ピンポーン。
姫川大輝の自宅のチャイムの音が鳴る。だが当の本人は硝太の手によって気絶している。怪我を負っている訳では無いが応答が出来る状況ではない。
「つけられたな。ヘルメス、二人を護衛しろ」
「カァッアッ」
鳴ったチャイムが姫川大輝に向けてのものではなく、今ここにいる硝太とフリルに向けてのもの。つまり二人の現在地が知られていることを感じ取る。どうやらこの家に来るまでのフリルが追跡されていたようだ。硝太がここまでそれに気づかなかったあたり相手もただのストーカーではない。追跡に慣れた、おそらくプロだ。先程まで硝太が隠れていたリュックサックから一匹の八咫烏が出てきてフリルの目の前に着地する。ヘルメスとギリシャ神話の神になぞられてつけられた八咫烏は凝り固まった身体を解すように何度か翼を振る。ヘルメスは言われた通り、フリルと姫川の二人を守れる立ち位置にいる。硝太も左腕を支えている三角巾の中からナイフを取り出し、鞘を抜くとそれだけを三角巾の中に戻す。鞘に隠されて見えなかった刃には錆び付いた血の付着しており、まともな刃物には見えない。
「何する気?」
「当然、打って出る」
ただならぬ状況に息を飲むフリルに対して硝太は至って冷静。玄関の方を見ながら殺し合いを前提とした動きになる。その後ろ姿に、フリルはストーカーに立ち向かった硝太を重ねる。今の彼は左腕が完全に治っておらず、戦闘も十分にできるとは思えない。仮にまたストーカーの様な相手が現れたら、生き残れる保証なんて無い。だが硝太は迷わない。まるで恐怖という感情が殺されたかのように歩き出す。
「…硝太、気をつけて。忘れないでね」
だからせめて、「忘れるな」と言った。
死なないで欲しい、人殺しにならないで欲しい。そんな友達に向けるには当たり前の言葉を、わざわざ声に出して言ったことを忘れるなと。
「…了解」
硝太は振り返りもせずに、少し不満があるがそれを飲み込んだように『了解』とだけ答えるとドアスコープを一瞥して玄関の扉を開ける。
玄関の先ににいたのはスーツを着て如何にも会社員ですと言う雰囲気を纏った20代後半か30代ほどの男性。表情は堅苦しく、シャープなメガネと相まってかなり頭の良さそうなイメージを持たせる。
「はじめまして、奇蹟のインスタントバレット」
──インスタントバレット、やっぱり。
男は硝太が出てくるとわかった上で硝太の事を「インスタントバレット」と呼んだ。硝太がインスタントバレットという事を知っているのだから事件の関係者、もしくは同じインスタントバレットのどちらかとなる。硝太はその姿を見ただけで後者だと分かったようで青く右目を輝かせながら男を見る。
「世界の端っこ?それとも
「それはまだ言えない。今は、白岩と名乗っている。」
白岩。後に貝原亮介の襲撃や硝太を襲った車の暴走の対処に協力した男との初対面がこの時である。
初対面ということもあり、硝太から強い緊張と警戒心を持っているのがよく見える。ただでさえ人と話すのを得意としていない硝太に初対面かつ、デタラメな力を持つインスタントバレットと踏み込んだ話をするのは厳しい。
「…要件は?」
「君と手を組みたい。その為の情報をこちらは持っている。入らせて貰えないだろうか」
硝太の目がフリルに向く。中に入れば当然フリルと姫川との距離は近くなり、強襲した際に成功率が高くなる。普通に考えれば得体の知れない相手を中に入れるなんて考えられない。そんな中硝太がフリルの方を向く、つまりフリルの判断を待っているということは硝太は受けてもいいと考えているようなものだ。
硝太にしては異例としか言えない対応。だがフリルは硝太が警戒心を解かずに様子を伺っていることから相手を泳がしておきたいという意図があると察する。硝太が意識しているのか分からないが相手を油断させて一瞬で仕留めるのは硝太の常套戦術と言える。それに沿う行動をしているということは戦闘になる可能性を見ていないわけではない。
「姫ちゃんだけベットの上で寝かせてあげたいかな」
「わかった、少し待とう」
時間を稼ぎたいのと、姫川が巻き込まれるのを防ぐため姫川だけヘルメスという烏に預ける。少し見たぐらいではその辺のカラスとなんら見分けはつかないが小柄でもない姫川の身体を持ち上げて特に苦しく無さそうにバサバサ羽ばたいている姿を見るとやはりこの烏も化け物なんだと実感させられる。硝太は玄関前から動かないようなのでカラスと共に姫川を寝室とも思われる部屋のベットに投げ入れて、玄関先のソファまで戻る。
「お待たせしました、どうぞ」
家主の許可を取れるような状態では無いとはいえ、まるで家主かのように他人を招き入れるのに抵抗が無いわけではない。だが、既にそんなことを考えていられる余裕は無い。白岩は導かれるままにソファに座るとどこからか手持ちカバンを取り出して中に入っているA4サイズのファイルを取り出す。
「我々は君のインスタントバレットについて君以上、おそらくツクヨミと名乗る神以上に知っている。君の想像通り、インスタントバレットの集まった組織からの情報だよ」
ソファに座り自分達の状況を軽く言うと同時に白岩の持っているファイルから硝太の顔写真が貼られた資料が出てくる。
資料に書いてあるのは硝太の名前、年齢、現住所といった個人情報だけでなく家族構成から過去の来歴まで事細かに書かれている。まるで芸能人が事務所に出す履歴書だ。履歴書と違うのはそれらの所々に黒塗りで塗りつぶされた場所があること。明らかに「ここには知られたくないことが書かれていますよ」と言っているようなもので、黒塗りされているのは硝太の3歳から4歳の出来事の大半──時期的にアイが亡くなった時期と生まれた前後のこと。2つとも他の履歴より情報量が多いのにほとんどが黒塗りのことからこの時期にアイの死の他に──おそらくはそれに関連づけられた──何かがあったことを察せられる。
──やっぱり硝太が歪んだ原因は姉であるアイの死。
「それで?」
硝太は驚くフリルを他所に自身の人生の全てと言える個人情報を見せられても特に狼狽えることはなく、白岩を見すえる。
インスタントバレットが悪意、破壊衝動から生まれるという話をツクヨミから聞いた時から硝太はインスタントバレットの力を使える者たちが組織を作った時自らの過去はバレる前提で考えていたのだろう。彼の過去はアイ関連を除けば特に隠すようなものでもない。アイ関連も手を出せば自らの立ち位置と居場所を伝えているようなものなので硝太と殺し合いをしたい戦闘狂でもなければこの手段をそう簡単には取れない。だが手札をあえて見せることで牽制にはなるのも間違いではない。動揺したのを見せれば付け入る隙と思われる──とまでは考えていないが本能的に相手に隙を与えないように自分の感情を殺す。
「我々は君をいつでも殺せる…とまではいかないが君がインスタントバレットであり、どの組織にもいない以上、当然ながら命が狙われる」
「だからアンタらと手を組んだことでその手の脅迫を避けられる。それがそっちの提示できるカードか」
白岩は黙ってうなずく。
硝太が性格的にも能力的にも危険人物なのは誰も疑う事は無い。インスタントバレットで作られた組織ならその危険度はより大きく思われ、結果暗殺されるのも想像に難しくない。それなら組織の中にわざと入って「自分は組織というブレーキがあるから安心だ」と喧伝することで危険分子と思われるのを防ぐことが出来る。
「ならなぜ今まで殺さず捕獲をしようとした?
硝太の言うように、危険ならさっさと殺してしまった方が楽に済む。だがさっさと殺してしまった方がいい、という残虐な考えで尚且つ自分を卑下するような発言はフリルとしては受け入れられるものではない。非難しようとする、が流石に白岩の前で言う訳にも行かず眉を顰める程度に留める。
実際、硝太が殺されそうになったのはこの時点ではアイを殺した貝原亮介とフリルのストーカーぐらいなもの。ストーカーに襲われる前に戦闘した
そのほかの時でも入院中は特に硝太は自分の身を守るのも精一杯なわけで
「理由は簡単。君のインスタントバレットにはそれ相応の価値があるからだ。インスタントバレットは規格品ではない。使い手によって能力は千差万別。同じ魔法はおろか、似たものを持つものはいない。君の魔法は彼らにとって喉から手が出るほど欲しいものなんだ」
「──未来の否定、理解した。通りで
未来の否定。フリルには聞き覚えのない能力だが硝太の中では合点が行ったようで大きく頷くと机に並べられた資料を再確認する。
1人だけ意味がわかっていないフリルは隣の硝太の服の袖をもって理由を尋ねる。
「どういうこと?」
「
硝太の言葉は大事なところを所々省略したようなものだったが言いたいことは何となくわかった。インスタントバレットの中には未来を見る未来視の魔法がある、コレは何処かで聞き覚えのあることだがそれを硝太の魔法で否定、もしくは無力化できるらしい。なぜそんな事が出来るのかは不明だが未来視の未来を壊せるのなら、都合の悪い未来だけ硝太に書き換えさせれば何をしても都合のいい未来が訪れることになる。現実改変と言ってもいい偉業でまるで神になったかのように好き勝手暴れることが出来る。その為の重要なキーであるインスタントバレットは硝太にしか扱えない、だから
「…」
話を振られた白岩は硝太の言葉に口を開かない。沈黙は肯定、という意味だろう。白岩とその組織は未来を支配するためには硝太を生かしたまま置いておく必要がある。殺しては魔法が使えなくなる、なら硝太がある程度好き勝手しようと放置するしかない。
「つまりお前たちは未来を支配するために僕が欲しい。殺すわけにはいかないってことになる」
「それは違うな。
少なくとも自分は殺されない──殺すわけにはいかないのをカードとして使えると考える硝太に対して白岩は再度強めの警告を行う。硝太の呼び方も『君』から『お前』に変わっているあたり高圧的に接している。あくまで硝太のインスタントバレットを使うのは一つの案でしか無く、硝太が死んだ場合のプランもそれぞれ持っている。言い方からして他のインスタントバレットを使ったものだろう。あくまで硝太側から提示出来るカードは「魔法の発動」に留められることになる。
この言葉で硝太の中で一つ、判明したことがある。
「なるほど、一度でいいのか」
白岩の眉がピクリと動く。だがそれを気にせず硝太は続ける。
「未来の支配が目的じゃないな。いや、それも可能ならするだろうけど、もっと大きな目的があると見た」
「…何故わかった」
「インスタントバレットは千差万別。同じ魔法を持つ者はいない、なら僕と未来視がいないと未来の強制的な変更はできない。だけどお前はサブプラン
未来視の魔法がどれだけ強力なのかは藤波木陰が言っていた。ラプラスの悪魔、宇宙のすべての粒子の位置と運動量を知ることで未来を完全に予測できるものだと。それなら予測に漏れや外れはない。だからこそそれに逆らった行動を取れる斉藤硝太のインスタントバレットに貴重価値が生まれている。それは白岩の行動を見てもわかる。未来視の魔法を無効化できる魔法が複数あるのなら、斉藤硝太を生かしておく理由は無い。直接でなくても殺しておいた方が楽なはず。なら何故サブプランが出来ているのか、それは未来視の魔女をよく知っていると思われる世界の端っこの藤波が言っていた可能性がヒントになっている。
──『考えられる理由は二つ。お前自身が一度死んでも蘇られるような体質、あるいは魔法を持っていたか。もう一つは、絶対のはずの未来視に
未来視で見れる範囲はあくまでその時のみ。その後とその前はあくまでその地点で見えた景色から
「あるんだろ?未来視でみた未来通りに動いても通常通りに稼働する魔法。例えば、死ぬことで発動するインスタントバレット──とか」
「…大体あっている、な」
白岩は腕を組んでなんとも分かりずらい絶妙な顔を見せる。完璧な回答、という訳では無いが粗方あっているらしい。
あくまで白岩の考えているインスタントバレットがサブプランなのはおそらくそのインスタントバレットには相応のリスクがあるからだろう。例えば特定場面でしか発動ができない、発動に代償が発生する等。実質ノーリスクで発動できる斉藤硝太をわざわざ組織の中に抱え込んで扱ったほうがいいと思うほどには惜しい代償ということになる。
「なら教えろ、お前達の目的はなんだ。場合によっては協力出来る」
「硝太!」
協力出来る可能性を提示する硝太の手をフリルが掴んで引き止める。白岩の言葉は硝太を一人のインスタントバレットとして扱う、つまり硝太が上手く扱える現場へと行かせることに繋がる。組織がクリーンなものかも分からないどころかなにか大きなものを隠しているのはフリル目線でもわかる。そんな相手に協力出来ない、硝太を差し出すような真似は出来ない。
「ダメだよ硝太。ここは──」
「ここで断れば、ここを戦場にする。君も死ぬ」
「でもっ」
白岩も硝太も本気だ。フリルに止められるものではない。硝太が白岩の誘いを断り続ければ硝太は殺され、白岩の言うサブプランが発動する。硝太と白岩が戦う事になれば当然この場は戦場となり、いくら八咫烏であるヘルメスが護衛についているとはいえ身を守る術のないフリルが無事とは思えない。
だからと言って硝太を白岩の元に渡していい訳でもない。せめて、白岩が安全だと分かるまでは、渡せない。
──これ以上は流石にダメだ。
個人的な感情もそうだが、何よりこれ以上硝太がボロボロになっていく姿を
「大丈夫、死にに行くわけじゃない。あの時とは状況が違うんだあくまで相手の目的が知りたいだけ」
「…了解した。それならば言うしかないな。俺達の目的は…」
フリルを安心させようと自ら死地へと向かったストーカーの時とは違うと強調して言うが今更言葉でフリルに安心感が与えられるわけもない。
だが白岩の方は硝太の言葉──実際は二人の関係になにか思うところがあったのか今まで敢えて黙っていたであろう目的を口にする。
「世界を、救うことだ」
世界を救う。そんな抽象的で、難解なことを。
毎週月曜日投稿のところ2週間も休んでしまい申し訳ない。
こんなことになるぐらいなら書き溜め全部予約投稿しとけばよかった…まぁどちらにしろ年末年始で一文字も書けなかったから遅かれ早かれこうなってはいた訳なんですが。
何はともあれ今回からは回想、主に旅行前の硝太とフリルの話です。
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世間は推しの子アニメ三期って時に僕は何書いてるんだ