宮崎旅行のためにキャリーケース等の旅行に必要なものを買い揃えることにした硝太。ルビーはそんな硝太とフリルをくっつける為に買い物にフリルを同行させることを決め、当日は後ろからついて行くことにした。
いつも通り人酔い用のサングラスにヘッドフォンに帽子の不審者装備を身につけて家を出る硝太を見送って数分後。後を追うようにルビーも最低限の変装をして家を出る。
行先は硝太とフリルが合流場所と決めている駅の近くのコンビニ。中に入り店員の「いらっしゃいませ」を聞き流して店の外、つまり硝太の姿が見える場所に立って近くの雑誌を見る振りをして硝太の様子を確認する。
要するにストーカーお節介である。
「ルビーちゃん」
「みなみちゃん。おはよー」
しばらく見ていると店内にルビーと同じく最低限の変装だけしたみなみが現れる。みなみも店内の商品を見るふりをして硝太の様子を伺う。直前にスパイ映画でも見たのか小さな手鏡まで使用する徹底ぶりだ。みなみの目的もルビーと同じ硝太の追跡。より正しく言うのなら硝太とルビーのデートの追跡。
小さい頃から可愛がってきた弟に推しが惚れたという話を聞いてから気ぶりお姉ちゃんと化したルビーが恋愛話が好きなみなみに二人のデートの様子を観察しようと誘ったのだ。この話はストーカー被害にあったことのあるフリルには一応通してあるが硝太には完全に秘密である。硝太が女の子とのデートでどんな対応ができるのか、姉として気になる。
「硝太君意外と早いんやね」
「基本的にお母さんの言うこと絶対の素直な子だから」
硝太は集合時間よりかなり早く来ており、時計を確認することもなく人目につかなそうな位置でポツンと立っている。サングラスに帽子、ヘッドフォンで顔がほとんど見えず、三角巾で左腕を包んでいる子供なんて一度見てしまえば気になってしまいそうになるが人目につかないところにいるのもあってか硝太に他の視線が向いているようには見えない。
その様子にみなみはJIFの時のことを思い出す。あの日、みなみは予定より比較的早く来たのにも限らず硝太は集合場所で今日のように一人でポツンと立っていた。幼い見た目から時間にルーズな印象を持たれるが基本的には苺プロ社長斉藤ミヤコの息子としてちゃんとしている。時間に遅れるなんてことは当然無いし、立っている時も邪魔にならない程度の事はする。普段、というより素行が悪い時がヤのつく自由業のような態度の為荒々しく見える時は多いが社長らしく規律正しくしているミヤコの言うことを絶対としているので基本的に礼儀正しい子供。
身内を除けばかなり近くにいる時間の長いみなみでさえ硝太のことを怖い人間だと思ってると理解させられルビーは少し視線を落とす。
──やっぱり最近なんかあるんだな。
可愛らしい子供っぽい反応ではなく常時周りに威嚇してるような反応を取る硝太と考えるとルビーはどうしても昨日の電話が思い浮かぶ。『魔女』と遭遇したのか否かは不明だが電話中とはいえ硝太が自宅で訳もなくあんな態度をとるはずがない。『魔女』が関わっているのかどうかは置いておくとしても話ぐらいは聞いておくべきだった。硝太は嘘が下手なくせに抱えがちな子だから家族として少しでも硝太の隠し事を無くしてあげないと唐突に変な事をやり始める。
「やっぱり、話ぐらい聞いてあげないと…」
「あっフリルちゃん来たよ!」
デートの前に不安感だけでも拭ってあげた方が良かったか。そう思っているとみなみがフリルが来たことに気付く。
フリルは何度か外で見た事あるようなスラリとした身体を生かすような服ではなく少しゆったりとした服装になっている。赤いブラウスに茶色のロングスカート。深く帽子を被っており顔はあまり見えない。あまり目立つような服ではないのは変装のつもりなのか、と一瞬思ったが全体像を見て何となく理解した。
全体像がゆったりしていて普段のフリルより肉付きがよく見える。要するに硝太の好みに寄せている。
「あーアレは硝太の好みだ」
「そうなん?…確かに硝太くんスリムな綺麗系よりそういう子の方が好きそうやけど」
大抵の男が好きな見た目は胸がでかくてしりもでかいが腹は細い、所謂ボンキュッボンだと相場は決まっている。硝太もその例に漏れずそういう体型の女性が好きだが中でも硝太は胸のデカさを相当気にする。警戒心ダダ漏れの状態でも胸の大きいみなみを気に入るほどなのでとてもわかりやすい。それに加えて若さで押すより経験を感じさせる品の良さで押した方が反応がいい。フリルの服はそういう硝太の好みを反映させたもので今回のお出かけがどれだけガチかを感じる。
実際硝太の反応もいいようで二人は少し話すとすぐに隣に並んで街中の方へと入っていく。手を繋いだりなどカップルっぽい行為はしていないが雰囲気だけなら初々しいカップルと言っても間違いではない。問題は硝太が顔の大半を隠しているのと身体がちっこいせいで何も知らないでみると事件性を感じてしまうことだが、そればかりは硝太の責任では無いのでフリルが何とかするしかない。
「みなみちゃん!追うよ!」
「ハイハイ〜」
硝太達の背中がまだ見えるギリギリでみなみとルビーはコンビニから出る。勘のいい硝太に気付かれないように距離を保ちながらその背中を追いかける。
「あっ、中入っていく」
二人で外を歩く時間はそこまで長くなかった。みなみの言うとおり歩き出してすぐに二人は建物の中に入る。相手がフリルなので硝太も周りの視線を気にしているのだろう。服装から不自然だがそれ以外は自然に取り繕っている。
そんな彼らが入っていくのは大きめのデパートの中。硝太の目的の買い物を済ませるなら十分の広さ。ルビーとみなみも普通の買い物客を装って二人の少し離れた背後を歩いて様子を確認する。
「ここならキャリーケースも売ってそうやな」
「そうだけど…なんか準備良くない?硝太なのに」
気が使えるとはいえ至らないところの多い硝太だがキャリーケースが売ってるような店を最初にあげて集合場所もすぐ近くにしたあたり準備はしてきているようだ。そう思って硝太の方を確認するとスマホを取り出して何やらフリルと話している。買う商品にあたりでもつけたのだろうか、どうやら硝太は買い物自体はさっさと終わらせるつもりらしい。家を出る前のやる気の無さに反して決めるのは早そうな硝太の態度にルビーはため息を吐く。これで早く終わらせるのは終わった後に一緒に遊びたいから、とかだったら見直すのだが、現在の硝太の状況を考えると「フリルの時間を長くとるわけにはいかないから…」とか言い出すに違いない。
「いや違う。違うんだよ硝太…」
デートなのだから出来るだけ長い時間一緒にいたいと思うのが自然な流れだろう。そもそもデートという意識が欠けているので仕方ない、と一瞬思ったが友達と買い物する時でも出来るだけ早く済ませようとする人はまずいないだろう。買い物は選んでいる時間を共有するのも楽しみの一つなのだが硝太がそれに気付くのにはしばらく時間がかかりそうだ。
そうこう考えているうちにデパートの中のキャリーケースが沢山並んでるコーナーに辿り着く。二人ともテキパキした様子で迷わず辿り着いたので横に並んだ時の初々しいカップル感は開始数分で薄れてしまっていた。みなみとルビーは近くの婦人服売り場に隠れて待ち合わせの時のように商品棚から硝太とフリルの様子を伺う。
「ここまでの様子はどうなん?お姉ちゃんとして」
「うーんいつになくちゃんとしてるけど…なんかちゃんとしてるのは硝太らしくないって言うか」
集合から目的場所に辿り着くまでの数分間を共に見ていたみなみが姉としての感想をルビーに求めてくる。
ルビーとしては硝太がノープランで突撃してお店選びからフリルに教わる展開を考えていたが実際は最初にフリルの様子を聞くことはあっても基本一人で進めているようにみえる。一人で進めてはいるが相手に有無を言わせないという程ではなく、手綱は握りながら相手に自由意志を持たせるやり方に見える。対人経験が少ない硝太には相当難しいはずのやり方だ。なんだかんだ人を手玉に取るのが上手いアクアなら兎も角、硝太には出来ないと言ってもいい。
「硝太くんも男の子やしカッコつけてるんやろ。フリルちゃんに情けない姿は見せられへんしな」
「そうかなぁ…」
みなみは硝太がデートを意識してカッコつけていると見ているようだがルビーにはそうは見えなかった。意識してるのはフリルではなく、別の誰かのような気がする。
もう後ろをついてきているのが硝太にバレていてフリルにバレないようにルビー達をを撒こうとしている、と考えた方が納得する。その割には硝太がこちらを振り向いたり確認する様子が見られないのでルビーは
「このままフリルちゃんと高そうなレストランとか行くんかなぁ。夜景を楽しみながら豪華なディナー…二人は盛り上がってそのまま…」
ルビーが硝太の行動に疑いの目を向けているとはいざ知らずみなみの妄想はどんどんエスカレートしていく。
ドラマであるような高級レストランを最初から予約しておいて時が来たらその場にフリルを連れて行き夜景を楽しみながら豪華ディナー。そんな光景がみなみの脳内には浮かんでいる。当然硝太にそんな行動ができるはずもない。硝太が連れて行くとしても場所せいぜいファミレスかファストフード店。場にいるだけでドキドキするような経験が味わえる、なんてことはまず無い。そんなことはみなみも十分承知している。だが相手が国民的美少女の不知火フリル、硝太が普段見せない主体性のある行動を見せる、デートとそれをストーキングしている自分達という非日常性のコンボで既に冷静な判断が出来なくなっている。
「いやないない。」
そんなみなみを横で見たからか、それとも硝太の行動に違和感を持ったからか普段脳内ピンクなルビーが逆に冷めた目をしている。弟相手に解釈違いを起こしている姉は手を振ってみなみの妄想を一言で否定すると一旦硝太とフリルから視線を外す。
ルビーがそんなことを考えている間に硝太とフリルの買い物は順調に進む。キャリーケースのように高い買い物なら時間をかけてやるものだが硝太が前からある程度欲しいものを絞っていたからか順調に絞り込まれて数分と経たずに決まっている。
「あっ硝太くんキャリーケース選んだみたいやね」
「赤と…白と…黄色。」
みなみに言われて硝太の方を再び見たルビーの瞳に映ったのは赤を基本として差し色に白と黄色が混ざった大型のキャリーケース。硝太がそんな目立つ色を選ぶのはあまりない。基本的に兄姉の影に隠れることを選ぶ子なので自己主張の激しいものを選ぶことはない。だがルビーはその色に強い思いがある。
──赤と白と、黄色。
ルビーは『怪我治ったらB小町のマネージャーに戻ってくれるんでしょ?地方ロケはキャリーケースないと大変だよ?』と硝太に言った発言を思い出す。硝太がキャリーケースを買う目的は宮崎旅行もあるが今後のB小町のマネージャーの活動も見据えている。アイドル分からないながらもB小町マネージャー兼ファンとして動くのだからB小町の三人のサイリウムカラーが揃ったキャリーケースを選ぶのはむしろ硝太らしいと言える。
「仕方ないなぁ、硝太は」
先程まで硝太らしくない行動ばかりで違和感を持っていたルビーもこの日初めての硝太らしい行動に思わず頬が緩む。
硝太達は買うものを纏めてそのままレジの方へ。みなみとルビーも婦人服売場から出て硝太達の後をつけていく。
「買い物終わったらどこ行くんやろ、お昼予約しとったら見とくの難しいなぁ」
「硝太だよ?相手がフリルだとしてもファミレスかマ〇クでしょ」
買い物自体は始まった時の予想通りすぐに終わりそうで今は昼時。この辺りはデパートがある為人が多いが少し離れればこの時間帯でも並ばずに昼飯を食べられる。みなみが妄想で弾き出したような女慣れした硝太なら美味しそうなお店を予約しているが、実際はそんなことまで頭が回るわけがない。予約しなければならないような店はまず入らない。相手が
硝太達もそんなことを考えているかは分からないがレジは思ったほど混んでおらず何事もなくすぐに終わった。あったことといえば会計時にフリルが横から黒いカードを出して会計を済ませようとしたことだが、それは流石の硝太も遠慮したのか硝太は自分の金で支払った。
「全くあの子は…女の子にお金払わせようとさせちゃダメでしょ…!」
「フリルちゃん硝太くんに貢ぐタイプなんやな…」
フリルがなんの迷いもなくカードを取り出すのでこれまでも同じようなことがあったのではと疑い頭を抱える女子高生二名。二人は知らないことだが、実際硝太とフリルが共に出掛けた時に映画代をフリルが出してるので硝太がフリルにお金を使わせた事実は存在する。もちろんあくまでフリルが提案した映画の料金と硝太が必要な物を買う場合とでは話が変わってくるがそれでも同年代、尚且つ相手の方が圧倒的に稼いでいるとはいえ男が女に金を使わせるのはあまりいいこととは言えない。
男なら黙って女の分も払え、なんて時代外れなことを言うつもりは無くとも男の買い物に女がお金を払おうとすること自体異例中の異例。まだ硝太が見た目が小学生なのと明らかに女子高生が持つにはレベルが高すぎる黒いカードに気を取られてフリルが払おうとしていること自体には店員も特に反応しなかったが、普通ならエリートに寄生するヒモである。今後もフリルの方が硝太の何十倍も稼ぐ以上もし付き合うことになったりしたらフリルが払うのが基本になるだろう。対人関係を築くのが苦手なくせに甘えるのだけは上手い硝太相手にそれは危険だ。ルビーは二人の未来を想像してバレるかもという考えが抜けて隣のみなみに泣きつく。
「不味いよみなみちゃん!このままだと硝太ヒモになっちゃう!」
「ま、まぁフリルちゃんの方が何倍も稼いどるし」
相手は国民的美少女、マルチタレントとして有名な不知火フリル。富裕層の持つブラックカードをポンと出すことの出来る高額納税者だ。ただでさえ男としてのプライドが皆無な硝太からすれば奢られることになんの抵抗感もない。今回は断ったが今後は断るどころか硝太から要求する可能性も捨てきれない。
フリルが貢ぐタイプなのには驚いているものの二人の環境の違いと男が奢るべきという文化が薄れてきた今を考えればある意味フリルが金を払うのは自然だと感じたみなみがルビーを諌めようとするがルビーは収まるどころかより強く反発する。
「でもさ!デートしてプレゼント貰ってお金もらってって…コレじゃフリルが硝太のお母さんじゃん!」
「同級生相手にママ活は闇が深いわァ…」
フリルが喜ぶデートをして、その対価として金を貰う。まるでデートそのものがお金を生む労働のようになってしまう。
ルビーは知らない話だが若い男が女性相手にデートをして金銭を得ることをママ活という。ママ活という名の通りまるで女性側がママのように若い男に金を払うことからつけられたそうだが見た目はともかく年齢的には同い年の二人が援助交際となってしまうとみなみも茶化せない程闇が深い。まだ吉祥寺が硝太としていた方が世間的なイメージは酷くなるが納得できるし僅かながら理解もできる。だがフリル相手にやっていると聞くとイメージが良い悪い以前に深い闇を感じる。
みなみは顔を青くしながら二人を見守る。今までくっつくかくっつかないか楽しむ恋愛関係だったはずの二人をどう健全な関係を維持させるかをしなければならなくなる未来を想像したのだ。
「これも全部硝太が甘えん坊なのが悪い!」
「硝太くんが甘えん坊なのだいたいルビーちゃんのせいなんじゃ…」
ルビーはそんな硝太に腹を立てるが、みなみの言う通り硝太が甘えん坊なのはルビーの大きく関わっているのですぐに口を噤む。
ルビーは(彼女の中では)前世では兄弟に恵まれず、今世ではアクアという甘えられる兄と同時にどんなに甘やかしても許される血の繋がらない弟を得た。一人っ子として兄弟にある種の憧れがあったルビーにとってはそれだけで兄に甘えて弟を甘やかす理由としては十分だった。だが、硝太の場合それに加えてアイの死後、記憶喪失で全てを忘れて日常生活ですらままならない事になってしまい、心配してアクアと共に甘やかし続けた。母のミヤコも硝太の道を間違えないように修正することはあれど基本的には好き勝手やらせており、周りの大人も社長の息子として硝太には当然甘い。結果親兄姉全てに甘やかされた甘えの天才末っ子は同級生にすら甘えまくる甘えんボーイと化した。
最低限のことは出来るし引き際は弁えているのでこれまで特に声に出して注意することもなかったが、このままだと硝太が死ぬまで甘えんボーイであり続けることになる。甘える相手が相手が親兄姉だけならそれでもルビーは良かったのだが、彼に恋している同級生と考えると話は別だ。このままでは硝太は引き際を弁えないクズのヒモになってしまう。
「ちょっとあの子注意してくる!」
「る、ルビーちゃん!二人とももう外出とるって!」
今からでも同級生に甘え倒すような甘えん坊止めなければならないと自分が隠れているのを忘れて硝太に突っ込もうとするルビー。だが既に硝太とフリルはデパートを出ており、二人の視界にはいない。
ルビーはみなみを置いてすぐ様二人の後を追いデパートを出る。二人はデパートの出口から少し歩いた道で立ち止まっていた。どうやら大型ビジョンに映し出されている映像を見ているようで道のど真ん中でポツンと一人で立ち止まっている硝太に釣られてフリルも大型ビジョンの方を見る。
ルビーも釣られて見るとそこには何処かのニュース番組の天気予報が映っていた。東京より離れた場所で初雪があったとの予報。遠い街の出来事には街を歩く誰もが気にせず日常を過ごす。
だが、硝太だけは違った。遠い街の雪が降っている映像をただ眺めている。隣に立つフリルも降雪のニュースに気になることは無いようで道の真ん中で立ち止まっている硝太を歩かせようとするが硝太の足は固められたように動かない。硝太は雪が好きだとか積雪による交通麻痺を気にしているとかそういう訳では無いはず。だが東京の街で見る、擬似的な降雪を硝太はゆっくり眺めていた。
一緒にデートしてる女の子放って天気予報に気を取られるなんて男として最低すぎる。ルビーはそんな硝太に注意をしようと二人の元まで走る。
「──お姉ちゃん」
絞り出したようなかすれ声にルビーはハッとして動きが止まり、思わず近くの建物の影に隠れる。硝太の言う姉は大抵の場合ルビーにあたる。世間的にも斉藤硝太は星野ルビーの弟であることを否定するものはいない。だが硝太はルビーのことを『お姉ちゃん』とは決して呼ばない。恥ずかしいからとか、いつもの『姉さん』で決めてるからとかそういう理由ではない。硝太にとっての姉はルビーともう一人、『お姉ちゃん』がいるからだ。
「…ママ」
硝太の『お姉ちゃん』の名前は星野アイ。ルビーとアクアマリンの母親であり、戸籍上は硝太と血の繋がらない姉。そして、旧B小町の伝説のアイドル『アイ』。彼女がドームライブの日に狂ったファンにより刺殺された事件は今も苺プロに深い傷跡を残している。アクアは暗く悲観的な男になり、元社長は会社と家族を見棄てて夜逃げ。そして硝太は事件のショックと急な変化に耐えられず全ての記憶を失った。それだけではない。身体が一向に成長しないのに身体能力だけは上がり続ける、精神的に不安定になり自分に価値を見いだせなくなる等多くの問題を抱えるようになった。今の硝太の異常性の原点と言える。
記憶を失う前の硝太とアイは本当に仲が良かった。前世では得られなかった弟を可愛がっていたルビーでさえも、アイとの関係に嫉妬するほどに仲が良い姉弟だった。──いや仲がいいのは間違いないが、今になって考えてみると男女の仲とすら言えたと思う。あの頃の硝太は幼いはずなのにむしろ今より大人で男っぽく、アイのことを大きな懐で愛していた。それでも普通の女なら小さな弟が可愛く背伸びしているとしか見れなかっただろうがアイはそんな硝太を愛していた──ようにルビーは思う。親が子を愛するような庇護的な愛ではないような、そんな気がする。
硝太は間違いなくアイドルとしての『アイ』では無い姉としての『アイ』、一人の個人としての『アイ』を愛していた。まるでフリルの時のように、芸能人を一人の人間として見ていた。全ての記憶を失っても、硝太はルビーのことを『お姉ちゃん』と呼ばなかったり、芸能人を一人の個人として見るスタンスを崩さなかったり等変わらないところがあったのも、『アイ』の出会いが大きかったように思う。
そこでルビーは気付いた──否、ルビーは気付いてしまった。
記憶が無くなり精神が歪んでもまだ、硝太は姉の『アイ』を愛しているのだと。誰もが愛して止まないB小町の『アイ』では無い、彼女の嘘の裏にある本心を愛している。もうアイは亡くなり、その愛が帰ってくることは愚か与えることも出来ない。それでも硝太は何も変わることなくアイを愛している。
だからあかねが誹謗中傷に傷付けられた時誰よりも怒った。──それは、アイが亡くなった後の誹謗中傷を見続けていたから。
だからB小町のマネージャーに立候補した。──それは、アイの辛さを知って同じ道に進む
だからフリルにストーカーがいると知った時、自分の身を犠牲にしてでも彼女を守った。──それはアイに対して自分が1番やりたかったことだから。
硝太が誰かの為に戦うのは、アイの為に戦いたかったから。きっと硝太の体が小さいままなのも、記憶が無くなってしまったアイとの思い出を少しでも持っておく為の『願い』なんだろう。
「ああ、ダメだ。もう…」
ルビーの両目から涙がこぼれる。ルビーもアイのことは片時も忘れたことは無いし、今でも愛している。それでも、硝太の愛を見てルビーは勝ちでも負けでもなく、尊いと感じた。
なんの力もない幼子が運命によって出会った一人の女性を愛し、彼女亡き今もこうして思い出を反芻する。
硝太のあの愛に、フリルは勝てない。硝太は今日のデートもきっと、アイ相手にしたかったことをやっているのだろう。だからいつもと違った。記憶を失う前の大人の男っぽさを持った硝太が少しだけでていたと思われる。だからフリルはアイに勝てない。そしてルビーも応援する力がない。
「ごめんね、フリルちゃん…」
ルビーは謝りながら涙を拭う。友達として、姉として自分が1番応援しなければならないのに、応援する力がない。応援しようと思えなくなってしまった。友達としてフリルは好きだがそれ以上に
その後ルビーは踵を返してまだデパートの中で右往左往しているであろうみなみと合流しようと足を進める。
──その直後、硝太が何かを叫んだ。
「伏せて姉さん!」
考えるより身体が先に動く。その場で頭を抱えてうずくまり耳を塞いで口を開ける。それから一秒も立たずに轟音と共に視界が濃い土煙に覆われた。
デートイベント、今日はルビー視点でした。来週は裏ってことでフリル視点で行きます。
記憶喪失に陥りながらもなんだかんだあの時のことが身体に残っている硝太、今回まで硝フリを応援していたルビーもこの事実には泣くしか無い。
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アイがいた頃の硝太の方が精神的にはイケメンという事実。まぁ愛する女がいたら男は必然的にこうなるよねって感じのやつです。