【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回のあらすじ
硝ちゃん無双!
周り同格以上しかいないんですけどねぇ…しぶといなこいつ


#129 世界の端っこで(三)

 硝太が戦っている頃、そんなことも知らないB小町は一旦楽屋で休憩を取っていた。設備の不具合ということで急に休憩となったが疲れがある訳ではなく各々自身のスマホでSNSを確認したり、振りの再確認をしていたりと時間を過ごしている。

 少し前までならこの時間はB小町の3人が楽しくおしゃべりをしていたはずだったのだが誰かに言われたかのように静かなってしまっている。

 

「ねえミヤコさん、硝太は?」

 

 ミヤコも設備復旧の知らせが来るのを待っているとルビーが硝太を探し始める。今楽屋にいるのはB小町の三人とミヤコの4人。硝太は今この場にはいない。硝太が戻ってこないということは何やら事情があるのは間違いないがミヤコは少し考えると硝太が何処かに行く前に言っていたことを思い出す。

 

「…設備の方見てくるって言ってたけど、にしても遅いわね。邪魔してないといいけど」

「えー!なんで止めなかったの!?」

 

 設備の方見てくる、と言ってはいたがそれにしても遅い。楽屋が分からず迷子になっているのだろうか、それにしては硝太からの連絡が来ない。

 硝太が単独で行動する時は何か面倒な話がある時。ルビーの心配は尽きない。

 

「止める前に言っちゃったのよ」

「にしてもさ、にしてもさ!」

「まぁまぁルビー、もしかしたら席に座ってみてるだけかもしれないし落ち着いて待と?」

 

 MEMちょはルビーを宥めるために会場にまだいるのでは、と言うがそんなことはない。家族が一人もいない場所、そのくせ他人は多くいる場所に硝太が長時間居続けるわけがない。ミヤコについて行くのが自然なはず。

 ルビーは周囲を見回して楽屋の窓を見てみる。窓の外には見覚えのある烏が一羽、外にある木の枝に座ってこちらを見ているのが見える。烏の存在に不吉な予感を感じたルビーはスマホをポケットにしまうと勢いよく立ち上がる。

 

「絶対なんか隠してるよあの子…ちょっと見てくる!」

「ああ、待ちなさいルビー!」

「迷子一人追加、ですね」

「全くあの子達は…」

 

 ミヤコの止める声も聞かずルビーが楽屋から出てどこかへ走っていく。設備の不具合でスタッフが忙しく動いている中に紛れてしまってはミヤコは追いかけることもできない。

 先程から黙っていた有馬がスマホから目を離さずに迷子が増えたことを言うとミヤコは思わず頭を抱えてしまった。そのせいで、その横を金髪の男がゆっくりと歩いていくのに誰も気づかなかった。ルビーの駆け出した方向に歩いていく謎の男はルビーの姿を確認して頬を上げた。

 

◇◇◇◇◇

 

 謎の女が獣を羽織る。互いの体が混ざりあって出力が増しているのが目に見えてわかる。形としては動く死体(リビングデッド)に近い。だが本来は水と油のように混じり合わないはずのもの。謎の女と獣、それぞれの細かい能力がわかっていない硝太だがなんとなく理屈として理解出来た。

 

 

「こいつ、インスタントバレットで作られた命か」

 

 インスタントバレットは人の感情、それも破壊衝動を始めとした悪感情から生まれた魔法。最初から設計されたものでも無いので他人同士のインスタントバレットが上手く噛み合うことなど本来ならありえない。それかをあり得るとするなら獣と謎の女は元は一つだったと考えるのが自然な話。

 獣の巨体は人が元々居たようにはとても見えない。明らかに使い魔や式神といった類のもの。材料は特に見当たらず、1から100までインスタントバレットで作られたと考えるのが自然。謎の女も同質のものとするなら獣のように作られた女に精神が芽生えてインスタントバレットを使えるようになった。例えるなら錬金術におけるホムンクルス。

 

「…面倒事を」

 

 ただ殺すだけなら獣が2体いた方が効率がいい。謎の女のインスタントバレットが獣以上の殺傷能力を持つ可能性はあるがだとしたら今まで使わないのは不自然、尚且つどんな能力が生えるのか、そもそもインスタントバレットに目覚めるかどうかすら分からないのに分の悪い賭けに乗ったとは到底思えない。謎の女が作られたのは何らかの事故としてみるべき、つまり今の形態は戦闘技術のない謎の女のために作られたものとして見るのが自然。先ほどナイフを刺した時、貝原亮介の時とは違い肉体に傷をつけたので獣がその辺を補修してしまうだけで女は簡単に立ち上がり力を使うことができる。厄介な相手であると同時にそのアンバランスさがどうにも気色悪い。

 

 女は獣と同等のスピードでかけ出すと腕を湾曲させながら身体のモヤの一部を獣の爪をより鋭くした形へと変化させて攻撃してくる。シンプルな振り下ろしだが速度が早い、回避に専念しなければ当たる。

 右、左、右と次々と繰り出される攻撃を最小限の動きで回避しながら謎の女の動きを観察する。速度、破壊力は申し分ない。動きに戦いの技術は感じられないが所詮戦術など互いの戦力が同等でなければ意味が無いもの、爪の一撃は硝太の身体では直撃すればそのまま命を失うような威力を持ち同時に硝太と同等のスピードを持つ以上、下手に考えても力押しと結果は変わらない。だからこそ解せない。女は何故インスタントバレットを使用しない。それとも獣と一体化してる時は使えない等の制限があるのか、もしくは使うのに条件がいるのか。硝太のインスタントバレットに対しての特攻と考えられるその能力の詳細が分からない限り、無策な手段は使えない。

 藤波木陰の体はまだ転がっている。少なくとも硝太を倒すまで回収する気はないのか未だに隠れた誰か──おそらく獣を制作したインスタントバレットの使い手は姿を表すことは無い。スペック差があるとはいえ、先程まで数で連携を取っていたのが嘘のような単騎でのゴリ押し。各個撃破をしてくださいと言っているようなものだ。事前に作戦を組んできただろう動きが崩れている。硝太がこの北海道にいることを事前に調べられる程の伝か収集能力があるのに関わらず藤波木陰が倒れた時のことを考えていなかったのか──否、斉藤硝太というインスタントバレットにわざわざ戦いを挑むのなら、多少なりとも犠牲を出す想定はしているはず。

 

──情報が外れたってことか?インスタントバレットのことは調べているだろうに。

 

 仮に斉藤硝太のインスタントバレットのことを詳しく知っていても現状を知らないとするなら状況提供者は自ずと絞られる。少なくとも『colorful(カラフル)』ではないことは確か。

 おそらく魔女だろう。未だに会ったことは無いが未来を見てるのなら硝太のことも多方理解出来る。その上で殺しにくる理由もわかりやすい。それもこれも兎に角目の前の相手を処理しないことには始まらない。

 回避に専念していた硝太はナイフの握り直し、攻勢に出る。観察は十分行った。本能で動いているのではと思うほど力も速度も早いが一定のリズムは狂っていない。疲れすら感じていないのは獣の要素と思われる。本来は獣の膂力に女の理性が合わさることで強くなる強化形態だったのだろうが、硝太と戦うにあたっては女の理性はこれっぽちも役に立たない。振り下ろされた剛腕の爪をタイミングよく切り落とし、そのまま縮地で女の至近距離まで接近する。ピタリと身体が当たるゼロ距離、懐まで入ってしまえば女は逃げるしかない。

 

 そんなゼロ距離から女の鳩尾に寸勁を叩き込む。2m程の距離を維持した状態から突っ込んだ勢いを殺さず乗せた鋭く突き刺さる寸勁は相手が常人であれば一撃で内臓を潰すことが出来る。女の身体がそのままであれば破壊できたかもしれないが獣を纏いインスタントバレットに守られた身体では効果はない。だがノックバックは避けられないようで身体がグラりと揺れる。

 ナイフを警戒していた女は殴打の防御どころかダメージを流すことすら間に合わず、バランスを失う。バランスを保とうと足と背筋に力を込めるが硝太は柔道の投げ技のように足を攫うと胴体に向けて背中で打ち抜く。

 

「鉄、山、靠!」

 

 鉄山靠と名付けられた投げ技に近い体当たりで今度こそ女は地面にその身体を投げ打つ。ただの打撃でしかないというのに脳が震えたことで意識が揺さぶられる。全く予想してない方向からの体を震わせる殴打と速度で一時的に脳震盪に陥る。悪意により発動させるインスタントバレットは、脳震盪で失神した状態では満足なスペックで振り回せない。発動を阻害できるのはあくまで女側のインスタントバレットであり獣の部分は動きが鈍る程度だが初見殺しの攻撃さえされなければいい。

 女が脳震盪で沈んでも硝太の殴打は止まらない。最小限の動きでコンクリートを踏み抜くような震脚で体重を女の真横に移動させる。距離は再び肌が触れ合うほどのゼロ距離。

 

(ちゅう)!」

 

 その勢いを殺さず女の鼻先に肘打ちを当てる。

 鉄山靠は大振りな動きから必殺技だと思われがちだが本質的には固めた相手を崩すための防御破壊。そのまま迷いなく打ち出された肘打ちは八極拳の基本に乗っ取った超至近距離から一撃で相手を沈める一撃必殺の技である。もちろんこれも女の息の根を止めるには足りなさ過ぎる。常人なら頭蓋骨が陥没していた力で殴ってもインスタントバレット相手にはむしろ硝太の肘にダメージがかかる。ナイフで切らなければ意味がない。

 ナイフを持つ手に自然と力がかかる。出来れば女のインスタントバレットの能力の詳細が知りたいので神経から弄り回したかったが今の状況がそれを許さない。明らかに作戦を組んだ今回の『世界の端っこ』の攻撃は魔女が仕組んだとしても理由がわからない。『世界の端っこ』の目的も未来の変更だと言うことは知っている。その為に硝太を得たいと考えて手を出してきたとしてもわざわざこんな人に見られる危険性の高いところで襲いに来るのか。つい最近まで『世界の端っこ』と硝太はもう会うこともないのではと思うほど離れた関係だった、『世界の端っこ』も目的にそこまで必死さを感じられなかったのもあったがそれがなんの前触れもなく仕掛けてきたということには相応の理由がある。

 ──目的は僕のインスタントバレット、だとして『世界の端っこ』の状況が変わった?

 

 硝太がcolorful(カラフル)と手を組んだのがバレたのか、それとも魔女にとって不都合な現実があるのか。どれだとしても今この場で硝太のインスタントバレットに特攻となりうる女を始末することには大きな理由がある。

 そんなことを考えていると少し遠くから男の声と共にかけ出す足音が響く。

 

「やめろ!いろは!」

 

 男の声はかけ出す誰かを止めようとしていたようだ。硝太はナイフを握ったままその相手を視界に収める。それは艶のある黒髪をツイテールにした硝太と似た体格をした女の子だった。深瀬いろは、『共感』と言う変わった名のインスタントバレットを持つ死にかけの少女。いろはは硝太が殴り倒した女を見て男を振り払って走る。

 能力の都合上多少の差はあるが直情的な者の多いインスタントバレットを誘導するにはコレが1番都合がいい。仲間を殴って動揺を誘う。出来れば獣を作ったインスタントバレットの使用者が良かったが目の前の少女はそうは見えない。

 

──いろは?何処かで聞いた名前だな…何処で聞いた?

 

 いろはと呼ばれた少女は見覚えのある顔に名前をしているがそれがどこで見たものなのか分からない。初対面のはずなのだが、妙に引っかかるものがある。

 目の前の少女はまるで幻影の様に姿しか存在しない。つまり肉体を持たない、まるで幽霊のような形。幽霊は物心ついた頃から毎日見ているがインスタントバレットの幽霊は初めて見たはず。

 

 ──実態がない…でも!

 

 そんな相手でも硝太のインスタントバレットなら一撃で殺せる。いろはと呼ばれた少女に向けて硝太は姿勢を落としながら突っ込む。素早くナイフで切ればその女の首が宙を舞う──はずだった。

 

「お姉ちゃん!!」

「うっ、ぐっ…!」

 

 いろはの大声に硝太の脳が震える。「お姉ちゃん」と今先程硝太が殴り倒した女に向けて言い放つ彼女の目は硝太の記憶にないはずなのに古い鏡を見ているような気がする。

 

 ──お姉ちゃん!お姉ちゃん!お姉ちゃん!!

 

 脳に響く幼い子供の声。まるで酔っ払ったかのように視界が揺れ、全身の力が抜けていく。目の前が揺れてるせいで何も見えない。見えるものが全て煙のように揺れ、実体を掴めない。心臓が壊れそうなほど強く鳴り、酷い高音の耳鳴りがする。

 ナイフを持つ硝太に構わずいろはは自身が姉と呼んだ女──深瀬十色に駆け寄る。小さな身体で十色の身体を抱き起こして介抱をしようとするが細い腕は体を透過する。

 その姿が硝太の目に映る。倒れる兄弟を心配して抱き起こす姿に別の人間の影が重なる。倒れる幼い男の子とそれを抱き起こす一人の女性。女性は男の子を抱き締めたままその力を使う。

 

 ──硝ちゃんダメ…!死んじゃ、ダメ。

 

 どこかで聞いた死にかけの女の声に心臓を鷲掴みにされる。そのくせ心臓は強く跳ねようとするので生きているだけで胸が苦しい。息を吸う度に喉が焼かれるように痛む。その痛みが肺まで届き、全身に広がる。

 傷がある、ないという次元の話ではない。神経を全て切り刻んでいるような痛みに発狂しそうになる。

 

「うる、さい!」

 

 疼く右目を左手で隠しながらナイフを考え無しに振り回す。目に映るものが全て気色悪くて敵だと判断した。そのくせ見えるものは皆歪んでいるせいで形を掴めていない。そのせいでただ力任せに振り回しているようにしか見えない。

 右目を抑えている、ということは今の硝太はインスタントバレットを扱えていない。もとより力が強い為止めるのは困難だが物理攻撃に耐性のあるインスタントバレットがいれば即座に止められただろう。しかしそれが出来るのは誰もいない。

 

「いろは!、十色連れて逃げるぞ!」

「う、うん」

 

 硝太は止まらず暴れているので先程いろはを止めようとした男──つまり獣を作り出したインスタントバレットの使い手、深瀬クロが姿を見せる。

 獣さえ使えれば今の硝太を倒すことは容易。しかし獣は深瀬十色の体の保護に使っているため十色から剥がすわけには行かない。なら未だに気絶している藤波を無理矢理にでも起こして攻撃させるか。

 

「そこで何している!」

 

 そう思った矢先、右目を抑えたままの硝太の顔がクロを確認する。手に覆われていない左目がクロを捉えた。しかしクロの姿に幻覚の貝原亮介の姿が重なる。

 

「やめろ!その女に触るな!」

 

 混乱した状態でも戦闘技術だけは一点の曇りもない。奇声のような声を発して右目を押さえたままクロに迫る。喧嘩慣れしたクロは本能と反射神経だけで後ろに大きく飛んで横薙ぎのナイフ攻撃を避ける。

 

「お姉ちゃんに、お姉ちゃんを!うわぁー!」

「何言ってんだこいつ…」

 

 つい先程まで藤波や獣相手に冷静に立ち回っていた男と同一人物とはとても思えない混乱具合に流石のクロも素で引く。硝太とアイの関係は事前に魔女から聞いている。硝太が「お姉ちゃん」と言っていることから硝太がアイのことを口にしていると言うことはすぐに分かる。

 では何が理解できないのか。貝原亮介本人を見ても特に混乱することなく対処したのを見たクロからすればアイの事件を硝太は完全に忘れてトラウマになってはいないと踏んでいた。()()()()である自身の過去と照らし合わせてもアイの死は弱点にならないと。しかし実際はどうだ、急に奇声を発しながらおかしなことを言い始めたトリガーも、実際に何が起こっているのかもクロ目線では分からないがアイのことで狂乱している。脈絡のない豹変はインスタントバレットの使いすぎで脳がバグってしまった、とするのが自然だ。だがそれにしても妙なポイントか多すぎてクロは右目の辺りを抑える硝太に手を出すことができない。

 頭はおかしくなっているが精神状態がいくら悪かろうと殺しの技術は変わらない。狂っているからと気を抜けば一瞬で皆殺しにされる。

 

「お姉ちゃん、おねえ…ちゃ──あ── お前は誰だ?

 

 クロが逃げたことでクロがいた場所、つまり十色のすぐ隣に立つ硝太、いろはにも十色にも今は対抗手段がない。

 クロの方を向いていた硝太の目に十色の隣に座っているいろはが映る。しかし硝太の目はそこに過去の自分の幻覚を重ねる。まるで救えない現実を仕方がなかったと諦める理由を作るように、現実を証明するように。しかし幻覚を貼り付けてもなお、硝太の瞳は現実を見る。倒れる姉を介抱して共に逃げようとする過去の自分とはまた違う女の姿が見える。首の関節が折れたのかと思うほど横に曲がり、いろはの真横に頭を置くようにしていろはの顔を確認する。当然殺意は、そちらに向く。

 

「にげろいろは!」

 

 一旦逃げたクロが再び硝太に接近してヘイトを稼ごうとする。しかし振り向いた硝太の裏拳が頭部に当たり、その場に転がされる。

 

「やめろ斉藤!そいつはお前のアイじゃない!」

「アア、アアア!アイ!アイ!アイじゃない!分かってる!分かってる!僕が、お姉ちゃんを、殺し──!」

 

 生まれつき身体が強いクロは硝太に殴られも尚すぐに倒れたまま硝太を揺さぶる。「B小町のアイ」を使えば簡単に硝太を揺さぶられる。

 硝太は頭を抑えるとナイフを今度は何も見ずに振り回す。膂力からとんでもない力であることに変わりは無いが対処しやすくなるスピードと力のみが凶悪なだけなので動きは読みやすい。回避するだけならクロは余裕で出来る。しかし、十色のそばに居るいろは達のものとに向かうことも出来ず再び距離を大きく離す。

 

 まずい。今度こそ殺される。暴れ回る硝太の様子から

 いろはごと殺されるぐらいなら獣を一旦十色から引き離して硝太を迎撃させるしかない。クロは獣を十色を守るための殻のようなものにしているが今は引き離してでも硝太を攻撃した方が被害が軽く硝太を殺せると判断した。

 

──暴れ回ってるってことは今の斉藤に余裕はない。殺せる!

 

 十色から弾けるように黒いモヤが離れてそれらが集合して獣の形になる。インスタントバレットを自ら封印した硝太など獣の敵では無い。そういう思考とは裏腹に今の硝太の狂乱具合からして何が起きてもおかしくないと考えてクロは冷や汗を流す。

 

「お姉ちゃんを!返せ!」

 

 硝太は再び奇声のような声を発しながら獣に自ら突っ込む。しかしナイフによる攻撃は獣の鋭い爪を弾かれ、車に跳ねられたように飛んでいき、近くの壁にぶつかる。明らかに受け流されたものより衝撃が強い。

 額から血が流れて右目を塞ぐ。ここまで来て、硝太に明確なダメージが入った。しかし硝太は何事も無かったかのように立ち上がり、奇声を発する。今度は右目を自ら塞いだおかげでフリーになった左腕は空気を掴むように振り続けられている。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん…僕が、僕だったもののー!」

 

 再び奇声を発する硝太に今度は獣が仕掛ける。距離を一飛びで詰めて今度は踏み潰すように爪を振るう。爪の攻撃を弾かれたとしてもそのまま踏み潰して殺せるように。

 獣の勢いについていけず奇声を発し続ける硝太。そのまま獣に踏み潰されるとその場にいる誰もがそう判断しただろう。

 

「ああああ!!!やめろ、やめろ!お前は、お姉ちゃんじゃない!」

 

 だが、斉藤硝太という化け物はそれだけでは死ななかった。ナイフを投げて獣の目を的確に潰すと獣の爪を縮地でかわし、獣の体に自分の背中をピタリとつける。

 そのまま、胸ポケットから零れ落ちたように出てきた拳銃を掴みクロを視界に捉える。

 

「あれは──」

 

 その時クロはようやく思い出した。高千穂での戦いで硝太は貝原亮介が使っていた拳銃を拾っている。獣なら防ぐことができる拳銃も、クロ自身では防ぐことができない。

 

──まさか、あの混乱状態でこっちに意識が向くか!

 

 反射的に腕で頭を守るがそれで弾丸が止められるわけがない。獣もゼロ距離にピタリとつかれては腕を振って硝太を迎撃することもできない。どんな状況であっても、的確に殺す術を思考し、それを迷いなく行える。それが斉藤硝太の最大の強みであると、知っていたはずなのに。

 硝太がトリガーに指をかける。クロは自らの死を予感して目を塞ぐ。

 

「──待て」

 

 しかし、硝太の引き金が引かれることはなかった。それより前に何者かが硝太の後頭部に銃を突きつけていたから。

 そこに居たのは黒いローブととんがり帽子に身を包んだ女。格好通りの魔女と名乗る、『時間』のインスタントバレット。

 

「──夢」

「ごめんクロ君。」

 

 硝太が引き金を引かないので恐る恐る腕をおろし、瞼を開けたクロの目に映るのはピタリと動きを止める獣と未だにこちらを銃で狙う硝太、そして──申し訳なさそうな顔でそれを見る魔女──古砂夢の姿だった。





前回はインスタントバレットばっかりだったので今回は格闘技を使いこなす硝ちゃんと頭おかしいなっちゃった硝ちゃんです。殺し合いのことしか考えられない技を出した後は「お姉ちゃん」の一言で暴走する化け物。

感想、高評価、お気に入り登録よろしくお願いいたします!
殺しに来た側が引いてる恐怖の光景でした。
次回 乱入!魔女!(ゾクゾクする感じのBGM)
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