ミヤコさん視点の回想。
記憶を失った硝太がまだまともに言葉も喋れない頃、インスタントバレットと思われる力を行使していた。
「チョコ作ろう!」
苺プロの事務所、いつも通りB小町の3人が日常的なレッスンを終えた休憩時間。今のB小町はアネモネが編集している新曲のMVがまだ来ていないがやることがないわけではない。むしろ打てるだけの広告戦略は打つ。その一環としてMEMちょが次に考えた作戦、それがチョコである。
「あーそういえばもうそろそろバレンタインか」
「そう!やっぱり恋する乙女といえばバレンタインだよね!チョコ作りの動画を撮ろう!」
バレンタイン。女子は色めきだち男子はソワソワしだす時期。今は友チョコや義理チョコ等付き合いてしての意味が多いがルビー達若年層には恋愛的な意味での錯綜が目立つ日であることに変わりない。女子アイドルグループのB小町にとってはある意味稼ぎ時である。
「チョコ作りねぇ、MEMちょはできそうだけど」
チョコ作りをする流れとなり有馬はずっと黙っているルビーの方を見る。MEMちょは動画のネタで色々やっているのとそもそも一人暮らししているのである程度のスキルがあるのはわかる。だがルビーは全てにおいて未知数。
「わたし?」
有馬の声にルビーの静かな声が答える。MV撮影では暗い印象が多かったルビーだが最近は回復してきたように見える。動画ではいつもと変わらない笑顔を見せられるのでアイドル「星野ルビー」としては問題ない。それどころか、より人気が出ているようにすら見える。その為バレンタイン動画なんて撮った時は当然一番注目を受けることになるだろう。
「アンタ料理とか作ったことあんの?」
「あるよ、授業で」
予想通りの反応に有馬はため息を着く。ルビーの料理経験は基本的に家庭科の授業で作る程度である。
無理もない。ルビーは独り立ちをまだしていない女子高生で家事は基本的に子供三人を養育しているミヤコ、彼女の負担を減らしたい硝太の二人が取り仕切っている為ルビーは家事に参加することすらない。これがアクアなら前世の記憶で乗り切っていただろうが、ルビーは前世も12歳でなくなった病弱な少女。料理経験が人よりあるはずがない。
「もちろん作ったことない人でもできるようなレシピを考えたよっ!みんなに真似してもらおうって企画だしね」
早くも問題発生した企画に年上のMEMちょがすかさずフォローを入れる。元々料理企画のないB小町が旬のネタだからとバレンタインに突っ込んだところで他の料理系のチャンネルには到底届かない。そもそも腕前で勝てるはずないのだからそれぞれの個性で戦うのは当然の話。
一応下手な人でも上手く見えるようなレシピはMEMちょの伝で用意してあるそういう所は用意周到なMEMちょであった。
「MEMちょが練習した時は手が足りてなかったように見えたけど…僕も手伝おうか、映らない範囲で」
用意周到ぶりに胸を張るMEMちょに後ろから槍のような言葉が刺さる。声の主は床に寝転がりながらゲームをしている硝太。レッスンには毎日のように見学に来ている。とはいえ口を出すこともなくやることといえば見学が終わったら雑談に入ってきたりそばでスマホやゲーム機をいじっているだけで、B小町からしても特にこれといったものはない。
そんな硝太がMEMちょのチョコ作りを手伝ったと言ってる発言に有馬のMEMちょを見る視線が白いものに変わっていく。
「もしかしてMEMちょアンタ…」
「いやいやいや!1回練習しただけだよ!ほら!硝ちゃんいつもご飯作ってるからお菓子作りもできるかと思ってさ!」
「もうマネージャーですらない硝太に撮影用のチョコを作らせたんじゃないでしょうね?」そう語る視線にMEMちょはアタフタしながら返す。先述の通り硝太はこの4人の中では比較的料理をする回数が多く、ミヤコやアクアと比べて暇に見える。そんな硝太とレシピを横につければチョコ作りに自信がなくとも出来る、というのがMEMちょの思惑。実際はそうともいかなかったのだが。
──同時に、MV撮影で硝太が重大な隠し事をしていると知っているMEMちょが硝太の様子を見たかった、という理由もあるがそれは誰にも言わずに胸の縁に収めることにした。
「やったことないのは無理。僕が料理作れるのなんて、ただお母さんの動きをコピーしただけだし」
MEMちょの思惑から外れたのは硝太はそこまで料理上手という訳では無いこと。あくまでミヤコの動きを一挙手一投足まで観察してトレースしているだけ。料理の知識としては大してある訳では無い。例えるなら解いたことがない数学の問題を公式を使わずに誰かが解いている時の指の動きから導き出しているようなもの。或いはあるスポーツの試合を一試合見ただけでルールも知らされずにそのスポーツを攻略するようなもの。中身を知らずに外見だけで真似てしまえるスキル、想像や内に秘めたものから個性を出す演技力とは根本から異なる、全ての絶対値を取ってその通りに動くスキル。間違いなく超人技であるがそれは料理スキルが高い訳ではない。経験値なら多くとっているが純粋な腕前では料理教室に通っているあかねの方が実力は上。
そもそも、普通の料理とお菓子作りは全くの別ジャンルと言ってもいい。二つとも経験が浅い者なら同じようにレシピを見て動くのは変わらないが「味の調整」という観点では大きな違いが生じる。料理は慣れていれば分量を感覚で導き出せるが、逆にお菓子はかなりしっかり決められている。他にもお菓子は見た目も重要視され、美的価値観や手先の器用さが求められる。MEMちょは全て平均値以上は持っているが、それを活かすだけの下地が無いのとそもそも動画に使えるように腕前を上げなければならないことに苦戦をしている。これからその苦戦にルビーと有馬も加わることになる。
「硝太何やってるの?」
これから大変な作業を強いられることになるルビーが硝太のゲームの画面を背中側から覗き込む。プレイする硝太の指の動きが硝太がいつもやるゲーム、コマンド選択型のRPG──所謂ポ〇モンとは明らかに違ったので疑問に思ったが、結果はすぐにわかった。硝太のゲーム画面には銃を持ったキャラクターがピョンピョン跳ねながら撃ち合いをしている姿が映し出されている。
「ノブに誘われてFPS始めたんだ。今夜もネットでやるつもり…あ、負けた」
FPS、ファーストパーソン・シューティングゲームの略で一人称視点でのシューティングゲームを示す。厳密に言うのなら硝太がやっているのは三人称視点、所謂TPSに当たるのだがその違いを気にするのはゲーマーぐらいなものである。
ルビーに話しかけられて少し気を逸らした間に硝太の操作キャラクターは負けたようで敗北のリザルト画面が表示される。最近ノブユキに誘われて始めたと言うだけありポケ〇ンほど上手く出来ていないらしい。
「腕もちゃっかり治って、マネージャーには戻らないの?」
負けたことで一旦ゲームを中断した硝太はSwitc〇を近くに置いて身体を伸ばす。その様子を見て有馬が左腕の回復の件を思い出した。
そもそも硝太がマネージャーを辞めたのは不知火フリルのストーカーに左腕を刺されて左腕が使えなくなったから。事務作業が中心とはいえ、片腕では仕事も出来ないというミヤコの気遣いによってマネージャーから外された。今現在の硝太の左腕はギプスこそついているが今まで腕全体を覆っていた三角巾は見当たらない。指は元々動いていたので激しい運動以外の日常生活は問題なく送れそうに見える。マネージャーに自分から立候補するほどだったので腕が治った瞬間すぐに仕事に戻るものだと思っていた。
「ん〜今は保留ですねぇ」
「保留ってアンタねぇ」
しかし実際は呑気な事を言う硝太に有馬はため息をつく。本当はインスタントバレット絡みの件が全て終わるまではマネージャーをやれない、とミヤコに話しているのだがそんなことを有馬に言うわけが無いため保留とだけ言う。そんな硝太にルビーは一人だけ表情を暗くするがその様子に誰も気付かない。
「まぁ姉さん達のマネジメントが出来るのなんて僕とお母さんだけなんだし、僕がやるしかないけどね!」
「よく言うわ」
「アハハハ!」
マネージャーとしては最低のことすら出来ない硝太に有馬の鋭いツッコミが入るとMEMちょがたまらず笑い出した。
◇◇◇
その日の夜、硝太の個人部屋。
部屋には使うことはほとんどないベットに学習机、本棚と学生らしい家具の隙間を縫うようにSw〇tchの充電器と繋がったテレビのみ。
基本的にリビングなどで過ごす上に寝る時も誰かしらのベットに入る硝太にとっては一人の部屋は物置のようなものでそんな部屋でゲームをやっている硝太はS〇itchを手に最近買ったボイスチャット機能付きのヘッドフォンをつけている。
「仕方ないのはわかってるけどさ、勿体ないじゃん?」
ヘッドフォンからは友人の一人、ノブユキことノブが疲れを感じさせる声で愚痴を始める。愚痴の内容はバレンタインプレゼントとして事務所に届いた自分宛の手作りチョコを食べられない、という話だ。
ダンサーをしているノブは当然と言うと失礼かもしれないが多くのファンを持っている。そしてそのファンの中には彼女持ちが公言されていながらもガチ恋勢というのがいてバレンタインの日が近づくとチョコが届く。
そこまではいい。別に芸能人である彼らからすれば珍しい話でもない。しかしその中には手作りの物を送ってくるファンもいる。
既製品でも中になにか入れられている可能性があるというのに手作りのものは何が入っているのか分かったものでは無い。事実、過去にもファンを装った人から受けとった菓子を食べたことで病院送りに、最悪命を落とす可能性がある。
「言いたいことはわかるけど、そっちの人もノブのこと考えてるんでしょ。あ、ごめん一人逃がした」
テレビ画面に映る自身が操作するキャラクターとそのキャラクターの攻撃を避けて離れていく敵キャラを見ながらノブの言葉に答える。ノブもこちらの言うことなど百も承知。ファンがそれで心変わりするとは思えないし、もしそれでファンが減ってしまうとしても安全には変えられない。
「任されたっと。そりゃそうだけど...そっちはどうなんだ?」
「何が?」
「バレンタイン。アクアもそうだけどお前もモテるだろ」
バレンタインというイベントは硝太にとって、というよりネットタレントのマネジメントを主とする苺プロにとっては稼ぎ時の一つ、という認識の方が強い。アクアとルビーは異性には尋常ではないほどモテるのでその時期になるとルビーのチョコが欲しい男共やらチョコを持ってお近付きになろうとする女共は蛆虫のようにわらわら湧いていたので二人にとってはそういうイベントという意味合いの方が強いのだろう。
「わかるか?毎年本命2つだ」
「マジで!?誰?誰!?」
自信満々に言ったセリフに予想通りノブが乗っかる。ゆき程では無いがノブもこの手の話題は結構好きらしい。一度それについて言ってみたら本人は「そんなもんじゃね?」とさも当然のように言っていた。何時もならその手の話題にはあまり乗り切れないこちらも今日この場合は違う。何しろ、家族の話なのだから。
「お母さんと姉さん」
毎年二つも貰えるなんて僕は相当愛されている。アクアは同じものに加え、アクアに好意を寄せている同級生から噂を聞き付けてきた他校の人間まで来るほどなので量では圧倒的大差で負けてはいるがルビーとお母さんからは同じものを渡されているので質は同じと言ってもいい。
「...義理は?」
「無いけど?」
胸を張りながら自慢したが、ノブはそれを聞いた瞬間、なんか傷に触れるような声で義理の有無を聞いてきた。そんなもの、当然ない。というか必要も無いだろう。ルビーとお母さんの分で満たされるのにそれ以上を望むのは酷というものだ。
しかしノブは申し訳なさそうに声のトーンを落とす。
「なんか、ごめんな」
「え?なんで?あ、やられたわ。」
ノブに同調しても申し訳なさそうにするその理由が全く分からない。そう思いながらテレビの方に視線を向けると何処かから飛んできた弾で操作してるキャラクターのHPバーが全損、死亡した。どうやら先程逃がした敵に負けたらしい。死んだ後物理演算がバグったのかハリセンボンみたいな形になっている。
何故か分からないが操作キャラの死に様が妙に記憶に残った。まるで、自分が後にそうなると決定づけられたように。
◇◇◇
フリル宅。
そこは
「こんなものかな」
出来上がった完成品を眺めてフリルは一人呟く。バレンタインというイベントはある種のファン感謝祭のような売り出し時でタレントとして出演する番組内でもチョコ作りやら様々なことをやる。なので自ずとバレンタイン直前は学校にほとんど行けなくなる。
当日はなんとか学校に行けるようになったのだが、空いた時間が長いのでどうしても自分の想い人の事を考えてしまう。
「硝太はそこまで女の子人気が高い方じゃないと思うけど...硝太だからなー」
基本的に硝太のような甘えん坊の男は女子人気が高くない。そもそも警戒心が高く身内以外の人間は極力関わらないようにしているため彼にとって恋愛事どころかそういったイベントは別世界の話と言っても過言では無い。以前ツクヨミが予想していたように
バレンタインは特に関心のないイベントで姉のルビーや母親からチョコを貰えるイベント、程度の扱いだろう。今年はみなみやMEMちょ等の友人たちが加わるだろう。そこに不知火フリルが入っても硝太の認識は大きくは変わらない。仮にチョコを渡しても「不知火フリルは同級生にチョコレートを配っている」程度の扱いに留まるだろう。そういう意味では手作りなんて感情の重さを感じるだけよりスーパーで売られているチョコを買って渡した方が喜ぶ。
それでも手作りチョコを作る理由なんて『不知火フリルは斉藤硝太に好意を持っている』とファンが聞いたら怒るだろう事を彼に伝えたい、自分の気持ちを分かって欲しい。なんてことぐらいしかない。
──キッカケはB小町のライブが終わった後のストーカーに襲われたこと。
硝太がストーカーに刺されて生死をさまよっているのを見た時は恋愛感情なんて無く、あったのは罪悪感だった。私がストーカーの存在に気付いて事務所に言っていれば、私がJIFに行こうとしなければこんなことにはならなかった。後々硝太から「未来視」が出来る『時間』のインスタントバレットについて聞いたのでそんな可能性は最初からなかったのだと知るがその頃はそんなことを知っているはずもなく自分の件に硝太を巻き込んでしまったと罪悪感だけを持っていた。
── 「フリルは、マルチタレント『不知火フリル』である以前に、ただの女の子だ。お前みたいな奴にはわかんないだろうけどただの女の子はな、知らない男に後ろを歩かれるだけで怖いんだよ」
芸能人として大切にされたことも、愛されたことも数え切れないほどあった。その一つ一つは自分のこれまでの活動が評価された結果なので当然嬉しかったし報われたと思った。だが同時にそういう場に出る自分と本来の自分との乖離が生じていたのも事実。
タレントにはキャラクターがある。おバカキャラ、毒舌キャラ、天然キャラといった大きな方向性を示すものからアイドルをやっている若い女、役者の仕事を多く持つ年配の男等の属性が複数つくことによりこの人物はこういうキャラクターだと事務所やファンの意見により決まっていく。役者としての演技力とは少し違う、自分と少し似ているが決定的な『違い』があるキャラクターを演じる。そのキャラクターが考えそうなことを言い、笑いそうなことで笑い、言いそうなコメントを発言する。そうして作ったキャラクターを常時纏っていくと自分とキャラクターの境目が分かりづらくなる。他人が見ている自分と自分が見る自分がゆっくりと、しかし着実に同一化されていく。そういうこともありタレント歴が長い人は周りが思った通りの人物になっていることが多い。不知火フリルもその例に漏れず自身とキャラクターの境界線が薄くなる。それに悪感情がある訳ではないが自分が変えられていく感覚がそこにはあった。硝太はその中で芸能人としてのキャラクターを見ずに不知火フリル本人を見ていた。アイドルで例えるなら推しに向かって「素敵な彼氏と結婚して子供産んで新婚生活見せて」と言っているようなものである。一見良いことのように見えるが需要というものを欠片も理解していない。それを無意識下でやっているのでタレントなら100人中90人がグーで殴りに行くか縁を切る所業だろう。プロデューサーなら全員が殴りに行くと自信を持って言える。数年前の自分ならそんな事する人間を近くに置こうとは思わなかっただろう。だがそんなことでときめいてしまった。死にかけるまで怪我をして誰一人として恨むのことはなく、ただ自分が正しいと思ったことを貫き通せる。そんな硝太が好きだ。
その気持ちを伝えるのにバレンタインというイベントはうってつけだ。問題は硝太がそういうイベント事や世俗ことに疎い事だが、それをあげては永遠に前に進めない。最低でも意識させるぐらいのことはやってみせるとフリルは無言で決めた。
バレンタイン自体はスレだった時代に一度書いているのでそれを下地にこのSSの話として置いて違和感ないように修正する形になりますね。つまり大筋としては変わりません。その代わりルビーの可愛いところ盛ったりしようと思ってます。
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