都内某所。
ツクヨミに言われて硝太がついたのは何処にでもありそうな小さなカフェ。モーニングの時間を過ぎたからか客の気配は無い。
一応人の目を気にして屋根伝いに走ってた状態から地上に降り、お姫様抱っこしていたツクヨミを下ろす。降ろされたツクヨミは身体を伸ばすとカフェの方を指さして数歩後ろに下がる。
「じゃあ私はここで」
「なんだ、来ないのかツクヨミ」
「誘われたのは君だけだよ。私はただ使いっ走りにされただけで、相手の顔も見てはいないんだ」
元々、
「うーじゃあ仕方ない」
「…何より君の兄姉を騙す役が私の他に務まるとでも?」
諦めてトボトボとカフェに入ろうとする、するとツクヨミが諦めたように背後から声をかける。
先程まで硝太も考えてはいたものの、バレるから止めようと思っていた案をツクヨミから提案してきた。一度見せた変装がバレやすくなるのなどツクヨミが分からないわけがない、硝太自信が予想するより難易度は高いだろう。それをやると言ったのだ。並大抵の覚悟で何とかなるものではない。
ツクヨミの発言に硝太は振り返るとぽかんと口を開けてアホ面を晒す。それほどまでにツクヨミの提案は予想外のものだった。
「ツクヨミ。君、案外優しいんだな」
ツクヨミが持つと思っていなかった優しさに呆気に取られる。勘違いされない為に言っておくと決してツクヨミが卑劣な奴だとか、人の心のないやつと思った訳では無い。だが神話の存在ながら、ある種現実主義者的な視点でいたのも確か。つまり今回のツクヨミの提案は彼女らしくないものになる。
──「優しい」、か。
対して硝太が言葉を選ぶように言った言葉もツクヨミからすれば意外なものであった。硝太にとって「優しい人」というのはまさしく母親の斉藤ミヤコのことであり、彼が家族を除いて唯一守ろうとする存在のこと。家族以外は基本的に殺意剥き出しで接する硝太からすれば異常事態と言ってもいい。「優しい人に報われて欲しい」、ツクヨミに言ったことがある訳では無いがその言葉はある意味硝太の信念に近い。硝太の言う「優しい」はそれほど重いものだ。それを付き合いがそれなりにあるとはいえさも当然のように言われるとツクヨミもおかしくなってしまう。まだこの硝太は誰かの変装でした、と言われた方が納得してしまうほどに。
「…案外は余計。だけど、君に言われるのは悪い気分では無いね」
案外は余計、と小言を忘れないながらもツクヨミは記憶にない笑顔でカフェに入る硝太を見送る。
硝太もツクヨミの覚悟を信じて今度こそ迷うことなくカフェへと向かう。入る直前に振り返ってみるがそこにはツクヨミの気配も影も無かった。
◇◇◇
カフェは洒落た木造建築でどことなく落ち着いた雰囲気を感じる。そんな外装に間違いなく店内もどことなく和の雰囲気を感じる形になっている。
店の奥からは若い──おそらく硝太と同年代だろう女性の声で「いらっしゃいませー」と元気な聞こえる。姿は見えないが仕掛けてくる気がないのなら必要以上の警戒はしない。どこでも聞く挨拶を聞き流しながら硝太は店内を探る。
──客は1人、従業員は4…いや5人。店内にカメラの類いは無し。爆発物の匂いも無い。
カフェの内部は別にそんな変わったものではない。入り口入ってすぐの左手には和の店内にあう大柄の男性がいるカウンターが1つ。その奥には階段があり、小さな二階の席。反対方向には和室のように畳を敷いたテーブル席が2つ。店内にいる唯一の客は2階の席でコーヒーを飲んでいる。
「いらっしゃい、見ない顔だね…学生さんかい?」
「…」
カウンターにいる大柄の男性に無言で一礼して二階の席まで上がる。
そこにいる店内唯一の客は目立つ金色の髪に糸のような細目の男だった。見るからに怪しい、アニメキャラならCV石〇彰だと思う。
「本当に来てくれるとは思わなかった」
白々しい。
ツクヨミが顔も知らないと言ったということは直接頼み込んだ訳ではなくツクヨミ側を誘い出したということ。ツクヨミも誘われていることぐらいはわかっていただろうが、そうさせたのは間違いなく目の前の男。
「アンタは
「うん。リーダーをやっている。君もリーダーと呼んでくれ」
柔らかいがどことなく不安感を煽る声。その声は
どちらにしろ
いくら他の客がいないとはいえ、ここはただの喫茶店。店員に聞かれる危険もある。そこから素性がバレることを考えるならそう簡単に口には出せないはず。そう思った硝太に対してその疑問が湧き出るのは予想していたようにリーダーが口を開く。
「ああ、仕事の話は構わないよ。ここの喫茶店は我々の仲間が運営している隠れ家のようなものだから」
「仲間…」
「ああ、
部署、つまり
背中に冷たい汗が滲み出る。緊張感を紛らわす為に左手の肘でナイフを取り出せるように準備をする。インスタントバレットの戦いでは一瞬の気の迷いがそのまま命に直結する。貝原亮介との戦いで学んだ。リーダーが何かをすれば瞬きより早く抜刀して眼球ごと脳を潰すことが出来る。
「さぁ座ってくれ。ブラックは苦手だろう?砂糖を沢山入れたものを頼んでおいた」
「はい、ウチのコーヒーは美味しいですよー」
リーダーは緊張をこちらの和らげるためか優しく椅子に座るように促してくる。するとカウンターから若い女の店員がお盆を持って現れて、2階まで上がりコーヒーを目の前の机、リーダーの対面に置く。看板娘と言われるようなウエイトレスの気の抜ける可愛らしい声が逆に浮いている。
──苦いコーヒーが苦手なことが事前にバレている。僕のことはなんでも知ってるといいだけだな。
少なくとも白岩に食の好みを言った記憶はない。知っているのは家族と──言ったことがある相手と言えば、フリルとアビ子先生ぐらい。その2人も日常会話の範疇で言ったことなので既に忘れているだろう。それを知っていると言うことは
「それがアンタのインスタントバレット」
「ああ。『情報』のインスタントバレットと名前がつけられた」
リーダーのインスタントバレット、情報と名前がついていると言うことは物理的な力を持つものではなく情報を集めることに特化したタイプのインスタントバレットということか。
これまでの
──インスタントバレットの情報をバラした…牽制か。明らかにやり手だ。フリルがいないのが惜しい。
自らインスタントバレットを明かしたのは既にインスタントバレットが割れている硝太と対等にしようと思ったのか。もしくは別種のインスタントバレットを上げて認識をズラしに来たか。フリルならある程度判別がついただろうが、硝太にはリーダーと名乗る男の言葉から信用出来るものと出来ないものを区分けするのは難しい。目の前に置いてあるコーヒーでさえ、毒が入っていないと証明出来ない。
「まずは高千穂での件はこちらも感謝している、貝原…いや、菅原亮介は危険なインスタントバレットでね。生かすも殺すも面倒だったんだ」
「アレは僕の相手だからいい。それよりなんで僕個人なんだ」
リーダーはコーヒーで喉を湿らせると挨拶のようにまず感謝の言葉を出した。高千穂での貝原亮介との戦闘、インスタントバレットである貝原亮介は
本当の理由が『偶像』のインスタントバレットのように硝太のインスタントバレットを覚醒させるため、というのなら話は別だが。
「不知火フリルがいないと不安かい?でも彼女が前に出ると君は引っ込んでしまうからね、我々からすると彼女はとても厄介なんだ。彼女は実に優秀だ。外面が良く、冷静で躾が行き届いている。引くべきところを引く判断力があり、同時に主体性を持つ。君が持つものを持たず、君が求める力を持っていると言える」
──厄介か
リーダーの言い回しに彼が不知火フリルという女をどう思っているかがわかる。フリルの持つ力、物理的な攻撃力や相手を威圧する力とは全く違う、簡単に言ってしまえば「世渡りが上手い」「人に好かれるのが上手い」だけのもの。だがその力は硝太が努力で取り繕えたり得られるものではない。硝太にとって明確な弱点を補完するだけではない。それらの弱点は
つまり
ポーカーフェイスも出来ない硝太は手は出さないように力を込めて止めながらもリーダーを強く睨む。
「…何が言いたい」
「第三者から見た勝手な判断、と言えばそれまで。こうして君を巻き込んだのは彼女が隠してしまわない素の君と話がしたかった、というのもある」
硝太を煽るような発言を繰り返しながらも余裕を持った対応をしているリーダーに硝太は怒りを鎮めるためにコーヒーを一気に口の中へと流し込む。だがそれは、コーヒーの苦味を引き立たせるだけで心地よいものでも無い。
「…フリルと離れろと言いたいのか」
「そこまで強制する権限を私は持たないし、現時点では持つ気もない。かり──白岩くんがなんと言ったか詳しくは知らないが私は君と仲良くしたいんだ。だが個人として、一人のインスタントバレットであり、組織の長としての助言を許されるのなら言ってしまおう。不知火フリルは君にとってアキレス腱になる」
ギリシャ神話でも一、二を争う大英雄アキレウスは無敵になる川の水にアキレス腱のみ浸さなかったことで明確な弱点となり、そこを射抜かれて亡くなったとされている。これは弱点として例えはよく使われるものなのでサブカルに多少なりとも触れたことがあるものなら例外なく知っているものだが硝太に例え話として出すと少し意味が変わる。
それはアキレウスが無敵になった、冥府の川に浸かった理由。それは彼の母親である女神テティスがアキレウスを守るために施した母親の愛と言える。つまりアキレス腱はただの弱点という意味であると同時に母親の愛が唯一届かなかった場所と硝太は判断した。
事実ミヤコの手によって硝太の持つ問題点はほとんど治されたと言ってもいい。高校入学前、友達や話し相手も存在せず孤立していたとはいえ曲がりなりにも中学生生活を送れた最大の理由はミヤコの教育なのは最早誰も否定しない。そんなミヤコでも硝太の「世渡り」の力をつけることができなかった。ルビーやアクアマリンがある程度補助をしてやっと普通の高校生として暮らしていけている。フリルの影響でいい方向に傾いたように見えて、それは「斉藤硝太」の弱点をより分かりやすくしてしまう、ということだ。
フリル個人の能力が高いことからそんなことはないように思ってしまうが話としては理解できる。何しろ発言主は
「弱点、か。フリルが役に立つと言ったのはそちらだろう」
「長所は短所を孕む。逆もまた然り、完璧な存在がいないとされるのは人の良さは、同時にその人の悪さでもあるからだ」
つまり不知火フリルが硝太の弱点を解決することは硝太が持つ最大の強みを自ら捨てることに等しいと言うこと。それを弱点とするのは多少強引だが不自然ではない。
それでも硝太は不服に感じることが止められるわけがない。右目を青くしながらリーダーに次の言葉を促す。
「申し訳ない。気を悪くしたい訳では無いんだ。ただ今後の話、君がこの世界で生き続けるのなら、本当に家族の幸せを願うのなら君という存在にかけられた願いは何より足を引っ張るだろう」
硝太の様子──青い右目でインスタントバレットが発動されている、つまり硝太がそれほど悪意を感じているということを悟ってかリーダーは立ち上がり、言葉を残すと胸ポケットから一台のスマホを取り出して顔を耳元まで寄せてくる。
至近距離まで辿り着かれて危険──殺すか、と一瞬迷ったものの殺意がないのと何よりそれをしてしまった時一番困るのがリーダーなのを考えると意味のない行為だと思い、手を収める。
「これは忘れ物だよ。届けてくれる善性の子が近くにいたら良かったんだけどね」
耳元で意地の悪い言葉を吐くと取り出したスマホを机の上に置く。その後は硝太と話すことはなく、カウンターにいる店主と少しだけ言葉をかわして精算を済ませて店内から出て行くのを硝太は体を動かさずに確認した。
店内から消えたリーダーの代わりに置いていったスマホを見てみる。
──届けてくれる善性の子、ね。
そんな者この場にいない。ここにいるのは世界を破壊するほどの悪意に目覚めただけの必要ならば家族すら騙す最低の男だ。
硝太は黙ったまま机の上に置かれたスマホを一瞥すると懐に隠し、いつも外に出る時につけていたサングラスと帽子を今更着用した。
【悲報】この話で出てきた喫茶店、多分もう使わない
その場テンションでかきあげたやつだから…本当はスレの方であったバーにしたかったけど真昼間からバー開けさせたらそれはそれでおかしいと思ってやめました。いや、客が少ないから内緒話をするのに丁度いいってのはあるんですけど。政府のエージェントがしれっといるどころかエージェントで構成されている喫茶店の方が絵面面白いのでこちらで。
そもそもスレの方に出てきたバーは
高評価、感想、お気に入り登録よろしくお願いします!
ちなみにこの喫茶店ですが元ネタがちゃんとあります。多分本作読んでいる人は誰も知らない。