硝太、遂にフリルの目の前で狂う。
『世界の端っこ』への手がかりを失い、宙ぶらりんの形となった硝太はフリルに言われたように『世界の端っこ』の捜索とルビーの現状の解決をあえて放棄してルビーに付き添って彼女の負担を軽減することにした。
学校で共にいられる時間は少ないが家の中と仕事はできるだけ一緒にいる。母親であると同時に社長のミヤコの言葉でもあるのでこれを止める声が上がるどころか、それを不服に思うものや過剰と感じるものがいるはずもない。
これまでも続けてきたYou〇ubeの撮影に体力をつけるためのレッスン。動画の撮影は編集したものがほとんどだが定期的に生放送でファンの質問に答えたりゲームの実況をしたり、ある時を思い出すような苺プロのタレントが集まったホームビデオのような動画を撮ったりする。
そんな中その日のルビーにはこれまでとはまた違う仕事が来ていた。
「この度深堀りリポーターに任命された星野ルビー16歳!星野アクアの双子の妹でーす!いえーい!お兄ちゃん見てるー?今どんな気持ちー?」
アクアがレギュラーを勤めている番組、「深掘れ☆ワンチャン!!」。深掘りリポーターという名前のリポーターがその様子を伝えスタジオにいるアクア達タレントや芸人がツッコミ等の反応をしていく…というありがちな番組なのだが、その内容はかなり際どい。ギャンブルで大負けした人を探したり、ブラック企業の一発芸大会に侵入したり等の現代のテレビとは思えない放送ラインギリギリのものを取材していく。そのおかげもあってかネット番組でありながら視聴率はかなり高く、有名芸能人がひな壇に座ることも珍しくない。
そんな番組の深掘りリポーターにルビーが抜擢された。マイク片手に元気に名乗ってスタジオにいるであろう
──これが鏑木に仕込んだ企画書の正体…!
ルビーが渡していたのは硝太の予想通り企画書で内容は「深掘れ☆ワンチャン!!」のリポーターにルビーを就任するという内容だった。アイドルとして人気急上昇中のルビーは単なる知名度でも十分採用されるだけあるが特にスタジオにいるレギュラーの星野アクアの双子の妹としてルビーは毒舌な兄を振り回す元気な妹、アクアマリンは元気一杯な妹に毒を吐くがなんだかんだ甘い兄というキャラを確立する。
B小町の動画でルビーに兄と弟とがいることはファンの間では周知の事実でルビーの兄の正体が俳優の星野アクアだということを知っている人も珍しくない。だがB小町の熱心なファンを除けば年齢と苗字が同じ、顔が似ているという点があっても2人の芸能人を結びつけることはあまりない。そういう意味ではルビーの提案はレギュラーのアクアの出番という意味でも、人気急上昇中のアイドルを番組に呼べるという意味でも企画を通すだけの利点が大きい。
ルビーの発言からわかるように今回の話はアクアマリンには伝えられていない。スタジオで見るまでアクアマリンは何も知らないままでいることになる。ルビーの出演が決まってからミヤコから社内に箝口令が敷かれていたのを思い出す。いつもは落ち着いていて素が見えないアクアマリンに親しみを感じさせるのは間違いない。
戦略としては正しい。それだけにこれをルビーが1人で思いついたとはとても思えない。企画書を書くのも、それを鏑木に出すのも。
「本日は伝説のキラキラネーム
番組特有の掛け声とともにポーズを決めるルビーは流石アイドル。他のリポーターもみんなやっている動きなのだがカメラマンの頬が仄かに赤くなったのを硝太は見逃さない。
「はいOKーじゃあ次は幼稚園に取材に行くのでロケバスにお願いします」
「はーい」
今回のお題目はキラキラネーム。親が子供に送る名前だが、中には子供が産まれたことに興奮したせいで日本人とは思えない名前をつけられるケースがある。奇抜で個性的な当て字は名前を呼びづらく、オマケに人の名前のように聞こえないせいでいじめなどの被害に遭うことは珍しい話ではない。このルビーのテンションで行くのは「深掘れ☆ワンチャン!!」らしいセンシティブな話と言えるだろう。
因みにルビーとアクアマリンも十分キラキラネームだが硝太はその真実に気づいていない。
「ピカチュウといえば小さい頃お兄ちゃんと弟と一緒にポケ〇ンはよくやりましたよー。私操作方法とか相性とかよく分かんなくて2人に良く教えられながらやってたなー」
事前にアポを取った幼稚園に行く前のルビーの気楽なフリートークでさえもカメラマンと音声は逃さず撮っている。
「そうそう!その時私捕まえたピカチュウにお兄ちゃんの名前付けたんですよ!ほら、お兄ちゃん私と同じ金髪じゃないですか、『行け!アクア!』って出てましたよ。つまり──お兄ちゃんも深掘りしなきゃいけませんね!」
──流石にそれは違うと思う。
ルビーのアホ丸出しの発言に流石にスタッツ達と硝太考えが一致した。もちろんそれを声に出すことはない、今日は中継でもないのでスタジオからのツッコミもないのでツッコミ不在である。
そのままスタッフに導かれてロケバスに乗り込んだルビー達一行は幼稚園へと行く。ロケバス内で流石に撮影する気は内容でスタッフ達も次の予定等の確認はしているがカメラやマイクをルビーに向けたりはしていない。
その間も硝太はスタッフ達の様子を事細かく確認していた。まず気になるのがこのスタッフ達は
「それにしても珍しいね、硝太が撮影ついて行きたいって」
硝太が周りを警戒していることに気付いたルビーが硝太の頭に手をやりながら話しかける。
硝太の今の扱いはルビーのマネージャーに近い。最近忙しいミヤコの代わりに撮影について行きルビーのサポートに当たっている。尚、周りの撮影スタッフからすればサングラスかけた子供がルビーの周りをうろちょろしていることになっているのだが、硝太に自覚は無い。
「こういう番組に出るのは初めてでしょ?姉さんは心配だから付いてきたの」
ルビーがこれまでに出た番組と言っても小さな歌番組ぐらいなものでネット番組とはいえ会話も多く、これまでのアイドル業とは別の素質を必要とする番組は初めて。
こういうのもなんだかんだ上手くやって行けるアクアマリンと違って素直なルビーは得意に見えて周りの期待に順応できるか少し不安──というのはミヤコの言葉だ。硝太はただ知らない大人に囲まれるのが心配だと一心で付いてきている。そのため武器であるナイフは常時携帯、移動中もロケバスを八咫烏に囲ませている。誰か一人でも変な行動をすればこの場にいるルビー以外の人間を即座に殺すことも出来る。
相手が行動に移す前に殺せる、というのは硝太にとっては人に敵意を剥き出しにしない最低限の安全マージンである。
「そっかーえへへー心配か」
それを知っていながら言われたルビーはほっぺたを抱えるように手をやりにやけ面を見せる。今硝太が警戒しながらもルビーと話をしている理由がバスにいるスタッフ全員を何もせずに殺せる自信があるからだと知らないはず無いのにそれを楽しんでいるような反応は明らかにズレが見える。
──えへへー硝ちゃんに褒められちゃったー
ズキリ、と硝太胸の内に何かが突き刺ささったような痛みを感じる。物理的なものではない。
ルビーの姿と声に誰かの姿と声が重なる。しかしその重なった女性は幻覚な割に姿が薄いのと目元が隠れていて誰なのか分からない。誰なのか分からないのに、胸に突き刺さったような痛みは確かに自分のものだと感じることができる。
「なんか嬉しそうだね、心配されてるのに」
「心配してくれるのが嬉しいの。ママがいた頃もそんな感じだったなー、撮影の時も「お姉ちゃんについてく!」って言ってよく監督を困らせたよね」
「いや、覚えてないんだけど」
「知ってるー。でも嬉しいからいいのっ」
楽しそうに鼻歌を歌うルビー。彼女の母親、アイが生きていた頃を自分から話すのは珍しくないが赤の他人が多くいる場所、それも近い距離で聞かれる可能性の高い場所で言うのはルビーらしくない。
まるで、アイのことを周りに自慢しているようにすら感じられる。アイとルビーの関係性は世間からすれば同じ事務所に所属するアイドルでしかない。旧B小町とB小町の両方の熱烈なファンの中には両者が硝太の姉を名乗っていることからアクアと硝太を含めた4人兄弟だと考えている人もいるだろう。そこまでならバレても大したデメリットはない。むしろ亡くした姉の意志をつぐ妹という理想的な構図が出来上がる。
だがアイとルビーの関係性が親子だとバレるのは別だ。それはアイには
「仲良いんだね、弟くんと」
いくら歳が離れているように見える小さな弟とはいえ甘すぎるルビーの反応にスタッフが反応して話しかけてくる。家族構成について話に出すのはごく普通な会話の内容だが、硝太はそれにも警戒して鋭い目をそのスタッフに見せる。
それを確認すらせず硝太の目を素早く塞いでルビーは代わりに笑顔を見せる。硝太の鋭い目がとても赤の他人に見せるものではない、下手すれば殺し屋だヤクザだなんだと関連づけられかねない。──この場合、龍珠組と絡んだことがあるのは事実なのが非常に扱いとしてはめんどくさい。
「はい、お兄ちゃんも加えて仲良し3人兄姉弟なんですよ!」
「姉さん」
今度は硝太が盛り上がるルビーの袖を掴んで制する。下手に会話を広げると苺プロについて調べだした人間がアイとの関係に近づきかねない。最悪硝太が闇討ちしてしまえば済む話だが、それも余計なリスクを背負う。
「あーはいはい。」
ルビーは意外にも硝太の制止を素直に聞いて硝太を優しく抱きしめる。その様子はスタッフ達には弟がスタッフ達に嫉妬して甘えている、と映るだろう。美しい姉弟愛、というより甘えん坊の末っ子とその末っ子に甘い姉になる。
そうこうしているうちにバスは目的地について停車する。バスを降りたスタッフたちの視線の先にある幼稚園は都内にある何の変哲もない普通の幼稚園。
一応、硝太過事前に調べた範囲だと過去にキラキラネーム「光宙」の卒園生がいるデータ自体はある。番組スタッフもそれを事前に調べてアポを取っているのだろう。事前に知っているのにこうして調べさせるのは居心地悪いがそうでもしなければキラキラネームだけならともかく特定の名前だけを調べるのは厳しいので仕方がない。
早速ルビーがマイク片手に園長の方へとインタビューを開始する。他のスタッフも想定より動きが早い。硝太は彼らの一番後ろにつきながらバスの周辺を飛ばしていた八咫烏を一旦回収する。ポケットに入れた餌を口まで持っていき食べさせながら警戒していた結果を聞く。
「どう?──そうか、なら引き続き頼む。」
空から警戒していた八咫烏の目に危険なものは何も映らなかったようなので警戒を続けてもらう。空高く飛んで行く八咫烏を見送っていると、ルビーのインタビューが終わったようで次の場所に行くためにロケバスの方へと歩いていた。
「結構いるんですねーピカチュウ君。もしかしたらテレビ局にもいるんじゃないですか?」
またアホらしい事を言いながらロケバスへと乗り込むルビーを追って、硝太もロケバスに乗り込む。
「次は光宙くんの友人という方からのインタビューです。内容は──」
一人のADが手帳片手に次のインタビューについての仕込みを行う。気弱そうな顔に目元には隈が見える。外に出てる時間はそんなにないはずなのに額には汗がびっしりついており、呼吸も荒い。明らかに疲れているのが傍目でも分かる。
「大丈夫ですか?汗だらだらですよ。吉住さん」
ルビーは吉住というらしいADの様子を感じ取ったのかポケットからハンカチを出すと彼の額の汗を拭う。ルビーの顔が近くによったせいか彼の頬が赤く緊張しているのが伝わる。
その様子は恋愛に疎い硝太ですら「あ、堕ちたな」とわかるほど。
「──あ、ありがとう、ございます」
「おい吉住!何ダラダラしてんだ!さっさと行くぞ!」
「は、はい!」
もしこれが学園ドラマなら主人公とヒロインの出会いだっただろうが残念ながらここは現実、それも色恋もない仕事の中である。ルビーの顔に緊張していたADもディレクターの怒号で熱が引き、ルビーから逃げ出すように運転席の方へと走る。どうやら運転手も兼ねてるらしい。
「姉さん、さっきのは悪手だ。ファン相手じゃないんだから勘違いさせるようなことしちゃいけないよ」
「何言ってるの。困ってるんだからちょっとぐらい優しくしたっていいじゃん」
シートベルトをつけてバスが発進したのを確認してとなりの席にいる硝太はルビーを少し小突いて注意をする。
愛想を振りまくのはいいが限度というものがある。元々愛想のいいルビーが他人に優しくするのは珍しくないがそれで相手に気があると勘違いさせたらそれこそストーカーのような相手をうみかねない。敵を新しく作るような行動はさせられない。
だがルビーはケラケラ笑って首を横に振る。母親がストーカーに刺されて無くなった娘とはとても思えない反応。
──誰かの仕込みか。
この仕込みをしても鏑木は得をしない。自分に得がない事をあの拝金主義者が教えると到底考えられない。アクアマリンもルビーのこういった行動に賛成するとは思えないし、そもそもルビーがこの番組に参加することを現時点では知らない。つまり仕込んだ相手として考えられるのは五反田のおっさん。
五反田からすればルビーがアイの二の舞となろうとアイドルなら関係はない。関係するとしてもいいアイドルが一度でも女優業をしてくれれば何一つ問題はない。女優がアイドルをしている有馬と違って現時点ではアイドルでしかないルビーが仮に女優の仕事をしたとしてもその映画の広告塔になるのが精々。それなら何度も使える武器でもないので適当なところでファンに刺されて死んでも影響はない。五反田ならやりかねない──と思うが残念ながら決定的な証拠はない。しばらくルビーに張って姿を現すのを待つ以外に方法はないだろう。
「それに吉住さん、硝太に似てるし」
「何処が?」
硝太がここにはいない五反田に殺意を向けているのを感じてか、それともたまたまかルビーはケラケラ笑いながら硝太の頭をトントンと軽く叩いて(硝太にとっては)衝撃の発言をする。
実際──仕事疲れで闇が見える吉住と単純に人相が悪い硝太は共通点が無い訳では無いが、いくらなんでも暴論としかいえない発言に硝太は冷静にツッコミを返した。
芸能のシーンはほとんど書かないとは言ったが…ここは書くべきだと思ったので書きました。一応撮影シーンはほとんどないっす。原作もそうですけど。
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