北海道ライブするので準備しましょう。
新年度となり、しばらく経った頃。B小町のチャンネル登録者数が30万を超えた。あれからショート動画などを用いて毎日投稿を続けているがその効果が出たようで『POP IN 2』のような大きなバズこそないものの、順調にことは進んでいた。
ライブの準備もあってB小町は殆ど三人で行動しており、硝太はそれを傍から見て短い休憩時間に談笑に参加する、というのが新たな日常になった。
「北海道ライブの日も決定したし、もう動画でも打てる広告は打っとかないとね」
B小町の動画は毎日更新、自身の動画もペースは落としているとはいえ更新を怠っていないMEMちょは流石に疲れているようで苺プロに捨ててある栄養ドリンクの空瓶が増えているのが一目でわかる。
MEMちょの仕事が動画作りだけならともかく、B小町の活動もあるのだから相当苦労しているのが伝わるがライブに倒れては意味が無い、時期的に体調は勿論とした調整期間に入らなければならない。
「今回は同時に有料の同時配信あるからそっちでも収入が見込めると思うよ」
「そんなことして大丈夫?」
「平気平気、私たちをなんだと思ってるのさ」
ライブのチケットの販売は既に終わっており、溢れたファンのために有料とはいえ同時配信を行う。配信の知識があり、ファンに拘るMEMちょらしい采配。
「にしても1000人のハコが速攻完売か…これはドームもすぐじゃない?」
1000人のキャパシティを持つライブ会場のチケットがすぐに完売。B小町の目的であるドームライブもすぐなのでは、と希望を持つ。ドームライブさえしてしまえば母の夢も姉の夢も叶ったも同然。何かあった時のためという名目で精神検査を無理やり受けさせることも難しくない。だが有馬がため息をつきながら現実を告げる。
「あのねぇ硝太、幕〇メッセの一ブロックも7000人からなのよ。ドームなんて大手が最初から売り出したグループだけよ」
「まぁ、夢見たいのはそうだけどね」と付け加えながらも現実を言う有馬。言ってること自体は現実で辛い話だが有馬にアイドルとしてのモチベーションが出てきたことの証明でもある。
分かりやすくしゅんとする硝太。
「そ、そうでも無いよ!最近はインターネット発の歌い手さん達がドームに立つことも出てきし、インターネット発のアイドルのB小町だって!」
硝太への慰めか、有馬の言葉への対抗かMEMちょが慌てながらも希望を感じさせる未来を言う。最近の流行はTikT〇kやYouT〇beが主戦場で2020年以降インターネット発のミュージシャンがドームライブをする例も増えた。B小町も言ってしまえばインターネット発のアイドル。MEMちょという有名なYou〇uberが所属しているというフックから『POP IN 2』の大きなバズ。この状況が数年続けばドームを覆い尽くせるほどのファンが生まれるはず。MEMちょの言葉はそういった希望に溢れてはいるが硝太からすればドームライブに「数年もかかってしまう」事になる。ルビーがそこまで持つかどうか、硝太にはなんとも言えない。
硝太はチラリとルビーの方をむく。ルビーはスマホを凝視しているようで会話には参加していない。
「姉さん?どうかしたの?」
「え?ああ、なんでもないよ。」
硝太に聞かれたルビーはスマホの画面を閉じると硝太ににこやかな顔を見せる。だが、口角が上がりきっていないのに硝太が気づかないはずがない。とはいえここでルビーの感情を嘘だと言って詰めてもその原因は隠されて空気を悪くするだけ。
──気になるのはスマホに何が映っていたか…監視カメラでも仕掛けておけばよかった。
せめてカメラでも仕掛けてルビーのスマホに何が映っていたのか分かれば前に進むのだが、そううまくも行かない。
対するルビーはバレてないことを知って胸を撫で下ろす。スマホの画面に映っていたのは苺プロの元社長、斉藤壱護から送られた企画書と作戦。
前回会った時に渡された連絡先から送られてきたPDFに企画書が、メールには細かな作戦が書かれていた。
──良かった、硝太にはバレてないみたい。硝太には壱護さんのことは知らせたくないから隠しておかないと。
企画書の内容自体は遅かれ早かれバレることなのでいいとしても言い出したのが硝太の父親の斉藤壱護、そして彼は硝太の父親だという自覚がない所か息子のことを欠片も愛していない毒親なので硝太にバレたくなかった。
スマホに書かれていた壱護の指示はバレンタインの時に会った時と特に変わらない。何処からか苺プロの内部の情報を知っているようで今度の北海道ライブに呼び出して印刷した企画書を渡すという内容。企画書の内容はアクアがレギュラー枠を持っている番組、『深堀れ☆ワンチャン!!』のリポーターの枠の狙うというもの。既に視聴者の印象に残っているアクアの双子の妹として出ることで視聴者にも自然と顔と特徴が定着する。その番組は業界視聴率がいい(壱護調べ)らしく、業界で売っていくには打って付けの番組と言える。
そんな番組に鏑木さんのコネはある程度あるのかもしれないがねじ込まれるアクアも業界での知名度や存在感がある。つくづくアクアの出た『東京ブレイド』の影響の大きさがわかる。国民的人気マンガの舞台に出れただけでも幸運なのにそこからメインキャラの役を勤め、やりきった。『今日は甘口で』のドラマはそこまで視聴率が取れなかった、と聞いているので『今ガチ』での功績で恩を売ったのもあるだろうが、主な理由はまず間違いなく黒川あかねの彼氏だからだろう。黒川あかねの公式彼氏として黒川あかねが担当する「鞘姫」の相手役「刀鬼」の役が振られた。アクアが意図したのかどうかは別として誰もが納得する形で大舞台の役を掴み取り、そしてその舞台を成功させた。流れとしてはこれからやる事と変わらない。鏑木に名前を覚えさせてアクアという結果を掴んだものの縁を使って名前を出して有名になる。
「さて、休憩終了。次は新曲の振り入れしようか!」
MEMちょが手を叩いて練習を再開させる。B小町は今のところセンターというポジションこそあるがリーダーは決まっていない、だが誰がリーダーになるかと言われれば満場一致でMEMちょになるだろう。最年長なだけあり、リーダーシップもある。
練習の邪魔にならないように硝太も3人から離れて元いた場所に戻る。
練習が始まるとルビーは高千穂で急激に変わった姿を見せてくる。聴くものを魅了する透き通る歌、指先まで計算され尽くしたダンス、人の気を引く細かな動きと気配。アイドルをする為だけに生まれてきた命ではないのかと思うほど一つ一つが努力に裏づけされた結果ではなく才能に開花した奇跡のように見える。
MEMちょはいつも通りだ。どれだけルビーが視線を通ろうと通常通り、自分の役目を遂行できる。そうしてメンバーを見ていくと少し有馬が心配になる。元々センターだったのに高千穂の躍進でセンターの立ち位置を絶対のものにしたルビーと元々リーダー気質があり、B小町を引っ張っていけるMEMちょ。2人には役目と存在感があり、当然だがそこからファンが生まれて結果として人気になっていく。今のB小町のファンの殆どはルビー目当てだがそれはあくまでB小町には新規ファンが増えたのが理由でMEMちょのファンは決して減った訳ではない。──有馬もそうなのだが、硝太の目にはルビーより有馬の方が危険に映る。有馬はこれまでMEMちょよりは少ないが根強いオタクによって支えられていた。ルビーの言う「コッテリしたオタ」の意味は未だに不明瞭だが何はともあれそういったファンに支えられ、B小町の中ではリーダー枠とセンターがそれぞれボケ役のためツッコミ役を務めながらライブ等ではその歌唱力を活かしてメインボーカルに近い立ち位置になっていた。センターとなれば曲のメイン部分を歌い続けるものだがB小町の場合は下手なルビーにメインを一人でやらせる訳にも行かず有馬が目立つ点が多かった。なのでB小町を「アイドル」ではなく「ミュージシャン」として見る人からすれば有馬がセンターとして見えただろう。
だが、今は状況が変わった。高千穂で急に透き通るような歌声を手にしたルビーは『POP IN 2』以降、ボーカルでもメイン枠を取るようになった。今度のライブで発表する新曲もルビーの出番が多い。必然的に有馬がメインだった時間は取られる。もちろん一番でなければ客の目に映らない、なんてことはないがB小町は思春期の女性3人で構成されたグループ。必然的に一番争いが発生して負けた側は運営の贔屓だの口にする。そしてやる気を失いさらに差が広がる。嫉妬や軋轢が生まれるのはB小町のイメージとしても、苺プロの社風からしても合ってない。何より、これまで仲良かったのにこういう感情が出てきてしまうのは宜しくない。
「心配なのは有馬先輩か。あっ、兄さん」
有馬の感情を制御させるにはどうするべきか、と考えたところに仕事帰りのアクアマリンが帰ってくる。アクアマリンはダンスレッスンをしている3人を一瞥すると壁にもたれて硝太に話しかける。
「そっちはどうだ硝太」
「んー順調。みんな仕上がってるよ」
「そうか、ならいいんだ」
ここのところ、アクアマリンは仕事が忙しくほとんど会えていない。仕方がない話だが、家族の時間が失われていくのは寂しい。
アクアマリンはだいぶ疲れているようで目頭を押さえながら顔を上にあげる。
「兄さん今度のライブ行くの?」
「悪い、仕事だ。『深掘れワンチャン』はバラシが遅いからな。多分お前らより帰りは遅い」
「そっかぁ、大変だねぇ〜」
「
お疲れのアクアマリンを「みゃはは」とまたMEMちょの声真似をしながら笑って茶化す。すぐさまアクアマリンの手が伸びるが硝太はそれを指が触れるか触れないかというギリギリの距離でかわす。
兄弟のじゃれ合いを終えるとアクアマリンは再び目頭を摘んで顔を上げると、少し躊躇ってから口を開く。
「なぁ、硝太。『生まれ変わり』って信じるか?」
「珍しいね、大分スピリチュアル」
「魔法使いに言われたくない」
アクアの言う通り、魔法使いの硝太がスピリチュアルだったりファンタジーだったり言える立場にはない。頭が良くて理屈っぽいアクアマリンが「生まれ変わり」という単語を出すこと自体は驚きだが硝太の魔法を多方理解しているのだと考えれば無理もない。
アクアマリンは幼少期から硝太を見ているのでインスタントバレットのことを知らなくても霊感が強いことを知っている。明らかに普通の人は持ちえない霊感をインスタントバレットと結びつけないのはさすが無理がある。関わっているとするならばそこから芋づる式にインスタントバレットがどういうものか予想出来る。
死者を見る力──アクアが考えているだろう硝太の力は当たらずとも遠からず、といったもの。それどころかアイリの一件を考えると実際に可能でもおかしくはない。
だが、アクアマリンの言う『生まれ変わり』は硝太には特にピンとくるものは無い。そもそも対象が生まれ変わったかどうかは『生まれ変わる前』と『生まれ変わった後』の2つを観測していないと証明できない。数えられるほどしか人と会ってこなかった硝太には材料が出来ない。
だがそれだけで「有り得ない」と言い捨てるものでも無い。魂と肉体はゲームのデータとハードの関係に近い。魂に集まった情報が次の生に持っていかれると仮定すればそれは文字通り『生まれ変わり』と言っていいだろう。
「どうだろ、僕が見える亡霊ってそのまま普通に死んじゃった人もそうだけど生霊みたいに強い感情がそのまま残ってるだけのケースもあるから。…うん、理論上は可能。」
「そうか」
アクアマリンに言えるのは見たことは無いけど理論上は可能、という曖昧な答えでしかない。
『生まれ変わり』、よく言う転生は仏教の輪廻転生を指す場合がほとんどだろう。仏教では輪廻はいつか解脱するもの、つまり外れて仏様になることを推奨している。辛いものとして扱っているということは、この世から外れてしまうことを選んだ道が幸福だとしている。そう考えてしまうとどうしても頭によぎる人がいる。
「アイさんのこと?」
「…まぁな」
アクアマリンは彼の母親であるアイについて知りたがっていた。いかにも怪しい鏑木の仕事を受けて、硝太が入院している時もアイのことを思い出しているような事を言っていた。
幼い頃に死に別れたとはいえ、母親だ。会いたくなるのは当然だしもし忘れていたとしても『生まれ変わり』を期待する。
「アイさんを殺した犯人だけど僕の仲間が処理した。あの事件はもう終わった。その上でだけど。アイさんの生まれ変わりがあるってのは、僕も信じたいね。少し辛いけどそっちの方が夢がある」
なので硝太も『生まれ変わり』を肯定する。死んだ後、生きてる人に会えるなんて夢物語と言われるだけあって夢がある。残してきた愛する人が幸せに生きてるのか見て不幸になっていたら幸せにさせる。そんなことができるのなら、何度死んでも構わない──と言うより死を恐れなくて済む。そうなると次は生を恐れる事になるが──それは今の話においては蛇足でしかない。
アクアマリンは硝太の言葉に穏やかな表情で頷く。あるかないかではなくそう信じた方が夢がある、そんなふわふわした思想でも夢描く程度は許される。
「そうだな…そういえば言い忘れてたんだが、硝太。お前の前言ってた推理、あれは間違いだ」
しばらくしてアクアは話の内容が引っかかったのか、ひとつ言わなければならなかったことを思い出した。
「え?なんの事?」
「アイを殺した犯人の共犯者と不知火さんにストーカーを差し向けたってやつが同じって話。アイを殺した犯人は俺たちがガキの頃にもう死んでた。不知火さんの方もきっと、もういない」
不知火フリルのストーカーに硝太が刺されて入院していた頃、不知火フリルのストーカーには共犯者がいて、その共犯者とアイを殺させた──貝原亮介をアイの元に行かせた共犯者が同一犯だとする推理。
アレは不知火フリルのストーカーが不知火フリルを襲うことを決めたタイミングで生きていなければ意味が無い。
だがアクアの調べでアクアとルビーの父親、アイを殺させた男はアイより先に亡くなっていた事がわかった。その男の名前は上原清十郎。姫川大輝の父親であり、既に妻の姫川愛梨と心中している。心中の原因はおそらくアイと上原の不倫関係。だがそれまで連絡を取り合っていたとするならアイの居場所を上原は知っていた。貝原亮介を差し向けるのは難しい話ではない。
「──え?ガキの頃って…」
「アイが死ぬより前だ。俺はずっと復讐を考えてたってのにそいつはもうずっと前から死んでたってつまらないオチ。けど、どこか安心している。やっと解放されたんだ。あかねと本気で恋人になって、好きに生きる」
アクアマリンの言い方に違和感を感じたが、硝太は追求しない──と言うより追求したらいけないような気がした。アクアマリンの表情は嘘を言っているようにはとても見えない。
──嘘、じゃ無い。兄さんは本気で信じきっている。凄く簡単な
アクアとルビーの父親が上原だと聞いた訳では無いがそうでなくてもアクアの言葉の矛盾は硝太でもわかる。アイが襲われたあの事件は警察も捜査を早々に打ち切り、ニュースも制限されていた。誰かが悪意を持って公開しない限り、
だが硝太はあえてアクアマリンの嘘に乗っかることにした。ここでアクアを追求しても本人はもう終わったと思っているので意味が無い。元々危険なことに巻き込みたくなかったのでむしろアクアマリンが自由になったのは都合がいい。
「───それがいいよ。復讐とか兄さんらしくない。お医者さんになりたいんでしょ?あかね姉ちゃんと付き合いながらは大変だろうけどそこは無理矢理でも頑張れ」
アクアマリンは医者の勉強をしているのがバレていないと思ったのか少し驚くものの、すぐに頬を綻ばせると声を上げて笑う。
アクアの演技でも見たことない表情に今度は硝太が驚かされる。いつでも落ち着いて、と言うより表情を変えずに氷のように冷たかった兄が今はただの男子高校生に見える。
「ハハッ、違いない。でもまぁ、お前からあかねを取っていった形になったのは少し後悔してたんだ…言えて良かった」
「気にしないでよ。兄さんは結構自分のこと嫌いなタイプなくせに誰かに優しくしちゃうんだから、兄さんを愛してくれる人と一緒にいなよ。自分を呪うのは、老人になってからでいい」
「ああ、そうする。ルビーのこと、頼んでもいいな?」
アクアの手が硝太の頭に乗ってくしゃくしゃと適当に撫でられる。なんとなく、親父らしい動きに硝太は吹き出しそうになる。
「任せろ、これでも僕は兄さんの弟だよ。完璧にこなしてやるさ」
何はともあれアクアが縛られるものは俳優の肩書きぐらいで比較的自由に生きられる事になった。硝太には何故アクアがアイのことを調べていたのか、なぜ自分で自分を縛っていたのか分からないがもう過ぎたことなので考えないことにした。
そんな時にも北海道ライブの時が刻々と迫っていた。
この兄弟仲いいな…硝太がMEMちょの雑に似てる声真似したりアクアが硝太の頭ガシガシしたり。
アクアが復讐鬼にならなければずっとこんな感じの兄弟だったんでしょう、って感じで書きました。マジメに白星アクア書いたのこれが初かも知れない。このあとすぐに…だし。
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次回!北海道ライブ(