【硝子玉の子】   作:みっつ─

158 / 161
前回のあらすじ
B小町の北海道ライブは滞りなく進む。


#133 ウルトラC

 B小町のライブが終わり、観客たちは順番に会場から出ていき、物販店でB小町のグッズを買ったり感想をSNSに呟いたり等思い思いの時間を過ごす。B小町のメンバーもそれは同じ──と思いきや楽屋に戻った彼女達は軽くメイク直しと衣装直しを行った後は芸能ニュースの取材に答え、それからやっと衣装を脱いで休憩が出来る。

 

「みんな、お疲れ様」

「ありがとー」

 

 衣装を脱いで私服に戻るとMEMちょと有馬はSNSでの反応を確認している。現代のアイドル、というより芸能人としてはファンのリアルな反応を知れる場所としてSNSを重宝しているのだろうが少し味気ない気もする。

 

「姉さんは?」

 

 硝太は3人の飲み物を今日に片手に持って有馬とMEMちょに近づき飲み物を渡すと次にルビーに渡そうとするがルビーの姿が見えない。トイレにでも行ったのだろうか。

 

「トイレ行ってくるって言ってたよ」

「昨日みたいに迷子になってないといいけど」

「…うん、そうだね」

 

 昨日、ルビーは硝太を探して迷子になったと聞いている。実際硝太はその間『世界の端っこ』と戦闘をしていた。ルビーは戦闘に巻き込まれることなくステージ横で寝ていた、というのが硝太の知っている情報。もちろん、ただ硝太を探しているルビーがステージ横で勝手に寝るようなことは有り得ない。何かあったのだ。ルビーが一人でいる時に彼女の身に何かが。そしてルビーはその事を覚えていない。完全に忘れているのならいいがおそらく何かを隠している。硝太にバレると都合の悪いもの、と考えるとどうしてもインスタントバレット絡みのことを考えてしまう。

 

「迷子って言ったらアンタが1番不安だけどね」

「え?なんで僕なんです?」

「そりゃあ硝ちゃんが一番危なっかしいからだよ。ルビーなら迷ったら来た道戻れば済むけど硝ちゃんは来た道忘れちゃうでしょ?」

「3歩歩いたら記憶が無くなるニワトリじゃないんだから」

 

 ルビーの心配をする硝太を他所に有馬とMEMちょは硝太こそ不安だと言ってしまう。MEMちょが冗談めかして言った理由も、口では否定するものの心のどこかでは正解なのではないかと思ってしまう自分もいる。

 実際戦闘の記憶も半分ほど無くなっていてその時何が起こったのか推測しかできない。ルビーの記憶喪失がその時の硝太の行動に結びついていないことを願うばかりである。

 

「じゃあ僕は姉さん探しに行こっかな」

「大丈夫?迷子ならない?ついて行ってあげようか?」

「いいよいいよ、迷子になったら有馬先輩にレッカーしてもらうから」

「なんで私なのよ!」

 

 何はともあれルビーが今ここにいないのはあまり宜しくない。戦力の大半を失ったと思われる『世界の端っこ』がルビーを狙う可能性は捨てきれない。何羽か八咫烏を護衛につけているが室内、それも閉鎖空間のような場所だと烏は手を出しづらく、敵がインスタントバレットの場合長時間戦える訳でもない。安全が確認できるまでルビーの個人的な時間は短くしておきたい。

 有馬とMEMちょとの会話を終えて硝太は楽屋から出て気配を探る。観客達がまだ会場近くにいるせいもあってルビーの気配を追えない。

 

「姉さんの場所分かる?」

「カァッ、カァッ」

 

 楽屋を出て直ぐに飛んできた八咫烏、最初にツクヨミから譲り受けヘルメスと名付けた個体にルビーの居場所を聞くと元気に返事をする。軽く手を振ってルビーのいる方向に飛ばしてみると客席の方へと飛んでいく。追いかけてみるとトイレも通り過ぎて先程まで芸能記者がインタビューをしていた部屋の入口前に止まる。そしてこの先にいる、と示すように小さな声で二度鳴く。

 

「カァ、カァ」

「ここか」

 

 インタビューに使われていた部屋はどこかの会議室のような部屋でここ2日間インタビュー以外使われていない。ルビーの個人的なインタビューも終え、芸能記者は記事を作るためか足早に帰っていった。もうこの部屋には誰も居ないはず。八咫烏の視線を切った密室空間。何者かが仕掛けるならタイミングとしては都合がいい。ナイフの位置を再確認してすぐ引き抜けるように待機させた状態で声をかけながら扉を開ける。

 

「姉さん、こんな所で何を──」

 

 そこにはヘルメスが示したようにルビーがいた。衣装こそ脱いでいるが二人よりカッチリとした、まるで偉い人と会う時のような服装。そしてその正面には見覚えのある男が一人。しかしその男とは『世界の端っこ』でなければcolorful(カラフル)でもない。龍珠組のようなヤクザでも警察組織でもない。少し寄れたスーツにボサっとした髪。以前見た時より気の抜けた見た目になってはいるが間違いない。

 

「おっと、久しぶり。1年ぶりかな、小さいボディーガード君。」

 

 男──鏑木勝也は硝太の存在に気付くと挨拶がわりに軽く手を挙げる。表情は気が抜けており、アクアマリンと相対した時のような大人らしさはない。しかし目の前にいるのはアイと過去に何度か仕事を紹介したことがある名うてのプロデューサー。今のルビーの接敵していい相手では無い。

 

「鏑木勝也」

 

 ルビーと鏑木の間に差し込むように入る。警戒対象ではあるものの即攻撃しなければならない対象ではないのでナイフは抜かず、間に入る以外は何もしない。だが相手は生身の人間。硝太がその気になれば瞬きより早く首と胴を切り離せる。

 

「ちょっと硝太、失礼だよ」

 

 硝太の動きと真意に気付いたルビーは硝太の肩に手を置き、力ではなく言葉で諌める。実際硝太が失礼なのは置いておくとしてもルビーに止められたことに硝太は驚きを隠しきれず右目の青い光が一瞬で消える。

 

「姉さん、こいつは…」

「私が呼んだの」

「え?」

 

 右目の青い光が消え、殺意の薄れた硝太に畳み掛けるようにルビーは鏑木を呼んだのは自分だと言う。一応JIFにB小町の枠を差し込んだ主犯は鏑木なので呼べるだけの繋がりはある。だが硝太の目線ではルビーがわざわざ鏑木にしっぽを振る理由がない。

 

「ああ、ルビー君にライブを見てほしいって言われてね。JIFの件もあるし、優秀な投資対象だから来たってわけさ」

 

 だが鏑木がルビーの言葉を肯定したことで理由がなんであれルビーはわざわざ北海道のライブにドルオタでも友人でもないただのプロデューサーである鏑木を呼んだことが確定した。

 鏑木はルビーのことを「投資対象」と言っていることからビジネスの気配こそ感じるがルビーはそんな上手い掛け合いができるわけが無い。まるで自傷するかのようにアクアマリンの真似をしているのがわかる。

──ぬかった、この男がライブにいることを感知できなかった。

 『世界の端っこ』の件があってライブ中もアンノウンが出ないか警戒していた硝太だが鏑木の存在を感知できなかった、というより鏑木として認識できていなかった。インスタントバレットのような物理的な脅威の方に意識が向いたため鏑木のような世間一般的に見ればいい大人が他の一般人の混ざっても区別ができなてなかったと思われる。

 

「そう怖い顔しなくてもいいよ。僕だって別に君達兄妹に悪いことをするつもりはない」

「よく言う。あかね姉ちゃんを放ったこと、忘れたとは言わせない。──あかね姉ちゃんは兄さんの恋人で、僕の家族なんだ。家族にそんなことをするやつの言葉を信用しろって言うのか」

 

 気軽に接してくる鏑木に「今ガチ」の黒川あかねの自殺未遂を持ち出す。あかねの自殺未遂に鏑木は直接関係している訳では無いので言いがかりだ、と言われてしまえばそれまでだがそんな常識で硝太が止まるわけがない。黒川あかねは星野アクアマリンの恋人なのだから彼女を傷つけるということは硝太の家族を傷つけるのと同じ。一度やったことを二度目はやらないと言って信用できるわけが無い。

 

「その件は僕も責任を感じていてね。だから二人には優先的に仕事を振ってるんだ、僕が言うのもなんだけど」

 

 変わらず怒りを向ける硝太を一人の子供として扱い、軽くあしらう鏑木。冷静で、相手とちょうどいい距離感を保ち、衝突を避ける。大人として正解であるはずの反応だが今は硝太の機嫌を悪くすることにしかなっていない。

 

「硝太、いい加減にしなさい。すみません、この子にはキツく言っておくので」

「構わないよ、これぐらいの年の子はそういうことも多いから──いや、この場合は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言った方が正しいかな?」

 

 今度こそルビーは硝太の量型を掴んで力一杯引いて下がらせようとする。実際は硝太の力の前にはルビーが体重をかけようとピクリとも動かず、硝太はただ棒立ちのまま鏑木に鋭い目を見せるだけ。

 そんな硝太に鏑木は表情を変えることなく、硝太の人としての地雷を踏み抜きながら、鋭い指摘を返す。傍から聞けば発言としては鏑木の悪意こそ見えないが事情を知っているルビーとして黙っていられる言葉では無い。

 

「父親?」

「待ってください、この子に父親はいないんです。ずっと生まれた頃から、私達とお母さんのミヤコさんしかいなかったんです」

 

  父親のワードを聞いて硝太は先程の「怒り」が少し「疑問」に染められることで収まる。硝太も木の又から生まれたわけではない人間だ。父親を知らないとは言っても遺伝子上父親がいることを疑うわけがない。だがいまさら記憶のない硝太に、父親と自身を重ねるような言い方をする鏑木は別の国の言葉で話されているような錯覚すら感じる。

 そんな硝太とは逆にルビーが両目の黒い星をどす黒くさせて硝太の両肩に置いた手を強く握る。硝太に父親のことを言っても怒らないのは目に見えている。父親のことを何も知らないのだからそれをバカにしようと侮辱しようが硝太には怒る理由にはなれない。それが事前に知っていた当然のことだとしても実際にそうなってしまうのが悲しかった。

 

「それはすまない。でも君の怒りもそれで僕が嫌われるのも仕方ないことだと思ってるんだ。僕も実は父親でね、子供を持つとさ、色々思うことがあるんだ。だから君の気持ちもわかるし、苺プロの()社長の気持ちもわかる」

 

 鏑木の硝太の気持ちも、壱護の気持ちも分かるという言い方にルビーは更に表情を歪める。親に捨てられた子の気持ちが分かるというのは彼なりの優しさからだろうが壱護の気持ちが分かるというのはビジネスマンとしての損切りの判断だろうか。どちらだとしてもルビーにとってその発言は壱護の考えが芸能界では、というより常識として考えられないことでは無いことを示す。もし壱護の考えが普遍的なものであった場合、ルビーの中にある「どんな理由があろうと親は子を愛するものだ」と絶対的な価値観が消えることを意味する。

 

──もし、壱護が硝太を見捨てたのが()()の反応だとしたら。

 

 野生動物の話になるが親は自分の産んだ子供が育てられないと知ると食べてしまうことがあるらしい。育てられない子供にリスクを割くより次の子供を産むチャンスを作るために子供を見捨てたり、自らの血肉とする。厳しい野生の社会で生きていくための処世術と言ってもいいだろう。それが人間にも適応されるのであれば、壱護の言葉はほかの親にも受け入れられる。

 『元気に生きられない子なら、まともに生きられない子なら、育てるだけ無駄』

 ルビーの心の中で、そう誰かが呟く。天童寺さりなが見捨てられたのは、元気な体で生まれてこなかったから、病気があって普通の大人になれないと知ったから。そう考えれば筋が通る。天童寺さりなは愛されなかった、という結論が正しいものとして通ってしまう。

 

「じゃあ、これは僕の方でちゃんと見ておくよ。通るか通らないかは答えられないけど、これは言える。君みたいな子は強いよ。芸を磨いて評価されて、ってだけが芸能界じゃないからね。君は売れると思うよ」

 

 押し黙ったルビーを見た鏑木は少しだけ優しい声でそういうと硝太達に背中を見せて部屋を出ていく。ライブは終わったのだから彼がここに残る理由はもうない。物販にも立ち寄らず、その足で東京に帰るだろう。帰った先で書類の内容について精査が始まる。

 その書類の中身は壱護が考えてルビーが書いた企画書だ。一応鏑木にはルビーが書いたと言ったがもう裏にいる誰かの正体はバレているのだろう。壱護もその前提で動いていたと思う。大切なのは企画が良いものかか良くないものかの二択。良ければ鏑木は喜んでその案を通してルビーにオファーをかける。そうすればルビーは鏑木の持っている番組の中でも業界視聴率のいい「深堀れ☆ワンチャン」のレギュラーに組み込める。初期からひな壇にいる芸能人より余程目立つ立ち位置だ。そうなれば知名度も稼げて次の仕事に繋げるのも容易い。いい事づくめだ。

 親ではなく一人の大人として、一人のプロデューサーとして鏑木はルビーの仕事を評価した。ルビーは強い子だと、芸能界で生き残っていける確率が高いと。だがそれは同時にルビーの中の迷いになった、こんな嘘をついてもいいのか、本当にこれが自分のなりたかった姿なのか。それに答えを出してくれる人はもうこの世に居ないと知りながら、迷うことを捨てるしか無かった。

 

 ルビーがそんなことを考えているとは知らず、硝太は鏑木の持っていた紙に注目した。

 

──あれは、企画書か?鏑木の言い方からして姉さんが企画書を書いたってこと?

 

 何度も言うがルビーに「自分を売るためにテレビマンに取って面白いと感じるネタを企画書という形で提供する」と言ったことができる器用さはない。それができるのはどちらかと言うとアクアマリンの方だろう。アクアマリンなら企画書のひとつやふたつ夜なべして書いてきても不思議では無い。ではそれもそのひとつなのか、と言われると違うと思う。それなら鏑木が売れるというのはアクアマリンの方のはず。内容を見ていないので決めつけることはできないがアクアマリンが書いたのをルビーが書いたということにして渡すメリットは薄いと思う。アクアマリンの方が鏑木と会ってる回数も多く、プレゼンの機会も多くある。何より、今の精神状態のルビーに鏑木を接触させるのが危険なことなどアクアマリンは百も承知のはず。

 他にも考えられるのは可能性としてはゼロに限りなく近いと言えるが苺プロの職員が善意でやった可能性。もしくは、五反田のおっさんこと監督がやった可能性。苺プロの職員だった場合は社長令息としての権限を使って探し出すことはできるがリスクが大きい。可能性としては低いのだから母を通じて牽制するだけでいいだろう。五反田のおっさんの場合は、直接聞きに行くしかない。そして、硝太は五反田のおっさんがかなり苦手な部類に入る。アクアマリンの師匠と言われるらしいがアクアマリンの人としてダメなところを煮詰めたような大人で仕事しかできないダメ人間だと思っている。だがその上で人を騙すスキルは相当にある。個人で直接行ってもはぐらかされるか時間稼ぎされて終わるかの二択だろう。そうなれば増援を呼ぶしかない。

 

──こういう時はフリルが一番だな

 

 硝太の味方で芸能関係者に物申すことができるのはフリルしかいない。硝太はルビーの掴みから抜けるとスマホの連絡先の中にあるフリルを選んで電話をかけようとする。

 しかしその瞬間、1つの懸念が脳裏を過ぎる。

 

──これでルビーが売れなくなったら、どうするのか。

 

 ルビーの行為は「ルビーらしくない」が、芸能界で生き残る為に重要なのは鏑木の発言からも明らか。ルビーは「POP IN 2」のリリースから急激に売れ始めた。それはルビーの変化が世の中にとって()()ものだったと言う何よりもの証明。もしこのままルビーの変化を止めるなり元に戻したら今のルビーの調子を崩して売れなくなってしまう。そうなったら母の夢である「ドームライブ」も必然的に遠のく、というより実質的に不可能になってしまう。

 ルビーらしくない、が観客の求めるものなら少なくとも舞台の上でそう演じるのはアイドルとして当然の義務。それを放棄させてしまうのは硝太がアイドル「星野ルビー」を殺すことと同義になる。

 

──まだ姉さんは頑張れる。でも、もしもの時があったら──

 

 芸能界には疎い硝太だが兄姉の精神的な限界点はわかる。インスタントバレットで魂を見れる、ということもあって精度なら恐らくミヤコより高い。だが所詮大まかに知れる程度でルビーが負うダメージがどれくらいか、計算することが事実上不可能なので大した意味を持たせられない。現実はゲームではない、HPが1だけ残っていればすぐに全回復出来るわけでも行動保証ができる訳でもない。ダメージの振れ幅もその時の状態や空気感によって大きく変わる。何より、0になった後にやり直しは効かない。

 

 手を出すべきか、手を出さないべきか。その判断を下すことは、硝太には出来なかった。




鏑木とかいう有能大人枠。仕事はできるし大人としては間違いなくいい人なんだけど硝太にはかなり嫌われてる可哀想な人。
ルビーがそういう大人と仕事の話出来るようになったという成長とそうなってしまった事実。やっぱキッつい。

感想、高評価、お気に入り登録よろしくお願いします
鏑木からすれば硝太って壱護の息子って印象が強いのかもしれない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。