姫川大輝を見てアイリと名乗った女性のことを思い出した硝太は女優として長いフリルに相談のために電話をかける。そこで姫川のことを聞いたが、それでは足りないと判断した硝太は次の手を繰り出す。
──その日の夜。
「このマンション、ほんと警備いいよね」
ストーカー事件に巻き込まれる前の自身が暮らしていたマンションと比べて監視カメラの数や警備員の有無等明らかに格が違うマンションを見て家賃の額が気になり、独り言をつぶやく。
フリルがこの部屋を訪れるのは初めてでは無い。フリルが芸能界に片足を入れた時から姫川は未だに無名の子役とはいえ役者だった。劇団『ララライ』のお偉いさんに蝶よ花よと大切に育てられていたのをなんとなくだが覚えている。その頃から徐々に姉がアイドルとして活躍していたフリルを推したい事務所の動きも相まってクールなタレントとしての自分目当てのバラエティの仕事と共に子役の仕事が出てきた。近い歳の子役というのもあり仲良くなるのに時間はあまりかからなかった。二人とも売れても特に関係が変わることはなく、二人で遊んだりすることこそないが番組の打ち上げなどに二人とも参加することは多かった。姫川の自宅を知ったのもその時である。
周りを見回して人気がないことを確かめたあとインターフォンを鳴らす。
「不知火?」
「久しぶり、姫ちゃん。ちょっと聞きたいことあるんだけどいい?」
しばらくするとインターフォンから姫川の声が聞こえてくる。姫川は別に堅苦しい相手ではなくむしろ軽いタイプの人間だ。会員制の業界人が多い場所とはいえ二十歳前からガールズバーで遊び倒している。線引きこそしっかりしているので文句を言われるほどでは無いが家まで来た女を送り返すようか人間では無い。
片付けてるのかしばらくドタドタ音が鳴ったと思ったら急に音が鳴り止み、扉が開く。入って来い、ということなのだろう。
「おじゃましまーす」
素直に玄関から入り姫川のいるリビングまで行く。
部屋は男の一人暮らしの割には清潔感がある。先程の時間でここまで掃除するにも無理があるので毎日これぐらい綺麗にはしているのだろう。
「お前、急に来るんだな」
「気にするような相手でもないでしょ?」
フリルは背負っていた大きなリュックをソファの陰に隠すように置いて姫川の向かいに座る。姫川は黙って冷蔵庫からジュース缶と酒缶を出すと酒のタブを開けてジュース缶を机の上に置く。フリルは小声で礼を言うとジュース缶を手に持つ。
「…で、何の話だ?L〇NEもTwi〇terもあるってのにわざわざ会いに来るなんて」
一口だけ酒を飲んで喉を潤した姫川は再びソファに座ってフリルを見てくる。異性とはいえ慣れた相手なので特に警戒しているようには見えない。ただフリルの性格や仕事の関係上二人が男女の仲になることはまずありえない。
ただ聞きたいことがある程度ならSNSでいくらでも聞けるし最悪電話もできる。わざわざそれをフリルが避けて記者の張り込みなどのリスクを考えてまで話に来ることと考えたら姫川も少しは慎重になる。
「大したことじゃないよ。仕事で近くまで寄ったからついでに姫ちゃんに聞きたいことあったのを思い出しただけだから」
その緊張を和らげるように笑顔とはいかないまでも頬を緩ませるフリル。国民的美少女の笑みに女好きの姫川の顔も緩む。
「なんだ、仕事の話じゃねぇのか」
「うん。姫ちゃんも一人暮らしだし家族とどうしてるのか気になってね」
不知火フリルが一人暮らしなのは姫川も知っている。元アイドルの姉が高校生の頃に独り立ちしていたのもあるそうだがまだ高校生の女の子が親元を離れて生活するのは大変だろうと同情する。
だが姫川はフリルと違って自分の意思や親と話し合った結果親元から離れて生活している訳では無い。5歳の頃に両親が息子1人を残して心中した為一人で生きなければならなくなっただけで独り立ちしようとか、大人になろうとか考えたわけではない。
「…前に言ってなかったか?5歳ぐらいに両親死んでんだ。兄弟もいない」
「あれ?そうだっけ?どっかで姫ちゃんがお母さんみたいな人と二人で出かけてるのを見たって噂聞いたことあるんだけど」
フリルは姫川の過去を覚えているが
「悪いがそれは人違いだ。姫川愛梨って知ってるだろ?もう俺の母親は10年以上前に死んでんだよ。…ほら」
「あっ、ほんとだ。女優の姫川愛梨さんと夫で俳優の上原清十郎さんが軽井沢のコテージで遺体として発見された。遺体の状態から二人は心中したと警察は推理している…ね。じゃあララライで母親代わりみたいな人は?」
姫川がスマホで自分の両親が亡くなった事件を検索すると昔のネット記事がヒットする。フリルが姫川の背後に周り、スマホに映っている記事の内容を説明するように読み上げる。
ネットに書いてあることなので調べようとすれば誰もが知ることが出来る事実。だがわざわざ調べようとする話でもなく、姫川大輝と姫川愛梨の関係を知るものは『ララライ』の古株を除けばそうはいない。姫川としては隠す気がある訳では無いが面白い話でもない、人にそうそう話すことでもないので『ララライ』のエースと呼ばれる黒川あかねですら聞いていないだろう。フリルも何度か仕事をする間で相手のことを調べてる間に知った程度の認識でしかない。掘り返しても話のタネになる訳でもないので覚えていたのは偶然だったとしか言えない。
「その後は養護施設から両親がいた『ララライ』と縁があった金田一のおっさんに育てられて役者の道だ。おっさんに囲まれて生きてきたんだから女なんていねぇよ」
「なんだ、じゃあ本当に勘違いなんだ」
「だからそう言ってるだろ。ったく、面白半分で人のプライベートに入るなよ」
姫川も話したくない内容なのか若干ぶっきらぼうな言い方になってきたのでおとなしく引き下がる。
──姫ちゃんにとって両親の心中は自分が親を失った出来事って認識しかないみたいだね。それが普通なんだけど。
硝太のように霊感やら超能力があれば話は違うだろうが姫川がそんなものを持っているとはフリルはとても思えない。姫川大輝という俳優は演技の才能は申し分ないがそれ以外は基本的にダメ人間なのだ。姫川は両親を失った事件を何処か他人事の様に見ている。息子として勝手に亡くなった両親を怒っている訳でもなく、少し斜めに見た結果呆れているように見える。時間が経ったのと実の両親との記憶が薄いことが原因だろう。姫川が5歳の頃に事件が起こったということはもう15年ほど経つことになる。もう実の両親と暮らした刻の3倍の時間を姫川は生きている。彼からすればこれからも風化するしかない事件のことを見つめる気なんて欠けらも無い。たとえそれが、実の両親のことだったとしても。
少し寂しい気はするが本人がどう思うかは姫川の勝手だ。フリルは表情を崩すことなく、別の話題を用意しようとほんの一瞬、記憶を探る。だがそれを止めるように姫川の背後には一人の少年が立ち上がる。左腕を三角巾とギプスで包まれた男の子。間違えるはずがない、硝太だ。
「──なんだ、アンタ結構冷たいんだな」
「おまっ──」
姫川が驚いて振り返ったと同時に姫川の身体が崩れるようにソファに倒れる。あまりにも一瞬の出来事でフリルの目には硝太が何かをしたようには見えない。姫川の方を見るが殺された訳ではなさそうだ。胸が上下しているのが見て取れる。目にも止まらないスピードで硝太が何かをして姫川を気絶させたのだ。
「硝太っ!姫ちゃんに何もしないんじゃなかったの?だから私ここまで運んできたんだよ?」
フリルは勢いよく立ち上がり、硝太に詰め寄る。
実を言うと、硝太をここまで連れてきたのはフリルだ。フリルが姫川の自宅につくまで背負っていて、姫川の背後に下ろした大きなリュックサック。その中に硝太が入っていた。目的は姫川大輝と姫川愛梨の関係の調査。調べれば二人が親子な事はわかるが硝太はまだ引っかかるものがあるらしくフリルに姫川から見た事件のことを聞き出すように頼んでいたのだ。もし仮に姫川が激昂した時の事と、硝太も話を聞くために自身を入れたリュックサックを運ぶように指示して。
それに対してフリルは条件をつけて了承した。それが姫川に危害を与えないこと。硝太が他人に危害を与えることに対する心理的なハードルが実質ない状態なので硝太が姫川を隙を見て殺害する可能性があった。姫川が亡くなることもそうだが硝太を人殺しにしないために努力すると決めたフリルは硝太に人に危害を与えないことを条件付けて行動を共にとることを許した。
だが姫川が気絶しているのはどう見ても硝太の仕業だ。フリルの目には硝太が何をしたのか残像を見ることすら出来なかったが位置的に硝太が姫川を殴るなりして眠らせたとしか見えない。殺さなかっただけ成長してるとも言えるが眠らせることも危害を与えたと言ってもいいはずだ。そう思い、約束を破った硝太にフリルは詰め寄るが硝太は意に介さ玄関の方を眺める。
「悪いけどそう言ってもいられなくなった。客人だ」
硝太が言い終えるとほぼ同時にピンポーン、と誰かがチャイムを鳴らした音が聞こえる。こんな時間に配達か、と思ったが硝太の気配からそんな生易しい話ではないと気付いてフリルは数歩後ろに下がる。
普通に考えれば客人とは姫川の客になるのだが硝太の言い方からしてそうでは無い、ここにいる不知火フリルと斉藤硝太がいると知っている誰かがいることになる。二人のことに詳しくて今ここに向かうと推測できる人といえばツクヨミがいるがそれなら硝太が警戒する必要が無い。これまで硝太が殺意を見せてきたのを何度か見たがその中でも武器を予め出しておくことから普通の手合いではないことが推測される。
「着けられたな。ヘルメス、二人を護衛しろ」
「カァッアッ」
硝太が出てきたリュックサックから一匹の八咫烏が出てきてフリルの目の前に着地する。硝太と共にリュックサックに入れられたヘルメスと名付けられた八咫烏は凝り固まった身体を解すように何度か翼を振る。それを見た硝太は三角巾に無事な方の右腕を突っ込むと中から鞘のついたナイフを取り出す。右の瞳はいつの間にか青く輝き、フリルにも今の事態がどれだけ緊迫しているのかを伝えられる。
硝太の三角巾にずっと入れられていたナイフだがフリルはナイフを取り出すのを初めてみる。若干誰かの血液が固まっているナイフは既に錆び付いており、刃物のとしての本来の役割は既に果たせないような鈍となっている。
「何する気?」
「当然、打って出る」
感覚を確かめるように鞘から抜いたナイフを数回振って手の中で遊ばせると鞘に戻すことなく玄関の方へと足を向ける。
そんな硝太の姿を見てフリルは自身がストーカーに追われていた時のことを思い出す。
──あの時とそっくりだ。
あの時も硝太はフリルを部屋に押し込めるようにしてストーカーと戦うことを選んだ。ストーカーがどんな人物だったのか今となっては分からない話だが人間離れした戦闘力を持つ硝太を倒すほどの人物だ。どう考えてもマトモな相手ではない。今回もそうだ。姫川大輝の自宅に来てからわざわざ硝太とフリル目当てに出向くような相手。硝太がナイフとインスタントバレットという凶器を持ち出して戦う、ということは殺し合いに発展するということ。人殺しに対する心理的なハードルがないと言ってもいい硝太とはいえ、そんな簡単にナイフを抜くことはない。
「──ン」
止めなければならない。硝太はただでさえ彼の左腕は完治していないのだ、また大怪我をすれば今度こそ死ぬかもしれない。もし勝てたとしても相手を殺してしまえば人殺しだ。それはなんとしてでも止めなければならない。
だが、フリルは「待って」と言って止める前に気付いてしまった。今の気配は、彼女が硝太に殺されかける直前の殺意と同じものだと。彼にとって自分の命より、世界の運命より大切に思っている母親のための戦い。ここまで来た相手と硝太の母親がなんの関連があるのかは分からないがそう気付いてしまった以上、フリルには「戦うな」とは言えない。
「…硝太、気をつけて。忘れないでね」
だからせめて、「忘れるな」と言った。
死なないで欲しい、人殺しにならないで欲しい。そんな友達に向けるには当たり前の言葉を、わざわざ声に出して言ったことを忘れるなと。
「…了解」
硝太は振り返りもせず短くそうとだけ言うと玄関の扉に手をかけた。
硝太が左腕負傷中のチビという割と目立つ見た目してるけどそのおかげでリュックの中に入って奇襲という手が使える。因みにこれ元ネタはコナンだったりする。あの名探偵意外と法律破ることに迷いないな…
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公私共にフリルが頼りになるいい女過ぎる…原作の自由人どこ行った