戦闘を続けていた硝太と『世界の端っこ』。
姿を見せた魔女、狂気に支配された硝太──それを全て打ち破るアイの声。
「はい、じゃあお願いします」
行動不能になった『世界の端っこ』のメンバーを隠して一旦気絶している会場のスタッフ達を纏めた硝太が次に行ったのは
「なにこれ」
ツクヨミに連絡しようと思ったがそれより前にいつの間にか彼女が来ていて呆れながらも壁などの補修に取り掛かっている。一度見たことがあるとはいえあれだけの何かと便利な能力なので欲しくなる。
「僕が聞きたい」
「やったの君じゃないの?」
一旦補修を終えたツクヨミは破壊規模を確認してどれだけ激しい戦闘があったのかを想像する。戦闘不能になっている『世界の端っこ』のメンバー数からしてこんな狭い場所で起こって建物に影響が出なかった辺り硝太が周りを気遣って戦っていたのがわかる。流石に建物に影響が出るほどのダメージがあればツクヨミも治しきれないツクヨミの補修はあくまで■■■■であって実際に壁を治しているわけではない。当然限界があり、それはツクヨミも大まかには把握しているが実際の限界値はやってみないと分からない。そういう意味では硝太のインスタントバレットで破壊規模が小さかったのは運の善し悪しではなく彼の技量と考えた方がいい。
だとしても暴れまわったことに変わりは無いのでツクヨミの心境は穏やかではない。そんなツクヨミの心の機微に気づくはずもなく顎の辺りに手をやる。
「覚えてないんだ。多分そこで転がってる女のインスタントバレットだと思うけど──ただ」
「ただ?」
「アイさんの声が聞こえた気がする。兄さんにいい報告ができそうだ」
硝太は戦闘中の記憶を一部消失している。実際勝っていることを踏まえると意識が無くなったのではなく、戦闘中に何かしらの術でその時の記憶を失ったと考えるのが自然。その証明か先程から左脚のアキレス腱と肺のあたりが突き刺すように痛い。恐らく肋骨が何本かヒビが入り、アキレス腱は脚は問題なく動くので完全に切れたわけでないが筋繊維の一部にダメージが入ったと考えるのが自然。アキレス腱の方は物理的に攻撃されたからと言うより負荷をかけすぎたせいで壊れたものなので戦闘はそれなりに長時間だったと思われる。その術は普通に考えるのなら敵のインスタントバレットと見るだろう。
だがツクヨミは冷ややかな目を硝太に向ける。それは硝太の記憶が無い理由が何となく想像できたからである。アイの声が聞こえた、それは硝太の幻聴でなければおそらく──■■の■にある■■■■。硝太は答えに辿り着かないように自分でかけた制限だろう。
「君らしくない呑気さだね。『世界の端っこ』でしょ?魔女もいるし、喧嘩売った訳でもない相手に仕掛けられた、それも今回は情報戦において相手の方が上手だった」
「アイの声が聞こえた気がするから母の生まれ変わりを望む兄の望みが叶えられそうだ」とでも考えているのだろうか。いつも警戒をし続けている硝太らしくない呑気さにのまれそうになるがツクヨミは要点を忘れることは無い。
『世界の端っこ』はこれまで敵対的な行動をとっては来なかった。一応、高千穂で出てきて雨宮吾郎に手を下した魔女がいるが基本は第三者の立場でこちらを観察していた。フリルのストーカーの時も硝太の動きを制限したのには悪意があっただろうが、直接手出ししてきた訳でもない。これまでお互いに目の上のたんこぶではあるが手を出す必要はない、というギリギリの環境にいた。そんな相手が急に硝太を攻撃、それも殺意をもって殺しに来た。まだ学校や通院している病院といった、硝太が普段行動する範囲内なら理解できる。しかし今回彼らが仕掛けてきたのはライブ会場、それも北海道という移動するだけでそれなりの時間がかかる場所だ。
「移動自体は諸木のインスタントバレットで短縮できると思う、情報は魔女が未来を見て教えた、と考えるのが自然だろう。ライブ開催には僕のインスタントバレットは絡んでない。今日リハするのも読めてた」「それは方法でしょ?動機は?」
「そんなの
硝太の言う通り、諸木亮太のインスタントバレットなら誰かが一度この場所に行けばいいので魔女から話を聞いた時点で『仕掛け』を作って置けば移動時間を実質ゼロにできる。交通費、準備時間は『仕掛け』を作る片道分でいい。魔女もツクヨミのワープに似た移動方法を持つので同様に可能。硝太も『世界の端っこ』を監視している訳では無いので実行すること自体は簡単にできる。
問題は何故このタイミングでしかけたのか、そもそも何故硝太を襲ったのか、である。『世界の端っこ』なら硝太を襲うタイミングなんていくらでもあった。『仕掛け』さえすれば移動時間を考えずに襲うことができるが、逆に言えば『仕掛け』をする必要があり、彼らの行動が突発的なものでないことがわかる。ただ殺すだけなら他の生徒がいる陽東高校でやった方が硝太の動きを制限できる。殺しこそしていないが会場のスタッフに手を出しているということは今更一般人を巻き込まないようにセーブするという手合いでもない。
とはいえ起こってしまった以上硝太とツクヨミであれこれ考えてもしょうがない。
それはそれとしてツクヨミは気絶している『世界の端っこ』のメンバーの顔と人数を確認するとため息をつく。
「2人ほど、逃がしてるようだけど?」
「それは済まない。藤波がまだ動けるとは…いや、諸木か。案外僕の記憶もあいつのせいかもな」
2人、硝太が以前から知っている『世界の端っこ』のメンバー藤波木陰と諸木亮太の姿がない。少なくとも硝太は藤波を蹴り飛ばした記憶があり、作戦の性質上移動するために諸木は確実に関わっている。その相手がこの場にいない。今捕まえてるメンバーほどでは無いが高い攻撃力を持つ藤波と放置するだけ厄介な諸木を逃がしたのは痛手ではあるし、硝太のミスだと言える。残った彼らに硝太を倒せる力があるとは思えないがいくら数が減ろうとインスタントバレット、ヤケになって暴れられたりでもした日には相当な被害になるのは簡単に予想ができる。
一応藤波は相当な手傷を負わせたのでしばらく戦線復帰は難しい。それでも蹴り飛ばしただけなので下手したら今日のうちに再び動けるようになる。諸木の移動能力と合わさると何をするか分からない。とはいえ、戦力バランスは崩れた。
「とりあえず私は帰るよ、
「助かるよ」
ツクヨミも同様のことを考えたようでしばらく八咫烏の数を増やしてルビーたちの護衛は続けるがそれ以上の行動はしないと決めた。これ以上はインスタントバレット同士の話、つまり
「さて、と」
ツクヨミが居なくなったのを確認して硝太は身体を伸ばす。この状況から諸木が仕掛けてくる可能性は低い。考えられるのは気絶させたメンバーの回収だが逆に言えばそれ以外はあまり考えなくていいのでナイフをいつでも出せるようにしながら
『世界の端っこ』のメンバーを
すると硝太のポケットに入れたスマホが震える。
「あれ、お母さん?」
スマホを出すと発信元の名前にミヤコの名前がある。しばらく1人で行動しているので流石に不審に思われたか。言い訳も使えないことだしどうしようか、と思いながらもミヤコには自身のインスタントバレットと同じインスタントバレットが事件を起こしていることはバレているので今回の件を隠し切るのは不可能と判断。硝太はスマホのボタンを押して通話を開始する。
「もしもし、お母さん。僕だよ──え?」
どこにいるのか、何をしているのか。そんなことを聞かれると思っていた硝太に通話越しから聞かされたのは驚きの内容だった。
「姉さんが──いない?」
◇◇◇
夢の中にいる時は基本的に夢だと気づかない。論理的な思考が落ちているから、感情主体になっているからで、それに気付いた時に見た夢のことを明晰夢という、とアクアが言っていた気がする。
今のルビーはまさしくその状態で今の状態が夢だという自覚がある。そのくせ今いる場所は遠い記憶の何処か──例えばアイと過ごした家や天童寺さりなのいた病室──ではない、記憶に新しいライブ会場。
「えっと、私なんで夢見てるんだっけ?」
明晰夢だとわかっても寝る直前の記憶がないのはとても夢らしい。確かライブのリハーサルがあって途中で中断して休憩していた、気がする。実際はリハーサルも終わってライブ前日の夜に寝ているだけかもしれないし、なんならライブがそもそも終わってるかもしれない。これといって掴みどころがない。
「じゃあもう起きないと」
とにかく、そんなことは起きて見ればわかることだ。夢なので起きてしまえば記憶もなくなるかもしれないがそんなことどうでもいい。「起きろ、起きろ」と頭の中で命じてみる。しかし夢の中でいくら念じようと起きることは出来ない。体は動くので試しに自分の体をつねったり軽く叩いたりしてみるがその辺はテンプレ通り当たった感触があるだけで痛くは無い。
起きないのなら仕方がない。出番があれば周りの人が起こしてくれるだろうし、ここは何もせずにただ起きる時を待った方がいい。
久しぶりにぼーっとしながらルビーは目が覚める瞬間を待つ。考えてみればここ最近は動画の撮影やらライブ準備やらで忙しくぼーっとする暇は無かった。ルビーは特にB小町のセンターなので他のメンバーより必然的に仕事が多い。MEMちょは本業の動画投稿、有馬は女優としての仕事があるので一概に言えた訳では無いが隠れて行う壱護との連絡が大変だったぐらいには忙しかった。しかしその甲斐もあって苺プロにはバレずに鏑木勝也を呼び出すことに成功した──筈だ。記憶が正しければまだ目的の企画書はまだ渡していないが用意はしてある。ライブを見てもらって企画書を渡すぐらい硝太たちに隠れながらでも出来るので問題はない。その準備にかなり忙しかった。
「でも、これが一番早いんだ。ママとせんせを殺したヤツを見つけて、硝太を守るために」
ルビーがこれだけのことをやれたのは何もアイドルになりたいという前世からの熱い思いがあったから、という訳では無い。
全ては前世からの初恋相手、大恩のある雨宮吾郎を殺した相手を見つけること。そして守るべき弟を血なまぐさい場所から遠ざけて守る為。その為に夢だったアイドルを道具にしてでも戦うと決めた。殴ったり蹴ったりといった暴力では勝ち目はないのは当然だが硝太と「俗事はやる、逃げたら許さない」と約束をしてしまったので取れる手段はこんなものしかない。それでもルビーは斉藤壱護を使ってでもアイドルとしての高みに辿り着く。
「そうだよ、私は…」
「ルビー」
私は、せんせを殺したやつを殺さないといけないんだ──そんなことを言おうとした時、途中から誰かに声を遮られる。声のした方向を見るとそこには硝太が1人、舞台の壁に背中を預けながら立っていた。
いつも一緒にいる家族なのだから夢に硝太が出てくるのはおかしくない。しかし身長や体格が記憶通りなくせに身につけているものだけは記憶とは違っている。いつものジャージ姿出なければ陽東高校の制服でもない。神社の神主さんのような白い和服に拳10個分程の長さの刀を腰にぶら下げている。当然そんな服や刀を見たこともなければ硝太がそんなものを身につけていた記憶もない。夢は記憶から出てくるはずなのに、見覚えのないものが出てくるのはおかしい。
「硝太?」
「悪いね、ちょっとお節介をしたくなったんだ。」
硝太は下手な笑顔を見せると壁を軽く蹴って目の前まで飛ぶように歩いてくる。硝太の声は記憶から何一つズレていないいつもの声だが口調や視線が、少し違う。どことなくいつもの硝太より大人っぽくて、まるでせんせのような大人が硝太のフリをしているようにも見える。
偽物を一瞬疑う──が、今目の前にいる硝太の正体をすぐに理解した。幼い子供の容姿に大人のような雰囲気を醸し出す人は彼ぐらいしかいない。普通に考えたら存在するはずないのだからここは夢の中なのでそういった無法も自然と許せてしまう。ルビーの口角が自然と緩む。
「お節介って、何?」
「んーそうだね。夢を覚ます、なんて言うと文字通り夢が無いな。そうだね。ここはすこし格好つけて『禊』とでも言おうか」
「禊って、なにそれ?」
変に格好つけた言い方まで記憶通り。格好つけて、なんでわざわざつけているが本人的にはただかっこいいことをしたい以上の意味はないのだろう。行為として必要性は感じるがそれはそれ、これはこれ。
ルビー自身忘れそうになっていた、忘れかけていた記憶が思い出されて先程まで考えていた内容が嘘のように笑顔を見せてしまう。あの時間は一瞬一瞬が楽しかった、前世では得られなかったものが全てあるような望みが全て叶った嘘のように都合のいい時間だった。
「笑ってくれるな。これでも親父らしいことがしたいんだよ。同い年でも、血が繋がってなくても。2人の父親が擁護できないクソ野郎なんだ、親父の仕事ってのを奪っても許される、だぁろ?」
「やっぱり、そうなんだ。今の硝太は──」
本来弟であるはずの硝太が父親を名乗ろうとする。普通に考えれば急に頭がおかしくなったのか疑ってしまうところだが今の硝太は頭がおかしくなったわけではない。元から頭がおかしい子、だと言われてしまえば言い訳できないが。
「おっと、明晰夢ってのもいい事ばかりじゃない。今のルビーなら尚更だ」
今の硝太の状態について聞こうとしたがその途中で硝太が指で口を止める。ルビーが今の硝太が誰なのかもうバレていることは硝太目線でもすぐに分かる。それでも止めるということはバレることが問題なのではなく、それを口ちしてしまうことが問題ということだろうか。ルビーは夢の中でしかありえない状態の答えを胸の中に隠すことにした。
「今の僕は何かと不安定でね。解離性障害…とは少し違うけど状態としては似たようなものなんじゃないかな?知らぁないけど」
自分の中で納得できる言葉を探そうとしているのか少し考えた様子だったが途中で諦めたらしく、適当なことを言っている。面倒くさがりというか、基本適当なのは性分らしいが説明を放棄されたら一番困るのは
「…よくわかんない」
「それでいいよ、うん。そっちの方がいいよ」
誤魔化す事もせず、満足そうに微笑む硝太。ゆっくりと刀を引き抜くと適当に空を切るように振っている。
神職みたいな服装のおかげか刀を適当に振っている姿が妙に似合う。それが何故か不服で文句を言ってみる。
「あっぶないなぁ」
「仕方ないよ。僕の魔法はあくまで形に効果が乗るものだから。じゃあルビー、最後になんか確認したいことってある?」
「──魔法?」
「どうせ夢の中だから何が起ころうとどうでもいい」そう考えていたルビーだったが硝太の言葉に現実に引き戻される。硝太が「魔法」という単語を使ったのはそれこそ高千穂の事件の後の時だけ。自分のことを魔法使いと言っていた硝太だが魔法で何ができるのかについては硝太から聞いたこともなければ尋ねた事も無い。尋ねてしまえばこれまでの関係が全て壊れる気がして聞けなかったのだ。そんな硝太が夢の中とはいえ自分の魔法についてルビーの前で言及したのは初めて。ルビーにはその意味は分からないが本来夢の中の記憶でしかないはずの硝太がルビーが知らないことを喋る事実が引っかかる。このまま硝太と話をしていればほかのこともポロッと喋ってくれるのではないか、とすら考えてしまう。
「この状態のことは僕も詳しくないんだよ。この服も刀も僕は知らない。僕が知ってるのはあくまで今の僕は肉体を持った身体じゃなくてカタチを持たない精神世界から漏れ出た残穢のようなものだってこと。簡単に言うなら幽体離脱かな?ただ出ていってるのが『斉藤硝太』の一部──きっと本物の僕は今頃解離性遁走に似た状態になってる」
「そんな!」
「別に一時的なものさ。
先程適当に言っていたりと誤魔化そうとしていた説明をされてルビーは先程までの認識が甘かったのを理解した。ここはただの夢の中、起きたら全て無かったことになる、起きていた頃の記憶を整理しているだけの時間だと思っていた。
だが今の硝太は彼曰く斉藤硝太の一部。突き詰めて言うのならば──アイが亡くなるまでの硝太。見た目はアイが亡くなってから変わってないので全部記憶通りだったのだ。ルビーは先程まで自分の中の記憶にいるアイが死ぬ前の硝太だと思っていた。しかし硝太の言葉を信用するのなら──
──今の硝太はアイが死ぬ前の硝太が、過去の硝太がそのままそこにいる。
3歳児にしては大人びた口調に態度はなんならあれから10年以上経っている今の硝太より年上にすら見える。父親を名乗るような男だからか、それともそうな乗れるように大人になったのか。それについては卵が先か鶏が先かという話だが大切なのはその時の硝太の視点が何処にあったのか。
間違いなく、硝太の目はアイを向いていた。今となっては世界そのものより守ろうとしている母親のミヤコさんよりもアイを見ていた。それもアイドルとしての彼女ではない。弟として、一人の少女としてのアイを見ていた。前世ではB小町のアイを生きる理由でもあった輝きの一つとしていたルビーですらその時の硝太とアイの関係に邪魔を入れることができないほどの関係だった。つまりその時の硝太は
「…今の私ってママになれるかな?」
最早言うまでもないがルビーにとってアイドルとしての完成系はアイである。
ネットの勢いも今程なく大手の寡占状態だったアイドル業界に大手アイドルグループの出身ですらないB小町が人気を得てきた、という理由もないことは無いが理由としては弱い。
ルビーがアイに憧れたのは大きな舞台の上でアイが誰より輝いていたから、キラキラしていたから。アイドルをやっていれば苦しいことや辛いことなんて吐き捨てるほどある。それを全て隠して、ファンには笑顔を見せる。その笑顔や歌がファンに取っての生きる糧になる。アイは、あの舞台の上で誰より輝いていた。そんな彼女になればアイを殺した相手に近づくことも容易に出来て、今の硝太を止めることもできる。
だが、それを聞いた硝太の目は冷ややかだった。ミヤコさん譲りの赤い瞳からハイライトが消えると共に表情も消える。当然だ、硝太にとってアイが誰にも譲らない存在。娘だとしても同じになりたいなんて願う存在を好意的に受け取れるわけがない。このまま刀で切り殺されてしまう結末も、容易に想像出来る。それでも折角夢をみて、目の前に誰よりもアイを見ていた男がいるのだから聞かずにはいられない。
「どうだろう。状況は似てるけど…いや、無理だ。どれだけルビーがお姉ちゃんに近づこうと、一緒になることはできないよ」
「そう、だよね」
硝太はハイライトの消えた目でこちらを見ると顎に手をやり少し考える。少し考えて出てきた回答はある意味平凡でありながら、予想通りの彼らしい答えだった。当然の帰結にルビーは肩を落とす。分かってはいた、硝太が本物であるからこそ、ここでルビーが求めた答えが帰ってくることはない。
ルビーを見て硝太は少し罰の悪い表情を見せる。嘘が苦手なのは生まれつきのものなので今の硝太の表情が全てを物語っているとわかる。少し待ってから、諦めたようで硝太はため息混じりに言葉を続ける。
「でもルビーの気持ちは大まかに把握した。その上で1つアドバイスだ。お姉ちゃんは見る時はそんなに難しいことを考えない方がいいよ」
「え?」
「だってそうだぁろう?他人に全てを把握されるなんてことそもそもありえないんだから。人って意外とキャラクターを持つものだよ?そして本質もそれに影響を受ける。人は群れで生活する生き物だから、魂だけで人間性は決まらない。母親に甘やかされ続けた子どもが未だに子供の性格をしているように、ね」
硝太は再び刀を抜く。傷一つ内刀身が何処かから差し込んだ光を反射して輝く。
硝太の言い方はまるで今の硝太を追い詰めるような、今の生き方を反省するような言い方に聞こえる。3歳児が大人なばかりに16歳が子供なのが許せないのだろう。誰がなんと言おうと自分なのだから尚更だ。
「必要なのは時間でも考察力でもない、単なる感受性の問題だよ。エンパスだって人の感情に共感すると言うけど感情は自分由来だろ?痛みを知らない人間は他人の痛みを理解できない。幸せだって無ければ不幸がないのと同じさ。人を理解するならまずはそのサンプルを受け取らなくちゃいけない。それは今のルビーが経験して、積んでいくものだ。その上でアイの経験を積めばいい」
「ママの…経験?」
「さすがに干渉しすぎた。原因を切り殺したい所だけど、困ったことに自分の顔しか出てこない。反省も後悔もしたところでマッチポンプだぁな、これは。今のルビーの瞳はアイより酷いよ。復讐心ってね、己を燃やす炎なんだ。火力は高いけど、燃えてる対象が自分だから思ったより長続きしない。心を壊すぐらいなら──」
ルビーに背を見せると硝太は刀を振るう。すると硝太の刀が空間を捉えた。何も無いはずの場所にヒビが入る。柔らかくも脆い不思議な感触。刀が入った場所からヒビが生まれて動かす度に穴が広がるようにヒビが広がる。
「それでも、君は進むんだろう。ルビー、過去の母と決別し、恩師の痛みを乗り越え、その痛みを仮初のカサブタで隠す。流石はアイの娘だ。──ほんっと、後悔ばかりだよ。もう少し時間があれば君とアクアマリンがこうなることは無かっただろうに。不器用というか一歩足りないのはなのは
硝太の背後の世界が割れる。叩き割った鏡のようにヒビがつながり、大人よりふた周りほど大きい穴が突如現れる。そこから掃除機のように穴の方へと風が吹く。硝太の投げた刀は穴の中に吸い込まれて消えていく。それを見届けもせずに硝太は再びルビーの方を向く。
「硝太──」
「まぁ過ぎてしまった時は戻らないんだ、僕にルビーの夢を制限する自由はないよ。癪だけど、本当に癪だけど、ここからは未来の僕に託す。だからルビー、人生楽しめよ。経験を積み立てる工程そのものにだって人は心を動かされる。努力で咲く華なんて誰もが夢見るものじゃないか。『推し』を応援するってのはそういう気持ちが大きい、って僕は思うな」
そう言い残すと硝太は穴に吸い込まれて消えていった。影すら残さず、最初から何も無かったかのように消える。文字通り夢のようだった存在だから呆気なく消えてしまうのは必然だが少し寂しい。もう会えないかもしれない、と自然に考えたから。
「きゃっ──」
そして穴は広がり、ルビーを巻き込み──呆気なく消えた。
◇◇◇
「姉さん!」
「ん、むぅ…?」
硝太の声が聞こえて重たい瞼をゆっくりと開ける。先程までと比べて頭が重くてボーッとしている。辺りは暗く、高千穂の夜道を思い出させる中で懐中電灯片手に硝太が呆れた表情をしているのだけが見える。
「硝、た?」
「はぁ…何してんの、舞台袖で寝てるなんて」
「え?」
硝太に言われて改めて周りを見回すとそこは硝太の想像通り、ステージ脇の待機場所だった。ステージの方から人工の光が差し込んでいる。身体を起こして状態を確認する。どうやら寝起きで身体がまだ疲れていることだけを除けば何も問題は無いようだ。しかし記憶に連続性はない。どれだけ思い出そうとしても最後の記憶が機材にトラブルか何かがあって楽屋で待機していた記憶になっている。寝るとしても楽屋の中のはずなのでこんなステージ袖にいるはずが無い。
「ほら髪も乱れちゃってるし…衣装着てなくてよかったよほんっと。」
困惑しているルビーを他所に硝太はルビーの髪をすぐさま整える。今日はリハーサルなので本番用の衣装はつけておらず運がいいのか化粧も崩れてないので髪を整えてしまえばすぐに元通り。
「私、なんでここに…」
「知らないよ、僕は。ただヘルメス…外にいたカラスが姉さんが楽屋からどっか行ったって言ってたから探しに来ただけ。スタッフの人達の邪魔になるしさっさと戻ろ?」
「う、うん…」
硝太もここで寝てる理由を知らないというのなら知るものは誰もいないのだろう。気にはなるが大きな問題という訳でもない。ルビーは硝太に従って楽屋に戻ることにする。
硝太に差し伸べられた手を取って立ち上がる。その時、眠っていた記憶がふっと蘇る。先程までの夢──と言っていいのか分からない不思議な時間、アイが死ぬ前の硝太と会って話をした、なんて普通の人が聞けば頭がおかしくなったのかと思ってしまう記憶。ルビー自身も信じられないがその時に硝太に言われた言葉が嘘だったり、ルビーに都合のいい幻のようには見えない。
『どれだけルビーがお姉ちゃんに近づこうと、一緒になることはできないよ』
『お姉ちゃんは見る時はそんなに難しいことを考えない方がいい』
硝太の出したアドバイスの意味はなんなのか、今のルビーには大まかに予想することはできてもこれだと言える答えはない。だが何もないのと比べたら大きな進展のように感じる。
「ねぇ、姉さん」
硝太に連れられ、ステージから出て楽屋の方へと歩く途中、背中を向けたままの硝太がポツリとつぶやくように聞いてきた。
「何?」
「ここで寝る前に誰かに会ったりした?」
いくらルビーが適当な人間とはいえあんな場所で寝ることなんて考えられない。あれは寝ていたのではなくて、何らかの原因で気絶していたと見るのが自然な発想だろう。硝太は口にこそ出さないがそう考えていることをルビーも把握している。
その上で、ルビーは寝る直前の記憶はほとんどなく。大したものも夢の中の記憶しかない。そしてその中にいたのは───過去の大人っぽい硝太。
「…ううん。誰も」
昔の硝太に会ったよ。そんなことをいえば魔法使いの硝太は何かしらの魔法の可能性を疑うだろう。ルビーだってそう考える。実際はどうか知らない。危険な魔法使いがまだその辺でのさぼっている可能性は捨てきれない。それでもルビーは嘘をつくことにした。過去の硝太の言葉を今の硝太に聞かせたくなかったから。その事実を覆い隠すことにした。
「…そう」
ルビーの答えに硝太は不服そうに答える。その右の瞳は過去の硝太とは全く違い、青い輝きを放っていた。
だっ誰だこのイケメン…まさか硝太、だと!?いつもの死にたがりショタが嘘のような男の子が出てきました。尚見た目は服装や身につけてる武器を除くと完全に一致している模様。
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イケメンモードの硝太はこの物語だと意外と重要人物です