アビ子宅にいたフリルは変わった硝太の態度から硝太の異常性の恐ろしさを再認識して恐怖する。そんなフリルを見かねて逃がそうとするツクヨミだったがアビ子の何気ない言葉で二人の関係を見つめ直すことになる。その時立ち去ったはずの硝太から電話がかかってくる。フリルは電話を受け取ると自分の覚悟を再度硝太に言って「全部話して」といった約束を無理やり守らせる。
そんな硝太の口から出てきたのは何者かが硝太のインスタントバレットを覚醒させるために彼の母親──斉藤ミヤコを狙うという残虐非道な推理だった。
数日後。
舞台『東京ブレイド』公演初日。巨大な劇場にパンフレットを持った多くの人が訪れている。『東京ブレイド』自体が超人気漫画ということもあり来る人の量はJIFの時と同等に見える。ただでさえ数が多い上にその全てが同じところに集まるので密度はJIFのB小町のステージの比ではない。
「うおっ…ぷっ」
当然、見に来た硝太は顔を青くして歩いている。数日前、自身のインスタントバレットを狙うためにミヤコの命が狙われる可能性に気付いた硝太が護衛に手を抜くはずもなく常時半径2kmにいる人間全ての気配を感知、警戒し続けているのもありいつもより人酔いは酷くなっている。
いつも通りの帽子にサングラス、耳あてと不審者にしか見えない格好も今日は役に立っていない。何処かからヘルメスと名付けられた烏が帽子の上に降り、呆れたような声で鳴く。劇場付近は事前に頼んだように八咫烏の群れが見張っており、ツクヨミか硝太の合図ひとつでこの場を戦場に出来る準備が終わっている。劇場内部も会場運営側が荷物確認等の安全管理をしており、下手な行為はできない。残念なのは硝太も見張られる対象だということ。硝太は三角巾の中に隠しているナイフを隠れてヘルメスに渡すとヘルメスはそれをくわえたまま劇場の上へと飛んでいく。
舞台のような閉所に置いてナイフは銃より扱いやすくなる時すらある強力な武器だ。それを失うには惜しいが下手にことを荒らげることに比べたらまだマシだ。
「硝太、やっぱりやめた方が良かったんじゃ」
「平気平気。すぐ慣れ…ふ」
顔を真っ青にしながらも瞳を青く輝かせ続ける硝太を心配したルビーが休憩するように促すが硝太は口元を手で覆って吐き気を
硝太本人、『東京ブレイド』の舞台はそれなりに楽しみにしていた。兄のアクアマリンに彼の彼女、つまり将来義姉となる黒川あかねに学校の先輩にしてB小町の有馬かなの三人がメインキャラとして出演。舞台の広告には六人のメインキャラの役者が看板に大きく描かれているがその内の半分が身内なのだ。そのため舞台の籍も関係者席という芸能関係者が多く居座る席に三人とも座らせてもらえることになった。その上『東京ブレイド』は好きな漫画で超人気マンガの舞台化ということで予算も相当取れているのでクオリティは保証されている。楽しみでないはずがない。何も無いのであれば硝太もこのまま楽しむ気である。
「硝太くん」
三人並んで歩いているところに二人組の女性が声をかけてくる。『東京ブレイド』の作者鮫島アビ子と『今日は甘口で』の作者吉祥寺頼子の二人。二人とも顔を出す機会がそうないからか芸能人のような変装をせずにファンの中に混じっている。『東京ブレイド』が少年漫画でありながらカップリングを始めとした女性人気が高いこともあり、二人の顔を知らない人からすれば『東京ブレイド』のファンにしか見えない。しかし硝太並に人馴れしていないアビ子は師である吉祥寺を盾にするように3人に近づいている。当然話しかけられる前から近くにいることを知っていた硝太はいの一番に振り返る。
「お疲れ様です」
今日は特に家政夫の真似事をする訳では無いが礼儀として頭を下げる。吉祥寺は『今ガチ』撮影時に硝太が倒れた時に病院にいたのとJIFを見に来たので二人とも顔を知っているがアビ子は二人とも初対面。二人とも見慣れないアビ子に目線がいく。
「ひゃぁっ」
会ったことない女性二人、それも両方とも相当顔のいい二人に見られてアビ子はヘンテコな声を上げて吉祥寺の背中に隠れてしまう。
「ああ、すみません。気にしないで下さい」
「ええ」
隠れたアビ子を見てミヤコは状況を察して吉祥寺に温かい視線を送る。
人慣れしていない子供を持つ苦労はミヤコだからこそわかるもの。吉祥寺とアビ子の関係性は師と弟子であり親子関係とはまた違うものだがミヤコからすれば似たようなものである。実際は硝太と比べればアビ子はまだ社会性を持ったマトモな大人にあたるのだが硝太が外れ値であることをミヤコは自覚しておらず、吉祥寺も分かっていないので話が通じてしまう。
「流石硝太の彼女さん…硝太以外にもお世話してる人いるんだ」
「姉さん?」
「お姉ちゃんとしてはフリルと付き合って欲しいんだけど…やっぱり大切なのは硝太の気持ちだもんね」
「姉さん?」
その中で未だに吉祥寺と硝太の関係性が恋人に近いと勘繰っているルビーが若干頬を赤らめながら吉祥寺の母親っぽい特徴を整理する。
当然マトモな精神でやることでは無い。ルビーの恋愛脳な思考には硝太はとてもついていけない。尚、ルビーはこうしている間も魔女と名乗った女を警戒している。あの女はルビーとアクア、そしてアイの関係性を言い当てた。何処から情報が漏れたとするなら硝太には悪いが嘘が下手な硝太の可能性が高い。となると必然的に硝太の周りの人間を疑っている。
仕方なくルビーから視線を外して吉祥寺に向き合う。八咫烏が警戒を促す声を上げるが硝太にとっては吉祥寺は警戒する人間では無い。彼女は人を殺せるような女性でもなければ危害を加えられる女性でもない。それもあって最大の信頼を寄せられる相手である。
「頼子ちゃんも来てたんだね」
「それはもちろん。アビ子先生の晴れ舞台みたいなものだし、アクアさんと有馬さんの頑張っているところも見たいしね」
硝太の言葉ににこやかに答える吉祥寺。硝太が誘ったのもあるとはいえアイドルのファンでもない吉祥寺がわざわざJIFを見に行く程なので面倒見がいいのは知っている。アビ子先生の縁もあるとはいえ吉祥寺はもう二人のファンと言っても過言では無さそうだ。
吉祥寺の背中に隠れたっきり顔を見せないアビ子も作品の出来には満足していたようなので作品は安心して見ていられる。
「あ!今日の舞台『今日あま』の主役の人出るみたいですよ!(大根の人だけど)」
「あ、あー鳴嶋さん?そうですね…」
恋愛脳から抜け出したルビーが何やら思い出したのか硝太と吉祥寺の間に入って手を叩く。思い出したのは『今日は甘口で』の主役を演じた鳴嶋メルトが『東京ブレイド』に出演すること。言われて硝太も振り返って看板を見ると大きく描かれている六人のメインキャラを演じる俳優の中にそれっぽい顔をした男がいる。どうやら主人公ブレイドの味方のギザミ役をするらしい。漫画ではギザミは序盤から出演し、ずっと安定した出番と戦力のあるメインキャラなので当然舞台でも相当の出番があると見て間違いない。メルトの演技力が高ければ素直に喜ぶ吉祥寺だが『今日は甘口で』での酷い演技を知っているのでいい顔は出来ない。
メルトが出演することを知っている吉祥寺は若干顔を青くしながら言い淀む。目線を安定せず、硝太が嘘をついている時と似たような表情が出来上がる。
「ダメだよ姉さん。頼子ちゃん『今日あま』の大根役者がトラウマなんだから」
「トラウマって程じゃないけどね」
そんな吉祥寺の内心を即座に読み取った硝太は笑顔を作ろうとしたがなんとも言えない絶妙な表情になる。表情を作るのが下手な二人を見てルビーは少なくとも吉祥寺が悪意を持って魔女と名乗る女に話した訳ではなさそうだと警戒を解く。一応硝太と吉祥寺がどちらとも本人の認識としては隠しているのだがバレたという可能性があるにはあるがルビーはこの時点でその可能性を思考から外している。
何はともあれ今のところ苺プロの従業員を除けば硝太と1番仲のいい女性が吉祥寺だとルビーは考えている。そんな吉祥寺は当然ながら不知火フリルのライバルとしては高すぎる壁になる。
「フリルちゃん、これは強敵だぞ…」
◇◇◇
舞台『東京ブレイド』公演開始直前。
アクアは周りに誰もいない個室にいた。メイクをするのに使う鏡の前に立ち、吐き気を必死に抑える。瞑想、精神統一。役者がキャラクターに入る時に使うものだがアクアの場合は少し違う。
「──アイ」
アクアとルビーの母親。天が使わしたのではないかとすら言われた美貌を持つ完全無欠のアイドル。当時無名の事務所だった苺プロに突然生えてきてアイの全盛期の時のみとはいえ大手事務所並の影響力を与えたカリスマの塊。B小町のアイ。
彼女の死は多くのものに深い傷跡を残した。当然、息子のアクアもそのうちの一人。むしろその傷は誰よりも強いものかもしれない。アイの最期、ストーカーにナイフで腹部を刺された時、同じくナイフの強襲を受けて死にかけの硝太と共にアクア抱きしめられた。──ストーカーから庇われてアイは事切れた。ルビーと硝太すら感じとれなかったアイが亡くなり、冷たくなっていく時間を長々と感じてしまった。それを共有できたはずの硝太は
その小さくも決定的な違いが3人をわけた。
『楽しんでるんじゃねぇよ。』
アクアしかいないはずの部屋の鏡に、アクア以外の一人の男の姿が映る。黒髪高身長、白衣に眼鏡をかけた男性。
アクアはその男に見覚えがある──否、十数年前は毎日見ていた顔だ。雨宮吾郎。産婦人科の医師で星野愛久愛海の前世の姿。つまりアクア本人であり、別人でもある。
生霊とも亡霊とも言える男は誰よりも純粋に、悪意を持っていた。──怒り、絶望、失望──アクアに向けるソレは何より強い自分への後悔。罰せられることはなく、懺悔すらできないため自分で抱え続けるしかない罪の形。
──昔、記憶を失う前の硝太が言っていた。罰はその人が未来に行くために必要なんだと。罪を重ねた人の良識に向かって重石となるのが罰だ。裁かれるということはそれだけで許してもらえるということだと。
ごく普通の3歳児が悟って言うには大人すぎる言葉だがアクアも今ならわかる。犯罪を犯すと禁固刑だったり、罰金刑だったり、その後の人生への傷だったり、社会的な制裁がくわえられる。人はそれを恐れて犯罪をしない人が大半だ。だがそれはあくまで罰の1側面でしかない。罰とは許されるためにあるものだ。罪としては最大のものである死刑でさえも、死を持って許されるという意味であって何をしても許されないから死ね、ではない。そしてそれは被害者でも遺族のためでもない。社会的には国を円滑に回すために、という理由もあるが本質的な意味では加害者の為に存在する。加害者は罰を乗越え、許された時初めて加害者の汚名を返すことが出来るのだと。人は許されなければ、自分ですら許せない。罰がなければ許されない、許されなければそれは心に傷を残す。心の傷は魔法でさえ癒せるものではない、幸せに生きようとすれば必ずその傷を抉られる瞬間が現れる。他人からすれば小石につまづいた程度かもしれない。それでも必ず枷となる。そしてその傷は文字通り当人が死ぬまで永遠に消えることは無い。
アクアは母親を勝手な理由で殺された被害者だ。人を殺してはいけないというルールはあってもアイドルがファンに隠れて子供作ってはいけないというルールはない。仮にあったもしても法律で守られるべき彼女の自由だ。当然の事ながらアイを殺す権利はこの世の誰にもない。自分勝手な理由で刃物を握り、アイを刺したその犯人には如何なる理由があっても決して正義ではない。アクアは犯人の身勝手な理由と横暴さに母親を奪われた被害者。だがアクアは「アイを守れなかった」ことを罪に感じてしまっている。
アクアは前世では産婦人科の医師として真面目に働く大人だった。ドルオタではあったが自分が担当していない患者の面倒まで見る善人だった。その記憶を持つアクアはアイを『母親』ではなく、『子供』のようにみていた。彼女から母乳を受け取っても、あやされても、抱き抱えられても、アクアにとってアイは守られるべき『子供』で自身は子供を守るべき『大人』だった。
だが結果はどうだ、アイは妄言に取り憑かれたストーカーに刺され死亡、硝太は生死の境を彷徨うこととなり、自分だけが守られた。守るべきはずの『大人』が守られるはずの『子供』に守られて『子供』が死に、『大人』が外傷的には無傷は助けられた。その狂いが、罪という形でアクアに迫る。
『忘れるな、お前は救えなかった。アイを、弟を。お前にそんな権利は──』
アクアの脳内に溢れ出す、アイの死の記憶。
冷たい身体、輝きの消えた瞳、とめどなく流れる血とできる血溜まり、鼻に刺さる死の匂い。
まだ覚えている、いつまでも覚えている。あの時の絶望を、怒りを、失望を。この感情を消し去るのでも解消するのでもなく自分の腹の中に抱えて飲み込む。
悪意も感情だ。役者として強い感情演技をするのならこれを使わない手はない。アクアの演じる役『刀鬼』には強い悪意を発露するシーンがある。そこで自分の悪意を吐き出すように演技すれば確実に目を引く。アクアは確信していた。ここで客のみならず業界関係者の目を引き、芸能人としてのし上がればアイを殺した相手にいつかは繋がる。アイを殺し、生き残った硝太を狙ったと思われる『誰か』。ソイツを追い詰めるためにアクアはもう一度『大人』になる。
その背後には、いつの間にかアクアの個室に入ってきた硝太が青い瞳を輝かせていたがアクアがそれに気付くことはなかった。
久しぶりにアクアに焦点を当てたお話でした。とは言っても若干インスタントバレット味を加えただけでほぼ原作通りなんですけどね。
それはそれとして一番ホラーなの末っ子なんだよなぁ…アクアの憎悪がどれだけ強かろうと根が善人だからト〇ポみたいに全部悪意が詰まってる末っ子の方が恐ろしいという事実。
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頼子ちゃんはこの作品の良心。ルビーは可愛い。
結果気ぶりお姉ちゃん誕生!前話まで周りを振り回していた硝太もルビーには基本的に弱弱なのいいよね、弟してる。