陽東高校に入学して晴れて高校生となったアクア、ルビー、硝太の3人。
一般科とは毛色の違う芸能科に入ったルビーは早速グラビアモデルの寿みなみと友人となる。
みなみをアクアと硝太にルビーが紹介するとみなみが硝太の高校で初めての友達になった。
「嘘、だろっ!?」
この学校に不知火フリルがいる。
ルビーがカッコ付けながら言った衝撃の事実に思わず変な声が出る。
この学校には確かに芸能科はあるし有馬先輩が言ったように多少勉学に融通が効く。とはいえ芸能科も一般科も共学で特にカリキュラムも変わらないごく普通の学校だ。
不知火フリルなんて来た日にはよほど情報を上手く隠さないと毎日ファンが集合してごった返す事態になりかねない。
「そっくりさんとか、モノマネが上手い人、じゃなくて?」
「本人だよ硝太!お姉ちゃん見たんだよ!生・不知火フリル!」
ルビーの言葉にみなみさんもコクコクと頷くと二人が嘘をついているとはとても思えないので少なくともこの学校に不知火フリル本人が来ていることに間違いは無い。
しかもテレビの画面越しでは無い生で不知火フリルが見られるとなればファン達人混みに巻き込まれてもあまりあるメリットになる。
「硝太、お前そんなにご執心だったのか」
「可愛い女の子が嫌いな男なんて居ないでしょ」
アクアマリンが若干引き気味だがこちらとしてはそちらの方がおかしい。
何せ不知火フリルだ。正直世にいる俳優やタレントに詳しいというわけでは決してない自分でも知ってる知名度からミーハーに見られるのも当然と言えば当然だが、それでも人を引き込むものが彼女にはある。
もとよりお近付きになれるかどうかは別として綺麗な人を嫌いな男なんてまず居ないだろう。
「いいよなー姉さんは。クラスメイトなら仕事ない日はほぼ毎日会えるじゃん」
そんな不知火フリルもこの学校の門をくくれば一学生。しかもクラスメイトとなれば教室に行けば会える、と言っているようなものだろう。そんなのファンでなくても嬉しいに決まってる。
「お前だって同じ学校だろ。見るぐらいなら普通にあるだろうし」
「兄さんだっていつか仕事で会えるかもしないしね。姉さんもそうだけど」
「...なんだよ」
「べぇつにぃ」
アクアマリンも俳優なのだからタレントやりながら女優としても優秀な不知火フリルに出会える可能性は高い。少なくとも出会ったとしてもその辺の一般通行人以上の価値は無い僕と俳優として仕事もしている、つまり同業者であるアクアマリンならアクアマリンの方が覚えられるだろうしなんなら『今日は甘口で』の一件もあるので芸能界に詳しい不知火フリルにならもう認知されてると思った方がいい。
そう考えるとどうしてもずるい、と思ってしまう。なんか知らない間に役者としての能力を出してきてしかもそれで結果を出すなんてチートもいいところだ。大体僕はアクアマリンが役者をやっていたとも聞いていない。
「はいはい拗ねない拗ねない」
ルビーがアクアマリンとの間に入って頭をポンポンと優しく叩いてくる。不知火フリルを一目見られたからかかなりテンションが高い。
10年以上弟として共に生きてきて学んだこと、テンションの高いルビーは身体接触が増える。これで多くの男を勘違いさせてきたのだから恐ろしいものだ。特に僕は同い年なのに弟だからか頭を撫でるのはもちろんハグも珍しくない。しかしアイドルというものは男女関係にかなり厳しいらしい。『男のいるアイドルは推せない』という意味のわからない侮蔑を当たり前のように吐く人がいるとなれば仕方がない面もあるのだろう。
──今更ながらこの姉はちゃんとアイドルになれるのだろうか。弟は心配です。
「仲ええなぁ。ウチ一人っ子やから羨ましいわぁ」
「でしょー!」
傍から見ていたみなみさんは羨ましそうにこちらを眺める。確かに
「この子の髪の毛とか頭とか結構撫で心地いいんだよ!触る!?」
「変な特徴紹介すんな」
みなみさんに撫でさせようと引っ張ってきた腕を流石にやりすぎだとアクアマリンが止める。血が繋がらないとはいえ姉であるルビーと違い、みなみさんは今先程知り合ったばかりだ。そんな相手に撫でさせるなんてペットの犬ではあるまいしありえない。
みなみさんが乗り気っぽいのは目の錯覚としておこう。
「姉さん、ギブ」
「むーケチ」
アクアマリンに止められたのもあってかルビーは名残惜しそうにしながらも腕を解く。もちろん相手は女性でかつそんなに筋力もないルビーなので力任せにやれば抜け出すことは容易だった。しかしそんなことしてルビーが怪我をしたら意味が無い。
ヘッドロックから抜け出した後衣服の乱れを治す。家ならともかく学校でこういうやり取りはあまりしない方が良さそうだ。
「とりあえず、姉さんが楽しそうなら別にいいや」
ルビーには素敵な友人もできたようだしこちらから特にすることは無いだろう。可能ならみなみさんと仲良くなって日常的に話すような仲に慣れればベストだったが、流石に初日でそこまで行けるとは思ってない。アクアマリンも全く同じ感想を持ったようで小さく頷く。
「お姉ちゃんとしては、硝太の方が心配だけどぉ?」
しかしルビーからしてみるとこちらの方が心配なようでジト目のままそう返してくる。
どうやらルビーは心配性のようだ。確かにかれこれ15年生きてきて同世代の友人というのは僕には縁の無いものだったが、先程ルビーからの縁とはいえみなみさんがなってくれた。一般科は芸能科と違ってアクアマリンを除けば珍しい人も変わった経験をした人もいない。学業も特別厳しい学校でもないしこの形なら全く問題は無い。
「大丈夫だよ。友達ならみなみさん出来たし」
「クラスどころか科も違うじゃねぇか」
「毎日会いに行けばそれでよし」
「さては不知火フリル目当てだな」
「そうとも言う」
「お前なぁ」
呆れるアクアマリンとそれでも心配を隠さないルビー、そしてそのやり取りを楽しそうに見つめるみなみさん、という構図が出来上がった。
別にクラスが違おうと同じ学校であることには間違いない。ルビーの様子も見ておきたいのでみなみさんに会いに行くのは最初に想定していた通りの展開だ。ルビーだけではなくみなみさんからも周りの情報が知れると思えば理想的な形に固まったと言える。不知火フリルを一目見るのはあくまでお釣り。お釣りの割にはデカすぎる気もするがお釣りなのだと言ったらお釣りなのだ。
そんなことを思っていながら兄姉とみなみさんと下らない話に花を咲かせていた時だった。
ふわっと柔らかい風が吹いた。肩や髪を撫でるように吹いた風に乗ったシトラスのような香りが鼻腔をくすぐる。
「噂をすれば」
アクアマリンがそう言い、頭を向けた先には一人の女子高生が歩いていた。
スラリとしたスレンダーな体型。女性にしては少し高めの身長にあうように伸ばされた曇りのない綺麗な黒髪。足取りさえも鋭さを感じさせ、歩く度に黒髪がたなびいている。
どこをとっても綺麗な、計算された美学というものを絵にしたような立ち姿は高名なギリシアの彫像でさえ低予算で作られた子供のおもちゃに見える。
「不知火フリル」
反射的に口から言葉が飛び出でる。決して大きな声では無かったはずだが、呼ばれた女性の目がこちらに向く。緑の吸い込まれるような目に僕が映る。それだけで心臓が鷲掴みされるような息苦しさと喪失感が溢れ出た。
何処かから静かな声が聞こえる
『お、マエ、もコィ』
「硝太?」
足が自然と前に動く。何かを考えているわけでも、考えていた訳でもない。誰かに命令されたわけでもなく、そのような使命がある訳でもない。
文字通り何一つ考えていない。思考が凍ったように止まり身体だけが前へ前へと足を進める。
彼女は動かない。瞬きひとつせず、こちらをじっと見ている。普通に考えればなんの用もない、出会ったことすらない相手がゆっくりとはいえ向かってきているのだから警戒するはず。だと言うのに彼女にその色が見えない。
喉奥が熱い。心臓は強くうち過ぎで逆に痛い。関節が古びた上に油が抜けた機械のように噛み合わせが悪く、動く度に強い抵抗を感じる。興奮を通り越して息が上手くできなくて苦しい。苦しいのに、それがまるで人生をかけた使命のように身体が痛みすら許容しようとしている。
「───落ち着け、馬鹿」
強い衝撃と共にまるで夢のような体験が夢と証明されるように一気に冷める。
後ろからアクアマリンに殴られたと気付いた時にはみんなからそれなりに離れて彼女──不知火フリルの方へと足が動いていた。不知火フリルは驚いているのか分からないが怖がる様子も見せずに棒立ちの状態でこちらをじっと眺めている。
宝石のような輝きに目が引き込まれ、頭に熱が上る。どうやらアクアマリンに殴られて目覚めるまで自分は彼女に魅了されていたとその時に気づいた。
「あ、いやっ...ああああーー!!」
恥ずかしいなんてあったものでは無い。相手はルビー曰く僕の推し。とはいえ相手からすれば初対面の人が魅了されたと思ったらふらふら近寄ってくるなんてゾンビゲームの出てきたらうざいタイプのゾンビとしか思えない。ゲーム内ならともかく、現実世界では決して会いたくないタイプの人間だ。初日でそんな奇行を犯し、それが少なくとも学校にいる間は引きずることが決定した。恥ずかしすぎて死にたい。死んだら遺体は適当な井戸やら洞穴にでも放り込んで綺麗さっぱり忘れて欲しい。
そんなことを考えながらその場でうずくまる僕の隣をアクアマリンは当然のようにすりぬける。
「こんにちは不知火さん。俺の弟と妹がアンタのファンなんだ。仲良くしてくれると助かる」
「ちょ、ちょちょちょちょ!」
──待て、待つんだ兄さん。これ以上僕の黒歴史を増やさないでくれ
そんな言葉すらいえずに反射的にアクアマリンを縋り付くようにして抑える。
それでも不知火フリルの反応は悪くない。こちらをじっと眺めており、そこから嫌悪感などの感情は読み取れない。むしろ期待感を瞳から感じる。新しい学校のスタートだから期待をしているのだろうか、もしくは悪い意味で子供にしか見えない姿に多様性を感じているのか。しかし残念ながらアクアマリンはともかくその近くにいるモブでしかない僕に面白要素を期待しても無駄なのだが。
「弟...」
「どうも...金魚のフンです。忘れて下さい」
弟というワードに反応したのか不知火フリルの顔が再びこちらを向く。兄弟のくせには似てないとか、そんなことを考えているのだろう。実際血は繋がっていないので当然と言えば当然なのだが。
対してこちらは彼女の顔を見ることが出来なくなりいつの間にかアクアマリンを盾にして隠れ始める。
僕は金魚のフン。アクアマリンやルビーの近くを歩くだけのもの。やったことがやったことなのでもうこの場から逃げ出してしまった方がいい。何せアクアマリン、ルビー、みなみさんと芸能関係の人が並んでいるのだ。彼らの紹介をしておいた方がこれから邪魔にしかならない僕のことを紹介するより楽で今後の為になる。
すると不知火フリルは表情を欠片も変えずに口を少しだけ開く。
「面白い人」
「───っ!?」
──今、笑った、のか?
ポツリとこぼした言葉と共に表情こそ変わってないがまるで僕とアクアマリンのやり取りを見て笑っているように見えた。もしくは金魚のフンがそんなに面白かったか。
しかし同時に小さな違和感を感じた。上手く言語化出来ないがイメージとしては鈍い何かが不知火フリルの影に杭を打っているようなイメージ。
テレビでよく見る彼女の姿とリアルの私人としての彼女の姿が違う、という意味だろうか。テレビで見るより何割かイケメン、美人だと言うのはタレント達が取材したりロケした先の現地人によく言われる言葉だ。自分にもその現象が起こっているのだとしたらこの違和感にも説明がつく。しかしだとしてもその違和感が不知火フリルの外側で起こっているような気がしてならない。
気になって目を凝らして見ると不知火フリルの背後、肩の辺りから薄くモヤが見えた。透明のガラス板を思わせるようなモヤ。
それらは先程まで見えなかったのが嘘のように輪郭を得る。僕が見つけたことから存在意義を得たのか、あるいは先程までの姿は僕の見間違いか。恐らく後者だろう。練られ方が違う。ガラス板のような固まった形波打つプールに浸かった手足のような四肢のようなものが生まれる。不格好な手足は地面につくことが出来ず数センチだけ浮く。透明だった身体には絵の具を初めて使う小学生が塗りつぶしたような色が着色される。
──人では無い。
生き物はこんな形をしていない。生きているのなら、こんな歪みを認識出来ない。骸にしても雑すぎる。みなみさんも、アクアマリンにも、ルビーにも
──これが生きているとするなら僕は世界すら殺してしまえそうだ。
だから生きていて欲しくない、と心から思う。幻覚であってほしい。幻覚でなければならない。
「まるで生霊だな」
ぽつりと呟いた言葉が聞こえたのか不知火フリルの目が大きく開かれる。驚いている、のだろうか。よく分からない。
こちらの言葉が当たっているのかはともかく明らかに不知火フリルの持つ色が変わった。何か思い当たる節がありそうだ。考えられるのは厄介ファンだが、何か違うような気もする。何かしら、隣に立つ異形に取り憑かれているのは確かなようだ。
「硝太?」
「え?あっごめん」
ルビーの声に再び我に返る。
不知火フリルの特性なのか、僕の個人的な情緒のせいか分からないがすぐに不知火フリルに同調してしまう。同調が解除されたからか、クトゥルフ神話にでも出てきそうな異形の怪物は影すら無くなっていた。
同調してわかるのだが彼女の持つ独特な雰囲気はやはり他の人とは違う。特殊な多幸感を得られるのと引替えに人としての倫理を歪ませられるような気がする。
「...君、名前は?」
「斉藤硝太、です」
推しに名前を聞かれるなんて普通に生きていたら有り得なかったであろう事に背筋に冷たい汗が伝う。
再び風が吹く。遠くでカラスが一際大きい声で鳴き、それを合図としたのか世界が切り取られたように彼女を除く情報が切られる。
永遠に思えた一瞬。一瞬となった永遠。
胸の奥にしまいこんだ、まるで遠い過去に実在したらしい救世主のような母の顔が重なる。
だからだろうか。そこにいた女性は記憶にある姿より鮮明で、美しく見えた。
──だからこの出会いはきっと『奇跡』なんだ。
「そう…私は不知火フリル。よろしく」
そう言った不知火さんの口角は少しだけ上がっているように見えた。
今回はヒロインの不知火フリルと主人公の斉藤硝太の出会いということでちょっと筆が踊った形です。
(因みにサブタイトルはib-インスタントバレット一巻が元ネタです)
ibのサブタイトルが元ネタということもあり、この話から明確に硝太のズレを描写しました。
この『奇跡』から斉藤硝太の人生はガラリと変わることになるでしょう。良くも悪くもこれが『奇跡』の出会いなのだから。
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