【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回のあらすじ
黒星ハイライトオフルビーがログインしました。
ルビーって可愛いよね


#116 残穢

 

「はい──ではお願いします──はい。失礼します」

 

 電話越しに若干疲れは感じるがそれ以上に楽しそうなアネモネの声が聞こえる。短い業務連絡のようなものだが最初の『仕事』として受ける責任ある大人の感覚からある種の『天啓』として受ける今の自分を弾き出すようなモノに変わったのを肌感覚で感じて電話を切る。

 高千穂でのMV撮影が終わり数週間が経つ。アネモネから元々予定されていた『スターT』のMVが上がってきた。新曲の『POP IN 2』の方はまだしばらく時間がかかるらしい。催促したい気持ちはあるが元々安上がりに済ませているもので、最初から予定していた分は既に完成されているのでもう少し待とうと思う。

 上がってきたMVは粗がないか事務所でもう一度確認した後MEMちょに渡してグループ内で再度確認、その後各種動画サイトに上げられる。

 

 年末年始は色々あってかなり忙しかったが少し過ぎた今、ほんの少しだが余裕が生まれる。この後はバレンタインやら卒業、入学シーズンとイベントが目白押しなので束の間の休息、というのが正しいか。

 

「…そう。もう1年なのね」

 

 今後のイベント事を考えた時に、独り言をつぶやく。4月で硝太達が高校生になってもうそろそろ一年が経つ。

 アクアはずっとやっていなかった俳優として仕事を再開し始め、ドラマに舞台と再開し始めて一年とは思えない仕事量を得た。恋愛リアリティショーでは同じく俳優の「黒川あかね」となんとも美人な彼女もできて、アイが亡くなってから陰がさしていた人生に徐々に幸せな瞬間が生まれているのを感じる。

 ルビーはアイが亡くなって2年後に解散したB小町を再建、新B小町としてずっと夢だったアイドルになってセンターまで勝ち取った。他のメンバーの有馬かな、MEMちょもそれぞれ独立したキャラ性とそこから出てくる人気。地下アイドルなども出るスターステージとはいえ、JIFに出たことから人気は上がり、今ではそんじょそこらの地下アイドルでは太刀打ち出来ない人気を持っている。

 二人とも芸能界へと入り、爆発的では無いとはいえ着実に人気を得ている。

 

──硝太は、どうだろう。

 

 硝太はルビーのいるB小町のマネージャーになろうとしていたが怪我によりすぐに外された。正直な話、トレーナーならともかくマネージャーやプロデューサーはあの子には合わないと思う。元々数字に強いが、感覚的なものには疎い、というより決まったものが無いと流されやすいので何事もなく高校を卒業しても苺プロに残ると言い出したら苺プロの会計等の事務仕事をやらせるつもりだった。今でもそうなって欲しいと思っている。

 だがあの子が選んだのは影があるとはいえ人目にたち輝く芸能界とはかけ離れた、裏の道だった。──『インスタントバレット』。名前は知らないが存在自体はなんとなく察しがついていた。

 アイが生きていた頃から兄弟揃って不思議な子だったが確信に至ったのはアイの死後。記憶喪失になった硝太がまだ満足に言葉を話せなかった頃である。

 

◇◇◇

 

 アイが亡くなって一年も経ってない頃。夫の壱護が失踪、()()()()()で記憶喪失を失った硝太が見つかり何とか自宅に連れ帰ってから数日という所。

 その頃はまだ旧B小町が活動を続けていた。ドーム直前にアイが亡くなったというショッキングなニュースが尾を引き、ドームライブが出来なかったことによる違約金を払って事務所の経営もまともに出来ない状態ながら、アイというスターを失ったB小町で何とか立て直そうとしていた時期。まだマトモに言葉も喋れない硝太を置いて取引先と会いに行っていた。

 会いに行く、と言っても相手の事務所に行っていかにも偉そうなおっさんと直接話をするだけだが。

 

「次のB小町のライブの件だけど…キャンセルさせてもらっていいかな。別の事務所から使いたいって依頼が来て──」

──またか

 

何度目かになるライブ会場のキャンセル。アイというスターを失ったB小町は東京ドームでライブができるアイドルだったのが嘘だったかのようにその辺の地下アイドルと同じ扱いを受けていた。これはアイがいないのが一番大きいが、それだけではない。アイが亡くなって数日後姿を消した苺プロ元社長斉藤壱護の手腕もある。社長、マネージャーのような仕事は不向きなものの、プロデューサーとしての腕前は大手でも舌を巻くほどで大手とは勝負の土俵にすら入れなかったB小町を見事日本国民なら誰もが知るアイドルへと成長させた。しかしそんな壱護はアイが亡くなったのを原因に失踪。残ったB小町はいわば抜け殻も同然。大手どころか規模的には同じレベルの同業者にも舐められるレベルだ。もうB小町所か事務所が潰れるのも時間の問題。

 先に契約を結んでおきながら相手の気分で勝手に切り替えられる、なんてことも珍しくないほどになってしまっていた。

 

「しかし、契約は──」

 

 いくら規模が小さく、人気がないとはいえ契約は契約。違反行為をしている訳でもない苺プロ側が一方的に切られるのは流石に酷すぎる。法廷で戦えば間違いなく勝てるだろう。だが今の苺プロにはそれをする余裕もない。相手はそれをわかって下に見ているのだ。

 

「けどねぇ、B小町?は正直客が入らないというか、もうオワコンなんだよね。分かるでしょ?アイドル業界なんて入れ替わりが激しいんだし、落ちるのは仕方ないでしょう」

 

 相手はB小町所か直接話しているミヤコにも興味無さそうにそっぽを向く。実際、アイドル業界というのは新陳代謝が高い。ある意味性を売り物にしているのもあって古いものは驚く程簡単に切り捨てられる。 

 しかしそれを直接言われるほど、今のB小町も落ちぶれはいない。

 

「それならさ、元々アイドルって名前をつけてAVでもやらせた方が金になるよ。」

「──っ、」

 

 先程からライン越えの発言が多かったが人の尊厳をかなぐり捨てたような発言に拳が出そうになる。しかしここで殴っては本当に暴力事件だ。相手の失礼な発言は全て無かったことになり、苺プロの新社長が人を殴ったということのみが表立たされる。メディアからすれば今の苺プロはちょうどよく叩ける対象だ。アイの件である程度の知名度はありながら大手のように力を持つ企業ではないのである事ないこと書きやすい。

 つまり今の状態の苺プロに味方はいない。全員敵か、簡単に敵に変わる無関心な人。それを思い知らされてミヤコの表情から怒りが隠せなくなる。それを見た相手の男は何が面白いのか椅子を蹴り飛ばすような勢いで立ち上がりミヤコに近づく。

 

「どうしても、って言うなら先にアンタが──」

 

 頬を掴み脅しをかけようとした汚らしい手は当たる直前で勢いよく弾かれた。手が弾かれた勢いで男はそのまま椅子を巻き込んで倒れる。

 驚いて視点を下に移すとそれを行った正体がそこにいた。言わずもがな硝太だ。音も立てずにここまで来た硝太の卍蹴りで男の手は弾かれた。扉を開けた音、ここまで来た足音がしないどころか本当なら家でアクアとルビーと一緒に留守番していたはずの硝太が行先も知らないはずだと言うのにここまで来た。まるで、GPSでもついているように。

 

「お母さん」

「硝太!?」

「この餓鬼っ、何処から!?」

 

 その時の硝太は今ほど体が出来上がっていなければ「お母さん」とあと数個の単語しか喋れない。赤子が「ママ」だけを覚えた状態に近い。それもあり、その頃の硝太を「また赤子に戻っただけ」「もう一度一からやり直してあげればいい」と思っているところもあった。アクアとルビーもまだ幼稚園児とは思えないほど大人びていたのもあって「ちょっとぐらいなら目を離しても兄姉に見てもらえばいい」と思っていたところがあるのは否定できない。そこが自分の甘さだった。

 

「ぱー、あー」

 

 硝太はアホみたいな声をあげながら椅子から立ち上がろうとした男を踏み台にして突き飛ばし男のものと思われる机に頭を突っ込む。

 あまりにも脈絡のない行動にミヤコも呆気に取られて反応するのが数秒遅れた。

 

「何してるの!?やめなっ、さい!」

 

 ミヤコが硝太の身体を引っ張った時には硝太は机の引き出しに隠された小さなポーチのようなものを手に持っていた。「返しなさい」と言うより先に硝太はそのポーチの中身を机の上にぶちまける。

 

「や、やめ──」

 

 明らかに男の顔に焦りが見えた。先程まであった余裕が嘘のように硝太がポーチの中身をひっくり返した机の上に覆いかぶさる。

 

「さ、下がれ!見るんじゃない!」

 

 唾を吐き飛ばしながら机にしがみつく男の姿にミヤコは嫌な予感を感じる。今硝太はこの男が一番見られてはいけないものを取り出したのだ。ポーチのサイズは書類が入るようなものでも無い。USBのようなパッと見なんのものか分からないものをこんなに必死になって隠すはずがない。

 とんでもない、犯罪に関わっていそうなものの気配を感じてミヤコは硝太をつまみ上げたまま後ろに下がる。

 

「お母さん、ああう」

 

 「あげる」、と言いたいのだろう。舌足らずではなく、言葉を意味と大まかな発音でしかまだ覚えれていないのだろう。「あげる」と発音することはできても「あげる」の意味がわかっていないのだ。

 そんなヘンテコな声を出した硝太が男に気付かれぬように取り出したのは医療ドラマでよく見る注射器だった。使用済みのものらしく、誰かの指紋がついている。ポーチの中身をぶちまけたように見せたのは男の反応を確認するためだったのか、もしくは男から離れた上で男の目を掻い潜って持つためか。いずれにしろ、赤子同然の子供ができることではない。

 しかし、硝太が取り出したのは注射器。病院でもないこの場所で見ることはまず有り得ないはず。

 

「それを渡せぇぇ!!」

「きゃっ」

 

 男はそれを見ると勢いよく机を押し倒して襲いに来た。もう何がなんでも硝太を殺そうとする殺意すら読み取れる。

 反射的に硝太を庇おうと硝太を抱きしめて男に背中を見せたその時、ミヤコを襲ったのは男の手足ではなく、ジェットコースターに乗った時のような浮遊感だった。

 

「───え?」

 

 注射器が目の前をふわふわと浮かんでおり、地面と天井が逆向きに見える。投げ飛ばされた、と理解した時目の前の注射器に手が伸びる。最早言うまでもない、硝太の手だ。

 

「お前えええ!」

 

 鬼の形相で襲いに来る男に対し、注射器を掴んだ硝太は身を捻ると注射器を地面に突き刺した。──そのまま、筆で絵でも書くように、地面に大きな丸を描いた。丁度、男と硝太がすっぽり入るような歪んだ丸を。

 

──ガコン

 

 轟音を立てて、男と硝太がいる地面が沈む──否、落ちる。ここは高層ビルの中でも高層階。落ちた先は当然下の階になる。何が起きたのか分からない。注射器が地面に突き刺さるどころかそのまま丸がかけるのも、()()()()()地面に穴が空くのも、欠片も理解できない。夢でも見ていると思ってしまうが、今感じる浮遊感がそれを現実のものだと言い表している。

 男もミヤコと同じようで何が起きたのか判断する間もなく、地面に倒れて落ちていく。当然硝太の姿も視界から消えた。と思ったら浮遊感が無くなり、一気に重力を感じる。落下したと気付くと視界は天井と先程まで座っていた椅子の背もたれが映る。運良く椅子のクッションで耐えたのだろう。

 

「いった──っ、硝太!」

 

 鈍い痛みを感じたが痛みに悶えるより先に男と共に落ちた硝太のことを思い出す。天井の高さは精々2mほど。落ち方さええ間違えなければ成人男性なら命は助かる。だがまだ子供の硝太は違うはずだ。着地の衝撃と男の体重に押しつぶされて息絶える、なんてことも珍しくない。

状況は理解できないが心配で椅子から立ち上がると、硝太はぽっかり空いた穴の近くで立ちすくんでいた。

 手の骨は骨折しており、その骨が皮膚を貫通している所謂開放骨折しており、脚も内出血しているのか紫に変色している。そのくせ顔は痛みを感じていないかのように、冷たい瞳を落下した男に向けている。

 

──人を刺し殺す前の刃のような冷たい、右目の青い瞳を。

 

「──」

 

 硝太の生来の瞳の色はミヤコ譲りの赤。目の形は父親譲りのキレ目だが瞳に父親の要素はなかった。その硝太の瞳が青くなっているのは、カラコンをつけて青く見せているわけでは無い。

 自発的に光っているのだ。光っているとは言ってもライトのような光量ではない。蛍の光のように仄かだが、確かにあると分かる。青い光に塗りつぶされて、瞳が青く見えているのだ。

 常識離れした現実に息を飲む。身体はボロボロだと言うのにこの一部分だけ切り取れば完勝したヒーローのようにも、本気の一撃を与えてもまだ倒れないラスボスのようにも見える。

 

「──あっ、救急車」

 

 硝太の気配に呆気を取られて忘れてしまっていた、男のことを置いておくとしても今の硝太の怪我は重傷だ。出血量も多く、下手をするとそのまま死んでしまう。

 すぐさまスマホを取って「119」を押して救急に電話をかける。

 

「お母さん」

 

 動きを感じ取った硝太が寄ってくる。血だらけの腕を力なくプラプラと振りながら、スキップするようなリズムで。怪我人が動いていると考えると危なかっかしすぎてこちらが倒れそうになる。

 電話をかけながら硝太に駆け寄り、覚えているだけのもので応急処置をしようとする。だが状況が状況なので何をすればいいのか分からない。

 

「硝太、手を上げて──ああ、いや。やっぱり無理に動かしちゃダメ。ゆっくり──」

「泣かないで」

 

 戸惑うミヤコの頭に硝太の手が乗せられる。「泣かないで」──なんて、硝太が覚えている数少ない単語。頭を何度も撫でてあげたから、硝太もそうしているのだ。

 そんな硝太の優しさとも取れない感情に硝太と再会できたあの日のことを思い出す。

 

── これからはずっと一緒にいてあげるから。絶対に寂しい思いなんてさせないから。

 

 なんて馬鹿なことを言ったのだろう。仕事で家を空けてまだ危険な息子を幼稚園児の兄姉に任せるなんて、母親失格だ。硝太もルビーもアクアも、本人達の感情がどうであろうと斉藤ミヤコの子供で、保護者として母親として守らなければならない。ちゃんとした大人として成長させて見守る義務がある。

 

「バカね。貴方が泣かないから、お母さんが代わりに泣いてるのよ」

「う、あー」

 

 気付けば、硝太を抱き締めていた。

 わんわん泣きたいがそんなことも出来ず、電話先の救急隊員に硝太の症状を伝えながら、ただ優しく抱きしめることしか出来なかった。

 硝太は抱きしめられて嬉しいのか、またヘンテコな声を上げた。

 

 

 

──後日、硝太が蹴り飛ばした男は麻薬を使っていたということで当然ながら警察に逮捕された。硝太が掴んだ注射器は麻薬を使う際に使用したものだそうで針には男の血痕が残されていた。

 

 お手柄だ、と硝太を撫でようとした警官は硝太にそっぽ向かれていた。だが同時に当然の疑問を言っていた。

 

──地面に切り開かれた大きな丸は、一体どうやってできたものだろう、と。

 建てられたばかりで老朽化の気配もない。そのくせ切り口は綺麗でまるでウォーターカッターで切ったようにほつれや切断時に起こる切断面の歪みも何も無い。最初から無いものとして設計された、と言われた方が納得できるとの事だった。

 それを言われた私は当時はなんとも思っていなかった。それより四肢を怪我してしまった硝太の介護で忙しかったのもあるが、その日のことを悪い夢だと思ってしまったのだと思う。

 

 だが、今ならわかる。

 あれが硝太の魔法、彼が言う『インスタントバレット』なのだと。




今回は最近出番が少なかったミヤコさん回という名のまだ幼稚園児の頃の硝太の話でした。
高千穂でインスタントバレットだとバラした硝太のことをミヤコさんが受け入れた理由でもありますね。まぁ幼少期、化け物フィジカルを手に入れる前にこんなことしたら後々化け物フィジカル手に入れようと魔法使いバレしようと特に変わらないだろと。

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硝太がミヤコさんの元まで走ってきて軽い戦闘するだけで腕ぶっ壊れてるのはヒロアカ初期のデクの腕が紫色に変色していたようなものです。要するに必要だと感じたら全身ズタボロになろうが涙ひとつ流さず止まらない化け物ってこと
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