【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回のあらすじ
飛行機に乗って宮崎の高千穂へと辿り着いたルビー達一行。そこでMEMちょの友人の映像ディレクター『アネモネ』と出会う。高千穂の雰囲気を感じながらも早速撮影へと移行するB小町達を背にアクアとあかねはアクアとルビーが産まれた──つまり雨宮吾郎が亡くなった病院へと足を向ける。


#97 なんでもないよ

 丘の上にある病院に辿り着く。病院の姿はアクアが雨宮吾郎として知る姿から少し変わっていた。建物が変わったとか、新しい施設が増えたという意味では無い。純粋に劣化していた。

 星野アクアとして生きて16年。つまり記憶にある姿は16年前になる訳だが田舎の病院というのもあり、壁などに経年劣化も感じる。アクアが歳を重ねて成長するように病院も時間が経っている。そんな当然のことが、いつの間にか頭が抜けていた──否。考えないようにしていた。それを考えてしまうのは雨宮吾郎のことを思い出す、つまり自分に死の経験があることを思い出してしまうのだから。

 それでも星野アクアとして生きるのなら気になることがある。雨宮吾郎の死体はどうなったのか。見つかれば次に切り替えられるが、別に無いならないで構わない。ただ少し、気になったのも事実。

 

「病院になにか用事があるの?」

「ちょっと確認したいことがあるだけ、すぐ戻る」

 

 あかねと共に病院に入った後、エントランスで待ってもらいアクアだけが受付に行く。

 受付に雨宮吾郎のことを聞いてみるものの、あれから16年もの時が経つ。雨宮吾郎のことはもちろん、彼のことを知ってる医者や看護師は誰もいなかった。

 

「雨宮さんは突然連絡がつかなくなってしまい…退職扱いになったそうです」

 

 結果的に返ってきたのは予想通りの反応だった。すぐにあかねと合流して病院を出る。もうここに戻ることは無いだろう、そう思うと自分の死体がどうなったのか気になる。雨宮吾郎を殺したのはアイを直接殺した犯人と同一犯だと思われる。アイの狂気的なファンなら病院の医師に対する殺意もあるはず。

 死ぬ直前の記憶を振り返ると崖から落ちて死んだ記憶が蘇り、ぶつけた訳でもないのに頭が痛くなる。雨宮吾郎と星野アクアはもう既に別人だと言うのに。

 

「何の確認だったの?」

「昔の知り合いがここに勤めててさ」

 

 知り合い──これ自体は嘘だが、もうアクア自身は雨宮吾郎という男を昔の記憶ではなく、昔の知り合い程度に収めようとしていた。

 復讐を辞めてただの役者をしてる高校生、星野アクアとして生きるには必要な工程だ。

 

「お医者さんの知り合いか…いたの?」

「…いや、もう退職したらしい」

 

 受付の人に言われた言葉をあかねに返す。連絡がつかなくなった、つまり失踪したことは隠して。あかねに聞かせれば失踪した雨宮吾郎を探そうとしかねない。もう死んでいるどころか生まれ変わって別人となった相手を探すなんて無駄としかいいようがない。ならば『もう亡くなった』と言ってしまえば良かったのに、何故かアクアはそう言えなかった。

 

 あかねと共に病院の周りを歩く。通る道は当時妊娠中のアイと共に歩いた山道。運動不足になりがちな妊婦だったアイのウォーキングに担当医としてついて行ったことは数多い。自然豊かといえば聞こえはいいが、木で周りは覆われ都会にいたら一生見ないような虫が探さなくても出てくる。一応大きな病院が近くにあるだけあり、整備はされているが大都会と比べるとどうしても歩きづらい。それでもアクアにしてみればこの道を歩いた記憶は悪い記憶ではない。推していたアイドル、アイの裏の面すら見えたが彼女のカラッとした性格はむしろ好きになれた。あの時はまさかその直後殺されるどころかアイの子供として生まれ変わるなんて毛ほども考えていなかったが。

 

 ふと、歩いている最中に雨宮吾郎として死んだ崖がほんの少しだけ見えた。あの下にはまだ死体があるのだろうか。木で作られた簡単な柵に手をかけ、乗り越える。

 その先はただの獣道。草木が生えていないだけで、最低限の整備ずらされていない、もはや森の中と言ってもいい道だ。

 

「えっ!?どこ行くの!?」

 

 いきなり隣の男が獣道に入り始めたので当然あかねは驚いてアクアが行こうとしてる先を見る。アクアの視線の先は獣道しかなく、穴場スポットのようなものがあるようにはとても見えない。

 

「ちょっと探し物。あかねは待ってて」

「いや行くよー!」

 

 あかねも柵をひょいと乗り越えるとアクアの後ろに続く。来たのが冬で助かった。夏なら薄着をしていてヒルやマダニにやられていただろう。とは言え進めば進むほど獣道とすら言えない野山になっていく道を見てあかねは今のアクアとはかけ離れたわんぱく坊主を想像する。アクアが野山を駆け回り、獣道にも躊躇わず入っていくわんぱく坊主だとしたら、アイの死で今のような性格に変わったのだろうか。

 

──ここに住んでたのはアイが亡くなるまでの間だろうし…それぐらい小さい頃なら、まだ…

 

 残酷な話だが身内の死で性格が変わって以降戻らなくなるのはよくある話だ。特にアイはアイドルだったのでその死を周りに言うことは出来ず抱え込んでいただろう。ルビーや硝太といった同い歳の弟妹も抱えていたアクアの心労はあかねには想像しかできない。

 そんなアクアが旅行とはいえこの地に立って昔の記憶を辿るような事をしている。アクアから辛い表情が見えないのはもう復讐をやめたからか。あかねは推測することしか出来ないがアクアの側から離れることなく、アクアの表情や動きから感情を読み取ろうとし続ける。どんなに小さいサインも見逃さないように。

 そんなあかねの様子を見てアクアは一度立ち止まる。

 

「なぁ、あかね」

「何?」

「15年ぐらい前に亡くなったペットの死骸とかって見つけること出来ると思うか?」

 

 アクアはペットの死骸、と言ったが星野アクアとしてこの地で過ごした記憶はほとんどなく、雨宮吾郎として生きた時間もペットを飼ってはいない。暗にここで死んだ男の死体が見つかると思うか、という言葉だがあかねはここで人が死んだことも、まさかその死人が星野アクアとして転生したことも知る由もない。

 だが、アクアの細かい変化からあかねはペットの行方を探している訳ではないと判断した。

 

 アクアとルビーがここにいた時間はどれぐらいか分からないがアイの性格上会社から隠して育てていたとは思えない。ならアクアとルビーはアイから離されて生活していたと考えるのが自然。しかしそれではアクアが母親の復讐を考えるほどアイを愛するとは到底思えないし、育てる人物が不明だ。1番怪しいのは硝太の母親であり、当時の社長斉藤壱護の妻、斉藤ミヤコだが彼女は東京でB小町のマネジメントもしていたので遠くで子供二人を育てきれるとは思えない。ここまで来る間の車の様子を見てもこの場所に土地勘があるようにも思えない。彼女からすればこの辺りは馴染みがない場所なのは間違いない。他を考えても内容が内容なので親戚筋に頼めるとも思えず、硝太の様子からして少なくとも今現在斉藤ミヤコが頼れる大人はいないことが分かる。それなら二人がこの高千穂にいた時間はとても短い。長くても二歳までだろう。アクアが仮に設けただろう15年という時間にも大体合う。だが二歳頃の子供がペットを飼う、それも社会的に考えて隠しておきたいはずの子供を抱えた家庭がペットを飼うのは無理がありすぎる。

 

──ペットは何かの隠語。誰かがここで行方不明になった、ってことかな。だとしたら誰?

 

 あかねは周りを見回して誰もいないことを確認する。復讐のことを直接口に出すことは無いがそうとしか思えない言動をしたアクアが今更あかねに隠すことは少ない。周りに聞かれたくないような人がいるようには見えないのでわざわざペットと言ってあかねの思考を誘導しようとしたのにも考えがある。

 聞くべきだろうか、だがわざわざアクアが隠していることからして本人も消したいほどの過去なのだろう。あかねはペットが何かの隠語という考えを一旦放棄してアクアの質問に答える。

 

「…んー埋めたのなら骨ぐらいなら見つかるかもしれないけど、野ざらしなら野生動物に食い荒らされてると思う」

「だよな」

 

 あかねの回答にアクアは頷く。それはアクアもあかね同様に獣道に入る前から考えていた事だった。崖の下を一応覗いては見るが白骨化した死体は落ちていない。犯人がどこかへ持って行ったのだろうか、野生動物に食い荒らされて散り散りになってしまったのだろうか。アクアにはもう分からない。

 埋められたにしろ、野生動物に食べられたにしろ、どちらにしろその場に放置されていなければアクアにとってはもうお手上げだ。仮に探せたとしてもアクアとしては無理に探す気もない。死者の墓を暴いたところで新事実が出てくるはずもない。

 

──俺の復讐は、始まる前から既に終わっていたのだから。

 

 雨宮吾郎を突き落とし、アイの家を伝えただろう男は既に死んでいた。実行犯は世間の目から隠れて既に10年以上。顔を変えて生きているのならともかく十中八九死んでいる。アクアがもう復讐をする必要性はない。

 

「あと見ておきたい場所は」

 

 回れ右をして獣道を出た後、アクアとあかねは近くの一軒家に立寄る。生前雨宮吾郎が住んでいた家だ。人の気配は欠けらも無い、だが10年以上人が住んでいない割には綺麗すぎる木造の一軒家。

 

「ここは…」

「知り合いの家だ。とは言ってももう全員故人で誰も住んでいないんだけどな」

 

 ポストに隠してある合鍵を取って玄関の鍵を開ける。わざわざ足を運ぶだけではなく迷わず隠してあった鍵を取った行動から余程近しい人だったと見える。

 

──さっき退職したって言ってた知り合いの人かな?あ、けど退職なら全員故人って言わないか

 

 あかねの頭の中に先程聞いたアクアの知り合いが浮かんだがあくまで退職しか聞いていないはずのアクアが故人というはずがない。全員故人という辺り家族規模で親交があった可能性が高い。

 

──やっぱり不自然…

 

 アクアがこの高千穂にいただろう期間とアクアの発言が合致しない。ルビーならまだ一日会って仲良くなっただけの相手をずっと知り合いと言い続けるイメージができるがアクアがそんなことをするようには見えない。アイが生きていた頃のアクアは今のルビーのような性格だったのだろうか。これまでの情報をまとめると過去のアクアは人懐っこくて、優しくて、わんぱくな男の子。今のアクアとの落差を想像すると悲惨さすら感じてしまう。

 

「どんな人だったの?」

 

 あかねは過去のアクアの話が知りたくなってその一端であろう過去に出会った人の思い出話を聞く。アクアはあかねに背を向けると玄関から中に入って男と老婆──雨宮吾郎とその祖母が映った写真を手に取る。

 

「雨宮吾郎。そいつには母親がいなかった」

 

 アクアの脳内に蘇る雨宮吾郎として過ごした記憶。

 産科危険的出血。子供が出来たことを隠して産んだ結果出血多量で物心着く前に母親を失った。その為雨宮吾郎は母親どんな人だったのか、知ることすら出来なかった。父親は当然分からず、結果母方の祖父母に育てられることになった。祖父母にしてみれば愛する娘を殺して生まれてきた子供。いくら娘の分の血が繋がっているとはいえ、孕ました女が死んでも名乗り出ないような男の血が半分入った子供をあくまで普通の人の祖父母が愛せるはずもない。祖母は何とか歩み寄ろうとしてきたが祖父とは最後まで家族になることが出来なかった。母親を犠牲に産まれてきた罪悪感は死ぬまで拭いきることは出来なかった。

 好きな小説の外科医に憧れて医大に受けて合格するも祖母に母親のことを言われた結果進路を産婦人科に変更した。まだ歩み寄ってきてくれた方の祖母に「本当は外科医になりたいんだ」の一言を言うことすら出来なかった。言ったら外科医の夢を応援してくれたかもしれないのに。ただの一度でさえ、彼は祖母に甘えることがなかった。

 

「結局人に合わせて生きるしか取り柄のない男だった」

 

 友人という友人も存在せず、周りに合わせて生きてきた。努力は欠かさなかったので育ちに比べると頭が良く、推薦と奨学金でいい大学に行くことは出来たが、結果進む道は他人の敷いたレール。医者になった後もたった一人の女の子すら救えない、無力な男。それが雨宮五郎だ。

 

 アクアの淡々としていながらも悲痛な声にあかねは何も言えない。ただの悪口にしか聞こえない言葉の羅列でもあかねにはアクアの言葉が強い後悔の念を含めた自虐にしか感じられなかったのだ。あかねが役を分析し尽くして演技している時に近い、シンクロしてるとも言える感情の完成度。『東京ブレイド』の舞台で強烈な感情表現をしたアクアの姿が重なる。胸を割くような痛みが、話を聞いてるだけのあかねに伝わってくるのだ。その話をアクアが直接聞いた時、或いは体験した時、彼は何を感じたのだろう。

 

 遠くからカァカァとカラスの泣く声が聞こえる。気付けば太陽はオレンジ色に染まり、日が暮れそうになっていた。アクアとあかねの二人は一日の間ほとんど歩いていたことになる。

 

「戻るか」

「…そうだね」

 

 中に入るだけで特別何かをする訳でもなくアクアは雨宮吾郎の家を出る。この日のアクアの態度や言動に疑問はいくらでも湧いてくる。だがあかねはあえてそれを言わないことにした。人には触れられたくない過去というものがある。アクアは傷に触れられたい訳ではなく、ただ理解して欲しかったのだろう。本人にその気はないのかもしれないが、アクアがこれまで見えないようにしていた弱い面をこれでもかと見せつけられた。だからこそ、あかねはアクアの手を握る。

 

「どうした?」

「ううん。なんでもないよ」

 

 だからこうして嘘をつきアクアと二人並んで撮影しているB小町の元へと戻る。今日の事は絶対アクア以外には話さないようにしようと、あかねは強く心に決めた。




この辺原作でも思ったけどあかねがいい女すぎる。情報量の差もあってあかねの洞察力が原作から上がっているように思われるかもしれませんがアクアが転生した雨宮吾郎だとは流石に気づけないライン。


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雨宮吾郎と星野アクアマリン。この二人を同一人物として扱うか否かでこの作品の是非が変わる。そんな気がする。
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