通り()()しか覚えていないから。それが何処だったのか、何があった時だったのか、全く覚えていない。

 

 ただ分かるのはあんなに優しいお母さんが泣いているという事、泣く原因になったやつは僕のほかにもどこかに居て、そいつはこの場にいることすらしていないということだけ。

 

「寂しい思いさせてごめんなさい。駄目なお母さんでごめんなさい。これからはずっと一緒にいてあげるから。絶対に寂しい思いなんてさせないから」

 

 まるで僕が最後の希望のように縋り付く母親の顔をじっと眺める。

 

 その時なんて思ったのか、細かいことは覚えていない。だけどその時も母親の泣いている姿を見るだけで心臓に杭を打ち付けられているように苦しみを味わっていたのだろう。

 僕は母親が好きだ。綺麗で優しい母親が好きで、構って欲しくて困らせることは多かった。でも、泣いて欲しい訳じゃない。ただ笑っていていつでも綺麗で優しいお母さんでいて欲しかっただけなのに。

 

 母親に辛い思いはして欲しくない。ずっと楽でいて欲しい。誰かの為に悲しい思いをするなら、それは僕が片付けなくてはならない。

 

「...お母さん、泣かないで」

「...硝太」

 

 母親が僕の名前を呼ぶ。硝太、斉藤硝太。僕はそう呼ばれた。だからそれが僕の名前だ。

 名前を呼んでくれた母親の目元に手をやって涙を拭き取る。当時の自分にはハンカチを使って拭き取るとか、下手に触ると化粧が落ちるとかそんなことを考える頭は残念ながらなかった。

 

 そのため力強く母親の涙を拭い、その後に短い腕で母親を抱き返す。その時の自分は泣いて欲しくないとか色々考えていたかもしれないが結局のところそうしたかったからそうした以上の答えは無かったのだろう。

 何故かは分からないけど母親が泣きながら抱きしめてきたから泣かないように涙を拭って抱き返す。ただそれがしたかっただけ。母親の気持ちを組んで優しく対応したとかそういう話では無い。褒められるような行為でも貶されるような行為でもないごく普通のこと。

 

 それでも母親にとっては何より嬉しかったようでまた涙を流しながら強く抱き締めてくれた。

 母親がそうしてくれたことが僕にとっても嬉しくて心の中で一つ誓いをした。

 

──この人の為に僕の人生を使おうと。

 

 その誓いだけは何が起ころうと忘れることも背くこともしない。それは僕が死ぬまで続けることだから。

 

 

◇◇◇

 

 あれから10年近くの時が経った。とある事情でまともにいけなかった6年間の小学生の頃とは違い、マトモに3年間学校に行き続けた中学生ももう時期終わりを告げる。

 本当なら義務教育を終えたらお金を稼ぐためにどこかに就職しようと思っていたのだが、母親の斉藤ミヤコの見たことの無い強い圧力に根負けした結果、陽東高校という高校の試験を受けることにした。中高一貫の数少ない『芸能科』を抱えた高校だ。一応自分が入るのは一般科ではあるがそこで社会や同級生の人達と関わりを持ってそれでも大学に行くより就職したくなったらまた話し合う。それが圧力に負けながらも親子で決めた折衷案だった。

 陽東高校一般科の偏差値は40。そこまで頭がいい訳では無い僕が試験勉強をしなくても余裕で受かるような高校。わざわざそのようなレベルの高校を受けた理由はただ一つ。同い年の兄姉も同じ高校を受けるからだ。

 

 兄、星野愛久愛海。アクアマリンと名前が長ったらしいためみんなアクアと呼ぶ。偏差値70という天才中の天才の学力を持ちながら綺麗な金髪碧眼と顔も整っており、当然のようにモテる。五反田という名前の映画監督に弟子入りして動画編集をしており、中学生でありながらもう仕事を始めている。そんな兄に僕はあらゆる分野で一度も勝てたことは無い。

 

 姉、星野瑠美衣。アクアマリンの双子の妹でルビーの名の通りアクアマリンと比べて瞳は赤く見る人の目を引く。人当たりもよく、友達も多い。アクアマリンと同じく綺麗な金髪は赤い目と同じく人を惹きつけるフェロモンのような役割を果たしているのか、ルビーの周りに誰もいないという状態を中学三年間、僕は見た事がない。アイドルになりたいという強い夢を持っている。

 

 二人は戸籍上僕の兄と姉であるが二人と僕には大きな違いがある。それは二人と僕が血の繋がった兄弟ではないということだ。

 僕の母親は苺プロ社長の斉藤ミヤコだが、二人は違う。二人の母親は星野アイという元アイドルらしい。らしい、というのは二人とその事情を知る母親は僕の前でその話をしないように心掛けている上に僕も幼い頃会ったことがあるらしいのだが、昔記憶喪失になったことがあるのでその人のことを何も知らないのだ。だからネットで『アイ』というアイドルを調べても二人と似ているな、歌もダンスも上手くて目を引くなという程度のことしか感じられない。なら会えばいい、と思ったがアイさんはもう既に亡くなっており、そんな二人を引き取ったことでこんな不思議な家庭環境になっているので会うことはおろか、会話を交わすことすら出来ない。

 それでも僕は二人のことを兄と姉として尊敬しているし、二人も僕を弟と思ってくれている。だから問題は無いし、目につくようなこともない。ただ名字は違うし見た目も全然違う。その差はどうしてもある。

 そんな二人が陽東高校を受けるのでなら僕も同じ高校を受けた方が色々と手続きやら学校内の行事やら色々と楽だろうという理由がひとつ。もう一つ、アイドルを夢見るルビーを支えたいという理由でその高校を選んだ。本当なら同じ芸能科に進んで近くにいたかったが残念ながら自分は芸能事務所に所属している訳でもなく、今後する予定も無いので残念ながらその手は使えない。

 そもそも元々働きたいと言ったのもアイドルという安定しない職業を夢見るルビーと心のどこかでやりたいことがあることが見え隠れするアクアマリンがやりたいことをやれるためにお金の問題を解決するためだ。金がかかる学生が少ないとはいえ金を稼げる社会人になるだけで一件ギャンブルの夢を目指すハードルは目に見えて減る。もちろん二人のことを信用していない訳では無い。二人の夢はきっと成功する。だから『失敗しても家の貯金に余裕はある。弟も少しは稼げる。だから自分は夢を見れる』そう思ってもらえれば十分...だったのだが、これでは母親の反対意見を押し出すには弱すぎた為資金面ではなく精神的に支える方向性にシフトした、ということだ。

 それでも心配事は多い。資金面は良くも悪くも働けば一定の賃金が発生するので大きな失敗さえしなければいいのに比べて精神的に支える、というのは固まった方向性がなく、必要あるのか、必要あるならどうするべきか見極めて対処しなくてはならない。

 そして何よりやりたいことが分からないアクアマリンは置いておくとしても、ルビーの場合はアイドルの応募に受からなくてはならない。その点においては僕自身が手出しできるところは何も無い。ルビーがアイドルの応募を受かるのかどうか、それは酷い賭けだ。アイドルのことはまるで知らないがルビーの顔とダンスなら別に分が悪い訳では無い。むしろ受かるだろうと声を大にして言える。ならば何が問題かと言うとアクアマリンがそれを受け入れられないような動きをしている事だ。応募に受からせるために僕らが取れる方法、と言うと文字通りゼロだが、逆に受からせない方法はあるかと聞かれたら僕はあると答える。その方法も簡単。ルビーのスマホを取って辞退のメールを飛ばすだけだ。履歴さえ消してしまえばルビー側からバレることは無い。あとは誰かに頼んで落選の電話かメールをルビーのスマホに送るだけ。と、非常に簡単な労力でルビーの夢を折ることが出来る。もちろん僕はそんなことをしない。だがルビーがアイドルになることに反対しているアクアマリンなら、やらないとは言えない。僕にだって思いつく方法だ。アクアマリンが気付かないはずがないし、やろうと思えば非常に簡単に、かつ迅速に行えるだろう。

 とはいえそれに対しての対策はあるかと言われると残念ながら思いつかない。僕に出来るのはアクアマリンとルビーを信じて結果を待つのみ。

 

───だったのだが。

 

 

「駄目だった...」

 

 ルビーが泣きながらそう言った時、思わず頭を抱えてしまった。

 

 どうやら未来の僕の死因は胃潰瘍らしい。




今回の話はSSの方に出した話を加筆修正したものになってます。

面白かったらスレの方も覗きに来て下さい(ネタバレ注意!)
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次回は来週、4月1日を予定してます

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