【硝子玉の子】   作:みっつ─

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遂に100話…これまで長かったような短かったような。
もう物語としては半分どころか3分の2ぐらい過ぎてますがここまで書けたのもこれまで読んで下さった皆さんの応援のおかげです。本当にありがとうございます。


#100 硝子玉の子

「───くぅっ」

 

 右腕が切り落とされ、鮮血が舞う。男は、音より早く飛んできた子供の動きに対応するどころか反応することすら出来なかった。気付かれた時には既に手は身体から引き離され、拳銃を握った手はそのまま何も無い場所をくるくると回る。切り落とされた右腕が熱い。常人なら痛みだけで気を失ってしまうだろうが運がいいのか悪いのか男はそこまで弱い人間ではない。歯を食いしばって痛みに耐えながら目の前の相手を睨みつける。

 目の前に対峙するのは右目を青く輝かせた子供。左腕は三角巾に包まれて怪我しているのが伺える。右手に持つのは血の跡が残り、錆び付いた安っぽいナイフ。皮ならともかく骨まで寸断できるような切れ味を持っているようには見えない。いくら使い手の熟練度が高いとはいえ硬度の差で負けるのがオチだ。だがそんか鈍のナイフで男の腕はなんの抵抗もなくスっと切れた。こんなことが出来るのは斉藤硝太を除いて世界に誰一人としていない。

 だが、斉藤硝太は本来ならこの場にはいないはずの人間である。双子(アイの子供)と共に先に宿に戻るところを強襲し、町外れの一軒家に追い込んだことを男は既に知っている。他の家族を見捨ててここまで走ってきたのか、あるいは外にいたやつらは既に倒されたのか。いずれにしろ、この斉藤硝太は偽物ではなく本物であることは確か。何故ここにいる、という今考えても答えが出ない思考を中断して素早く目の前の相手をする思考を始める。

 硝太の身体はとても小さく、いくらすばしっこいとは言ってもナイフ以外の武器は無さそうだ。そのナイフも、武器としては素手より圧倒的にマシではあるが拳銃が選択肢の中にある男の中では物足りないもの。となると気になるのは硝太の最も異端な点である青く光る右目。

 

──これが、こいつのインスタントバレット。

 

 話には聞いていたが実際に見てみるとその異様さに目を引く。発動時右目が光るのも物理法則をひっくり返すだけでなく、物質そのものを無視してるとしか思えない切れ味。そのくせ、実際に切るという行動に移さなければただ目が光るだけの魔法。強いか弱いかと聞かれると間違いなく弱い部類に入るが、colorful(カラフル)にいるインスタントバレット達の能力とは系統が違う。

 硝太は切られて舞った腕を掴み、握られている拳銃を凝視する。

 

「ベレッタか、外のやつといいいい得物を使う」

 

 ベレッタ、イタリアの大手銃器メーカーベレッタ社のことだが一般的にはベレッタ社が作った拳銃の事を指す。今回も例外ではなく男の手に握られているのはベレッタの代表的な拳銃、ベレッタM92。アメリカ軍が採用したM9拳銃の名で世界中誰もが知っている有名な拳銃。(実際はベレッタM92の派生であるベレッタ92FがM9拳銃となっている。)弾丸は9×19mmパラベラム弾、装弾数は15+1、作動方式はショートリコイルのダブルアクション。アメリカ軍が制式採用したのもあり、世界中の法執行機関に使用されている。男が得たのもそのルートであり、比べるまでもなく当然のことだが得物の差でいえば男の方が圧倒的に有利な立場にある。奇襲を仕掛けられたとはいえ、一瞬でひっくり返されたのはインスタントバレットの力が原因と言っても過言では無い。

 

「てめぇ!」

 

 だが、インスタントバレットがあるのは硝太だけでは無い。男は切られた腕を気にせずまだ余裕そうに拳銃を確認している硝太を思いっきり殴る。

 バチン、っと凡そ人を殴ったとは思えない音とともに殴られた硝太の身体は浮き、扉を突き破って部屋の外の廊下の壁に激突する。硝太がぶつかって壊れた扉を見て硝太が入ってくる際は扉を閉めてあったことを知る。母親が緊急時だと言うのにわざわざ入ってきた時に扉を閉めるほどその時の硝太に余裕があったのか──否。そんなはずは無い。つまり硝太は最初からこの部屋にいたのか、扉をすり抜けてきたのかの二択になる。硝太のインスタントバレットに扉をすり抜けるような能力は聞いていないので恐らく前者。つまり男の作戦は最初から硝太にバレていたことになる

 では、何故バレていたのか。何処からバレたのか。何故バレていた上で決定的瞬間まで放置されていたのか。可能性が高いのは実験として使った傀儡から特定されたことだが傀儡は別のインスタントバレットの能力から作られたもの。男のインスタントバレットはおろか、作戦を読むのは流石に無理がある。

 

「硝太!」

 

 戦い慣れた頭の回転が早い二人に対して感情すら追いついていないミヤコだが息子が殴り飛ばされたことだけはすぐに理解して硝太の元に駆け寄る。

 

「…再生、か」

 

 大の大人のボディブローをくらったというのに多少よろける程度で当然に立ち上がる硝太。彼の視線の先には先程切られたのが嘘だったように右手がくっついている男の右腕がある。肌感の違いやツギハギの後もなく、切ったこと自体が無かったかのように。──そう、男はインスタントバレットの効果で右腕を再生したのだ。だがトカゲが切れた尻尾がまた生えてくるような再生とは少し違う。切れた腕の中から新しい腕が押し出されて形成されるような形。より正しく言うのなら──

 

「腕を事前に装填していた、か。どこ由来かはさておきスペースもないのに完璧に戻っている。『混沌』と呼ばれるだけはあるな、貝原亮介」

「ふざけんじゃねぇよ、クソガキがっ!」

 

 硝太が男──貝原亮介の能力と名前を言い当てる。インスタントバレットにはそれぞれ運命になぞられた名前がつけられる。藤浪木陰の『生命』、諸木亮太の『存在』、そして魔女の『時間』。硝太も例外ではなく、インスタントバレットに二字熟語の名前がつけられている。貝原亮介に付けられた名前は『混沌』。カオスと付けられるそれは秩序のない、まとまっていない状態であることを示す。それを持つ貝原亮介、その正体は旧B小町の不動のセンター、星野アイをドームライブ当日に強襲して殺害したストーカーである。

 隠していたはずの秘密を硝太に言い当てられた亮介は冷静さを失い拳銃を突きつける。距離はせいぜい4m程度、撃ったと気付く前に人体に風穴が空く距離で尚且つ素人でも外すことは無い。

 硝太は迷わずミヤコを抱えると狙いをつける一瞬の隙にその場から逃走する。まだ貝原亮介は部屋にいるので硝太の身体でも一歩踏み出すだけで壁に体を隠せて射線も切れる。先程まで硝太がいた壁に爆音と共に弾丸が突き刺さる。前回硝太が撃たれた時と違い、サプレッサーもつけてない発砲のため音が大きいのはもちろん、周辺に銃とまでは断定できずとも特徴的な爆発音が聞こえる。──だが、曲を流しながら撮影しているMEMちょ達は例外である。だが気付くスタッフがいないとも限らない。下手にこの件に触れる人間を増やすと不利なのはお互いに変わらない。硝太はミヤコを抱えたまま、射線を切って走り、近くの部屋に隠れる。この部屋は『確認』済み。ミヤコを抱えたまま戦えるはずもないのでしばらく隠しておくにはうってつけの場所。

 

「お母さん、ちょっとその辺で隠れてて」

「何言ってるの!」

 

 ミヤコをおろして部屋の奥を指さして隠れるように指示するが、インスタントバレットを知らないミヤコからしてみれば──というより一人の親として、硝太が一人で戦うことに怒り硝太の腕をとる。

 

「そんなナイフ持って戦う気?隠れるのは二人ともよ」

「…」

 

 一般的にここでとる正しい対応は隠れて時間を稼ぎながら警察を待つかこのまま建物から逃げてしまうかの二択。現状慣れない街で尚且つ夜中ということも踏まえればここで隠れて警察を呼ぶのが最も正しい選択肢。それがもし、本当にただの人間の大暴れなら、だが。相手はインスタントバレット、魔法使い。戦闘に向かない魔法ならともかく、亮介のような戦闘向きの魔法なら拳銃を腰から下げた警察官では相手にもならない。拳銃を持った男といえば特殊部隊、例えばSATが来る可能性があるが硝太側の都合上SATが呼ばれるのは困る。面倒を省くなら硝太自身が戦うべきだ。

 だがそんなことを説明する時間もなく、説明してインスタントバレットの事を納得したとしてもミヤコが硝太を送り出すとは思えない。

 

「お母さん、ごめん」

 

 硝太は自分の右目を青く輝かせて自身の腕を取るミヤコの額に手を伸ばす。そしてとん、っと優しく叩く。

 するとミヤコは一瞬で気を失いその場に崩れる。怪我をしないように硝太は抱き抱えると弾丸が壁を貫いても当たりにくい部屋の隅にミヤコを寝かせる。

 

「大丈夫、みんな僕が守るから」

 

 いくら傷をつかないようにしたとはいえ、硝太が行ったのは紛れもない暴力。命より、世界そのものより優先する母親にそれを行うことが辛くないはずがない。だが硝太は躊躇うことはなかった。ミヤコの乱れた髪を整え表情を確認する。

 仕事中に呼び出されたと思ったら、急に拳銃を突きつけられ、息子が相手の腕を叩き切るなんて現実離れしたことをミヤコは受け止められずにいたようだがそれでも硝太が殴られた時は即座に反応して駆け寄ってきた。自分よりも子供のことを。親として当然だと、誰かは言うだろう。だがその献身は常人の思考の範疇を超えている。だからこそ硝太は歪み切ったインスタントバレットでありながらこれまで道を踏み外さずに済んだ。その願いを、ここで壊す。

──皮肉だ。

 インスタントバレットとして硝太が壊れていなければミヤコはこの場で死んでいた。硝太を最初から人ではない道具として割り切っていればこんな戦いは、発生すらしなかった。親としては正しくない、人として最低な行為を行った方が彼女は長生き出来る可能性が高くなるし、幸福感も高まる。人として優しく、善人であるからこそ今の現実を受け止めることは厳しい。彼女の優しさは彼女の一番の長所であると同時に硝太を縛る最も強い縄。

 

 ミヤコの懐から彼女のスマホを取り出して、まだ撮影しているだろうMEMちょに電話をかける。

 

「MEMちょ、もしもし。」

「はい、社長どうしまし──硝ちゃん?」

 

 ミヤコから電話がかけられたと思ったMEMちょだが電話先の声が先に帰ったはずの硝太だと知って困惑してる声が聞こえる。

 亮介は目的の都合上MEMちょ達撮影チームは襲わない。それが硝太の推理だがあくまで推理でしかなく一度ミヤコを逃がし、今まだ捕まえられていないとなると今度は無理してでもMEMちょを襲う危険性がない訳では無い。とはいえそこから逃げては逆に狙われやすくなってしまう。ここは撮影場所で暫く篭城してもらうのが安全で、硝太としても都合がいい。

 

「うん。ちょっとお母さんにスマホ借りてるんだ。僕のスマホ預けてるから」

「え?誰に?」

「それはいいんだ、それより今撮影中?」

「そうだよー。もうすぐ宿に行けると思う」

 

 MEMちょはどうやらまだ撮影中だが、もうすぐ終わってしまうらしい。具体的な時間は出しようがないが、アクア達が建物を出てからそう時間は経っていない筈。MEMちょ個人のパートは少ないのか、それともテンポよく進んでいるのか。どちらでも構わないが、撮影スタッフとMEMちょがフリーになることは避けたい。

 

「ならしばらくそこから動かないで。すぐ迎えに行くから」

 

 あまりにも「何か不都合なことがある」ことを隠さない発言に電話の奥のMEMちょの空気感が変わる。嘘が下手なのでMEMちょを騙す自信が無いのもあるが、ここでMEMちょに嘘はつかない方がいい。そう硝太は判断した。

 MEMちょはおバカキャラをしているが周りを見て判断する能力は高い下手に懸念を持たれるより、危険だと正直に言った方が下手な行動も起こさず硝太が思ったように籠城してくれる。フリルのストーカーに刺されて復帰した時、MEMちょは細かいことはともかく硝太が何か理由があって刺されたことを知っていた。他のみんなと離れた理由からして何か隠していることは明白だったとはいえ、何かを守るために行動したことまで当てられた。その上でMEMちょは細かい話は聞かなかった。それはMEMちょが優しいのもあるが何より、それがやらなければならないことだと知っていたから。今回も同じ、違うのは──最初から負け前提で挑まないことぐらい。

 

「…何かあったんだね」

「…うん。」

「硝ちゃんが話してくれるまで聞かないよ。だから安心して、硝ちゃんがやりたいことしてね」

「ありがとう、MEMちょ」

 

 電話を切ってスマホで硝太自身のスマホの位置をGPSで探す。解離性遁走等で失踪することがよくある硝太を探すためにGPSは基本的にONにしてミヤコはいつでもそのGPSを辿れるようにしている。ミヤコのスマホから斉藤硝太のスマホを探すとここから少し遠くの一軒屋にピンが刺さる。宿にいないことは知っていたがまさかその辺の一軒屋に助けを求めているのだろうか。

──何やってんだ兄さんは。

 兄姉が何故そんな場所にいるのか疑問に思いながらも一応今すぐ危険ではなさそうなのを確認してミヤコの服のポケットに返す。これでやるべき事の順番は決まった。しまっていたナイフを取り出してペン回しの要領で手のひら使って数回回す。グリップの感触を確かめると自身の左腕を確認する。未だに三角巾で包まれて動かない左腕。事件以降動かそうとしたこと自体少なく、普通に使っている右腕と比べて細くなったような気がする。その動かない左腕に感覚を集中させて、扉に背中をつけて体重をかける。

 

「っふー」

 

 溜めた息を吐いて溜まる怒りを肯定する。

 インスタントバレットは破壊衝動。心を落ち着かせ、明鏡止水の境地に至れば逆に弱体化する。とはいえ怒りに任せて振舞っても当たらないのなら意味は無い。必要なのは自分自身の存在すらも武器として扱う精神性、そして他者を食い物にしてでも自らの願望を叶えようとする凶悪性。群れとして暮らして生きる人の又から生まれたくせに、誰かを愛することが出来ない、愛されてることを自覚してもそれを返すことが出来ない、人の不良品。日本が平和かつ生活するだけなら貧乏人でもある程度暮らせるから存在を許されてるだけと言われても言い返せない。

 個人が持つにはデタラメな、ファンタジー世界にでも居そうな魔法を持っていても所詮は人のなり損ない。それでも互いに生きている。それは亮介の場合も『優しい誰か』がいたからなのだろう。何も出来ない赤子の頃から飯を与え、住む場所を与え、惰性で生きていくことを許した存在がいる。──いや、それは異常者だけではない。アクアやルビーのような善人も誰かの助けが必要で、だから人は群れで行動する。

 善人も悪人も本質的に変わらないのなら、インスタントバレットを持つ異常者はなんだ。アレは明らかに他の人間とは違う。力も精神性も、全てがデタラメ。人の股から生まれてくるのも烏滸がましい、人の形をした化け物と言っていい。何処かで道を踏み外したのか、それとも生まれた時からそういう運命だったのか。

 硝太には何も分からない。colorful(カラフル)のリーダーなら、何か知っているかもしれないが彼がそれについて口にすることは無いだろう。ならば自分で考えなくてはならない。今ここにいる意味、このデタラメな力を持ち、戦う理由。

 

「ああ、知っている。僕もお前も同じなんだ」

 

 きっと、貝原亮介も同じなんだろう。ある日突然デタラメな力が湧いて出て困惑したり、舞い上がって間違いを犯したり。その結果他人との間に決定的瞬間な境界を感じる。

 自分と他人が同じということはどれだけ素晴らしいことなんだろう。決して他人と同じになれない異常者は爪弾きにされる。それで生きて行けてもただ寂しいだけ。混ざって生きることが出来ないなら支配者のように自分の欲望を叶え続けて、「これのための犠牲だ」と納得させるしかない。

 結局僕らは孤独な支配者モドキ。結局世界に交われないのなら、こうして壊すしかない。──鏡のように写った自分の空想ごと。

 

「さぁ、行こうか。お前のタネはもう見えた」

 

 扉の錠をナイフで切断する。かけた体重で自然と扉が開く。

 

 貝原亮介は部屋から出てくる硝太を視界にとらえた。硝太も亮介を視界の中心に捉えナイフを掌で一回転させる。途端、二人の息遣いが一致する。距離は凡そ6m。硝太達が隠れた部屋を既に通り過ぎていたようで扉が壊れた音に振り向くと即座に拳銃を構える。

 

── コロせ

 本能()が再び自分に命令する。心臓の鼓動が弱く、薄くなる。呼吸も瞬きも消え去り、「ヒト」としての機能が消える。ただあるのは目の前の相手を仕留めるという本能のみ。

 

 藤波木陰の時はツクヨミに止められたが今は止められる者はいない。何より亮介から殺気が溢れ出している。隠れていれば逃げ切れたかもしれないのに自ら出てきた硝太を小馬鹿にして口角を上げる。

 

「馬鹿だなお前」

 

 それに対して撃たれることをまるで考えていないように硝太は迷わず突っ込む。横に避けて運良く外れることを祈るというより、引き金を引く前に仕留めに行く体勢。人が出すには早すぎる速度で走ると言うより跳んできた硝太に亮介は驚くがそれで怯むような真似はしない。心臓辺りを狙い、発砲する。仮に直前で避けようとしても横腹か庇った手足か何処かには当たる。

 発砲音が聞こえるより早く突き進んだ弾丸は亮介の狙った通り進み、硝太の腕を何事も無かったように貫きその勢いのまま心臓を撃ち抜く──筈だった。

 発砲音とほぼ同時にカァン、と甲高い金属音が鳴る。硝太は右腕をタイミング良く振ってナイフで弾丸を叩き落とした。

 

「──は?」

 

 バトル漫画ならキャラクターを強く見せる為によく見られるものだが残念ながら硝太は生身の人間。亮介と違って硝太のインスタントバレットでは筋力や反射神経を弄ったり、強化できる訳ではない。弾丸の速度は拳銃弾で秒速400mほど。音速を超えた速度で発射される弾丸相手に人間の反射神経が追いつくわけが無い。トリガーにかかる指の動き方を見て覚えたのか。だが仮に追いついたとして、何か出来るわけもないのにハエに向かってやるようにナイフでたたき落としてしまった。

 デタラメにも程がある。弾をたたきおとすなんて馬鹿しか考えないようなことを目の前でやってのけられて亮介は流石に驚きと共に身体が緩む。拳銃の速度に対応できる硝太がその隙を見逃すはずがない。瞬きもできない時間の間に亮介を突き飛ばして床に転がし、その上にまたがる。

 

「──舐めんな!」

 

 が、それで刺して終わりと言われるほど貝原亮介というインスタントバレットは安くない。床に転がされたと気付いた瞬間、硝太が次の行動に入るのを確認すらせずに両手足を地面に勢いよく叩きつけて飛び上がる。跨っていた硝太は空中に投げ出される形となり、勢いよく空中に投げ出されたことで一時的に身動きが取れなくなる。そこに亮介の右フックが横っ腹に直撃。身体をねじってダメージを流したものの、生身の人間が出せるとは思えないパワーに身体が軋み、骨が折れる音がする。殺しきれなかった勢いで地面に押し付けられる。追撃として振り下ろされた足をすんでのところで身体を持ち上げながら躱し、その勢いを殺さず振り下ろされた足をナイフで切断する。だが二度だということもあってか即座に足がまた生えてきて、元通りになっている。

 不思議なほど一撃一撃が重いくせにこちらの攻撃は実質無効。最早為す術もないと言ってもいいほど絶望的な状況。亮介もそれをわかって口角を上げて気分が上がっている。

 

「ふはっ、怖いか?痛いか?ガキの中で強いぐらいでいきがって生意気になるから大人にしばかれるんだよ」

 

 亮介の頭の中にはアイを殺した時の記憶が蘇る。安物のナイフでアイ()の体を刺した感触が蘇る。殺人快楽者ならともかく亮介にとってはそれは決していいものではない。吹き出す血液、裂ける肉の音、謎の液体を吐き出す臓物。あれ以降しばらく肉を食べる気が起きなかった。

 だがそれより怒りが上回った。「愛してる」「好き」曲の中で、ファンに向けてそう何度も言って愛を受け取ってきたアイドルが他所の男と子供を作る。自分が捧げた愛はそのアイドルにとってただの金、ファンはみんなただの金づるで勝手に幸せになろうとする。許せない、許せるはずがない。他人の女に金を払う主義はない。

 アイドルを誰より愛したのはファンだ。何処の馬の骨とも知らない奴に取られるのは腹の中に鉄の棒を突っ込まれてかき乱されるように痛く、気持ち悪い。

 

「ファンを裏切るふしだら女と同じだ!お前らは死んで当然…殺されなきゃいけないんだ!」

 

 目の前の硝太はそんなアイドルを奪う何処の馬の骨とも知らない屑と同じだ。何も出来ない、泣き喚くだけしかできない愚図がアイにどれだけ愛されたか。弟だとしても血も繋がっていない、他者から見て可愛げもない。何よりB小町のアイを見ていない餓鬼がたまたまそこにいた子供と言うだけで当然のように愛される。それが亮介には許せない。

 

「──で?」

 

 亮介の燃えたぎるような憎悪をぶつけられて尚、硝太には欠片も響いていない。亮介の心を汲み取ることすらせず首を傾げている。エンパス能力を持ち周りの人間に体調等が影響されやすいのに関わらず、亮介の激情に一切影響を受けていない。右目も青い輝きは消え、本来の母譲りの赤みがかかった瞳に戻っている。

 逆ギレすることもなく、呆れることもなく、ただ無心で続き、ひいては終わりを要求する。

 

「言いたいことはそれだけ?なら始めていい?」

「んだと!?」

 

 終わりなら殺し合いを再開しよう。そうとしか受け取れない発言に亮介の怒りのボルテージは更に上がる。アイドルのファンからすれば亮介の発言はごもっとも取れる常識的なものでアイドルもビジネスとしてそれに沿ってるいわば基本の形だが硝太にとってはアイドルはアイドルである以前にただの女の子でルビーやアイは家族。

 アイドルとしての理屈などその前には瑣末事。怒りに同情することも、反することもない。相手の感情なんでどうでもいい、どれだけ高尚な理念を持つような相手でもただの殺人鬼であろうと殺せば皆ただの肉塊。必要なのは自分自身の存在すらも武器として扱う精神性、そして他者を食い物にしてでも自らの願望を叶えようとする凶悪性。だただ相手への殺意だけを強く持つ。

 瞳が青く輝き、ナイフを逆手持ちにして構える。密着して突きをするという意思表示だと受け取った亮介はCQCでは素人が使うには使いずらい拳銃を投げ捨て、自身もナイフを抜く。

 判断力と反射神経では硝太が上回るものの、単純なパワー勝負だと硝太に勝ち目は無い。元より『あくまで目に見えないものを見て攻撃出来ること』が魔法の硝太にとって切ってもすぐに戻ってしまう亮介に有効打はない。亮介もそれを知ってるので一度切られることを前提にカウンター狙いの為相撲取りのようにどっしりと構える。

 それに対して硝太は左腕の三角巾の布を切る。左腕は当然力なくだらんと垂れる──が、その指先がピクりと動いたのを亮介は見逃さなかった。

 

「へぇ…」

 

 元より8月に左腕に怪我を負ってから4ヶ月も経っているのだ。自然治癒していても不思議では無い。若干肉は落ちているが回復しているなら硝太の問題だった左右の体重バランスがある程度解消されたと言っていい。

 何より、亮介は左腕の殴打も警戒しなければならない。まだ完全に回復していないはずの左腕で放たれる殴打は自滅覚悟だろうが今は殺し合いの最中かつお互いに援護はない。自滅覚悟の特攻も当然手札に入る。

 硝太が姿勢を落として身体を前に倒す。人並み外れた体幹がなければそのまま倒れてしまう覚悟だが硝太はキツイ顔どころか冷や汗ひとつ流さず青い瞳で亮介を睨む。

 

───!

 

 バン、と拳銃の発砲音にも似た音を立てて硝太が滑走するように低姿勢のまま跳ぶ。二人の距離は凡そ4、5mほど。10mもない距離では陸上選手でも1秒ともかからない。今の硝太なら0.1秒もかけない。紛れもなく一瞬、瞬きにも満たない時間の間に二つの体がぶつかる。

 片や燃え上がるような怒り、片や純粋な殺意。

 

 亮介は硝太の殺意に事前に考えていた通り防御を捨てた。怒りに支配されながらも──否。支配されていたからこそ相手を徹底的に叩き潰す方法に変更した。いくら抵抗がないように切れたとしても一度切断したらもう一度攻撃するためには伸びきった腕を元に戻す必要がある。その瞬間に叩き潰して相手が次を用意する前に仕留める。

 

 

──その慢心が、命取りだった。

 

 硝太の一撃が亮介の胸を貫く。切るのではなく逆手持ちの優位性を活かした突きの攻撃。身体のスピードと腕の突きの速度を全部乗った一撃は亮介の目に捉えることすら出来なかった。だが突きでは再生は即座にできる。今この瞬間、亮介に密着した硝太は逃げることすらできない。だが亮介の意識はその一瞬で持っていかれた。まるで精神だけが突き飛ばされたように身体から意識が抜ける。

 亮介には何が起こったのか理解できない。ただ自分の身体に硝太のナイフが突き刺さっているのをまるで他者が見てるように俯瞰している。幽体離脱、というのがわかりやすい。硝太の魔法(インスタントバレット)で幽体離脱をしたのか。その割には硝太のナイフには既に血がついておらず、亮介の体からも血が出ていない。

 

「───かっ…はっ」

 

 精神が抜けた以上、喋ることも何が起こったのか聞くことも出来ない。動くことが出来なくなった身体は硝太の左腕に弾き飛ばされて床に転がされる。ナイフが離れても亮介の体に傷はない。触れただけならともかく深く突き刺さっていたのに傷一つないのは物理的におかしい。間違いなくインスタントバレットなんだろうが、意味がわからない。

 

「──カタチがなくたってそこにあるんだろ、与えられた夢も、痛む心も。それはさ、肉体と影響しあっているんだ」

 

 倒れた身体ではなく俯瞰している亮介に目を合わせて語り始める。ゆっくりと、自分の罪を確かめるように。

 肉体と精神は繋がっていて影響しあっている。精神病の患者の肉体に不調が出るように。体調が悪いと心も荒むように。病は気から、と遠い昔の人が言った。今では荒唐無稽なホラ話だが心と体が無関係な訳では無い。

 だが人が触れ合えるのはあくまで肉体のみ。肉体が物理法則に従っているのだから当然だろう。肉体があるのだから人はお互いに触れて、感じる事が出来る。そもそも心だけの生命体はいない。生きているのはあくまで肉体で、心なんてものは存在しないとまで言う人も少なくないだろう。それほどカタチのない精神という存在はあやふやで触れられることもない代わりに触れることもない。未来が誰にも分からないように。この世界の全てを知る者がいないように。観測できない物は、世界なら無いものとして扱われる。

 

「僕の目はカタチがないものが見えるんだ。お前とは違って特別製でさ。」

 

 硝太は左腕を伸ばして亮介の視点に()()()。亮介側は感触を感じないが自分が何をされるのかだけは理解した。脳ではなく、本能で。手足がないから抵抗することも出来ない。声帯がないから喋ることも出来ない。

 ただ、感じたことが無いはずの恐怖に怯えることしか出来ない。それは【死】と呼ばれるもの。恐怖に脅えながら自分を襲う青い瞳を見る。青く光る瞳。その透明度はまるで硝子玉のよう。

 

──こんな、硝子みたいな目をしたやつに──!

 

「だから──精神(ココロ)を持つなら、神様だって消してしまえる」

 

 ナイフの切っ先に貝原亮介という心はあっさりと切り裂かれた。




あれ?硝太ってアクルビと一緒にいたじゃん。また時飛ばしかよと思われてるかもしれませんが今回は違います。ちゃんと硝太はミヤコさんとこにいました。理由は後ほど

案外クレバーな硝太の戦闘。これまで相手がヘンテコだったり最初からダメージ負ってたりしてたせいでよく分からなかった硝太の戦闘力をちゃんとかけた気がする。インスタントバレット除けば戦闘力1話の時点から大して変わってないんですけどねこの末っ子。

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100話過ぎてもいつも通りに行きますよー
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