ツクヨミにとって高千穂は思い出深い場所
硝太があかねにアクアのことを任せる
苺プロの面々が高千穂旅行で過ごす最後の夜を満喫している間。一人の女性が雨宮吾郎の生家に訪れていた。黒いローブととんがり帽子を身につけた若い女──魔女、と各勢力に呼ばれる女でその本名は■■■と言う。
魔女は周辺を歩いて人の気配がないことを確認する。雨宮吾郎の死が判明した直後は警察が慌ただしく動いていたがそれも白岩という男性の到着により捜査は最低限に済まされ、第一発見者の兄妹には聞き込みすらしないという異例中の異例の結果に終わった。警察が引いて規制線も回収されたあとはただの空き家でしかない。
魔女はポストに隠してある合鍵を使って中に入る。本来ならアクアしか知らない鍵の隠し場所だが魔女はよく
魔女は中に入ると彼女が雨宮吾郎を刺し倒した場所の近くに座り込む。雨宮吾郎という男は両親がいないという悲惨な点はあるが、それでも何処にでもよくいる普通の男性だった。彼が救えなかった天童寺さりなについても同じ。悲惨だが何処にでもよくある話。今更掻い摘んでアレコレ言い出すこともない。この二人が異例なのはその悲惨な二人の人間が『転生』という形で新たな生を始めたこと。
言葉だけなら仏教徒を初めとして多くの人が知るものだが実際に発生した前例は確認されていない。仮にあったとしても再現性が無いものなので活かす手段が無い。今の記憶を持ったまま幼少期をやり直す、なんて夢のあることだが現実としては転生したと言っても妄想、嘘として扱われる。
──インスタントバレットの中では理論上『転生』を可能とするものがあるが未だに試された例は観測されていない。
なら何故雨宮吾郎と天童寺さりなは転生して星野亜久亜海、星野瑠美衣となったのか。それは全てを知るように振る舞う魔女にすら分からない。分かるのは今二人はこうして新たな生を生きているが、互いの前世について知らないこと。
もし、二人が赤子の頃。何かの拍子にお互いの前世を知っていたら。もし、母を失った頃。唯一の肉親として隠し事を無くすために互いの情報を交換したら。
これは悲劇とは呼ばれなかっただろう。
「皮肉だね。折角
雨宮吾郎は天童寺さりなを見送った男として彼女の死は既に受け入れている。既に亡くなってしまった一人の悲惨な少女として、アイを愛したファンのひとりとして記憶している。だか天童寺さりなは雨宮吾郎を生きている人間と誤解してここまで生きてしまった。既に雨宮吾郎は死に、新たな生を歩んでいるというのに。
天童寺さりな、星野ルビーが雨宮吾郎の死を知っていたらインスタントバレットにより
彼の手が加わったことで星野ルビーは雨宮吾郎の死の原因、
この絵を描いたインスタントバレットの狙いは星野ルビーだ。彼女のアイドルとしての才能を開花させ、それを利用するのがインスタントバレットの目的。ならばいつかルビーが今とは比べ物にならないほどの被害を被る日はそう遠くない。
「──ここにいたのか」
ルビーの行き着く先考えている魔女の所に男の声がかかる。声がかかった方向に魔女は首を回す。
そこにいるのは金髪の少々やさぐれた青年。年齢は魔女と同じか少し上、といった印象で線は細いが肉付きはそれなりにいい。顔は悪くないが目付きが非常に悪く、危険な印象を相手に持たせる。
「や、クロ君。久しぶり」
クロ君と呼ばれた男は魔女の方を黙ってじっと見つめる。何か言いたそうにしているが、その言葉は口に出すより先に消えていってしまう。
「…さっきは助けてくれてありがとう。ちょっと厄介なインスタントバレットがいてね。これがまた頑固な奴で」
クロ君とよばれた男が何も言い出さないので魔女は寝転がりながらまずは礼を言う。魔女の言う厄介なインスタントバレットというのは硝太のことであり、硝太が魔女を攻撃しようとし時に現れた黒い獣は彼のインスタントバレットによって作られた武器である。
クロ──本名深瀬クロ。『創造』のインスタントバレットであり、藤浪木陰と諸木亮太が所属する『世界の端っこ』のメンバー。
「知ってる。あの
クロは木陰に事前に聞いていた硝太の情報と実際に隠れてみていた彼の姿に違いがないことを思い出す。小学生低学年にしか見えない身体をしておいて身体能力は格闘技はその道の選手のものを軽く凌駕する。切った張ったの喧嘩も慣れた動きが多く、油断させた相手を切り崩す、一撃必殺の戦術を得意としている。木陰から聞いた通りの少年だ。
ただのインスタントバレットならそれで終わりなのだが硝太のインスタントバレットは彼らが見てきた中でも特に異質なもので抱え込むにはメリットもリスクも大きすぎてそう簡単には手が出せない。
「そうそう。私の魔法が多分通用しない。私の魔法は簡単に言えば世界を見るものだけど、彼はその世界を壊す力だ。木陰ちゃんも相性はいいけど実際問題殺し合いになったら厳しいだろうし、戦えるのはクロ君…後、十色ちゃんぐらいかな」
『世界の端っこ』にいるインスタントバレットは現在5人──いや、6人。そこに、魔女は含まれていない。あからさまに戦闘向きじゃない諸木は置いておくとしても内半数以上は実際の殺し合いの場合少なくともタイマンでは確実に負ける。
戦えるのはクロともう一人、十色という少女がいるが彼女が戦う場合インスタントバレットの都合上どうしてもクロも同時に参加することになるので戦うかどうかはクロが選択できると言ってもいい。
「──やるのか?」
そうなると気になるのは魔女が硝太のことをどう考えているか、にある。魔女の魔法である未来視は唯一絶対の力を持つとこれまで思われてきたが硝太にはほとんど通用しない。木陰が言っていたように硝太の魔法は魔女の未来視を無視して動くことが出来る。
つまり魔女は硝太と本格的な殺し合いになったら一方的に殺されるしかない。未来視でどれだけ魔女にとって都合のいい未来を見てもそれごと切り裂かれるのなら無能力と大した違いはない。だがそれは逆に魔女が見えてしまう不都合な未来を排除することも可能になる。
木陰たちの目的は後者にあたる。魔女の未来視で未来を確認して都合のいい未来は守り、都合の悪い未来は硝太の介入で変革するそんな夢のある未来を作ることが可能だ。だがその為には硝太を『世界の端っこ』に引き入れなければならず、それが簡単なことでは無いのはもう誰もが知っている情報である。
「うーんどうしようかな。星野ルビーに恩を売れば仲間に引き入れるのは簡単だけど…そこは君たちに任せるよ」
「…わかった」
君たち、つまり『世界の端っこ』に硝太の処遇を任せるという言い方から魔女自身が彼らの味方ではないと言っていることを知り、クロは表情を曇らせる。
◇◇◇
「菅野さん、やられたみたいですね」
警察庁警備局
菅野亮介、世間では貝原亮介として指名手配を受けていた元ごく普通の大学生にして当時推していたアイドルを殺害した殺人鬼。アイ殺害当初はネットで「キモオタ」や「病んだクズ」など言われたい放題されていたが10年以上警察の目を掻い潜っていたのだから実際は相当な幸運と胆力の持ち主だったのかもしれない。もう、今となってはどうでもいいことだが。
「そうか」
「菅野さんの作戦は失敗ですね。リーダーは、最初から出来ないと思っていたんですか?」
亮介は硝太のインスタントバレット覚醒の為に彼の精神的支柱となっている母親、斉藤ミヤコを暗殺するという任務を受けていた。だが斉藤ミヤコを暗殺完了したという知らせは受けていない。任務は失敗した、ということなのだろうがリーダーに動揺はなく想定内、むしろそうなることを望んでいたようにも見える。
味方を切り捨てたとしか思えないが、すいむの言葉にリーダーは笑い声をこぼす。
「失敗?いや違うよ、すいむくん。彼は間違いなく役目を全うしてくれたよ。斉藤硝太のインスタントバレットを覚醒させるって役目を」
まるで推理ものの犯人が自白するように、貝原亮介の本来の役目を口に出す。斉藤硝太のインスタントバレットの覚醒。亮介はその為だけに
警察組織として傷でしかない上にバックに誰かしらいるとしか思えない貝原亮介を
もちろん、今回の事件で犯人を貝原亮介だと公表されたりすることは無い。何かの間違いで亮介が捕まった後に取り調べを受けることになった場合
「自分で狂わせた帳尻を自分で合わせたんだ。問題は無い。『奇蹟』のインスタントバレットはそこにある」
斉藤硝太のインスタントバレットの覚醒に利用されたのは12年前、
貝原亮介による星野アイ殺害。世間はともかく
その理由は単純な話。
当時
───本来の『奇蹟』のインスタントバレットの使い手、星野アイを。
『奇蹟』のインスタントバレットは失われたと失意の中、別の作戦を考えていたリーダーもその事実に救われた。その後は『情報』のインスタントバレットを上手く使って国の上層部にその力を売り込み
こうして作られた
貝原亮介もその一部に過ぎない、『奇蹟』のインスタントバレットの覚醒とその力を握るための手札の一つ。それが考えていた通りの効果を発揮したのでそうなるように組み立てていたとはいえ面白く感じて笑ってしまったのだ。
「それなら菅野さんに『奇蹟』のインスタントバレットを誘拐しろと言っておけば良かったんじゃないんです?」
「何を言うんだいすいむくん。我々は日本国民のために働く警察組織だよ?誘拐なんてそんな酷いことする訳ないじゃないか」
白々しく貼り付けたような綺麗事で皮肉を言ってみる。暗殺しろ、と命令を出した警察組織の言い方ではない。リーダーの皮肉が面白かったのか七辻は顔を背けて身体を震わせている。
実際、貝原亮介に硝太を連れてこいと命じれば反感は持たれただろうがその通り動こうとしただろう。だがそれを行動に移した時に得られるものは何も無い。
「そもそも、彼では斉藤硝太には勝てないよ。ただ都合のいい夢に溺れるような男に、地獄の底で悪意を練り続けてきた男が勝てるはずがない。両者インスタントバレットを持っているなら尚更だ」
リーダーは『情報』のインスタントバレットで検索した情報から亮介を都合のいい夢に溺れた男と切り捨てる。12年前のアイ殺害の件から逆恨みでしかない、その悪意を肯定するどころか憎悪を12年間も持ち続けたのは確かに相当な精神力の持ち主だとわかる。だが逆恨みは逆恨み、根本的に責任を他者に押し付ける身勝手な男でしかない。世間から疎まれるような性格をしておいて、疎まれると逆恨み。ただの金銭的やり取りをしてるだけでしかないアイドルに疑似恋愛をさせ、そのアイドルが子供を産んだら「そんなはずは無い」と怒る。そもそもそのアイドルの存在はファンの為にある訳では無い。アイドルというビジネスにファンが付属するだけの話。他人に愛されないが故にそれを履き違えて自分の責任を一切追求しない大人になれない子供。
ただの子供の癇癪がきっかけとはいえ、斉藤硝太の悪意は強く、そして深い。他者の幸せを共有できながらその傾向ですら嫌う。自己を最低限まで希薄にし、その上で特定の個人の幸せを望む。その為に文字通り愛している相手であろうと手にかけることが出来る。それが自分の不幸であっても、彼は心から喜ぶことが出来る──否、感情を殺しながら喜ぶふりができる。人ではなく人の付属品、道具というのが相応しい。何かの間違いで母親が「お前は私の武器だ。私の思う通りに動け」とでも言った日には世界征服すらできてしまうだろう。悪意を持ちながら意思を悪意から切り離せる、戦場の兵士が言う「心と引き金を引き離す」ことが出来る生粋の武器。平和な日本で生まれるはずのない適正は文字通り宝の持ち腐れでしかないが、その分魅力がある。
だからこそ貝原亮介を
「これで、彼と交渉ができる──」
暴力で手に入れるのではない。斉藤ミヤコに命じさせるのでもない。斉藤硝太の意思で決めさせる。それにこそ、意味があるとリーダーは考えた。これまでの事件はその為の布石。今のところ全てが上手く進んでいる。
「これで、世界を救える」
世界を救う。そんな物語の主人公のような言葉を吐いてみる。直前の言葉と合わせるとどうにも嘘くさい言葉だが目を大きく開き、自らのインスタントバレットで調べられた情報を細かく確認することを辞めないリーダーの声からそれが嘘の発言だと疑うものはいない。
遂にクロくんこと深瀬クロが登場。
インスタントバレットの主人公、深瀬クロ。序盤から登場を示唆させていましたがここからは本格的に物語に関わることになります。キャラ紹介はまた。
そしてここで判明するのは本来の奇蹟の使い手。この時点でこの作品でのアクルビの件は大体答え合わせできたのではないかと
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星野アイとかいう本作で硝太が生まれなかった世界線が普通に気になる──魔女