【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回のあらすじ


ルビー、闇堕ち


#106 役割

 長かったMVの撮影が終わる。明日の昼にはもう飛行機に乗って東京に戻るのでそこまで長い時間とは言えないが観光の時間が残る。

 宿に戻った一行はお土産を見たり、先に温泉に行ったりとそれぞれ行動を開始する。明日の朝は揃って荒立神社へと行き、お参りした後空港へと行く予定を立てているのでこの高千穂で過ごす個人的な用事を済ませる最後の時間と言える。

 

 そんな中硝太は宿を抜けて見晴らしのいい空き地に移動する。家族と離れたあと、必死に走って高千穂についたあと見つけた場所で開けた場所ながら人の気配は無い。

 田舎の夜空は東京の夜とは違い、星がよく見える。小さい頃、本とテレビの中でしか見ることが出来なかった夜空を見上げ備え付けられたベンチに寝転がる。

 

「もしかして君ってこの辺出身?」

 

 手を伸ばしても決して届かない夜空に輝く星を眺めながら独り言のように近くに隠れている少女に声をかける。

 声をかけられた少女、ツクヨミは最初からそこにいたように霧と共に現れる。

 

「私にとっては思い出深い場所だよ」

 

 ツクヨミの返答は答えになっていないような気がするがそこまで大事な事でもない。日本神話の神であるツクヨミにとってこの高千穂が思い出深い場所なのは最早言うまでもない事。

 

「…僕はまた、ここに来そうな気がするよ」

「それは良かった。」

 

 ツクヨミは硝太が寝転がっているベンチに背中を預けると硝太が見上げている夜空を同じように眺める。

 

(ルビー)のこと、良かったのかい?」

「良い悪いじゃない。姉さんが気にしてる以上、僕が発破をかける必要性があった」

 

 ツクヨミが言っているのは硝太がルビーに発破をかけた、悪い言い方をすれば脅したことでルビーの中の才能が目覚めたこと。

 才能が目覚めた、と言うだけなら手放しで喜べることだがルビーの精神状態を考えるのならそう簡単な話ではない。

 

「…その辺のおっさん1人死んでたぐらいで気を病むなら、ドームライブなんてできるわけが無い」

 

 雨宮吾郎の死はルビーに直接関係はない。旅行先で急に死体を見せられたショックはわかるが()()()()で気を病むほどの気持ちで戦うのなら、どれだけポテンシャルがあってもドームライブなんて出来るはずがない。だからルビーが一皮剥けたことで仮にMVが不発に終わったとしても、B小町としてはいい方向に傾くことは容易に予想できる。そういう意味では雨宮吾郎の死体はいいカンフル剤になったのだろう。硝太としては雨宮吾郎という男の事はどうでもいい事なのだがそういう意味では感謝すら出来る。

 だが、それもいい事ばかりではない。

 

「でも、彼女はアイドルを楽しめなくなった。」

「…ああ」

 

 ルビーがアイドルを楽しくやっているという印象が無くなり、使命感のような駆られているように感じられた。確かにルビーは楽しそうに笑いダンスや歌を歌っていて、ファン目線では特に問題は無いように見える。だがインスタントバレットでルビーの魂を見れる──否、長年彼女と共に過ごしてきた硝太はルビーの異変を誰より感じていた。

 ルビーの中には雨宮吾郎の死を憎しみや怒りに変えた力が見えた。器が伴っていない為力として現れていないが理屈はインスタントバレットと同一、あるいはそう間違えるほど近いもの。あれだけ強い復讐心を抱えていくには相当の精神力──ではなく痛みが必要になる。そしてルビーはそれを持ち続けることが出来る。硝太はそう感じていた。あれだけやりたかったアイドルを憎しみをぶつけるための道具にしてしまおうとしている。そんなのアイドル『星野ルビー』だとしても『星野瑠美衣』じゃない。硝太は自らの言葉で姉を歪めた。それは単に嘘をつくより非道で、残酷な事だ。

 

「わかってる。どっちかしか無かったなんて」

 

 だがそれを言わなければルビーがアイドルとして一皮剥け無かったのも事実。雨宮吾郎の死で悲しんでやる気を失ってしまうかその悲しみを憎しみに変えて力にするのか。撮影の時点でルビーには二択しか無かった。ならB小町がドームライブを成功させることでミヤコの夢を叶えられる後者を選ぶのは必然。この場合最もいい選択なのは雨宮吾郎の記憶を完全に消し去ってしまうことだが硝太が持つインスタントバレットにはそんな機能はない。魂に刻まれた痛みを癒そうとする力もない。

 自分の魔法がもっと人を救えるものなら──そうありえない未来を夢想してしまう。

 

「本当にそうなのかな?」

「どういうこと?」

「いや、なんでもない。忘れて」

 

 硝太の思考を読んだツクヨミには思うところがあるようだがツクヨミはそれを口にすることは無い。ツクヨミが口にしないのなら、硝太もこれ以上追求はしない。

 

「兎に角、選択をしてしまった以上君も逃げることは許されない」

「わかってる。姉さんたちの──B小町の──いや、苺プロの邪魔をするやつはどこの誰であろうと許さない」

 

──俗事は、僕がやる。

 

 硝太のその言葉に嘘は無い。ルビーが憎しみを抱えていようと彼女たちを守る。他の全てを犠牲にしてでも。その意識は彼が()()()()時から変わらない。やれることが増えただけだ。そのせいで自分の身に何が起ころうと後悔はない。死ぬかもしれないと言われても反省する心はフリルに言われるまで出てくることすらなかった。自分を道具と割り切った上で憎しみや怒りを持ち続ける。だがその精神はマトモな人間がもちあわせていいものではない。人の不良品と言えるインスタントバレットのような異常者でなければ必ずどこかで破綻する。このままだとルビーは必ずどこかで破綻する。彼女はマトモな人間だから。

 

「だから姉さんを助けるのは、僕だ。」

 

 狂わせる引き金を引いた以上ルビーの心の安全は守る。硝太はそう考えてベンチから降りる。ツクヨミは硝太の返答を聞く前に霧を出して既に消えてしまっていた。硝太の決意表明なんて今更聞くまでもない、ということだろう。

 時間は夜遅く、まだ誰も気付いていないとはいえ気付けば心配させてしまう所かインスタントバレット関連の案件を疑わせてしまう。気晴らしは十分出来たし宿に戻った方がいい。

 そう考えた時ツクヨミとは別種の気配を感じる。ツクヨミと話している間にこの開けた空き地に歩いて来ているようだ。念の為右目を青く輝かせその気配の主を探って見ると昨夜の偽警官達のような傀儡や亮介のようなインスタントバレットではない、この辺りで生活してる誰かという訳でもない、馴染みのある気配。だが迷いなく歩いてきているので、この場所は最初から知っているようだ。硝太は再びベンチに座るとまっすぐこちらに来る相手の方向を見る。

 

「あれ?硝太くん?」

 

 出てきた相手はあかねだった。

 夜中に女性が一人で歩き回るのは危険だろう、と思ったがそれを言ったら硝太が一人でいるのも危険なのであえて追求しないでおくことにした。

 

「や、あかね姉ちゃんは散歩?」

「うん。そんなとこ、かな。」

 

 あかねは何やら気まずそうに硝太から視線を外すとベンチの近くに移動して空を見上げる。

 あかねは硝太が不知火フリルのストーカーに刺されて以降──否、アクアとであった「恋愛リアリティショー」の1件で硝太に自覚無しの恋愛感情を向けられていることを知った時から世間的に見れば義理の姉弟のような関係でありながら──いや、だからこそ気まずくなってしまう。この問題は硝太が分別がつけられるようになるしかないが何せ自覚症状がないので周りですら手を出すことが出来ない。

 

「この旅行さ、色々あったね」

 

 気まずいとしても相手はアクアの弟。つまり彼女の弟でもある。これは硝太が言っていた言葉でもあり、あかねもそこは疑う余地もない。なのでこうして同い年の弟として硝太を扱う。

 

 あかねはベンチに腰掛けて今回の旅行の思い出を振り返る。アクアに連れていかれた病院や獣道、そして雨宮吾郎の生家。その日の夜に警官の変装をした何者かに追われたこと、その後雨宮吾郎の生家に逃げ込んだ。あかねは直接見ていないがアクアがその後彼──雨宮吾郎の死体を見つけたらしい。

 家族旅行なら日本海外関わらず何度か経験はしているが、今回の旅行は撮影を兼ねたただの旅行とは思えないほど色々あった。奇妙で不可解、だけど今回の旅行は全てが一本の線で繋がっているように感じた。同時に不自然なことも多い。旅行で浮かれているのか、硝太が記憶にある彼とは結びつかないような行動をしている節があり、昨夜の事件に至ってはアクアの言葉と結び付いていない。

 

「そうだね。」

 

 硝太も今回の旅行を思い出して記憶に浸る。ツクヨミに変装をしてもらい、自分は前乗りして罠が仕掛けてないか、スタッフに怪しい人間が居ないかを調べ尽くして相手が直接手を出す直前まで隠れ通した。が、その結果家族にインスタントバレットのことがバレた。フリルのストーカーの件で刺されたことを思い出すと今回は勝ち負けでいえば勝ちと言っていい。ただそのせいで負うことになった傷は、今後硝太の足を間違いなく引っ張る。物理的ではなく、精神的に。その点では決して完全勝利とは言えない。

それでもやるべきことは変わらない。一人でいられなくなったせいで硝太の取れる選択肢は間違いなく狭くなり、戦力としては弱体化した。しかし戦力と役目はどうしても結びつかないものだ。足りないなら足すしかない。フリルとの出会いでそう学習した。

 

「…ねぇ、あかね姉ちゃん」

 

 硝太はあかねの隣に座ると、あかねの肩に手を置いて青く光らせた右目であかねを観る。あかねの魂、心の根っことも言えるものをじっくりと確認する。これまで出来なかったのもあってじっくりと。

 あかねは硝太の異質さに気付くものの、今の気まずさの原因に比べれば大したことの無いとして硝太を見つめ返すだけで特に何も言わない。

 

「兄さんのこと、よろしくね。」

 

 しばらく見つめ合った二人だが硝太はあかねの確認が終わると目を離して、ベンチから立ち上がるとあかねに背中を向ける。

 

「よろしくねって、急にどうしたの?」

 

 あかねは硝太の様子を不審に思いながらもその背中に問いかける。聡いあかねは先日の事故に彼女自身が知らない事情がくい込んでいることを感じ取っている。雨宮吾郎は既に死んでいると言っていたアクアの言葉と死体で見つかったという話。あの家に放置されていたとアクアは言っていたがそれではおかしいのだ。理由は分からないが雨宮吾郎の死はあかねでは想像もできないような、何か大きな問題の一端であるように見えた。

 そして、その鍵を握ってるのはおそらく──硝太だ。少なくともアクアではない。アイを殺した犯人、アクアとルビーの父親を死んでいると勘違いしたままのアクアがそんなことを調べたりする余裕もない。仮に作り出したとしても事件後の彼の変化が演技だとは全く思えない。ルビーも性格上有り得ない。となれば事件について苺プロが関わっているとするなら硝太関連と思われる。

 そんな硝太が兄を任せる発言をする。この意味を、あかねが察せられないはずがない。

 

「…兄さん頭いいようで案外バカだから、あかね姉ちゃんみたいな人が必要なんだよ」

 

 アクアは非常に優秀な頭脳と判断力を兼ね揃えているが間違いを起こさないわけではない。硝太の言う通りバカかどうかは別として、復讐をしようとしているのにその行為に心を痛めてしまうアクアをこれ以上復讐に関わらせないようにする。その意味ではあかねと硝太のやるべきことは同じだ。協力することも、役割分担することも当然出来る。

 

「分かった。アクアくんの事は私に任せて」

「───ははっ」

 

 あかねの言葉に、硝太は乾いた笑いを見せた。その笑顔は満足した──というより安心したが、何処か残念そうな悲しい笑顔のように見えた。

 

 遠くからその様子を見ていた一羽の烏が満足気に鳴くと夜空に飛び出していく。




なんなんだこの回…と思われた人は多そうな話ですが端的に言うと硝太がめちゃくちゃな勢いで振られる回です。だってフリルがおかしいだけで硝太の恋愛センス壊滅的だもん。そこからの小学生の方がまだ上手いぜ?

何はともあれ有能あかねちゃんにいくらか情報を渡してしまう事になった硝太。彼女はアクアを守るという意味では味方だけど場合によっては最大の敵にもなる人だって…今の硝太は知らない。

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今でもあかねちゃんがアイ演技で硝太を堕としに行ったら色々まずい。それぐらい硝太はアイに弱弱なのである
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