【硝子玉の子】   作:みっつ─

109 / 149
前回のあらすじ
B小町チャンネルの登録者が二万人を超えたが未だに財政状況は宜しくない。そこでPVを撮ることに…つまり原作通り


#90 心残り

「ええっ!?宮崎旅行!?」

 

 舞台『東京ブレイド』も千秋楽を迎え、もうすぐ冬休みが始まるという時期。冬休みに向けて学業も一旦落ち着いた陽東高校。いつも通りルビー、みなみ、フリル、硝太の4人は芸能科の教室で昼飯を食べていた。

 

「そう!撮影があるんだよねー!」

 

 話題は冬休みの間ルビー達が行く宮崎旅行になり撮影があることをルビーは得意げに話す。これまでYou〇ubeの撮影を何度か経験してきたルビーだが県外に出て撮影したことは無いので撮影で遠征に行く、という内容が芸能人として箔がついたように感じて胸を張っている。

 胸を張っているのでいつも以上に胸が大きく見える。

 

「ヒムラさんの新曲も撮るらしいね」

「そうそう!あの後ビックリするぐらい早く曲が来てさー!」

 

 硝太とルビーの言うようにルビーがヒムラに連絡してすぐ、驚くような速さで新曲『POP IN 2』が上がって来た。ヒムラの仮歌も流石トップアーティストというレベルの高いものに仕上がっていた。曲もこれまでのB小町の曲に近いながらもまた別の世界観を持つような新生B小町に相応しい曲となっている。

 JIF前はヘタウマとオンチと呼ばれたMEMちょとルビーはある程度歌えるようになってきたものの、トップアーティストのヒムラはおろか商業レベルにするにはまだ遠い。これから宮城に行くまで少しでも新曲を歌えるようにするのがルビーとMEMちょのミッションとなった。

 

 そんなミッションすら楽しそうにしているルビーを見てみなみとフリルも表情が緩む。ルビーのアイドル生活はどこを切り取っても楽しそうだ。本当なら下手な歌のレベルを上げるなんてファンが見るところでもないのだから苦しそうな顔を見せても誰も文句は言わないはず。だがルビーは偽ることない、本心から楽しんでいる。好きこそ物の上手なれ、というようにルビーがアイドルとして頭角を現しつつあるのはそういうところが大きい。もしかしたら今回のPVで予想以上の大きなバズが狙えるかもしれないとみんな密かに期待している。

 

「楽しそうだね」

「うん。スケジュールも僕のこれも特に問題なさそうでよかったよ」

 

 硝太はフリルに三角巾で包まれた左腕を見せながら自慢するように言う。怪我も治りは遅いが、激しい運動さえなけば旅行をしてもいいと医者が許可したので硝太も同行することになった。

 硝太に加えて東京ブレイドの慰安も兼ねてアクアも同行が決定している。アクアとルビーにとっては宮城は産まれた土地で撮影場所も二人が産まれた病院に近いらしい。アクアも表情や態度には見せないが少し楽しみにしているように見えた。

 長い間マトモに外も出られない期間が長かった硝太もそれは例外ではない。学校がやるような修学旅行などはもちろん休み、家族単位の遠出もミヤコが社長業で忙しく、日帰りで行ける程度が精々だった。飛行機に乗って九州まで泊まり込み、というのは硝太にとって初の経験である。MEMちょが考えた慰安旅行という名目が非常に役に立っている。

 

「二人にはお土産買ってくるよ」

「楽しみにしとるわァ」

「分かった…あと硝太」

 

 浮き足立っているルビーと硝太の姉弟らしい同じような反応にみなみはなんだかんだアクアが二人を溺愛してる気持ちを理解した。二人の反応が揃ったり、似たことを言うのは何度目か数えるのを放棄するほどに多い為みなみが二人を「可愛い」と感じるのもそう珍しい話ではない。兄弟がいないみなみにとってはこの二人の反応は微笑ましいと同時に甘やかしたくなってしまうものだ。

 対してフリルは硝太から何かを感じとったようで硝太の方をじっと見つめる。

 

「ん?何?」

「…ううん。なんでもない」

 

 しかし硝太が目線を向けるとすぐさま食事に戻ってしまう。少し気になるがなんでもない、と言われたら追求する訳にも行かず追求する理由もないので硝太は大人しく下がる。

 二人の落ち着いたようで焦れったいやり取りに姉としてルビーが援護を行う。

 

「ねぇ、硝太。キャリーケースとか持ってないでしょ。この際だし買ってきたら?」

 

 旅行経験の少ない硝太はキャリーケースを始めとした旅行するのに必要なグッズを持っていない。買い物自体は必要なのでそれをフリルと二人で行かせてデートにしよう、というのがルビーの采配だ。

 

「事務所に沢山あるじゃん」

「怪我治ったらB小町のマネージャーに戻ってくれるんでしょ?地方ロケはキャリーケースないと大変だよ?」

 

 苺プロには過去誰かしらが使っていたキャリーケース等が幾つか置いてある。それを使おうと言う硝太だがルビーがすぐさま首を横に振る。B小町が有名になったらライブで遠出というのも有り得てくる話だ。遠出だとホテルや旅館に泊まるのもあってキャリーケース等のアイテムは必ず必要だ。

 当然これらの話は建前で本当はフリルと共に行かせたいだけだが硝太がそんなことに気付く訳もなく、一緒に買い物に行く相手としてフリルを一番最初にあげるわけでもない。

 

「うん、わかった。じゃあ今週末──」

「ごめん!お姉ちゃん今週末みなみちゃんと買い物する用事あるんだ!──誰かロケ慣れしてる人とかに選んでもらったら?」

「じゃあお母さんと──」

「──!せやね!キャリーケース沢山あって硝太君選ぶの大変やもんね!フリルちゃんとかロケ慣れしてるやろ?」

 

 ルビーと行く、という前にルビーがみなみと共に買い物をする用事があると言ってなんとなくロケ慣れしてる相手、つまりフリルへと誘導する。みなみとの買い物、というのはルビーがなんの打ち合わせもなくついた嘘だが、みなみはその意図を瞬時に理解して勢いよく頷く。

 ならばお母さんと行く、という前にみなみがフリルを推薦する。言い方は強引ではあるが、役者ではないただのモデルとは思えないほど演技っぽさもない。

 演技っぽさもなく騙す意図もないので硝太はルビーとみなみの言葉を疑うことすらしない。

 

「うん。まぁそういう買い物は結構してきたけど…」

 

 これだけ強引に話を進めればフリルもさすがに意図には気付いたがいくら何でも強引すぎて少々引き気味になっている。とはいえ義姉(に将来なる)ルビーと友のみなみの好意に答えないほど厚顔無恥でもない。誘導に素直に乗って買い物慣れした大人を装う。

 

「お願いフリルちゃん!硝太の買い物付き合ってくれないかな?」

 

 最後のダメ押しとしてルビーが姉としてフリルに直接お願いする。フリルが拒否する訳が無いので硝太が拒否する逃げ道を塞ぐ、という意味の行動である。基本的に硝太はルビーやミヤコの言うことは素直に聞く。フリルに嫌悪感さえ持っていなければ買い物を共にするぐらいルビーが一言言うだけで終わる話。

 それでもルビーがわざと回りくどい話を回したのは硝太にルビーに命令されたから、ではなく彼自身がフリルの好意に甘えているという認識を刷り込むためである。

 

「分かった、硝太もいい?」

「ありがとう」

 

 ルビーの予想通り硝太は素直にフリルとともに行くことにする。そのやり取りを見てルビーとみなみはお互いの顔を確認して笑い合う。

 

「は〜後は新曲の練習かな?」

 

 弟と友であると同時に義妹(になる相手)の架け橋になる仕事を終え、同時に一足早く食事も終えたルビーは全身の力を抜いて机と椅子にもたれかかる。だらしない姿だがそれを咎める者はなく、ただルビーは気が抜けた顔をしながら足をブラブラさせている。

 アクアも必要なものは買うと言っていた、ルビーは自分のものがある。ミヤコやMEMちょ、有馬も特に問題はなく、硝太が旅行の準備が出来れば後気にするのは仕事の話。これまでB小町の曲のみ徹底的に練習した結果B小町の曲だけはそれなりに歌えるようになったルビーとMEMちょだが、新曲ということは当然また新しい曲で歌えるように練習しなければならない。元々歌が上手い有馬は最低限の慣らしで済むが特にルビーはセンターということもあり、パートも目立つダンスも多い。PV前に習得しなければならない物は多い。

 

「そうだね。僕も、そろそろ準備を終わらせないとな」

 

 ルビーの様子を見て食事を終えた硝太は立ち上がる。昼は芸能科で食事をする硝太だが授業前には普通科の教室に戻らなければならない。当然三人ともそれは分かりきったことなので立ち上がって教室を出ていこうとする硝太を止めようとすることは無い。だがその中で唯一フリルだけは背中を向けた硝太に声をかける。

 

「…硝太、忘れないでね」

「了解」

 

 まるでデートのことを忘れるなと言っているような言葉にみなみとルビーの二人はは黄色い声をあげる。それに対して硝太は声変わりしていない子供特有のいつもの女っぽい声ではなく、重い声で答えた。二人の会話の真意は二人以外知らなくてもいいというように勘違いを訂正させることなく、硝太は芸能科の教室を後にした。

 

 

◇◇◇

 

 鮫島宅。『東京ブレイド』の舞台が千秋楽を迎えても原作の作者のアビ子の生活は特に変わらない。舞台用のカラーイラストや脚本の監修の仕事から解放されたが一番の仕事であるマンガは休まず続けている。それどころかアシスタントが居なくなり一人で漫画を書かなければならなくなった影響は多くマトモに休むことも出来ない。

 だが、そんな激務の中で夕方頃になるとアビ子は玄関が気になって仕方がない。仕事の手を止めてチラチラと玄関の方から可愛らしい子供ながらも毒を含んだ声が聞こえないかと期待している。

 

「硝太くん、来ないな…」

 

 舞台の脚本の監修に忙しかった頃、家政夫のように身の回りの世話をやってくれた小学生頃の男の子。初めて会った時から左腕を怪我しているのか三角巾を巻いており、周りの人には危なっかしい子供として見られているように見えた。『東京ブレイド』の舞台に出てくれた役者、星野アクアの弟と聞いているが父母どちらかが違うのか見た目はあまり似ていないが、性格は結構似ていたような気がする。ぶっきらぼうで冷徹のようでいて世話好き。正直小学生頃の子供に家事をやらせることを問題だと思うことはあったが、彼が真面目に進めてしまうため素直に好意に甘えてしまった。

 そんな彼と最後に会ったのは舞台『東京ブレイド』の初回公演。家族がメインキャラとして参加するのもあり、彼は母と姉と思われる家族と共に来ていた。その時はあまり話が出来なかったが何かを感じとったのか、何か言われたのかその日以降彼はこの家に来ることはなくなった。

 

 私がダメな大人なのを見て息子の手伝いに行かせることを母親が拒んだのか、そもそも彼が兄が出てくる舞台を見るまでの処置として考えていたのか。幾つか理由が思い浮かぶ自分が嫌になる。もう少し仕事以外にも目を向けていれば、嫌な顔させるようなことしなければ何か変わっていたのだろうかと考えてしまう。そもそも小学生の子供が一人で知らない異性の大人の家に度々訪れるだけで事案と言われればその通りだがそれに加えてこれだけの理由が揃えば硝太が来なくなるのは当然と言える。

 

 

「お疲れ様でーす…うわっ、安置所?」

 

 そんなこんなで暫くしてるとなんの気配もなく玄関の方向の扉が独りでに開く。まるでホラー映画の幽霊がやってきたように音もなく開いたのでチラチラ見ていなければおそらく気が付かなかっただろう。開いた先には懐かしい可愛らしい毒が混じった声と共に小学生ぐらいの一人の男の子が立っていた。

 確かに冬の寒さが厳しい時に暖房一つつけずに暗い部屋で仕事をしていたので安置所のように思えなくもない、がそれがサラリと出るあたり一般的な可愛い小学生との違いが感じられる。

 

「しょ───」

「何してんですかアビ子先生。ゴミひとつも出さないで」

 

 彼のことを考えていた時に音もなく、都合よく出てきたので幽霊かなにかが出てきたのかと思ってしまったが、間違いなく斉藤硝太その人が出てきたことに思わず立ち上がって駆け寄ろうと体が動く。だが座って仕事をしていた状態から急に立ち上がったので机に膝を当てて倒れてしまう。が、倒れる直前にまたも音もなく瞬間移動のようなスピードで走って来た硝太にお姫様抱っこの体勢で支えられる。字面だけ見るとまるでお姫様を抱える騎士のようだが彼の体躯が小さいせいで可愛いという感想が先に来てオマケに自然と毒を吐いてくるのでかっこよくは見えない。しかしこれが斉藤硝太だという男の子だと思うとむしろ安堵する。

 

「そ、それを言うならこっちの台詞です!最近ウチに来なくって!寂しかったんですよ!」

 

 安堵したので思わず思っていたことを全てぶちまけてしまう。来なくなって当然だろ、と言われてしまいそうだが寂しかったのは寂しかったので仕方が無い。ただでさえアシスタントが居なくなってたまに来る編集を除けば家に一人なのだ。その編集もアニメや舞台が終われば漫画を書く催促に来る程度でマトモに話もしない。前まではそれで平気だったのだが、彼が来なくなったせいでその寂しさを余計に感じるようになってしまった。

 だから仕方がない、と彼の毒舌を受け入れる。

 だが彼はそんな私の態度が心底驚いたようで目をまん丸にして驚いている。毒舌どころか謝罪ひとつ出てこない。

 

「…失礼しました。アビ子先生。斉藤硝太、ただいま現着致しました」

 

 しばらくするとまるで執事のように丁寧な口調で素直に謝罪してきた。声変わりしていない男の子の声ながらお姫様抱っこの体勢のまま、あまりにも温かく感じる声で言ってくるので頬が熱く緩くなってしまう。

 そうしている間にゆっくりと身体を下ろされたので今度こそ体をぶつけないよう落ち着いて立ち上がる。

 

「ありがとう、ございます」

 

 執事気分なのか彼は小さく礼をするとゴミ箱の中身と周辺に散らばったゴミを回収する。彼が動いたのなら私は黙って仕事に戻ればいいのに、その様をマジマジと眺めてしまう。ただでさえ静かで気配があまりしないのもあり、目を離したらもう二度と現れないのではないかと不安になってしまう。

 

「…僕、二度とここには来ないつもりでした」

 

 溜まった一ヶ月分以上のゴミ山を分別してゴミ袋に纏めると、硝太は私がまだ見ているのを確認して独り言のようにつぶやく。

 

「元々『東京ブレイド』が好きだから、先生がマンガ家を続けてもらうためにできることをしようと思ってたんです。けど僕にはもっと守りたいものがあるんです。だから、今日も最後にするつもりで来ました」

 

 硝太が言っているのは単純な優先順位の話だ。かけられる予算も時間も有限な中、小学生ではそのリソースの限界もそう高くない。学校の友達と遊んだり、宿題したり、好きなゲームやったりしたいこととしなければならないことは多くただでさえ与えるだけの家事手伝いなんてしたくもないだろう。たとえ作品のファンだとしてもマンガ家の家にタダで家事手伝いをしに行こうとは思わない。

 

「待って、待ってください!あっ、お金。お金出します!」

「やめてくださいってか、たかが家事手伝いの高校生にそんな額払うな!」

 

 今日の訪問は彼にとってのケジメなのだろう。変なところで責任感があるんだな、とこれまでの行動を思い出す。冷静になって考えてみれば硝太の行動はあくまで家族の出演する舞台を成功させるため、という名目の方が彼の中では大きかった。それを成すために動こうとする時点で大きな責任感を持っていることを考えさせられる。だとしても彼が居なくなって会うことが無くなる不安が消しさられるわけではない。むしろ目の前から消えることが保証される訳なので無理にでも引き止めてしまいたくなる。

 残念ながらこういう時に何を出せばいいのか鮫島アビ子という大人は知っている、お金だ。金を払えば人を働かせることも、願いを聞いてもらうこともいくらでもできる。まだ若輩の身でありながら5000万部売り上げ、日本中の漫画家の中でもトップクラスに売れたマンガ家であるからこそそれを差し出すことに対する抵抗も何も無い。そして同時にアビ子は成功するのが若すぎたせいで金銭感覚がぶっ壊れている。この2つの理由でアビ子は迷わず万札でパンパンになった封筒を取り出すと硝太のポケットに無理矢理ねじ込もうとする。どう見ても事案である。

 アビ子の奇行に流石の硝太も慌てる。がそれより手にした事の無い金額をポケットに突っ込まれることで心が揺らいだのも真実である。そうでなければアビ子の力なんて簡単に抵抗できるが、硝太は欠片も抵抗していない。家族のためなら全て捨てられる人間であっても俗っぽいのは変わりないのである。

 尚、硝太が自分のことを高校生だと言ったのはアビ子は慌てていたのもあり右から左に流した為聞こえていない。

 

「…びっくりするほどめんどくせぇなこの人…」

「めんどくさい女でゴメンナサイ」

 

 年上相手にしているとは思えない暴言を吐く硝太と、口では謝りながらも硝太のポケットに現金を突っ込むのを止めないアビ子。止めるものがいないせいでアビ子は追加の現金を突っ込み始める。ここまで来ると最早別の現金の持ちすぎという問題が発生するがそれを指摘するものは当然居ない。

 しばらくそうしていると硝太は最初にアビ子が取りだした現金の入った封筒だけ受け取ってアビ子に届かない位置──壁と天井を這うように歩いて逃げる。並外れた身体能力、という言葉だけで説明するには無理がある動きを見てもアビ子は「最近の子って凄いな」ぐらいの感想しか浮かばない。

 

「とりあえず、これは置いておきます。既に僕は受け取れるだけの物は受け取りました」

 

 アビ子から距離を離した硝太はアビ子の作業机に心底惜しそうに封筒を置く。現金は欲しいがアクアマリンや有馬の舞台を成功させるため、アビ子の作品の為という理由で仕事をした硝太としては舞台が成功しただけで料金は十分受け取っている。これ以上はただの貰い物になってしまうし何よりこのままアビ子の関係をダラダラ続けたら硝太の目的が果たせずに終わってしまう。

 アビ子はお金を受け取らないと硝太が決めた時点で引き止めるものが無くなった。もう何も言うことは出来ないのか黙って頷く。現在アビ子の味方となるのは同じくマンガ家で忙しいであろう吉祥寺を除けば硝太ぐらいしかいない。その分アビ子の硝太への依存度は高く、代わりを見つけようにも彼女の寂しさを埋める存在がそんな簡単に出てくるはずもない。

 俗っぽく汚い発想に思われしまいガチな現金による解決もけじめの付け方としても関係の結び方としても簡潔で、後腐れのない方法になる。

 

「僕は苺プロ社長斉藤ミヤコの息子、斉藤硝太です。会社の為に、家族のために戦う義務がある」

 

 だが、硝太には鮫島アビ子以上に。『東京ブレイド』以上に好きで大切なものがある。それが苺プロであり家族だ。アクアマリンの為とはいえ回り道をする形になってしまったが望んでいるものは最初から変わらない。その為なら文字通り全てを犠牲にする覚悟を、硝太は全ての記憶を失ってすぐに、本人の感覚では産まれたての状態で決めた。生きている限り揺るぎはしない誓い。

 

「…それでもアビ子先生が僕を必要としてくれるのなら、それは契約だ」

「…硝太、くん…?」

 

 今日会ってすぐの温かく優しい執事のロールプレイでもしているような態度から一変、冷たく機械的な目になりその瞳に私が映る。そういえば最近彼の連れ込んできた子が同じような目に会っていた気がする。なんか勝手に解決したようなので特に気にしなかったが喧嘩できて羨ましい、なんて思った記憶がある。名前は…誰だったか思い出せない。有名人だった気がするが、もう忘れてしまった。

 つまりこれは彼なりの分水嶺。小学生にしか見えない子供の『戦い』なんて聞いても、普通の子供ならちょっとした喧嘩や大嘘としか見えないが彼のような嘘が極端に下手で尚且つ似たような状況を一度見た上だとただならぬ雰囲気を感じずにはいられない。そのただならぬ雰囲気が、全身の『熱』を奪っていく。あれだけ寂しさを紛らわそうとしていたのが何処かどうでもよくなっていくのを感じる。彼の言動が怖いから恐怖しているのか、それとも案外冷たい人間で冷めてしまったのか。どちらも違う気がする、今の私に分かるのは今の彼は只者では無いという事のみ。

 だが、同時に私は彼をそういう目で見ること出来なそうだと思った。一見ただの小学生。深く付き合うと最低最悪の異常者に見えるし実際その通りなのだが、それでもこの子はまだ子供。そして作品のファンだとしても、兄の舞台の成功のためだとしても何も知らない女の家に転がり込んで家事手伝いだけして手も出さずに帰宅するような傷付けない選択の取れる子供だ。なら、一人の大人として私が取るべき選択とはなにか。

 

「…君の言ってることはよく分からないです。けど、もっと気軽に遊びに来て下さい。私君には何もしないので」

 

 それは彼の手を切らず、依存しすぎもせずにただの家族が大好きな男の子でいさせることだろう。正直これをどれだけ続けられるのかと考えたらすぐに根を上げそうな気がする。

 いや、建前はよそう。これは大人としてどうあるべかかというより彼が居なくならずに、尚且つ彼の『戦い』とやらに邪魔をしない為の処置でしかない。きっと彼は私がこの選択を取ることを知っていたのだ。もしかしたらそのために誘導したのかもしれない。硝太は驚くことをせず優しい顔を見せると大人しく仕事に戻る。私もまた、仕事に戻る。どれだけ売りあげようとどれだけ有名になろうと私はマンガ家、彼の言う『戦い』は無いし戦うのはフィクションの世界でもう十分だ。

 

「なら、掃除くらいまともにやってください」

 

 耳に痛い事を言われ、迷わず両耳を塞ぐ。その動きが面白かったのか彼はケタケタと笑い始めた。




ここでアビ子先生が硝太を求めたらアビ子先生ルートだったかもしれない。けどそれはならなかった。ならなかったんだよ。
それはそれとして社会に揉まれる大人、被虐性が強い人間には割と甘い硝太。でもミヤコさんやアクルビの為なら何も迷わずサッと捨てるしフェードアウトもする。優しいようで冷淡。そのくせ律儀に振舞おうとする。
その裏で只管に可愛いルビー。もう姉さんがこの作品の癒しだよ。みなみちゃんと共に硝フリのデートセッティングまでやってくれるキューピッド姉さん。

感想、高評価、お気に入り登録よろしくお願いします!
ルビーは可愛いしアビ子先生は可哀想可愛い。これになんの違いもありゃしねぇだろ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。