舞台『東京ブレイド』に出演するアクア達。初日に舞台を見に行くことにした硝太達は吉祥寺やアビ子と話をしながら会場に入っていく。
その頃控え室にいたアクアは自分の中にある悪意と対話を済ませていた。その憎しみの形に硝太は思うところがあるようで──?
──東京ブレイドは一人の男が一振りの太刀を手にするところから始まる。
極東に散らばった21本の刀、『盟刀』と名付けられたその刀は持ち主に様々な力を与えた。風を操ったり、火を操ったり、よくある能力バトルものの能力が刀から発せられる、というのが東京ブレイドの特徴である。
主人公、『ブレイド』は後に相棒となる盟刀『風丸』を手に入れる。その後同じく盟刀を狙ってきた『つるぎ』というキャラクターと戦うことになり、無事勝利。全ての盟刀に認められたものは日本を支配する国盗りの力が与えられると聞いたブレイドは日本の王様になるために戦いに身を投じることになる。──以上が東京ブレイドの根幹となる設定だ。
『東京ブレイド』の舞台は滞りなく進んでいく。つるぎとの戦いを終え、仲間にしたあとはギザミと戦いまた仲間に。こうして仲間を増やしたブレイド達の前に立ち塞がるのはブレイド達のように盟刀の使い手達が集まった組織の一つ。新宿クラスタ。彼らとの戦いが舞台版『東京ブレイド』の肝となる。
ギザミ演じる『今日は甘口で』の主役大根役者の演技が物になっていたり、婚約者の役をしている兄と将来の姉の姿を見たりした。
ファン目線で語るならストーリーはマンガやアニメと変わっている箇所は多かったが別の媒体となる以上仕方の無いこと。むしろ原作者のアビ子先生が手を出しただけ設定周りはオリジナルで強引に押し通すことは決してせず、原作に忠実な話だと思う。役者の腕どうこうの話は全く分からないが吉祥寺先生やアビ子先生から怒りや落胆の感情は見えなかったのでいい舞台だった、と思われる。──役者達の刀の振り方や動きはまだ精密かつ、正確にすることは出来るがこれはあくまで舞台なのでその辺の要素は考えないことにした。
問題があるとするなら黒川あかねが演じる『鞘姫』が『ブレイド』の攻撃により致命傷を受けたシーンの後の暴走だろう。演技はうまかった。台本をちゃんと読んだ訳では無いので分からないがアドリブなどを織り交ぜていたようには見えない。だが──『刀鬼』の中にアクアマリンの強い悪意を感じた。怒り、嘆き、無力感、不信感。全身を刺に刺されるように痛々しい感情は演技を見ているのかすら疑わしく感じてしまう。
インスタントバレットなんて人にはすぎた悪意を抱えているからか、それとも母の仕事の影響か硝太は自分自身が悪意に敏感な自覚はあった。だがアクアマリンは弟妹の前でそれを隠しきり、演技の場でそれを表現として使った。アイドルには必要のないのでルビーは真似することすら出来ず、硝太はそれ以前の問題になる為必然的にアクアマリンにしか使えない技術となる。
だが、その痛みは──仕事として出すには現実味が強すぎて、周りの環境すら取り込む闇になった。
◇◇◇
劇が終わり舞台は拍手で包まれる。演者が顔見せとしてそれぞれ頭を下げてきて最後には鞘姫の格好をしたあかねをアクアマリンがお姫様抱っこした状態で歩いてくるのを背後から主役のブレイドが背中を叩いて追い抜く、というキャスト同時の仲のいい関係を見せられる。
それすら終わり一般客はそれぞれの感情を含ませながら帰路につく。舞台は楽しかった、面白かった、驚いた、様々な感情が見えるがほとんど好意的に受け取られているらしい。硝太を除いて顔を悪くしている者はいなかった。
一般客が笑顔で帰るのを横目に見ながら関係者達も偉い人達で集まって話を始める。アクアマリンの母親でありながら同時に苺プロ現社長のミヤコもその中に加わっていく。当然硝太もいつもの装備をつけてその中に加わる。業界関係者が多いからか最初は世間話と劇の感想だったが話題は自然と仕事の話になっていく。
話題に加わることは無いが周囲の人間に睨みをきかせる。演劇の最中も周囲の警戒を怠らなかった硝太だが、事を起こすなら人が減った今の方が都合がいい。
何より、アクアマリンや有馬のような演者との距離がどうしても離れてしまうので気づいても守りきるのが難しくなる。
「お母さん、兄さんのとこ行こ」
「ごめんね、ちょっとお仕事のお話あるから。硝太はルビーと一緒にいてね」
ミヤコの服の袖を引っ張ってアクアマリン達と合流するように促すがミヤコはその手を取るとMEMちょと一緒にいるルビーのほうを指さして大人達の中に入ってしまった。こうなっては相手がナイフでも隠し持っていれば間合いの関係上庇うことすら出来ない。
中に入って無理矢理にでも連れ出そうと思ったその時、明らかに自分を見ている視線に気付く。ルビーやMEMちょのような親しい人間からのものではない。即座に姿勢を低くして視線が来た方向に体を向ける。三角巾で包まれた左腕は指を立てて地面につけて前傾姿勢を保つためにバランス自由な右腕をフリーにする。自然と某地獄からの使者のポーズになったがそれを気にするものはいない。
「おお、誰かと思えばマザコン小僧じゃねぇか」
「…五反田のおっさん」
そこに居たのは髭面の初老はすぎてるだろう男性。男の名前は五反田泰志、映画館監督としていくつかの賞を取っている人でアクアマリンと悪巧みをすることの多い男だ。B小町のアイともそれなりに親しかったらしいがその頃の記憶は硝太にはないので分からない。
そのこともあり、硝太は五反田を必要以上に警戒している。何故アクアマリンを積極的に仕事に誘うのか、アクアマリンはなぜこのみるからに胡散臭いおっさんのことを気に入っているのか。ここに来たのもアクアマリンに呼ばれたのだろうと考えられる。が、そうする理由がアクアマリン側にあるとは硝太の目線では考えづらい。父親代わり、というのが硝太には理解できない存在であるためだ。母親には普通の子供になれるように育てられたが父親にはこれといって教育を受けたわけでも父親らしいことをしてもらった訳でもなく記憶に至っては何一つない。そんな硝太にとって父親と言うだけでも理解できない存在な上に血の繋がっていない相手が父親代わりをしようとしていると言うだけだ身の毛もよだつ。それが五反田への警戒心と嫌悪感の根本となっているのは本人すら理解していない。
「お前にはつまんない話だろ、さっさと早熟のとこ行け」
警戒心剥き出しで睨む硝太だが、五反田は気にする様子無く手を払うように振って「あっち行け」とジェスチャーを送る。早熟、というのは五反田がつけたアクアマリンの渾名だ。アクアマリンが年齢以上に大人っぽいことからそう名付けたらしいが五反田の名付けセンスは相当悪いと硝太は自分を棚に上げて思っている。アクアマリン曰く結婚しようとして色々頑張っていたものの、失敗したらしいがこの人が父親にならなくて良かった、と硝太は感じている。
「五反田のおっさんがお母さんに何もしないっていうならいいけど」
「なんでそうなる。まぁいいさ、お前さんのママに手を出すほど俺も命知らずじゃねぇよ。ちょっと早熟のこと見てくるわ」
硝太の目的はあくまでミヤコの保護であり、五反田に恨みつらみをぶつけることでもない。五反田も会話の相手がいなくて暇になったのかアクアマリンの方を見に行こうとこちらに背を向ける。その時五反田から見えた満足感が硝太の琴線に触れた。
五反田はアクアマリンの演技に満足している。あの強烈な、悪意をばらまくような痛々しい演技を五反田は容認した。つまりアクアマリンは五反田にこの演技を見せたかったということになる。アクアマリンの悪意の発生源は硝太も分からないわけではない、だからこそそれを見せたいとアクアマリンが思ったということは
「待て」
「なんだよ。早熟の方は…っ」
振り向いた五反田の額から汗が湧き出る。殺意を向けすぎて失禁してしまったかもしれない。どちらにしろ細切れにでもしてしまえば済む話なのでどうでもいいが。
五反田は恐怖心を紛らわす為に胸ポケットのタバコを探す、がこの場所が禁煙だと気付いて煩わしそうに胸ポケットに戻す。
「
青い瞳で五反田を睨む。右目から漏れ出る青い光はインスタントバレットの副作用なのか分からないが普通の人間が持つものではない。当然五反田は人の目が急に光り出すなんてギャグアニメみたいな光景は初めて見る。急に光出しても「まぁそういうこともあるよね」と流してくれるミヤコやルビーとは違う。
「単なる演技指導だよ。あいつは自分の感情を出すのが下手だからな」
「…そこは止めるのが大人じゃないのか」
「仕方ねぇだろ。本人がやりたがっていた」
星野アクアは自分の感情を使って演技ができない。どこかで見た演技を繋ぎ合わせてそれっぽい形に作っている。硝太には五反田の言う演技のことは理解できない。だが五反田がアクアマリンにあの悪意を振りまくような演技をさせるブレーキを外したのは理解した。
「そうやって兄さんを脅して、
アクアマリンの感情はB小町のアイ、つまり彼の母親から出ている。理不尽に母親を奪われた痛みと苦しみ、母を救ってくれないどころか死後母を追い詰める社会への憎しみは愛する母と今でも暮らせている硝太には計り知れない。硝太自身、アクアマリンとルビーが何故インスタントバレットに覚醒するほど絶望していないのか気になっていた。それほどの緩徐を持っているアクアマリンがそれを剥き出しにする演技をするのに五反田を誘う。
それはつまり、五反田という男がアイとアクアマリンの関係を知っていることを意味する。
「…ああ、そうか。で、俺を殺すのか」
やけに落ち着いた声で五反田は顔を伏せた。今の今まで硝太の地雷を踏んでいたことに気が付かなかったのだろう。
アイとアクアマリン、ルビーの関係は世間的には大スキャンダルだ。苺プロの状況を変えてしまえる、もしかしたら倒産させてしまえるだけの力を持つのかもしれない。仮に今は平気でもアクアマリンとルビーのこれからの芸能生活の障壁となる危険もある。二人が有名になった後に使われれば二人の芸能生活は一瞬で潰れる。あくまで一般人の硝太より映画監督として名を馳せている五反田の方がこの情報をより凶悪な使い方ができる。それもあって五反田はそんな危険なカードを手札に入れてもいいと思える男では無い。多少リスクを犯してでも息の根を止めないとそれ以上に危険だ。事務所の未来のためにもこの男は殺す。
「当然だ。が、それより前にやるべきことがある。おまえの身の周りの人間を全員言え。今言えば優しく殺してやる」
「言うとでも?」
「出来ないとでも?」
五反田の身体スペックは十分理解している。人の目がかかる場所であろうと、片腕しか使えない状態であろうと仕留めるのに数秒とかからない。同じように五反田を誘拐し、拷問するのも難しくない。五反田も硝太の狙いはすぐに分かる為言わないと意思表示をするが硝太にとっては関係の無い話でしかない。
硝太自身、拷問をしたことは無いがされたことならある。特に強い要素のない五反田ならすぐに口を割るという確信もある。迷う理由は無い。
周囲は世間話をしている中で二人の間にだけ張り詰めた空気が流れる。周りがそれに気付くことは無く、その場だけ別空間に存在するような感覚すら感じる。片方が動けばもう片方も動く。そして瞬発力、反射神経、格闘能力全ての分野において人間離れした硝太の方が圧倒的に上。五反田は文字通り蛇に睨まれた蛙のように足がすくんで動かない。足が動かなければ目を逸らすことも出来ずに数秒後の自身の未来を幻視する。その時だった。
──カァッ、カァッ。
烏の鳴き声が舞台に響く。ここは外ではなく防音装置もしっかりしている劇場の中。外にいる烏がどれだけ大きな声で鳴いたとしても聞こえるはずがない。つまり劇場内部に烏が入ってきたことになる。話していた周りの業界人もこれには流石に驚き、上を見上げる。
硝太は何か思ったのか構えを解いて瞳の青い光を消す。静かに、殺意を消すことは無いが険しい顔のまま睨むだけに留めた。行動に起こす寸前だった気配は無くなったがその分不満げな顔を見せるのは実年齢相応の反応に見える。
「硝太ー!先輩のとこ行こっ!」
その上救いの女神のようにルビーがすっ飛ん出来て硝太の手を掴んだ。ルビーは五反田の存在に気づいておらず、ただその場に突っ立っていた硝太の腕を取って抱え込むとそのまま何処かへと歩き去ってしまう。
「相変わらず姉には弱いんだな、あのマザコン」
ルビーに抱えられると抵抗ひとつせずぬいぐるみのように黙って動かなくなって連れていかれた硝太。そんな光景を見て五反田は一先ず目先の驚異がなくなり安心して溜めていた息をこぼし、乾いた目を瞬きで潤ませる。
あんな暴走列車を抱えてるアクアは大変だな…と一人余計なことを考える。介護が必要という意味では子供のバーターとして役を与えたアイと被る気もする。
「…そうか。あいつアイの弟だもんな」
急に怒り出すあの破天荒な行動も、アクアとアイの関係に気付くと怒るのも、オマケにマザコンなのも全てアイの弟だと考えると納得がいく五反田だった。
前回「舞台開演」→「舞台終演」早すぎ…!まぁほかにやることないからしゃあないんだけど。
五反田のおっさん、五反田のおじさんこと五反田泰志登場!…とは言っても別に出し渋っていた訳でもなくて硝太と絡ませる理由がこれまで欠片もなかったからなんですけどね。父親に忌避感のある硝太には成人男性と出来るだけ仲良くして欲しくないってのがありまして。それはそれとしてフリルにあんだけ言われてた人殺しに対する約束も即反故にする可能性あったのこいつ悪人すぎる。
それはそれとして(良くないが)五反田自身いいキャラしてるので双方の株を出来るだけ減らさず…まぁ硝太は大人の男相手だからちょっと減らしてもいいやと思いつつ…って感じの回でした。
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アイの弟で硝太の奇行が全て解決されちゃう五反田…アイはお墓で泣いてるぞ