【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回のあらすじ
アクアの状況が知りたくなり舞台『東京ブレイド』の稽古場を見に行くルビーと付き添いのみなみ。しかし稽古は既に終わっており、アクアは別の場所にいると知る。
そんな時、ルビーの目の前に現れたのは黒い魔女帽子にローブを羽織った『魔女』と名乗る女。彼女はルビーを見るやいなや「転生者である」ことを知っているような発言をしてルビーを動揺させた。
最後に高千穂でまた会おうと言い残した魔女がアイのついた嘘(アクアとルビーの母親だということ)を知っているのではと考えたルビーは何か対策を打つことを強いられた


#82 やるべき事(前編)

 苺プロ事務所兼斉藤家。

 

「ただいま…」

 

 ルビーが帰宅してから一時間ほど経った頃。アビ子宅から硝太が帰ってきた。声に元気はなく、顔も俯いて暗い。遊びに行って疲れて帰ってきた、という様子では無い。

 硝太は帰宅すると同時にミヤコのいる仕事場に行く。仕事中のミヤコは硝太の方をチラリと見ると近寄ってくる硝太に手を伸ばして頭を撫でる。

 

「おかえりなさい。元気無いわね」

 

 硝太が帰宅後早々ミヤコの方に寄ってくるのも、疲れた様子なのも高校になってからは減ったが別に珍しいことでは無い。人馴れしておらず人が集まるところが苦手な硝太にとって学校に長時間拘束されるのは拷問に近い。普段の甘えん坊な性質も相まって疲れたら即ミヤコの元に寄って甘えに行くことは多い。

 だが今日は少し違う。その違いを瞬時に読み取ったミヤコは硝太の頭を撫でながら自分のすぐ隣へと寄せて膝の上に頭を乗せる。

 

「ん」

 

 実質拘束された状態になるが気にせずに硝太はミヤコの腰に抱きつくように体重を預ける。もっと撫でろ、と言わんばかりに頭を差し出してくるのはミヤコの勘違いでは無い。どれだけ精神的に厳しい状態でも母親に甘えるのだけは欠かさない末っ子の姿である。

 硝太の異常はあるものの、いつも通り甘えてきてくれたことに安心しながらミヤコは硝太の髪を優しく解く。

 

 自身の髪と同じ色に同じ髪質。ほとんど手を加えていないのに最前の状態を保っているのは少し羨ましい。この色は決して染めた色ではなく硝太本人が生まれつき持った髪質。自分の腹から産まれてきた子だと証明する髪のすき間に指を通す。

 

「ルビーも元気無さそうだったけど、学校で何かあったの?」

「姉さんも?」

 

 甘えていた硝太もルビーという言葉を聞いて頭を上げる。帰宅時、ルビーの靴が玄関にあったので帰ってきていることは知っていたものの、元気があるかないかは知るはずがない。

 ミヤコの手がまた硝太の頭の上に置かれて硝太の頭が太ももの上に落ちる。

 

「昨日アクアの稽古を見に行くって言っていたから、そっちでなにかあったのかしら」

「…東京ブレイドの舞台稽古…」

 

 アクアは最近日を跨ぐかどうかという時間帯に帰ってくる。晩飯も済ませてきているようで家にはもう寝るために帰ってきているようなものだ。そんな時間帯まで稽古が長引いている、とルビーは考えたのだろう。しかし実際に考えてみると仮にも未成年をそんな時間まで稽古に付き合わせるとは思えない。もしそうだとするなら事務所と親(苺プロ)に話が通っていないと問題になる。居残りで稽古をしている、とも考えたがそれも同じ。そう考えると別の場所で稽古か何かをしていることになる。舞台の外で演技指導ができそうな人と考えると五反田監督だろう。

 

「あのおっさん…今度会ったら締めとこ」

「止めなさい」

 

 硝太も同じことを考えたのか、目を鋭くして監督の家のある方向に顔を向ける。当然親として硝太は止める。

 硝太が危険なことを考えているのは別としてアクアが五反田監督のところにいるのならひとまずアクアのことは心配しなくてもいい。アクアは五反田監督のことを父親のように見ているし五反田監督も硝太が考えるようなことをする人ではない。アクア自身問題を抱え込むタイプではあるが優先順位で考えるとルビーや硝太に比べて安定している。帰ってきたら少し話をして問題があったら監督を通して制限させるのが関の山だろう。学校でも特に問題はないとはいえ、俳優の仕事が忙しすぎるのも良くは無い。

 ルビーはどうだろう。帰ってくる前はいつも通りだったが帰ってきた時にはいつもの元気はどこかへ消えて暗い顔を見せていた。変化の差だけで考えるなら硝太より重症に見える。しかしルビーも年頃の女の子だ。同性とはいえ親ほど年の離れた人に聞かれたくない事なんて数え切れないほどある。下手に心の中を覗こうとするよりルビー側から発信してきたものを見落とさないようにするべきだ。

 

「そういう硝太は?学校で友達と喧嘩でもした?」

「別に…」

──ああ。この子、何かやったな。

 

 硝太の様子を聞くと硝太は居心地悪そうに顔を太ももの方に向けて隠してしまう。嘘が極端に下手な硝太の誤魔化し方だ。嘘は言っていないが何か隠している。多分、大方予想通りのことがあったのだろう。ルビーと比べて異性ではあっても正直に言ってくれる硝太なので問題を見つけること自体はやりやすい。

 硝太の事だ。きっと勢いのまま友達相手に殺意を見せて隙あらば暴行する、という所まで行ったのだろう。特に何か言う訳では無いのは実際に暴行はしていないのは硝太の顔を見ればすぐに分かるからだ。

 

「…そう。」

 

 母親としては叱るべきだと分かっている。今でも精神障害を患っている子供だとか関係無しにこのままだとただの犯罪者になりかねないし、それを上手く避けたとしても今後のコミュニケーションに大きな遅れをとる。

 硝太が乱暴なのは幼少期から苦労した。記憶を失う前はもっと人当たりのいい子だったのだがアイの死とその後の事件により警戒心が強く、人当たりの悪い子になってしまった。その後患っているいくつかの精神病の治療をしながら事務所の人に徐々に会わせて行くことで社会復帰を狙った。実際こうして学校に通わせられる程にはなったがそれでもちょっと目を離せば問題を起こしてしまう。直すべきだと分かってはいる。硝太がこのままではいけないことも、それは最低限の躾であることも当然理解している。だがこのまま叱って矯正させてしまってもいいのか、と考えている自分がいる。ルビーとアクアと違って硝太は名実共に私の子供で本人もそう認識している。硝太を育てられるのは私しかいない。硝太の一挙手一投足は親として私が責任を取るべきだ。

 

「硝太、人と話す時はね、ちゃんと相手の気持ちを考えるものよ」

「…どういうこと?」

 

 その上で、硝太のことを叱らない方がいい、ちゃんと考えさせた方がいいと判断した。頭を撫でる手を緩めずに仕事から目線を外す。

 こちらの目線に気がついた硝太が顔を起こして目を覗き見てくる。髪色と同じく私と似た赤い瞳に反射した顔が映る。一瞬だけ、瞳の奥に何か別の熱があるように見えた。硝太はエンパス体質なのでそこから私の言っている言葉の真意を理解しようとしているのだろう。だがこの場合はこの場の奥にある真意より言葉の意味を考えて欲しい。

 

「文字通り相手が何を考えて、どう思っているのか考えなさいってこと。もちろん、相手の立場を見てね」

 

 硝太には難しい話なのか首を傾げる。

 出来るか出来ないか、ではなく理解できるか理解すらできないかの次元。硝太がどう言う子供なのか知っている為驚くことは何もない。

 この子は今きっと──相手の立場から行動を読み解くことはずっとやっている。それ以上をしろと言っているのだろうか。とズレたことを考えていることだろう。

 考えてはいるのだが、相手の感情に踏み込もうとしない辺りいくら友達相手だとしても線引きはしていることが分かる。その友達が硝太にとってルビーやアクアのようになってくれれば話は早いのだが硝太の性格上後五年はかかるだろう。実際ルビーとアクアに慣れるのにすら相当の時間がかかった。

 最初は本当に私にしか心を開いてくれなくて一度トイレ等に行こうと硝太の傍を離れると扉の前でずっとうずくまっていたのを思い出す。気配を完全に殺した状態でなおかつ扉の前に蹲るものだから硝太の体で扉が開かず閉じ込められることも多かった。あの頃はルビーやアクアに遊びに誘われても警戒して嫌がっていた。その嫌がり方も記憶喪失のせいで言葉が喋れない為野良犬のようにキャンキャン吠えて威嚇してすぐに逃げ回る、という人間とはとても思えない野生動物のような姿だった。見た目だけはあの頃と欠片も変わっていない、と思っていたが話が上手くいかないと直接手が出たり逃げ出したりする辺り不器用なところも何も変わっていない。

 

「お母さんね、その子にどんなことを言われたのか分からないけどね。きっとその子は硝太のこと心配してくれたと思うのよ」

 

 硝太が直接手を下すまでもないと判断、もしくは直前に誰かに止められた。アクアとルビーを心配する言葉を言いながら私の元から離れようとしない。様子も若干違い、右目の奥の方に熱を感じる。

 以上のことから硝太が怒らせたのは硝太と精神的に距離の近い『誰か』で、その『誰か』は硝太と話している時に自然と地雷を踏んでしまった、というところだろう。ルビーとアクアの心配する時の言葉の抑揚から何となく家族関係のことで地雷を踏まれたんだと思う。アイと双子(アクアとルビー)の関係がバレた、という訳では無さそうだ。もしそうなら手を出すことがなかったとしても硝太が報告してこないはずがない。報告してこないということは、報告出来ないことか、する必要が無いと判断したということ。そして様子から恐らく前者。

 硝太が報告するほどのことでは無いと考えたのならそこまで踏み込むべきでは無いかもしれないがこのまま放置しておくのもやはり宜しくないもの。内心で硝太がなんで怒っているのか考えたことを隠しながら私見を述べる。

 

「ん?なんで、話もしてないのに」

「勘よ。母親の」

 

 硝太は両目でこちらをじーっと見て私の内心を見抜こうとしている。もっと単純に考えて欲しいのだが、硝太にはまだ少し難しいようだ。目を隠すように顔を撫でる。

 

 しばらく髪が崩れるまで撫で回した後硝太から手を離して仕事に戻る。硝太とルビーは不安だが家庭は家庭、仕事は仕事。線引きはちゃんとしている。何よりここで答えを出しても二人とも前には進めない。少し残念だがこれ以上は自分で考えてと言う他ない。

 硝太もそれを感じとったのか顔を太ももから起こすと私の方を振り返りもせずに自室へとてとてとと幼児のような可愛い足取りで歩いていく。そのいつまでも変わらない背中に一瞬だけ視線をやる。硝太の背中を見ると『あの子はもう高校生なんだ』という思いと『あの子はまだあんなにも小さい』と、二つの思いが同時に胸の中に生まれて、そして消えていった。

 

 

◇◇◇

 

 自室に戻り、荷物をベッドの上に置いて天井を見上げて考える。内容は当然先程母親に言われたこと。本来なら帰ってきてすぐにでも調べたいこと、やるべきことがあったのだが手が進まなかった。こともあり、思考だけが加速していく。

 

──お母さんは聡い女性だ。余計な事は言わないし、無駄に考えを巡らせて悪い結果を引こうとはしない。こっちの考えていることを読んだ上で正当に導こうとしている節がある。

 

 そんな母親の言った言葉が今日はよく分からなかった。言葉の意味が分からないのでは無い。「何故今そんな事を言ったのか」が分からない。母親はこちらの内心を驚くほど精密に理解してくれる。精密すぎて嘘が極端に下手というのを置いておいたとしても嘘も隠し事も通用しないほどに。母親に隠し事をしたいのならストーカー事件の時のように物理的に距離を離すしかない。そう考えると先程甘えていた間に心の中は完全に見られたと考えていい。どうにかインスタントバレット関係のことは隠したが、それも『つもり』になっている可能性もある。家に帰る直前のことを思い出す。事件のことで話がしたいからとツクヨミとフリルを、アビ子宅に招き入れて事件の事について情報交換を行った。

 インスタントバレットの能力の出処、能力の根幹が人が持つ悪意だと判明。そこからフリルを襲ったストーカーの共犯者、動く死体(リビングデッド)を作った使い手の能力は対象を物語に当て嵌めることで支配するインスタントバレットだと推理した。その後共犯者がcolorful(カラフル)か世界の端っこのようなインスタントバレットを知るものと繋がりがあることが分かった。自分一人では決して辿り着けなかっただろう結論まで導かれたので二人には感謝するべきだ。

 だがそこに母親が心配するような要素は無い。あえて言うのなら相手の狙いに目星がついたこちらをフリルが急に止めようとしたことぐらいだろう。あの時のフリルの気持ちは今となっても欠片も理解できない。ツクヨミのことから全く違う結論にたどり着いたとしても、こちらの感情が読めなかったとしても、フリルに僕を止める理由は無いはず。──その無いはずの理由を解明した上で理解しろ、ということだろうか。

 だが理由は既にどうでもいい。相手の目的が目的だ。予想の範囲とはいえ正しかった時、邪魔になるなら誰がいようと何人いようと殺すしかない。これは母親の意見がどうとか、フリルがどんな人物かどうかは欠片も関係ない。これは自分が一人の人間であるために、斎藤硝太として生きる為に欠けてはならないものだ。その輝きに影を差し込むぐらいなら、今から自分の腹を切り裂いて死んだ方が何億倍もマシだ。

 

「──それでもお母さんは、何とかしろって言うんだろうな」

 

 心の底から善人だと言える母親を持って誇りに感じると共にその心の良さが負担になるのを感じる。殺してしまえば簡単に済ませられるし、憂き目もない。今後の為を考えたら()()()()()()()()()()()()()()。でも母親はそれを許せる人間では無い。怒られる怒られない以前に、その罪を自分のものにしてしまいかねない。それは絶対に良くない。

 ポケットからスマホを取りだして黒い画面をぼうっと眺める。反射する自分の目がまだ赤いことを確認する。インスタントバレットが悪意から生まれる魔法なら、まだ赤い目の時の自分は、魔法が使えない時の自分には何が出来るのだろうか、そんな関係の無いことを考えながら起動すると電話のアプリを立ち上げる。

 電話をかける相手は当然、フリルだ。

 

 

「もしもし、フリル。僕だ。少し話したいことがある…今いいか?」




硝太の軌道修正出来るのはミヤコさんだけ、っと言う回でした。当然かもしれないけど硝太理解度が本人以上にある実母優秀すぎる…
硝太の性格的な問題がデカすぎてミヤコさんも苦労してるのです。ミヤコさんが頭ごなしに叱る訳じゃなくてちゃんと相手のこと考えなさいって言える人じゃなかったら硝太はツクヨミが止めるより先にフリルを切っていた前回。

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ミヤコさんが強すぎて出番デバフくらってる…メインキャラなのに
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