「姉さん達後ろにいるね」
宮崎旅行に行く硝太の買い物にロケの多い経験者として同行することになった、要するに二度目のデートが始まって数分。おすすめしたスーツケースのスペックを調べながら硝太が呟く。
硝太の逆方向を見ると旅行グッズ売り場の近くの婦人服売場の中に衆人観衆の中だと目立つルビーの金髪がチラリと見える。ルビーが見守っているという話は本人から聞いているが硝太には話していない。ルビーなりに私がストーカー被害にあったことがあるから何も言わずに来るのは良くないがそれはそれとして可愛い弟の恋愛事情が心配と考えた末の答えだろう。
硝太はこういうところは勘が鋭いのでいくら隠れていてもすぐにバレてしまったが姉らしくいじらしい行動は可愛く感じる。
「ああ、後ろ向いちゃダメ。気付いたことバレちゃうから」
振り向いた顔に手を乗せられゆっくりと戻される。硝太は何か企んでいるのかルビー達の存在を気づいたことを気づかれたくないらしい。イタズラでも仕掛けるつもりなのだろうか、確かにそれぐらいは報復としてやっても姉弟のじゃれ合いとしては特段おかしなことでもない。むしろ微笑ましい。
「…いつから気付いてたの?」
「ん?待ち合わせ前から。待ち合わせ近くのコンビニでチラチラ姉さんがこっちみてたしみなみさんが鏡向けてきてたから分かりやすかったよ」
「そうなんだ」
建物の窓越しとはいえ視線は気づきやすいし鏡の反射光なんて以ての外だ。まず化粧室以外で鏡をチラつかせるような人はいないし、店の中に入って商品ではなく外をチラチラ確認する人もいない。二人がストーキングの素人なのは当然の話で、むしろそういったミスをしてくれるのは微笑ましくありがたいのだが硝太はそうでも無いようで採点者のように二人の追跡の不満点を挙げる。
硝太はキャリーケースが必要と言われた時最初にルビーと共に行こうと考えていた。それをルビーはみなみと予定があるからと断った。その時点では私と硝太を引き合せる為の嘘の予定だが硝太の中では実際の予定として処理され今ルビーはみなみと共に婦人服売り場からこちらを見ている。硝太からしてみれば「自分の買い物を後からつけて確認して揶揄う」ことを目的にしているようにしか思えない。
道理でデパート内に入る前スマホの画面を私に見せつけるようにチェックしていたわけだと納得する。アレは硝太なりの当てつけ、つまりスマホの画面の反射で二人の様子を確認していたのだ。ルビー達の様子からして硝太が気付いていることはおろか、ちょこちょこ動向を確認していることに気付いていないようだ。これではどっちがストーキングをしているのか分からない。
「どうする?一旦撒く?」
「いや、姉さんのことを考えるとこのままの方が
こういう時のイタズラ報復と言えば一旦曲がり角を使ったりして二人を撒いて戸惑っているところを後ろから驚かす程度がシンプルかつポピュラーだろうが硝太は首を横に振って否定する。これだけなら硝太はイタズラが目的ではなくルビーを近くに置いておくことが目的だと理解できる。が、そこからひとつワードを切り出すと意味が大きく変わってくる。
──『安全』、ね。
硝太は家族第一で動くのでルビーの安全を守ろうとするのは自然なことだが今は少し場合が変わってくる。
確かに硝太の身の回りにいてくれた方が硝太の方は安心する。私としては二人っきりでいた方が嬉しいがルビーがついてくると言っても断れなかった時点で了承しているようなもの。私と硝太の感情をどちらとも手に取るように理解できるルビーがついてくれた方が今後のためになるのも事実なので頭の中をルビーに見せつける方向性にしようと切り替える。
「お互いに過保護だね」
「仲良いんだ、知らなかったの?」
「まさか」
ルビーとアクアと硝太の仲良し三兄妹は皆それぞれがそれぞれに対して過保護で感情が重い。アイという三人の姉を失っていると考えれば自然な事なので私から何かを言うことは無い。それはそれとして弟のデートの後をつけるのはどうかと思うが、その弟が硝太と言われるだけで納得してしまう自分がいるのも事実。
──服の反応はいい感じだったんだけどな。
いつもとは違う硝太好みと思われるゆったりめの品の良さそうな服を着てボディラインが出ないようにしている硝太好みと思われる格好をしている。硝太の反応もそれなりによく、私としても満足していたのだが来るなり目的のキャリーケースなどの旅行グッズに気を取られるのならともかくついてきた姉の方ばかり気にしていると嫉妬もしてしまう。
私が少し後ろから見てる間に硝太は物を見た上に自分の中で決めたようで一つ大きなキャリーケースを引っ張ってくる。
「うん。サイズも硬さもいい感じだ。どう思う?」
硝太が取りだしたのは赤を基調として白と黄色の差し色が入った大型のキャリーケース。内容量は80Lあるかないか程度でデザインだけならパッと見男性より女性向けだが硝太が持つと妙に似合うのは使われている三色がB小町のサイリウムカラーだからだろうか。
とはいえ大型のキャリーケースは硝太の体にあっているかと聞かれるとサイズにあっていないと言う他ない。硝太の体だとその半分でいい。むしろうずくまれば余裕で入れそうなのと、前回姫川宅に行く時にリュックサックに隠れていたのを思い出すと自分が入る用ではないかとすら思ってしまう。
「硝太には大きくない?」
「へーきへーき。僕だってすぐ大きくなるから」
高校生でその身長だともう成長する見込みはないと思う。なんてことを言えるはずもなくキャリーケースを引っ張る硝太を眺める。硝太の筋力ならちょっと体にあっていない程度なら問題なく使いこなせるので硝太が気に入ったものにした方がいい。
「まぁ、硝太らしいね」
ルビー曰く、怪我をした為辞めていたB小町のマネージャーもこれから復帰するそうなのでこれから遠征の時には持ち運ぶものを思わせぶりな色にするのは硝太らしい。硝太の体では大きく感じられるキャリーケースの大きさですら姉のものを持ち歩いているように見えるのは計算通りなんだろう。姉に変な虫がつかないように、と考えているのは如何にも硝太らしい。
「じゃあそれにしようか」
「うん」
ロケ慣れしてる人間として硝太の相手に選ばれたのでアレコレ悩む硝太に助言したりして長い時間かけると思っていたのだが、あっという間に終わり買った商品を持ってレジの方へと歩く。
硝太本人はデートと考えていないのは言うまでもないがそれにしても淡白過ぎないだろうか。友達とのお出かけですらもっと時間をかけるものだと思う。硝太がその辺立ち回りが下手だとしてもそんなことをするような人ではない。それほどまでに焦っているのか、いつもとは違う理由がわかるばかりに私は何も言えない。
それはそれとして硝太に対して大きなキャリーケースは目を引く。親の荷物を預かっているようにしか見えない。そんな子供にお金を払わせると想像すると心が痛くなる。レジに並んでる姿を見て自然とカバンから財布を取り出す。
「私払うね」
「いやっ、ちょっと待って。流石に僕が払うよ」
キャリーケースもその他の旅行グッズ安い買い物ではないが正直今年はかなり儲かっているのでそれぐらいいくらでも買う。むしろバイトのできない、マネージャー業も夏休み前までその額も高校生の小遣いレベルの硝太のポケットマネーの少なさを考えたらここは私が払うべきな気がする。しかし硝太が慌てながら財布と黒いクレジットカードを取り出すのを見ると私も引かざるおえない。食い下がることなく大人しく財布をポケットにしまう。
ビリビリビリビリ
財布をしまうと同時に隣からビリビリ音が鳴ったので隣を見ると硝太がマジックテープのついたもの、いわゆるバリバリ財布を片手で器用に音を立てながら開いていた。実年齢にはとても似合わないが、見た目年齢相応の子供らしい財布に吹き出しそうになる。店員は店員で明らかに子供な硝太がお金を払うことに二度見している。まさか見た目の小学生の硝太が高校生とは思うまい。
ふと姉のルビーはこれをどう思っているのかと気になって後ろを向くと隠れることを放棄したのか普通に後ろの方でみなみと話している。流石に声は聞こえないが内容はこちらが関係しているのはわかりやすい。その間に会計を済ませて硝太と共に外に出る。
外を出ると硝太はキャリーケースを引きながら無言で歩く。分かりやすく首を回したりはしていないが明らかに人の目を気にしている。芸能人であり、ストーカー被害を受けた私が一緒にいるからという理由が大きそうだがそれ以外にも理由はある。そんな硝太の後をつけながらふと二人がついてきているのか気になって背後を振り返る。しかしそこにはルビーの姿もみなみの姿も無かった。二人が話に集中している間に出てしまったのだろうか。ルビーのことはずっとわかっているとでもいいそうな硝太が気付いていないとは思えないが、もしものことを考えて知らない間に一人で歩いて距離を離してしまっていた硝太に走って追いつく。
「ルビー置いてってるけど…硝太?」
「ルビー置いていってるけど大丈夫?」そう聞こうとしたが言い切る前に硝太の気配が変わったのに気が付いて口が止まる。
硝太の視線の先にあるのはビルについた液晶ビジョン。映し出されているのは東北の天気予報の映像で少し早い今年の初雪が降っている中継映像が見える。
同じ国とはいえ旅行する予定もなければ遠い世界の話と大して変わらない。誰もが気にもとめずに通り過ぎていく映像を硝太は先程まで警戒していたとは思えないほどボケっとした顔で見ていた。
──アレ、硝太雪好きだっけ?
行くのは宮崎旅行なので雪が降るような気候ではない。硝太も子供なので雪が好きだという可能性はあるが表情を見るとそうは見えない。
「…お姉ちゃん」
覗き込んで見ると硝太がポツリと一言呟いた言葉に身体がピタリと止まる。
硝太はルビーの事をお姉ちゃんとは呼ばず姉さんと呼ぶ。過去の呼び方が出てきたのか、と思ったがそうでは無い。私は既に硝太が別の女性をお姉ちゃんと呼ぶのを聞いたことがある。
──アイ。
ルビー達が新生する前のB小町にいた伝説のアイドル、アイ。硝太は彼女の血の繋がらない弟でおそらく彼女の死で記憶喪失になった。その事実をルビーが隠しているのか会話で出てきたことも無く、今の硝太は世間的にはB小町のセンター、星野ルビーの弟である。アイとの関係はそれこそアイの熱狂的なファンと苺プロの関係者しか知らないだろう、アイのファンの場合はアイの弟の硝太とルビーの弟の硝太が結びつけるのは難しいので知ってる人は苺プロの関係者だけと言っていいと思う。
問題は何故このタイミングで硝太が「お姉ちゃん」と言った、つまりアイのことを認識したのか。これまでの話でアイを思い出させるようなことがあったのか、記憶が戻るようなことがあったのか。もしかしたら今の硝太はアイと過ごした頃の記憶があるのかもしれない。
「…硝太」
アイと過した頃の記憶が戻っているとするとアイを殺した犯人が分かるかもしれない。もしそうだとするとアクアが言っていたアイを殺した犯人と私を襲ったストーカー事件の犯人の共犯者が同一人物という発言が引っかかる。硝太はあの事件の共犯者を警戒している。また家族──新生B小町のメンバーを狙っているのかもしれないと考えてこれ以上被害が広がらないように対策をとると言っていた。
アイと過した記憶が残っているのならそこから共犯者の人物像など浮かび上がってくるものも多いだろう。実は既に特定して対策を打っている、ということも有り得る。私が何かあったら全て話せと口酸っぱく言っているので今度こそ大丈夫だと思いたいが二度あることは三度あるというもの。可能性として頭の隅に置いておくぐらいはしておくべきかもしれない。
そう思ったのとほぼ同時に硝太が目の前の車道の奥に睨みを利かせる。硝太の視線の先を細かく確認すると昔の店の一階部分が車庫になっているようでそこに白いセダンが止まっている。都会でこんな形の駐車場は珍しいが、目くじらを立てるほどでもない。車自体は今さっき来た、というわけでもないようだ。いくらなんでもまま先程まで雪に集中していたのに気付いて恥ずかしくなって誤魔化しているとすら思えてしまう。それなら微笑ましいだけで済むのだが実際にはそうでない事はフリル自身が肌で感じとっていた。
──私に見せたのと同じ、殺意。
自分が向けられている訳でもないのに近くに立つだけで全身の毛が逆立つ異様な気配。
「荷物を頼む」
硝太がそう言って左腕の三角巾からナイフを取り出すと同時にセダンがなんの前触れもなく走り出した。エンジンをかける前触れすらなくアイドリングにしては静かだったのでなにも気づかなかった。
──硝太!
声を出して止めようとするが時すでに遅し、私の身体は硝太の荷物と共に投げ出されたようで先程のデパートの窓ガラスをぶち破る。キャリーケースがクッション材となったのか痛みは来ない。ただ受身を取ることすら許されない高速で投げ出されたせいで反応が遅れる。
その間にセダンは周りの車を意に返さず初めから狙っていたというように突っ込んできてガードレールで防がれることなく、むしろガードレールを破壊する。
「伏せろ!姉さん!」
硝太がそう叫んだのが早かったのかガードレールを薙ぎ倒したセダンが彼に接触するのが早かったのか。
次の瞬間腹部を殴られたような衝撃と共に視界が土煙で覆い尽くされた。
デート中だと言うのにお姉ちゃんの事ばっかり考えてる硝太。まだデートを知らない精神年齢10歳児だからセーフ…いやギリアウトかこれ。
この裏ではお兄ちゃん(アクア)があかねちゃんとデートしたり有馬とデートしてドキドキさせてると言うのに…やはり兄を超える弟などいない、か。
硝太がお姉ちゃんっていう場面みなみちゃんがいないせいでみんな硝太のお姉ちゃん=アイだと気付いているから変な事故が起こらなくて良かったね、となる。まぁ直後に別の理由で事故ってるわけなんですが。
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この作品で一番重いのは硝太です