龍珠組との交渉を終え、帰路につくフリルと硝太。その中で硝太は協力してもらった白岩の正体が
アイドルにとって握手会というのはファンとの距離が一番狭まるイベントである。営業が悪どい地下アイドルなんかになるとファンとデートをするからと高額の資金を積立させたりするので何も握手会だけという訳でもない。だが当然だがB小町を擁する苺プロがそんなことをするはずもない。時の権力者やプロデューサー相手にキャバクラごっこ、なんてことすらしないしさせない、強力なプロテクトがかかっているB小町に近付くという意味では握手会が唯一の方法と言える。
毎週のように投稿されている動画にもファンの声が
「ルビーちゃん!今日も会えて嬉しいよ!」
「私も!」
「ルビーちゃんの今日のライブ、動画で聞くより声綺麗だった!」
「ほんと!?嬉しいー!」
握手の度にファンから一言一言応援の言葉や歓喜の言葉が聞こえる。剥がしが優秀すぎる為時間は短いがそのためファンもその短い間に『星野ルビー』を感じようと、愛を伝えようとしてくる。それがルビーにとってはとても嬉しかった。
「次の人ー」
とめどなく来るファンを捌いている無機質な係の人の声に押されて出てきた次のファンは40代か50代の少し老いた男性だった。それはそこまで珍しくない。ルビーのファンは有馬と同じく男性中心で若年層からの人気が根強い。だが年代が固まっているか、と言われるとそうでもなく、人気の層はかなり分厚いと自負している。事実、60代のような見た目のおじいちゃんのファンも握手会で見てきたほど。だからか驚くことすらなくまずは自慢の笑顔を見せる。
見せた──のだ。だが同時に相手の全体像が視界に入り、先程までのルビーを占めていた『楽しい』の感情の他に別の感情が生まれる。
「さりなちゃん」
男はルビーの目を見て、ルビーのことをそう呼んだ。
男は若干薄くなってきた黒い髪をまとめて禿げてきた髪を隠しているが、アンダーリムのメガネはそのまま。記憶より少し老けているが、それがこれまでの年月をより強く感じさせる。
「せんせ…!」
せんせと呼ばれた男、雨宮吾郎は生前のさりなが送った『アイ無限恒久永遠推し!!』とかかれたキーホルダーを見せる。
雨宮吾郎の姿を見て酷い夢を見たのを思い出す。MV撮影をしに行った時に見た雨宮吾郎の死体。誰かと殺し合いをする硝太の姿。もう思い出したくもない酷い夢だが夢なら忘れてしまえばいい。今ある現実に勝る夢はない。
雨宮吾郎は握手より先にルビーの頭に手を置く。
「ちょっと遅くなったけど、よく頑張ったな」
大人の男の大きな掌を乗せられ、優しく撫でられる。その温かみが、ルビーの目の前にいる男が雨宮吾郎で間違いないと説明してくる。
「せんせ、私ね!B小町のルビーになって!一杯輝いて──」
あまりの感動にルビーは貯めていた言葉を言おうとするが溜めすぎていたものが一気に溢れ出したせいで言葉として出てこない。その代わりに両目から涙が溢れ出す。
このときをどれだけ待っていただろう。ルビーとして生きてきた16年だけではない。さりなとして生きてきた時間でも、この景色をずっと夢見ていた。冷たいベッドの上で代わり映えしない外を眺めながらずっと夢見ていた。行き過ぎた感情に心も体も追いついていない。いっぱいいっぱいになったルビーは雨宮吾郎に抱きつこうと身を乗り出す。
その時、雨宮吾郎が口を開いた。
「でも──俗事なんだろ?」
「え?」
冷たい、全てを諦めたような声にルビーの動きがピタリと止まる。先程までの感動から急に覚めて吾郎の顔を見る。
雨宮吾郎の目から生気が失われていく。
「俺が死んでも、アイが死んでも」
「せんせ、何を言って…?」
頭に乗せられた掌が、急に氷のように冷たくなる。肌は急激にくすみ、四肢が細くなっていく。──まるで酷い夢に見た死体のように。
「殺されて尚道具にされようとどうでもいい」
「止めて、止めて」
ルビーが止めようとしても雨宮吾郎は止まらない。強引に離れようとするが身体が思うように動かない。瞬きすら出来ない。
「そもそも愛されたことのない女に、誰かを愛することができるとでも?」
雨宮吾郎の声に
「ねぇ、さりなちゃん──」
雨宮吾郎だったものは、それ以上言葉を続けることはなかった。それより先に動いた硝太の手によって首を刎ねられたからだ。生暖かい鮮血が溢れ、全身を赤く染める。綺麗だったアイドルらしい衣装は、雨宮吾郎の血で赤黒く染まる。生暖かい血が頬をつたう感覚がとても気持ちが悪い。
頭が離れた身体がゆっくりと沈んでいく。首からは背骨らしき白いものと、謎の肉が押し出されて出てくる。反対に身体が離れた頭は目玉がこぼれて、口から唾液のような液体が血と混ざって出てくる。硝太は掴んだソレを、アルミ缶のように簡単に握りつぶす。硝太の指の間から、割れた骨と脳みそが零れる。ルビーの頭の上に置かれた腕も弾くと、一瞬でこま切れにしてしまった。そこに悪感情は見られない。小さな子供が蟻の列を踏み潰して遊ぶような、残虐性だけがある。
雨宮吾郎だったものを蹴り飛ばし、潰した頭をそのへんに投げ飛ばすと硝太は笑顔を見せる。
「大丈夫だよ、姉さん。全ては些事だ。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
硝太の声に、雨宮吾郎の声が重なる。二人がどんな凄惨な死を迎えようとどうでもいい。そんな強い非難をルビーは否定出来ない。目を離せないルビーは絶叫するしか無かった。
◇◇◇
目が覚めて一番最初に見えたのは見慣れたいつもの天井。首を横に回すと私の腕を抱き枕代わりにしてぐっすり眠った硝太の姿。その姿を見てやっとルビーは先程まで見ていたものがひどい悪夢だと理解した。
「…酷い夢」
現実として雨宮吾郎は既に亡くなっている。先程の夢のような死でこそないが、死んでも使われた、という意味では先程の夢より酷い話だと言える。おかげで起きたばかりだと言うのにまるで腹の中に棒を突っ込んで掻き回されたように気持ちが悪い。そんなルビーの感情を知ってか硝太の腕の力が一際強くなる。いつもは痛まないように優しく、されどコアラの赤子のようにピッタリ離れない硝太だが、その瞬間だけ、まるで万力のような締めつけになった。
「痛っ──硝太」
硝太は身内を除いた他人がいる環境で寝られないので毎日家族の誰かのベッドに潜り込んでいる。基本的に
──やっぱり、心配させてるんだろうな。
きっかけは高千穂のMV撮影を兼ねた旅行。あの日、あの場所で2つの大きな事件が起こった。一つは殺人未遂、撮影場所に来た男がミヤコさんを殺そうとした。こちらは
そしてルビーは心を入れ替えた。入れ替えた、と言っても全てが前向きではない。雨宮吾郎のことを忘れるわけでも辛い記憶としてバネにするのでもない。全てを端に置いて気にしないようにしている──否、心に背負わないように演技する。それが『アイドル』として期待されている『星野ルビー』の姿。硝太ですら『嘘』をつくような現在、ルビーだけが清く楽しくアイドルをやる少女ではいられない。
極端な話をするが、アイドルとは嘘つきだ。曲では「好き」「愛している」と言ってファンと疑似恋愛をしているように見えてルビーですら雨宮吾郎という初恋を守り続けていた。中には彼氏を作ってしれっと幸せになっている人もいる。それはいい。ファン側も心のどこかでそんなことを考えながらも好きでいてくれるしいくら芸能人とはいえ個人の幸せを否定していいほどアイドルの疑似恋愛は尊いものではない。大切なのは嘘を本当の事としてちゃんと守り続けること。アイドルは綺麗な嘘つき。輝かしい舞台の上で輝くみんなの憧れの的。その裏にある辛いことや大変なことを全部隠して嘘にしてしまうのだから、アイドルになりたい少女は今も多い。
しかしそれも冷めた目で見てしまえば「所詮嘘は嘘」と言われてしまう。最初の仕事で「嘘をつきたくない」と言ったルビーも、そんなことをし続けられないことはもうわかった。嘘をつく『覚悟』は出来ていなかったがアイドルになった以上そんな舐めたまねは出来ない。それこそファンに対する裏切りだ。嘘をつくなら最後まで嘘を突き通す。それはルビーも構わない。この選択はルビーが自分から望み、自分でした選択だから。
だが隣に寝ている弟はどうだ。ただ状況に流され、家族を守りたいという尊い思いを何者かに利用されて殺し合いまでさせられてしまった。家族であるルビー達にすら『嘘』までついて。硝太は元々コレと決めたら何がなんでも貫き通す頑固な子だがこれと決める理由は確実に身内の為である。自分のことに関してはむしろ優柔不断だったり、無関心だったりすることも多い。だから今回の殺し合いも確実に家族の為であり、それが今後また同じようなことをする可能性がある事を示唆していたのも次があることを知っているからだろう。硝太の事だ、『覚悟』だけは済ませているのだろう。自分が死ぬ覚悟はもちろん、自分が死んで悲しませてでもやり遂げるという覚悟がある。それがルビーには悲しい。何故ならそれは硝太のせいではないからだ。インスタントバレットだとか言っているがそれは硝太が自ら選んだ選択ではない──硝太自身は自分で選んだと自覚しているのだろうが、言い方からして選ばされた、の方が正しいと思う。硝太は人としておかしいからとか言って危険な道を選ばされた。この子は選択肢を奪われた上で『覚悟』だけしてしまったのだ。選んだヤツは硝太の
だけど実際は違う。アイドルも、アイの事も硝太には関係ない。関係ないのだから安全なところに居続けて欲しい。ルビーがそう願う心とは裏腹に硝太の単独行動は日に日に増えている。高校生として観れば普通のことでもルビーには心配。
──本当なら外出なんてして欲しくないし一人でいるなんて以ての外。
──手足を縛り付けて部屋に監禁してしまいたい。硝太が見る世界を全て煌びやかなアイドルの表の顔だけにしてしまいたい。
そんな感情が浮かびでるがそれは倫理的に見ても悪であり、許されることではない。倫理的に問題のある硝太も決めてしまった後は泣き落としが聞くほど甘い男では無い。
──だが、ルビーはそんな硝太を止める方法を、一つだけ知っている。
「──硝ちゃん」
寝ている硝太の頭を撫でながら甘い声を出す。自分が出した声を聞いてルビーはやっぱりだ、と思った。
MV撮影途中からこれまでオンチだなんだと言われていた歌が急激に上手くなった。もちろんこれまでボイトレなどして上手くなるように練習してきたがB小町の初めてのライブ、JIFのライブ以降ちゃんとしたトレーナーも無しだったので急激に上手くなったのはルビーも不思議に思っていた。原理は分からないが、何度も自分の歌を聞いているうちになんとなくこう思った。
──これならアイの声も真似できてしまうのではないか、と。
記憶に深く染み付いているアイの声。母親としてのアイ、アイドルとしてのアイ。それら全てを内包した声を模倣するのは、そう難しい話ではなかった。
声がなんだ、と思うかもしれないがルビーに流れる血の半分はアイのもの。顔も、髪質も、背丈もアイそっくり。ちょっとした変装でアイのフリをすることなど今のルビーからしてみれば文字通り朝飯前。モノマネなんて次元ではない、まるでアイを降霊したかのようにルビーは動くことができる。
それだけの事が出来ると一つの案が浮かぶ。
──ルビーの泣き落としが効かなくても、アイなら、硝太は話を聞くのではないか。
恐ろしい話だ。だが同時にこれはとてつもない効果を生み出すことをルビーは既に知っている。
アクアが参加した『今ガチ』にて黒川あかねが行った星野アイの演技。たった数十秒の演技だけで、硝太の反応は絶大だった。回復に近付いていたPTSDが悪化し、一時的な記憶喪失と心神喪失。結果として『失う』ことへの忌避感が増大した。不知火フリルのストーカーから身を挺して守ったのも、シチュエーションがアイの時に似ているという結び付きがあったのもあるが精神的に不安定だった時期に存在に気付いたから、という理由もあるだろう。硝太がフリルの言うことに比較的素直なのも、黒川あかねに微かな執着心を持つのも、全て二人をアイに重ねているから。
ならルビーが黒川あかねより完全に、完璧にアイをコピーしてしまえば硝太はどうなるのか。硝太がルビーのことをアイだと思えば泣き落としが効く。ルビーにはそれだけはハッキリと言える。今でこそマザコンでミヤコさんの言うこと絶対の硝太だが、ミヤコさんも殺し合いを
──でも、それはママに失礼だ。ママと硝太に対する侮辱だ。
アイと硝太の関係性は姉と弟であると同時にかなり特殊な関係性だったとルビーは思う。だが、これだけは言える。アイは弟を目に入れても痛くないほどに愛していた。硝太は転生でもない赤子の身でありながら星野アイという女を誰よりも理解していた。あの二人にはアイのファンであり、アイの子供であるルビーとアクアの二人ですら邪魔をすることが出来ないほど。いくら硝太を守るためとはいえ、そんな二人の仲を利用するようなことはルビーには出来ない。それは硝太の命を利用している誰かと同じ──否、それ以上に非道な手だ。
「でも、そうすれば硝太だけは守れる」
硝太のアイが生きていた頃の人生と、精神的に不安定になりながらも生きてきた人生に対する侮辱だがそれでも命だけは保証できる。
「私、どうすればいいのかな。せんせ」
硝太の安全を確保するべきか。硝太の人間性を守るべきか。ルビーにはどうすることも出来ない。そんな中思い出すのはもう何処にもいない雨宮吾郎だった。
前回までの回想と龍珠組の話とは打って変わって闇堕ちルビー回です
雨宮吾郎という光を失い、硝太の一言で闇に堕ちろ!されたせいで若干ヤンデレ入ったルビーです。
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もしかしたらこの作品はやべー弟を肴にルビーを楽しむ物語なのかもしれない