【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回のあらすじ

硝太が今回の事件の件をアクア達に話す。
それはつまり自身の能力──インスタントバレットについても言うということになる


#105 アイドル

 悪夢のような夜が明け、宮城旅行二日目。

 ルビー達は昨日同様アネモネのいる撮影場所へと向かう。昨日と同じようにアクアとあかねは別行動、ミヤコの護衛の為に隠れていた硝太はその必要が無くなったことで変装していたツクヨミに代わりルビー達と共にすたじおにはいるあ。

 

「えーっと、昨日はなんだか大変だったようで…」

 

 スタジオではアネモネが昨日の夜のことを聞いてなんとも絶妙な顔をしていた。硝太はルビーの隣に立ち、彼女の手を握りながら耳打ちをする。

 

「昨夜の事はゴロツキに喧嘩売られた兄さん達が逃げたらあの医者の死体を見つけたってことになってる…悪いけど合わせてあげて」

 

 ルビーは黙って硝太の言葉に頷く。インスタントバレットとかいう魔法の話は有馬や黒川はもちろん、世間に知られてはまずい情報だと言うのは何となくわかる。ミヤコが襲われたことなんて知られた日には苺プロにも操作の手が周り、加害者の動機からルビー達とアイの関係がバレかねない。

 有馬も昨日見たのは警察の変装をしたゴロツキということになっているようで「ほんっと、勘弁して欲しいわ」と言ってため息をつく。

 

「ルビーも大変よね、まさかあの家に死体が置いてあったなんて」

「ああ、うん…」

 

 有馬は空き家に逃げ込んだあとそのまま眠ってしまったという認識になっている。実際本物の硝太が見に行った頃にはツクヨミを除く全員が床に伏して寝ていたので有馬の認識ではそうなっていても不思議じゃない。

 有馬が聞いているのはあの家には実は死体が置いてあり、ルビーとアクアはそれを見てしまったということのみ。その死体がルビーの初恋の相手だったことも、死体が動き出したことも当然聞いてもいない。そのためルビーの返事も要領を得ない。

 

「気分が悪いとかあったら遠慮せずに休んでね」

「わかりました…」

 

 アネモネの気遣いも特に心に響いていないようで生返事を繰り返す。一応本日も予定が詰まっているので実を言うとそこまで余裕は無いのだが流石に人の死体を見た少女に心無い言葉を言うほどのことでは無い。

 硝太はその一言でアネモネと言う人間をある程度把握する。前日までの硝太はツクヨミの変装の為ミヤコに張り付いていた為アネモネや撮影スタッフの監視は最低限しか行えなかったのでアネモネ達のことを信用するしない以前の問題でしか無かったが仮にもMEMちょが仲良くするだけはある。根本的に善人というより、自分の作品に熱心なアーティストのように受け取れた。

 

「はー今日外ロケなのよねー。昨日のゴロツキに会わないか心配だわー」

 

 まだ暗いルビーを気遣ってか、いたたまれなくなったのか有馬が伸びをしながら文句をつけるように今日のロケの内容を口にする。スタジオに集まったB小町だが、撮影自体はこちらで行うのではなく、近くの撮影スポットを貸切して行う。場所は既にアネモネが抑えていてどういう絵が欲しいかも考えている…らしい。

 本日は晴天で季節通り気温は低いが、まだ日が出ているだけマシと言える。だが昨夜のことを考えると有馬のように心配するのも当然と言える。

 

「その時は僕が何とかするよ。昨日は役に立てなかった分、ちゃんと働く」

 

 昨夜、ツクヨミが硝太に変装していた状態では変装している都合上派手に動く訳には行かず最低限の動きしかしなかったと聞いている。本物がミヤコに張り付いていたので昨夜の硝太はB小町の護衛という意味では役が立たない状態であった。

 その汚名挽回ということで硝太も気合いを入れ直す。実際はアクアに喧嘩を売ったと言うことになっているゴロツキは硝太が気絶させ、白岩経由でそれ相当の組織に送られているので有馬の考えているようなことは起きない。だが念には念を置いて硝太は三角巾の中にナイフを忍ばせている。

 

「…ん?アンタ、なんか変わった?」

「変わったって、何がです?」

「いや、勘違いね。ごめん忘れて」

 

 硝太の気配に何やら別のものを感じた有馬は硝太に話しかけるが、すぐにその別のものは勘違いだと判断して軽く手を振って断りを入れる。

 

「2人共覚悟しておきなさい。今日クソ寒い中、季節感ガン無視の服着せられたりするから」

 

 MVはその投稿時期に合わせて撮影をするが、撮影自体が時期に会うとは限らない。今日のように冬の中夏の雰囲気で撮影したい為に水着で浜辺を走ったり、逆に炎天下の夏の昼間にコートにマフラーつけて走ったりすることもある。そんな状態でただ走るだけでも苦しいのに、笑顔を忘れず演技しなければならないので、顔は笑っていても役者本人は相当苦しい目にあう。芸歴の長い有馬はそういった経験も多数こなしてきたので何となく勘でわかる。だが撮影時期と投稿時期がほとんど同じYou〇uberのMEMちょとそういった経験自体が無いに等しいルビーからすれば真冬で夏用の衣装を着ながら撮影するのは想像でしかない。

 何となく現場を想像したMEMちょが冷や汗を流す横でいつもなら一番元気に振舞っているはずのルビーは反応が薄い。

 

 カメラも向いていない朝イチとはいえいくらなんでも暗すぎるルビー。ルビーもアイドルなので撮影が始まればいつもの明るい彼女が見れるだろうがルビーの明るさを普段から見てる有馬達からしてみれば死体を見ただけとは思えない暗い顔にどうしても心配してしまう。とはいえ有馬とMEMちょは同じアイドルとして自分の撮影に集中しておきたい。そのために有馬は硝太に軽く耳打ちをする。

 

「硝太、ルビーから目を離さないでね」

「了解しました」

 

 こういったメンタル管理はマネージャーの仕事だ。硝太は今マネージャーでは無いとはいえ、今後マネージャーに戻る気ならこういった場合も対処できるようにならなければならない。

 硝太はゆっくりルビーに近づき、彼女の手を握る。

 

「いこっ、姉さん」

「硝太…」

 

 ルビーは握られた硝太の小さな手を握り返す。年齢とかなり離れた小さな身体に少し幼い情緒は同い年のはずなのに10歳近く離れた弟のように感じる事が多かった。

 姉として弟を守る、守れていると思っていた。そんな弟が自分から危険なことに首を突っ込んでいる。同じ危険なことに関わるだとしてもフリルのストーカーの件とはまた違う。「魔法使い」だとか「インスタントバレット」だとか不思議な単語が飛び交っていたが大切なところはそこではない。

 硝太は直接ミヤコやルビー達が襲われることを知って襲われることを前提に作戦を組んだ。フリルからストーカーの時は聞いた話では後手後手の対応だったと思われる硝太が罠を張るという余裕が生まれている。そしてその余裕を作り出したのは相手の行動を読み切っていたから。普段の硝太なら多少無理でも襲われる前に相手を潰しに行っただろう。相手がどんなことをするか分からない以上、直接潰してしまうのが早い。ストーカーのように場所が分からないから直接的に攻撃できなかった、という解釈もできなくもないがだとしてもルビーやミヤコに黙る理由としては薄い。

──否。黙ったという言い方も間違ってはいないが本質的にはもっと大きな問題である。硝太は家族に嘘をついた。直接的に言葉で嘘をつけない代わりに家族の知らない仲間を自身に変装させるという形で嘘をついた。これまで嘘は絶対につかない、絶対に騙したりしないと思っていた硝太が守るためとはいえ、ミヤコ達を騙した。

 そう思うと今握られてる手ももしかしたら別の誰かなのではないか、まだなにか隠したりしているのではないかと考えてしまう。

 

「姉さん?」

 

 心配そうな顔を向けてくる表情も、硝太の仮面に見えてしまう。ルビーが知っている硝太は何処までが本物でどこからが偽物なのか。

 他人が嘘をつくことなんて当たり前の筈なのに、あの硝太が騙したと言うだけでこんなに信じれなくなっている自分がいる。姉なら信じてあげないといけないと心の中で思いながらも硝太の一挙手一投足に不安になっている。

 

「ううん。大丈夫、行こう」

 

 結局、ルビー自身も嘘の仮面を被る。他人に安心を抱かせる為、何より自分の心を守るための嘘をつく。

 

◇◇◇

 

 車に乗って約1時間。B小町達が辿り着いたのは近くの川。周りは木と土手に囲まれ、人はもちろん野生動物の気配すらない。水深は膝が浸からない川の流れも緩く、流される心配はしなくてもいい。若干開けた場所にカメラマンが立って3人の撮影を始める。

 

「有馬とMEMちょの調子は良さそうね」

 

 撮影の様子を眺めながらミヤコが呟く。有馬が冷たい冬の川に騒ぎ、若干MEMちょが遠慮気味だがそれもいつも通り。昨日の騒ぎを嘘のようにいつも通りのポテンシャルを発揮している。

 

「問題は姉さん、か」

 

 その横で硝太はルビーの様子を見る。ルビーは体調が悪いようには見られないが撮影だと言うのに気分が乗りきれていないように見える。一応いつも通りのアイドルスマイルで外面の良さは保っているのでMVが悪くなるほどでは無いが、いつも見ている硝太とミヤコはいつも通りの彼女ではないのがひと目でわかる。

 

「昨日のこと、気にしすぎだよ」

「誰もそんな思う通りには行かないの。硝太もまだ秘密が多いみたいだし」

 

 ミヤコもルビーも硝太がまだ秘密を抱えていることを口に出さずとも理解している。それほど昨日の話では今回の件を説明するには説明不足で、矛盾とまでは行かないが不自然な点が多すぎる。

 硝太もそれは分かっているので苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。

 

「ルビーだって硝太のことが心配なの」

「だからって…ううぅ」

 

 ルビーの心配する理由もその原因が自身にあることも知っているがだからといって「はい分かりました」と言ってルビーに全てを言ってもより悪化する。ミヤコも顔は落ち着いているが硝太の心配はルビーより大きく、硝太の頭の上に手を置いてポンポンと優しく叩いて硝太の位置を確かめる。

 心配させたくないが自分の力がバレたのは自分のせい。硝太はミヤコに何かを言い返すことは出来ない。

 

「…仕方ない、あんまり言いたくないけど」

 

 硝太は少しだけ悲しくなる声で独り言を呟くと休憩に入ったルビーの元まで歩く。休憩中とはいえ、撮影してる三人の元、冬の川に遠慮なく入った硝太にミヤコだけではなく、カメラマンとアネモネも視線が誘導される。視線の誘導は一瞬でしかないとはいえ強い効力があるようにミヤコは感じた。

 

「姉さん」

「硝太」

 

 休憩に入ったのでアイドルスマイルの消え失せたルビーは暗い目で硝太を見つめる。

 その闇のような瞳を、硝太は知っている。ミヤコに会う前、記憶を失った直後の自分の目も、こんな色をしていた。光を求めながら、その光すら消し去ってしまう暗い瞳。

 その瞳に対して、硝太は右目を青く輝かせる。『奇蹟』と運命の名がついたインスタントバレットの瞳から放たれる光はルビーの瞳の闇に比べると細く、弱々しい。絶望した人間に恐怖を浴びせても変化など訪れないだろう。

 

 インスタントバレットを見せる程度ではルビーをどうこうできないのは想像通り。硝太はそのままルビーの身体に触れる。

 

「俗事は、僕がやる。だから──逃げたら、許さない」

「───!」

 

 硝太の言葉に、ルビーが息をのむ。

 ルビーと硝太の脳内に出てきた記憶が完全に一致する。

 

 アイドルの夢を絶たれたと思ったルビーに苺プロでアイドルグループを新たに立ち上げると説明した硝太にルビーが言った言葉。

──ついてきて。

 

 センターを巡ってMEMちょとカラオケ対決をした後に散々な結果を見ても尚、センターをやると言ったルビー。

──もう遊びじゃない。

 

 ルビーはアイドルになってアイが行けなかったドームに行く。それはルビーの夢であると同時にミヤコの夢。もう既にルビー個人の問題では無い。雨宮五郎の死、そんな()()に構っている暇はB小町にはない。だから代わりに硝太がやる。

 

「…分かった」

 

 ルビーは小さな声で返事をすると硝太の頭を優しくポンポン、と叩いた後硝太の頭を胸元に押し付けて抱き上げる。家では日常的にやっていた行為だが、雰囲気がいつものルビーとは違う。

 今までのルビーはアイドルとしての活動を楽しんでいた。苦しいダンスも、苦手な歌も本気でアイドルがやりたかったという夢を叶えた喜びを全身で表現し、それは陳腐なものでも強い感情故に多くの観客の目を奪う輝く星のようになっていた。だが、今のルビーにはアイドルを楽しむ心ではない、別の感情がある。それを証明するようにルビーの瞳には黒い星が浮かんでいる。

 その感情の正体を誰よりも知っている硝太は胸元に押し付けられているというのに先程のルビーよりも暗い顔で目を背けてしまう。

 

「なんて顔してるの」

 

 まるで恥ずかしがっている弟を笑う姉のように、ルビーは硝太を抱き上げたままくるくると回りながらB小町の曲を口ずさむ。口角は上がっていて笑顔が表現出来ている。だがその笑顔は先程までのアイドルスマイルとは違い、妖艶なサキュバスのよう。口ずさむ曲も今までのルビーのオンチが嘘のように音程もリズムもあっているだけではなく作曲者の考えをそのまま表現している。

 ルビーの歌声は決して大きなものではないのに、透き通ってよく響く。マイクで音量を上げた訳でもない、張り上げた声のような不快感は一切ない。その場の誰しもがルビーの方に顔を向け、黙ってルビーの姿をその目に捉える。

 

「──撮って」

 

 アネモネは抱き上げられている硝太が映像に使えない一般人ということを忘れ、カメラマンに撮影を指示。だがその前にカメラマンが本能的にカメラをルビーに向ける。その行動自体に意味があるのかないのかは別として、彼らが意識を持っていかれなかったのは彼らが仕事をしているという認識があったからに他ならない。

 有馬も、MEMちょも、ミヤコですらルビーに目を奪われ、それ以外のものが視野として捉えても認識出来なくなっている。

 それほどまでにその時のルビーは美しかった。美しい、という表現が粗末にすら感じてしまうほどに。覚悟一つでそうなれるルビーのポテンシャルの高さに恐怖すら抱かせる。

 だがその中で硝太は一人だけ泣きそうな顔をルビーの胸に押し付けて隠していた。




ルビー覚醒回。個人的に原作でも好きなエピソードなので結構力が入りました。闇堕ちルビーは黒い光って感じですね。黒い黒い、生易しい感情を吸い込んでしまうブラックホールみたいな存在なのに、その奥底に確かに光が見える。端的に見れば光り輝いているけど実際は闇、なので硝太と有馬やMEMちょでは捉え方が違います。
ルビーの2人を殺したやつを殺してやる!を俗事と言い切る硝太もヤバいけど硝太の言葉で迷いを振り切ってちゃんと堕ちていけるルビーも強い。

感想、高評価、お気に入り登録よろしくお願いします!
闇堕ちルビーって何かボタンを掛け間違えるだけで硝太といくらでも堕ちて行ける素質を持っているね
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