【硝子玉の子】   作:みっつ─

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E⑤ 最善の選択

 謎の女が獣を羽織る。互いの体が混ざりあって出力が増しているのが目に見えてわかる。謎の女と獣、それぞれの細かい能力がわかっていない硝太だがなんとなく理屈として理解出来た。

 

「こいつ、インスタントバレットで作られた命か」

 

 インスタントバレットは人の感情、それも破壊衝動を始めとした悪感情から生まれた魔法。最初から設計されたものでも無いので他人同士のインスタントバレットが上手く噛み合うことなど本来ならありえない。それかをあり得るとするなら獣と謎の女は元は一つだったと考えるのが自然な話。

 獣の巨体は人が元々居たようにはとても見えない。明らかに使い魔や式神といった類のもの。材料は特に見当たらず、1から100までインスタントバレットで作られたと考えるのが自然。謎の女も同質のものとするなら獣のように作られた女に精神が芽生えてインスタントバレットを使えるようになった。例えるなら錬金術におけるホムンクルス。

 

「…面倒事を」

 

 ただ殺すだけなら獣が2体いた方が効率がいい。謎の女のインスタントバレットが獣以上の殺傷能力を持つ可能性はあるがだとしたら今まで使わないのは不自然、尚且つどんな能力が生えるのか、そもそもインスタントバレットに目覚めるかどうかすら分からないのに分の悪い賭けに乗ったとは到底思えない。謎の女が作られたのは何らかの事故としてみるべき、つまり今の形態は戦闘技術のない謎の女のために作られたものとして見るのが自然。先ほどナイフを刺した時、貝原亮介の時とは違い肉体に傷をつけたので獣がその辺を補修してしまうだけで女は簡単に立ち上がり力を使うことができる。厄介な相手であると同時にそのアンバランスさがどうにも気色悪い。

 

 女は獣と同等のスピードでかけ出すと腕を湾曲させながら身体のモヤの一部を獣の爪をより鋭くした形へと変化させて攻撃してくる。シンプルな振り下ろしだが速度が早い、回避に専念しなければ当たる。

 右、左、右と次々と繰り出される攻撃を最小限の動きで回避しながら謎の女の動きを観察する。速度、破壊力は申し分ない。動きに戦いの技術は感じられないが所詮戦術など互いの戦力が同等でなければ意味が無いもの、爪の一撃は硝太の身体では直撃すればそのまま命を失うような威力を持ち同時に硝太と同等のスピードを持つ以上、下手に考えても力押しと結果は変わらない。だからこそ解せない。女は何故インスタントバレットを使用しない。それとも獣と一体化してる時は使えない等の制限があるのか、もしくは使うのに条件がいるのか。硝太のインスタントバレットに対しての特攻と考えられるその能力の詳細が分からない限り、無策な手段は使えない。

 藤波木陰の体はまだ転がっている。少なくとも硝太を倒すまで回収する気はないのか未だに隠れた誰か──おそらく獣を制作したインスタントバレットの使い手は姿を表すことは無い。スペック差があるとはいえ、先程まで数で連携を取っていたのが嘘のような単騎でのゴリ押し。各個撃破をしてくださいと言っているようなものだ。事前に作戦を組んできただろう動きが崩れている。硝太がこの北海道にいることを事前に調べられる程の伝か収集能力があるのに関わらず藤波木陰が倒れた時のことを考えていなかったのか──否、斉藤硝太というインスタントバレットにわざわざ戦いを挑むのなら、多少なりとも犠牲を出す想定はしているはず。

 

──情報が外れたってことか?インスタントバレットのことは調べているだろうに。

 

 仮に斉藤硝太のインスタントバレットのことを詳しく知っていても現状を知らないとするなら状況提供者は自ずと絞られる。少なくとも『colorful(カラフル)』ではないことは確か。

 おそらく魔女だろう。未だに会ったことは無いが未来を見てるのなら硝太のことも多方理解出来る。その上で殺しにくる理由もわかりやすい。それもこれも兎に角目の前の相手を処理しないことには始まらない。

 回避に専念していた硝太はナイフの握り直し、攻勢に出る。観察は十分行った。本能で動いているのではと思うほど力も速度も早いが一定のリズムは狂っていない。疲れすら感じていないのは獣の要素と思われる。本来は獣の膂力に女の理性が合わさることで強くなる強化形態だったのだろうが、硝太と戦うにあたっては女の理性はこれっぽちも役に立たない。振り下ろされた剛腕の爪をタイミングよく切り落とし、そのまま縮地で女の至近距離まで接近する。ピタリと身体が当たるゼロ距離、懐まで入ってしまえば女は逃げるしかない。

 

 そんなゼロ距離から女の鳩尾に寸勁を叩き込む。2m程の距離を維持した状態から突っ込んだ勢いを殺さず乗せた鋭く突き刺さる寸勁は相手が常人であれば一撃で内臓を潰すことが出来る。女の身体がそのままであれば破壊できたかもしれないが獣を纏いインスタントバレットに守られた身体では効果はない。だがノックバックは避けられないようで身体がグラりと揺れる。

 ナイフを警戒していた女は殴打の防御どころかダメージを流すことすら間に合わず、バランスを失う。バランスを保とうと足と背筋に力を込めるが硝太は柔道の投げ技のように足を攫うと胴体に向けて背中で打ち抜く。

 

「鉄山靠!」

 

 鉄山靠と名付けられた投げ技に近い体当たりで今度こそ女は地面にその身体を投げ打つ。ただの打撃でしかないというのに脳が震えたことで意識が揺さぶられる。全く予想してない方向からの体を震わせる殴打と速度で一時的に脳震盪に陥る。悪意により発動させるインスタントバレットは、脳震盪で失神した状態では満足なスペックで振り回せない。発動を阻害できるのはあくまで女側のインスタントバレットであり獣の部分は動きが鈍る程度だが初見殺しの攻撃さえされなければいい。

 女が脳震盪で沈んでも硝太の殴打は止まらない。最小限の動きでコンクリートを踏み抜くような震脚で体重を女の真横に移動させる。距離は再び肌が触れ合うほどのゼロ距離。

 

(ちゅう)!」

 

 その勢いを殺さず女の鼻先に肘打ちを当てる。

 鉄山靠は大振りな動きから必殺技だと思われがちだが本質的には固めた相手を崩すための防御破壊。そのまま迷いなく打ち出された肘打ちは八極拳の基本に乗っ取った超至近距離から一撃で相手を沈める一撃必殺の技である。もちろんこれも女の息の根を止めるには足りなさ過ぎる。常人なら頭蓋骨が陥没していた力で殴ってもインスタントバレット相手にはむしろ硝太の肘にダメージがかかる。ナイフで切らなければ意味がない。

 ナイフを持つ手に自然と力がかかる。出来れば女のインスタントバレットの能力の詳細が知りたいので神経から弄り回したかったが今の状況がそれを許さない。明らかに作戦を組んだ今回の『世界の端っこ』の攻撃は魔女が仕組んだとしても理由がわからない。『世界の端っこ』の目的も未来の変更だと言うことは知っている。その為に硝太を得たいと考えて手を出してきたとしてもわざわざこんな人に見られる危険性の高いところで襲いに来るのか。つい最近まで『世界の端っこ』と硝太はもう会うこともないのではと思うほど離れた関係だった、『世界の端っこ』も目的にそこまで必死さを感じられなかったのもあったがそれがなんの前触れもなく仕掛けてきたということには相応の理由がある。

 ──目的は僕のインスタントバレット、だとして『世界の端っこ』の状況が変わった?

 

 硝太がcolorful(カラフル)と手を組んだのがバレたのか、それとも魔女にとって不都合な現実があるのか。どれだとしても今この場で硝太のインスタントバレットに特攻となりうる女を始末することには大きな理由がある。

 そんなことを考えていると少し遠くから男の声と共にかけ出す足音が響く。

 

「やめろ!いろは!」

 

 男の声はかけ出す誰かを止めようとしていたようだ。硝太はナイフを握ったままその相手を視界に収める。それは艶のある黒髪をツイテールにした硝太と似た体格をした女の子だった。深瀬いろは、『共感』と言う変わった名のインスタントバレットを持つ死にかけの少女。いろはは硝太が殴り倒した女を見て男を振り払って走る。

 能力の都合上多少の差はあるが直情的な者の多いインスタントバレットを誘導するにはコレが1番都合がいい。仲間を殴って動揺を誘う。出来れば獣を作ったインスタントバレットの使用者が良かったが目の前の少女はそうは見えない。

 

──いろは?何処かで聞いた名前だな…何処で聞いた?

 

 いろはと呼ばれた少女は見覚えのある顔に名前をしているがそれがどこで見たものなのか分からない。初対面のはずなのだが、妙に引っかかるものがある。

 目の前の少女はまるで幻影の様に姿しか存在しない。つまり肉体を持たない、まるで幽霊のような形。幽霊は物心ついた頃から毎日見ているがインスタントバレットの幽霊は初めて見たはず。

 

 ──実態がない…でも!

 

 そんな相手でも硝太のインスタントバレットなら一撃で殺せる。いろはと呼ばれた少女に向けて硝太は姿勢を落としながら突っ込む。

 ──そのはずだった。しかしその瞬間硝太が捉えたのはライブ会場にいる別の気配。今楽屋にいるはずのB小町と母からひとつの気配が消えた。

 

「姉さん!?」

 

 姉の、ルビーの気配がない。まだ会場のスタッフは寝かされていて設備が治っているようにはとても見えないので別の要因と考えられる。トイレは楽屋近くにありその辺にいるぐらいなら硝太が探知不可能にはならない。──ということは硝太を探しに行っている可能性が高い。

 

「ヘルメス!くっそ、何やってるんだあいつ…!」

 

 今脅威になってないいろは達を一先ず捨ておき、ルビーの気配を探り直す。硝太の気配探知は能力や魔法ではなくあくまで肌に触れる空気や匂い、そして第六感から導き出したもので精度としては非常に悪い。

 こういう時の為にルビー達にはヘルメス(八咫烏)をつけていたのだがルビーがヘルメスの目をかいくぐってきたのか、別の異常事態が起こったのか分からないが硝太側にヘルメスと通信する手段がないので判断が出来ない。

 

──すぐに姉さんを探しに行かないと。…とはいえこいつらを放置させておく訳には…

 

 今すぐにでもルビーを探しに行かないと危険だ。しかし『世界の端っこ』のメンバーの大半を削ったがここで息の根を止めないと余計な被害を出しかねない。近くで転がっている

 だが余計な殺人は今後もフリルの協力を得るのなら控えなくてはならない。隠すのも上手くいかないのだから殺すなら獣を纏った女だけにして他は高千穂で貝原亮介にやったように肉体と魂を分離させて戦闘行動を封じてしまうべきか。

 そうやって考えていた時、ルビーの顔が脳裏を過ぎる。母の言葉が、アクアの言葉がルビーを守れと強く言い聞かせてくる。

 

───いや、ダメだ。こいつらはここで皆殺しにしよう。

 

 元々敵である彼らを守る義務はない。

  

「お姉ちゃん!──あ」

「邪魔」

 

 謎の女──深瀬十色を介抱しようとするが干渉できないいろはをサッカーボールにするように蹴り飛ばす。その身体が飛ぶより先に襟首を掴んで地面に何度も叩きつける。肉体を持たない少女相手に肉体と魂を切り離す攻撃は意味が無い。ならばどうするか、簡単だ。思考できない状態にしてしまえばいい。インスタントバレットを使えばいろはに触れることも出来て攻撃も可能。肉体に行うように臓器を潰すことは出来なくても反応が出来ないように意識が途切れるまで攻撃してしまえばいい。相手が反応するより早く叩きつけてしまえばインスタントバレットの攻撃も出来ない。その間に倒れている深瀬十色に向けてナイフを向ける。

 

「───お前ー!」

 

 その時、いろはが出てきた場所からいろはに声をかけていた男──深瀬クロが姿を現す。鬼神のような表情でいろはをハンマーのように地面に叩きつけ続ける硝太に手を伸ばす。獣すら使わない感情任せの突進。

 

「邪魔」

 

 それに合わせてクロの腹部目掛けていろはを投げる。インスタントバレットの効果が乗ったいろはの身体をクロは受け止めるがあまりの勢いにそのまま倒れる。

 倒れたクロの頭部を1回蹴った後懐から出した拳銃を突きつける。

 

「仲間の配置は?」

「知るか──」

 

 パン!パン!

 クロが答えを言い切るより先にクロといろはの脳天に弾丸を打ち込む。クロの頭から血と共に脳みそが吹き出す。インスタントバレットを使った攻撃、それも拳銃の弾丸を人の身体で防げるはずもなく何か言う間もなく死亡した。いろはもアストラル体に近い身体なのだ流血こそないが意識を保てなくなり風に攫われた煙のように崩壊して消える。

 クロの死によって十色の体を纏っていた獣も──10色ごと姿を消す。瞬間移動ではなく文字通りこの世から消えた。獣を纏った時に予想したように十色はインスタントバレットで作られた命。

 次に硝太は藤波のいた位置を確認する。しかし藤波は既に姿を消していた。衝撃で凹んだ壁だけがそこにいた証拠になっている。十色のように作られた命でなければまだ意識を取り戻すには早い。つまり誰かが藤波を連れていったことになる。間違いなく諸木だ、硝太は諸木の気配を探る。諸木は藤波をよく気にかけていた硝太が最初から知っているメンバー、見るからに戦闘向けではないが何も出来ない男では無い。彼もインスタントバレットの一人で能力の詳細をまだ掴めていない。奇襲の手がある限り、油断はできない。

 だがそんな事に意識を割く時間はない。すぐさまルビーの捜索をしなくてはならない。硝太は拳銃を懐に隠すと代わりにスマホを取り出してミヤコに電話をかける。

 

「もしもしお母さん!姉さんいない!?」 

「硝太、一体貴方何処にいるのよ?」

「会場の制御室前!──あ」

 

 電話かけた途端、ミヤコに場所を聞かれて反射的に今の居場所を喋ってしまう。スタッフが倒れていることまでは流石に黙ったが場所を言ってしまえばミヤコがこちらに来てしまう。深瀬クロ──この時点で硝太は名前も知らない男だが──の死体の処理は適当に出来るとはいえ、スタッフが倒れているのと戦いの余波で壊れた建物の補修は出来ない。来れば確実に戦いがあったことがバレる。

 大切なのはルビーを守ること、そして明日のライブを成功させること。戦いがあったのがバレればライブの中止の可能性がある。スタッフが転がっているのは適当に誤魔化すとして、補修出来そうなツクヨミを呼ばなければならない。ツクヨミと呼ぶにはまずヘルメスと合流しなければならない。ルビーを探しながらこれを全て行うのはさすがに厳しい。

 

──ここは割り切るべきか。

 

 明日のライブは出来るだけ守ってみるが優先するべきかルビーの安全だ。今はそれだけに集中するべきであり、それ以外は一回見捨てる。

 斉藤硝太という男はその辺の割り切りは非常に早く決断ができた。後ほど死ぬほど後悔すると知っていたとしても。

 

「お母さん、しばらくMEMちょと有馬先輩を楽屋から出さないで──僕案件だ」

 

「僕案件」。一度も使ったことが無い言葉だが それだけでミヤコは事情を大まかに理解した。インスタントバレットの事を言っていないMEMちょと有馬の2人に聞かれたとしても細かな内容までバレることは無い。

 だが同時にそれは硝太が戦ったことをミヤコにバラすことである。母親に息子が殺し合いをしたという事実を

 

「──楽屋は大丈夫なのね?」

「ああ、それは保証する。だから──」

「わかった、好きにしなさい」

「ありがとう」

 

 特に意識した訳では無いがいつもより落ち着いた大人っぽい口調にミヤコに話す。ミヤコとしても本心では止めたいがそれが許されるような状況ではないことを思慮深いが故に気付いてしまった為止められず、一見放り投げたような言葉しか言えなかった。

 ミヤコとの通話を閉じて硝太は再びルビーの気配を探りに行く。しかしルビーどころか逃げた藤波と諸木の気配もしない。精度が悪い為仕方ないとはいえ、手がかりがないのであればローラー式に探すしかない。

 深瀬クロの身体を適当な倉庫の中に投げ入れて、楽屋の方に走る。その間何人か設備の整備をしているスタッフとすれ違ったがそのスタッフの口から制御室の話は出なかった。その代わり、スタッフ達の気配に別の何かが混ざっているのを右目が理解した。

 

───まさか『偶像』!

 

 『偶像』のインスタントバレット。フリルのストーカーを作って硝太の命を狙った、そしておそらく星野アイの死に関わっているインスタントバレット。まだ証拠は無いが通りがかったスタッフ達がほぼ全員動く死体(リビングデッド)に近い状態になっている。硝太を襲ったり暴れたりする様子は無いとはいえ、危険視しなくてはならないのは変わらない。

 本来なら全員動く死体(リビングデッド)から解放してやるべきだろうが残念ながらその時間はない。

 

──姉さんも、やられたのか?

 

 動く死体(リビングデッド)を見るとどうしても頭をよぎる最悪の考え。おそらく楽屋にヘルメスがいるのでインスタントバレットは警戒して出てこない。逆に言えば楽屋から出て孤立しているルビーは狙いたい放題だ。

 

 その答えはすぐにわかった。楽屋を通り過ぎてスタッフ達のいる会場に辿り着くと舞台の上にはルビーが立っていた。マイクを握り、機械が止まっているというのにライブを続けているように見える。

 どう見ても正気じゃない。

 

「姉さん!」

「あっ硝太!」

 

 硝太は目も止まらないスピードで舞台まで飛び上がるとルビーの手を掴み、ルビーの姿を右目の青い瞳で確認する。もう望みも薄いと知っていながら。

 しかし現実は非情なもので右目は目の前の女を──ルビーの気配を動く死体(リビングデッド)だと感知している。口も今まで通り回っていてまだ機材に不良があるはずの舞台の上に突っ立っていること以外何も不思議なことはない。

 

「どこ行ってたの?心配したんだよ!」

「それは僕のセリフ──姉さん、ちょっと動かないで、今助けるから」

 

 心配してたという言葉に嘘はない。勝手に消えた弟を心配して探しに行った姉を硝太は責めることができない。だがまだ最悪ではない。ルビーの身体は生きている。心臓は動いているし外傷も特に見当たらない。動く死体(リビングデッド)と言ったが実際は『偶像』のインスタントバレットの術中にかかっているだけで、その魔法を破壊すれば当然元に戻る。それは会場のスタッフも同様だ。まだ間に合う、何も手遅れではない。

 硝太は右目の輝きを一切緩めることなくナイフを懐から出す。ルビーの体に傷をつけずインスタントバレットだけを斬り殺す。可能だ、経験もある。ただ相手が守らなくてはならない相手ということのみ。

 

「ダメだよ硝太」

 

 しかし、迷いなくナイフを出した硝太の手をルビーが掴む。硝太のナイフを出したスピードはいくら戦闘後で疲労が溜まっているとはいえいつものルビーなら反応すら間に合わない。動く死体(リビングデッド)と同様身体能力が飛躍的に上がっている、そのせいで硝太は力押しで抵抗も出来ない。

 

「え──」

 

 これまで一度として力で負けたことのない相手に掴まれただけで体が動かなくなる。感じたことの無い恐怖が皮膚を撫でる。

 

 ──違う、姉さんが強いんじゃない。僕が弱くなってる。 

 

 殺せ、と本能が告げる。いくら腕を掴まされているとはいっても所詮片腕。胸元の拳銃を引き抜けばルビーを殺すことは容易にできる。ルビーの腕に集中しながら足で腕を弾けば防御も回避出来る。だがそれは出来ない、してはならない。ナイフのような細かな動きが出来る、つまり勝手が効く武器でなければルビーの体を守りながら術を解除するのは難しい。ナイフを捨てるのなら、代わりのものを探さなくてはならない。

 ルビーはそんな思考すら間に合わせないように覆いかぶさってくる。身体は当然ルビーの方が大きく覆い被さるだけで簡単に転ばされる。ルビーは決してガタイがいい訳ではないが素直に身体が大きいと言うだけで力押しは効かない。

 

「お姉ちゃんね、色々考えたんだよ?硝太の自由を奪いたくないし、好きに生きて欲しいから」

「姉──さん?」

 

 頬をほんのり赤くしながら目が潤んでいる姉は酒に酔っているようにしか見えない。実際酔っているのだろう、酒ではなく魔法に。

 力で押された上に覆いかぶされては硝太は抵抗出来ない。こういう時にシンプルな体重差が大きく出る。相手を殺していい前提ならまだ足掻くことが出来るが殺しては行けないルビー相手だともう硝太に手札はない。

 

 苦し紛れに寸勁を舞台に打ち込む。舞台を壊せばルビーと距離を離した上で瓦礫をナイフ代わりに使える。だがそんな上手いこと行く訳がなく寸勁で出来たヒビごとすぐに押し込まれる。会場のスタッフもまるで存在しないように機材に手を加えるのみ。

 

──クソ、展開が早い。

 

 機材にトラブルが起きてすぐのスタッフ達に異常がある様子は無かった。つまり『世界の端っこ』との戦闘中に全て仕掛けたということになる。どう考えても準備が行き届きすぎている。『偶像』のインスタントバレットは『世界の端っこ』と繋がっている、と見るしかない。このままでは楽屋にいる母とMEMちょと有馬も危険だ。

 

「暴れてもダメだよ〜あっ、ちょうどいい所に」

 

 ルビーは酔っ払ったような顔のまま手に取ったナイフを取り出す。鞘を抜いてその辺に投げ捨てると錆び付いたナイフを適当に振り回して感覚を確かめる。

 次に起こる事象が自然と浮かび上がる。戦闘の勘ではなく一般的な──ナイフを持った人間が何をするかを考えた時自然に行き着く答え。

 

「姉さん!いい加減に」

「大丈夫、お姉ちゃんがちゃんと養ってあげるから」

 

 止めようとするが力で止められないのならルビーをどうこうすることは出来ない。

 ルビーに右腕を押さえられ、その付け根にナイフを当てられる。軽く切れて血が垂れる。錆び付いたナイフのせいで切れ味は最悪。ルビーの力でも上手く切れていないようでルビーは力を込めながら筋繊維を1本1本切っていく。その度に神経に痛みが走る。血が溢れる量も増える。

 

「姉さん、やめろ!お母さん達が危ない、早く──」

「危ないのは硝太じゃん!ずっと止めようとしてるのに硝太は自分勝手でお姉ちゃんの言うことなんも聞いてくれないし!」

 

 失神しそうになる痛みに耐えながら、無駄と知ってはいるがルビーを説得しようとする。それ以外にできることがなかった。

 だがそれが逆にルビーの琴線に触れたようでルビーは急に声を張り上げるとナイフにこめる力を強くする。いやいや期の赤子のように感情をぶつけるルビーの言葉はナイフより痛い。

 

「魔法使いって何!?力持ちだからって何!?殺し合いなんて別の人にやらせればいいじゃん!硝太がやる理由ないじゃん!最近の硝太ずっと遠くに行っちゃってるし!分かってるの!?みんな心配させてるって。勝手にヒーロー気取り?ふざけないで!」

「…」

 

  一気に早口で捲し立てるようにした言葉の勢いに負けて硝太は何も言えない。今も放っておいたら失血死しそうな血が流れているのに、ある意味いつも以上に冷静に物事を見ている。

 今のルビーは『偶像』のインスタントバレットに支配されているが感情の吐露に関しては本来のルビーの性質のように感じられる。つまり、この言葉はルビーの心から出たものだということ。

 

「もうこうしないと止まってくれないでしょ?自由に歩きまわるのは手足があるから行けないんだ!このままじゃ硝太死んじゃうから、お姉ちゃんが…お姉ちゃんが助けてあげないとダメなんだ!」

 

 ──そうか。姉さんを一番追い込んでいたのは、僕だったんだ。

 

 硝太が家族を大切に思うように、ルビーは弟である硝太を守りたかった。自身より力が何倍も強いと知っておきながら、歳も同じで守る理由なんて欠けらも無い男だと知っているだろうに「姉」だからという一つの、他人から見れば笑い飛ばしてしまうような理由でルビーは硝太を大切に思っていた。

 硝太は理解していた──筈だった。愛されていると自覚があって、目に入れても痛くないほど愛玩されていると気付いて尚自分の役目を殺し合いと定義してそれを一番に据えていた。より正しく言うのなら、自分が定めた敵を一人残らず殺して安心したかった。世界は理解できないものばかりで、正気では生きてもいられない。息を吸うことすら苦しく、気色が悪かった。だから壊したかった。自分の大切なものだけ保護してそれ以外を残らずこの世から消して安心したかった。「もう僕は自由だ」と言ってしまいたかった。この点においては他のインスタントバレットと何も変わらない。愛されているのに、愛することができない人の不良品。

 ここで冷静に判断が出来れば、「ルビーは斉藤硝太を愛するべきではない」と言えただろう。その愛は決して返ってくる事はない。だがそれをできるものが誰もいなかった。

 

「…ゴメン、姉さんの気持ちを考えられなかった」

「何を、今更!」

「だから、これは謝罪にならないけど──うん。やっぱり最初からこうするべきだったんだ」

 

 覆水盆に返らず、後悔後先たたず。

 最早謝罪すらできない。ルビーを守れと言われていながら、一番近くにいて彼女の感情を考えられなかった。ただ目の前の敵を駆逐すれば勝手に気持ちも晴れていく、なんて暴力的な考えに同調するのは同じインスタントバレットぐらいなものだろう。ルビーの思考回路がそういうものでも無いことを何故考えなかったのか。

 硝太はルビーの手が空いた隙に、ルビーの手に自らの空いた左手をかける。それはルビーが持っているナイフに手がかかることになる。今のルビーは動く死体(リビングデッド)と同じ、つまりこの時点でナイフを奪い返そうとしても力では奪い返すことはできない。ならば別の手段を使うまで。

 硝太はルビーがナイフから硝太の手を離そうと抵抗することを考えて逆にルビーが力をかけていた方向、つまり自身の腕へのナイフを進める。

 

 すると、豆腐に包丁を刺しているようになんの抵抗もなくスっ、と刃が通り、硝太の右腕は身体から完全に分離された。当然ナイフの切れ味が良くなった訳ではなく硝太のインスタントバレットによるものだ。

 

「えっ──」

 

 腕を切られようとしていて抵抗していた相手が急に自分の腕を切るのに協力してきたらいくらインスタントバレットの術中にかかっているルビーとはいえ反応が遅れる。常時狂気に精神を置いてやって行けるわけが無いのでそれぐらいのことはすぐに分かる。そして反応が遅れればナイフを掴むことは出来なくても別の武器による迎撃なら間に合う。

 

「取った」

 

 切断された自分の右腕をナイフ代わりに掴む。本来ならナイフのような使い勝手のいい道具を介して使う魔法だが、切れて使えなくなった腕なんて武器と変わらない。一瞬、瞬きにも満たない速度で振るわれた腕に反応できるはずもなくルビーにかけられた術は恐ろしく簡単に切れた。するとルビーは糸の切れたマリオネットのように力を失い、倒れる。先程までの硝太すら抑え込めていた膂力は今は見る影もない。

 当然『偶像』のインスタントバレットにかけられた魔法さえ切ってしまえばルビーはただの女の子でしかない。

 

「本当にごめん、姉さん。ずっと僕は選択を間違え続けた」

 

 ルビーを優しく抱き上げて少し離れたところに置くと硝太はゆっくりと立ち上がり、ナイフを持って代わりに右腕を放り投げる。硝太のインスタントバレットで切られた腕はもう死んでいる。──同時に硝太は自分の命が長くないことを感じていた。ナイフで切断したのは硝太自身、藤波との戦いでやったように硝太のナイフに切られたものは例外なく命を切られる。まだ硝太が生きているのは切ったのが腕だったから──という理由ではなく別にあるのだが硝太がそれに気づくことはない。

 もうそんなことを考える余裕も彼には残さられていないのだ。現に右半身は見た目は右腕がない以外何も無いように見えるが実際は神経のほとんどが死んでいる。そのくせ右目と脳だけは生きており、硝太の命がまだあることを知らせるように青く輝く。一歩、歩いてみる。右足は力が入らないのと戦闘のダメージで急に折れて、絞った雑巾のように血と何かが混ざった液体が流れる。続いて左脚の筋繊維が次々と切れて、その度に激痛が走り、硝太の落ちそうな意識を覚醒させる。

 

「でも、最期の最後に最高…とまでは行かないけど最善の選択を取れた。ありがとう──そしてさよなら」

  

 倒れそうな体を何とか立たせて残った左腕をルビーの額に置く。軽く動かしただけだと言うのに、左腕もそれで役目を終えたように肩の関節が割れる。そうすることで左腕は硝太から切り離されて、準備は整った。最期の力をふりしぼり、ルビーの中から不要な概念を潰し殺した。

 

 まだ敵は多い。『世界の端っこ』の残党に『偶像』のインスタントバレット。楽屋にいるミヤコ達も心配だ。しかしそればかりはツクヨミに任せるしかないだろう。

 何処かから八咫烏が一羽飛んでくる。ミヤコ達の護衛に回しているヘルメスではない。ツクヨミがやってきた合図だ。なんだかんだ言ってヘルメスは役目通りツクヨミを呼んでこれたらしい。──安心した。これで死ねる。

 

 硝太が右目を閉じて全身の力を抜くと物が落ちるように、スンッと力が抜けて意識が落ちた。骸になった体の上に舞い降りた八咫烏は一声鳴くとその骸を啄み始めた。

 

 いつの間にかその傍らに白髪の少女──ツクヨミが立つ。

 

「幸福だね、星野ルビー。君は世界すら呪い殺せるインスタントバレットに最後まで守るべきものとして見られた。だけどそれは同時に不幸だ。彼は君の執着を捨てる為に君の中の自分を消し去ってしまったのだから」

 

 ツクヨミはそう言いながらルビーの髪を優しく撫でる。硝太の最後のインスタントバレットは文字通り使い捨ての弾丸として己の命を使いルビーの心を守った。守る手段はとても褒められたものではないが、それは正しく硝太からルビーへの贈り物。

 

「さようなら、もう会うことは無いだろうけど。彼の望みは私が引き継ぐよ。もう居ない天童寺さりなの為にも」

 

 そうしてツクヨミは急に会場に立ち込めた霧の中に姿を消す。霧が晴れたことろにはツクヨミの姿と共に硝太の姿も消えていた。

 後日、硝太が行方不明になったのに気付いたミヤコがルビーを保護。会場の不備ということでライブは中止になった。

 文字どおり帰らぬ人となった弟を失ったルビーはいつも通りアイドルを続ける。彼女の持つ()()星の瞳は今日も輝く。

 

【エンド⑤ 最前の選択】

 

 

◇◇◇

 

『教えて!アイ先生』

 

この話コーナーはストーリーの解説、ヒントコーナーです。

ただ本編を楽しみたい方、本編のイメージを崩したくない方は読まずに飛ばして下さい。

 

その他以下の点にお気を付けてください

・本編に500%上乗せでふざけ倒しています

・このコーナーでは台本形式を取っています。地の文はほとんどありません。というかありません。

・このコーナーの登場キャラは本編のキャラクターとかけはなれていますが本編には関係ありません。

・考えるな。感じろ

 

それでは。

 

キャラ紹介

アイ先生

自分の子供達アクアマリンとルビーが大好きなメガネにスーツのドス(ry…美女教師にしてこのコーナーの顔。

その正体は元B小町のセンター、アイ。

自称本作のメインヒロイン。

このコーナーではギャグ枠に当たる。ギャグ枠は死なない?本作にそのジンクスは通用しないのである。

 

ツクヨミ

弟子一号の名を得られなかった悲しきブルマ。

カラスは飛ぶが落とされる。

 

 

アイ「塩と砂糖って…間違えるよね」

ツクヨミ「え、急に何?」

アイ「どっちも白くて…サラサラで…」

ツクヨミ「だから何の話?もうコーナー始まってるけど?」

アイ「うん、知ってるよ。選択って大変だなって話をしてるだけ」

ツクヨミ「砂糖と塩を間違えた話と彼の選択の話は全く別だと思うけど」

アイ「同じだよ!同じ失敗談だもん!」

ツクヨミ「どこをどう見たらそうなるの?」

 

アイ「そういえばあの後ルビーはどうなったの?」

 

 あの後硝太が行方不明になった後のルビーについて気になるアイ。硝太がなにか手を加えたのはわかったが詳しくは知らない。

 

ツクヨミ「え?あー斉藤硝太と雨宮吾郎に関する記憶を消された…ぐらいかな」

アイ「ぐらいって、大事じゃん!」

ツクヨミ「彼最初の頃言ってたじゃん。死んだら悲しまれるから忘れられればいいって。だからコレは彼にとって最前の選択って訳」

 

 詳しくは#48を見直してください。

 

アイ「…ばか」

ツクヨミ「はい、そんなことはいいでしょ」

アイ「良くないもんっ」

ツクヨミ「こんなことになった原因は戦いを冷静に見すぎたことだね。偶には少し穿った目で見てもいいんじゃない?」

 

 

_人人人人人人人人人人人人人_

> 星の砂×1を受け取った! <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄

 

アイ「私、やっぱり硝ちゃんが心配だよ」

ツクヨミ「でもどうこうすることはできない。私たちはそういう生き物なんだ、諦めて」

 


 というわけで今回は前話までの戦いでルビーに火の粉がかかっていたら──というお話でした。次回は前話の続き、硝太が勝った話で行きます。

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