バレンタイン当日、硝太逃走
ツクヨミは引いた
硝太が陽東高校を離れてから数分後、陽東高校の屋上の上にツクヨミが降り立つ。
ツクヨミがいつもの謎ワープで陽東高校に戻ってきた理由はただ一つ。硝太の代わりとして
ツクヨミが陽東高校に戻ってきたのは丁度ホームルームが終わった頃。何とか一限目は間に合いそうだ、とツクヨミはとりあえず安堵する。授業を休み続けると言い訳もそれなりのものを考えなくてはならないがホームルーム程度なら適当でもごまかせる。他の生徒ならともかく斉藤硝太はそういう生徒だ。
念の為校舎近くにカラスを飛ばして硝太が戻ってきた時にいつでも変われるように準備した後に教室に入る。
「硝太、なんかあったのか」
「カラスの餌忘れたからしてきた」
「そうだったか?…ちゃんとしておけよ」
教室に入っても誰も気にしない。それは分かっている。授業を受けているか確認する必要がある教職員を除けば硝太の存在を認識するのはアクアぐらいしかいない。簡単な嘘をつけば騙されてくれる。
最近のアクアは騙されやすい。母親の星野アイを殺すように唆した相手は既に亡くなっており、同じく死んだと思っていた実行犯は生きてはいたが捕まった。自分の前世である雨宮吾郎の死亡も確認され、星野亜久亜海の復讐はもう終わった。インスタントバレットによる事件という摩訶不思議な件はあるが、アクアからすればアイが亡くなってから10年以上抱えてきた復讐が終わり、気が楽になっている。そのためアイが生きていた頃のアクアのように兄としてしっかり者でありながらも明るくなっている。事実がどうであるかは知らなくても。その証拠に一度見せたはずのツクヨミの変装を疑いもせず、カラスの餌やりをしたというツクヨミの嘘を信じて注意する程度に収まっている。
──それは私にとってもいい影響だ。
ツクヨミは席につきながら硝太が日常的に感じている雰囲気を感じながら一人で思い出を思い出す。
なんてことはない話──昔、とあるカラスが人の暮らしを覗いていた時、食事をしようとしてネットに引っかかったのを助けたと言うだけの話。そこからツクヨミという女神は
何はともあれ今のアクアはただ一人の男子高校生、星野亜久亜海として生きている。後ツクヨミがするべきなのはそれを長続きさせることと、ルビーのこと。
これまでのルビーはツクヨミが特に手を出さなくても十分幸せに生きていた。
『俗事は、僕がやる。だから──逃げたら、許さない』
雨宮吾郎の死に対する復讐を俗事と言い切り、アイドルの道を突き進む選択肢を取らせた。そう言われたルビーは心の闇を抱えながら輝くアイドルになった。今後ルビーはより人気が生まれるだろう。宮崎で撮ったMVが降ろされれば、もう誰にも止められない火になる。そして燃え広がった熱はきっとB小町をアイ擁する旧B小町が叶えられなかった夢のドームライブへと導くだろう。
だが、その代償はとても重い。1人の少女、星野瑠美衣をアイドル『星野ルビー』に変える行為。ストーカー事件以降、不知火フリルの扱いに怒った硝太からすれば腹を切るより、自殺するより避けたかった選択のはずだ。ツクヨミとしても止められるのなら止めたかったがもう遅い。雨宮吾郎の死体の事実、そして硝太の現況を知ったことでこれ以外の手は事実上出せなくなってしまった。
そういう意味では宮崎の戦いはツクヨミ達の負けだ。たった一つ、雨宮吾郎の
──酷いものだ、ここからやることは全部敗戦処理になる。
いつの間にか始まった授業を聞き流しながらツクヨミは芸能科のある教室に視線を向ける。
今ルビーはどうしているのだろうか、どんなつもりで授業を聞き、友人達と短い青春を過ごしているだろう。見た目だけは上手く取り繕えているだろうが、実際は心の傷を隠しているだけであり、癒えることは無い。
そんな余所事を考えていても硝太がもともと人との関わりを最小限まで抑えていたのもあって気付かれることもなく時間だけが進んでいく。外で見回りをしているカラス達も硝太が帰ってきたことを知らせぬまま昼の時間になった。
──午前中に終わらせてお昼には戻りたいって言ってくせに。
内心ここにいない本物の硝太にグチる。硝太は誰よりもルビーの現状が危険なことを知っておきながらこの対応はいくらなんでも雑すぎる。学校を出る前はルビーのことを考えて妥協案をとった男とは思えない。
ツクヨミは黙って教室を出ると近くの男子トイレに入ると他に誰もいないことを確認して一息つく。いくら経験があるとはいえ、長時間硝太の演技はさすがにつかれる。
「なんでこうなったんだろうね、全く」
一人で愚痴を言うも誰かが答えてくれるわけもない。窓の方を見るとカラスが1羽、何かを咥えて飛んできたので窓を開けて入れてあげる。そのカラスが咥えていたものを確認するとそれは硝太のスマホだった。画面には短いメッセージが。
『状況が変わった、今日一日変装頼む。芸能科には近付くな』
「──これだから」
連絡ができる、ということは
スマホをポケットの中に入れて、手軽になったカラスを外に出す。誰にも見られてないことを再確認した後にトイレから出たツクヨミは硝太の席に戻る。
「ルビーのとこには行かなくていいのか?」
「ちょっと今日は監視がキツイからやめとく」
「なるほど、バレンタイン」
いつものようにルビー達のいる芸能科に行かないのかと聞くアクアに即興の嘘をつく。今日がバレンタインというイベント事というのもあり、アクアはあっさり信じた。
実際芸能科の生徒に推しがいれば直接渡しに行きたくなるもの。それを止めるためかいつも以上の数の用務員が校舎の間にいる。本物の硝太相手ならこの程度では何一つ変わらないだろうが、普通の生徒を防ぐには過剰と言ってもいい。アクアを騙す嘘としては十分だろう。
一応ルビーにもその旨をLI〇Eで伝えておく。直接顔を見ている訳では無いのでメッセージの書き方さえ似せれば騙すことはできる。
後は面白みのない授業を午後の分受ければ終わりだ。ツクヨミは食事を取ることすらなく机に突っ伏す。一応硝太が食べるはずだった昼食はあるがあの子のことだ、昼食を置いてきてしまったから買い食いで対処する、なんてことをするはずがない。学校の近くまで来ながらルビーを置いて置く程のこと、となると情報収集──ではなく解析。
上手く利用されている可能性も捨てきれないが今の硝太を情報解析で足止めさせるメリットもない。それにここまで熱心に動くのなら硝太にとっても重要なものなのだろう。言う通りにした方が上手く事が運ぶ。
それでも昼食ぐらいは取るべきだが。
「昼飯ぐらい取りに来い」
望み薄だがカラスに伝令してみる。
だがそのカラスから返答は帰ってこなかった。
◇◇◇
その頃ルビー達芸能科。
「硝太くん来られへんって?」
「うん。今日は監視が厳しいんだって」
「あ〜芸能人に直接渡しに行く子とかいるんやろなぁ」
「逆に
ツクヨミが考えた通り、ルビー達から見ても今日の用務員の態度はいつもとは違う。他の日であろうとまるで他の学校かのように一般科の生徒と芸能科の生徒が出会えないようにきっぱり別れているが今日は何がなんでも出会えなくしようとしている勢力がいる。
学校側としては当然の行動なので咎めるものは居ないが普通科からはブーイングが出ているのは想像に難しくない。今年はアクアという一般科にいながら芸能活動を行って、それなりに実力をつけてきたイケメンがいるので芸能科からもブーイングが出るだろう。
だが3人にとって表立った問題はそこではない。3人にとっての問題はあくまで硝太が来られない、そしてフリル達が逆に一般科に行くことも出来ないこと。普通のチョコならルビーに渡してもらうなり、日を改める判断が出来たがフリルの場合はそうもいかない。まず手作りのチョコは寿命が既製品とは比べ物にもならないぐらい短い。生魚と同レベル、物によっては明日には食べられなくなる。ならばとルビーに預けて渡してもらうのはチョコの目的にあってない。
ルビーは喜んで了承するだろうがフリルのチョコはあくまでバレンタインの本命チョコ。それだけで告白と同じ意味を持つわけなのだから姉とはいえルビーを間に挟むものではない。
「押してダメなら引いてみろ、か。硝太が来れないならしょうがない、今日の放課後ルビーの家に行くよ」
押してダメなら引いてみな、と言われるが今回は逆。引いてダメなら押すしかない。フリルは元より押しが強いタイプである。相手から告白して欲しい人が大半な女性の中で相手が相手とはいえ、自分から告白することを決めてその相手の姉相手にそれを言うほどである。
「い、家っー!?随分と強気やな」
「逃げるなら追い詰めるしかない」
「こ、これは硝太くんとんでもない娘に捕まってもうたな」
一般的な女子高生の感覚を持つみなみはフリルの押しの強さを見て一般科で一人寂しく食事しているであろう硝太のことを考える。
一方ルビーは硝太から届いたLIN〇の内容に違和感を感じていた。
──連絡がこのタイミングなのもおかしいし、この程度で硝太が止まるのもおかしい。
硝太が芸能科に来ない理由、監視体制の厳しさは朝一から分かっていたこと。なんなら数日前からそういう予兆はあったので今日学校に来なくてもわかった話。
「予想より多かった」という可能性もあるがそれも怪しい。確かに数日前より監視体制は厳しいが所詮用務員のおじさんや先生達が十数人で見回りしたり廊下を監視している程度。そんな杜撰な体制を硝太が掻い潜れないはずがない。硝太なら音一つ立てず勝手に入ってくる程度朝飯前。最近硝太はルビーを心配して出来るだけ一緒にいようとしているのもあって監視の人数が倍でも何事も無かったように来ていただろう。それをしないということは別の理由、今のルビーより優先する何かがあったということにほかならない。
聞き出すか。と、強引な作戦を一瞬だけ頭に浮かべたがルビーは直後に頭を振ってその考えを取り消す。力では当然叶うはずもなく、言葉で諭そうとしても殺し合いのことがバレても貫き通した硝太を言い負かすのは簡単なことではない。
──押してダメなら引いてみろ、だっけ
直前にフリルが言った言葉を思い出しながらフリルに視線を送る。家族間なら硝太は守ろうとして過度に不安感を持たせないようにするが友人相手なら話が変わるはず。友人を利用するのは気が引けるがそれでも──硝太の行動を制限できるのなら。
「…わかった。帰ったあと硝太を適当に誘導しとく」
「お願い」
姉として、フリルの提案に乗る。
マジシャンには一度使ったマジックを二度と使わないという縛りがあるそうです。怪盗キッドが言ってた。その割には彼同じ変装何度もするので変装は対象外なのでしょう。つまりツクヨミがまた硝太の変装するのも当然なのだ。ツクヨミいい女になったな、ほんと。
今回はアクアが復讐やめたモードのため監視がザルすぎて誰にもバレずに済みました──だけど、ルビーは…
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ルビー…すっかり姉は姉でも姉姑見たいなっちゃって…