五反田監督の撮った映画から2年が経過した。1歳だったアクア達は3歳となった。あれからまた子役として監督に呼ばれる、なんてことはなくただの子供として日々を過ごしていた。
あの時撮った映画はそれなりに売れたそうで監督はなんかの賞を貰っていた。その中にアクアもちゃんと映っていたが映画の話題はほとんどアイが掻っ攫って行った。その後アイは他のドラマの撮影にも呼ばれるようになり、その番宣としてバラエティなどの出番も圧倒的に増えた。他のB小町のアイドルも連鎖的にモデル等の仕事が貰えるようになってきて、現状ブレイク中のアイドルとなっている。まさか中小規模のアイドル事務所がこれだけの売り出しができるとは誰も考えていなかったようで社内の方では相当盛り上がっているようだ。子供達に時間をかけ続ける必要性が薄れたのもあり、ミヤコもアイのマネージャーとして働く時間を増やしている。
そうしているうちにアクア達は幼稚園に通える年齢となっていた。アクアも前世の事を気にせず、大人としての経験からルビーと硝太の弟妹を見守りながらも比較的に自由にしていた。
アクア達は幼稚園に入園にした後はそうする時間が増えた。幼稚園に預けられるようになったことでただでさえ仕事に追われて短かったアイ達と会う時間も少なくなる。
「んー可愛い!今日も可愛いよー!」
それでも幼稚園の制服を着た子供達を可愛いというアイの顔はまさしく子供が可愛い親バカな親の姿。
ミヤコに送られ、幼稚園に行って朝から晩まで適当に過ごしているだけ。前世の多忙すぎて時々サボっていた医者から打って代わり気楽な生活にアクアは気が緩む。同じ気楽な生活に本気で遊具で楽しむルビーを傍目に苺プロの仕事場から回収した本を読みながら適当に時間を潰す。
「アクアマリン」
「硝太か、どうした?」
同じく幼稚園に入園した硝太は暴行騒動などは起こしていないがどこか不安そうにしており、周りと馴染もうとしないのもあってかなり浮いているように見える。元々感覚が人とズレている子なんだろう、周りに馴染めないのは大人の精神を持つアクアも同様なので口酸っぱくして何かを言う気はない。
硝太はアクアの背後に周り、両肩を掴むと覗き見るようにアクアの背中から中の本を見る。だがアクアが読んでいるのは一般文学であり、絵本ですらない。難読漢字でもなければ読み仮名を振っているような本でもないので内容を理解するしない以前に言葉として理解できないだろう。そう思ったのだが硝太はじっくりと見ているのを見るとアクアはページをめくる手を止める。
まさか、読めるのか──なんて淡い期待をして振り返る。
「『い、ち、いた、だった。』『──の──である』…意味わかんない」
「ひらがなだけ読んでるんじゃねぇよ」
しかし残念ながら硝太が読んだのはひらがなだけ。漢字は文字としてすら理解していないようだ。運がいいのか悪いのかイントネーションはちゃんとしているのが肌触りが悪い布を服にして着ているように気持ち悪い。
「読めるの?」
「あーうん、まぁな」
「むぅ」
遊ばれていると感じたからか、頬をふくらませている硝太の額を指の関節で軽く小突く。まだ幼稚園児の硝太に本を読めと言われても無理があるのは分かるが期待させた分肩透かしを食らった気分になる。
「『あなた───が、だったのですね』!」
「はいはい、
「くも!」
「そっちは
蜘蛛、という感じを教えてやると指を天に向けて直立する。空を見あげれば薄い雲がかかっている。雨の日のような厚く黒い雲ではない。
「雲は空にある方で蜘蛛は足が8本の…虫だ」
アホみたいな面で「へぇー」と声を出してる。話は聞いているようだが理解しているかどうかはかなり怪しい。
因みに──これは某蜘蛛のヒーローが言っていたことだが蜘蛛はクモ目であり虫、いわゆる昆虫ではない。その辺は生物学で習うのと、今○○網の話をしても頭がごちゃごちゃになるだけなので一般的な言い方として虫とする。
「じゃあ、これ!」
「それは
「ムー」
黒衣──一般的には黒子という名前の方が使われるだろう、今回の場合はただ黒い衣装をした男という使われ方だろうが、蜘蛛を虫というのと同様に今更修正する気にもならない。
硝太はあしらわれていると感じたのかまた頬を膨らませる。子供扱いされているのが嫌なんだろうか、この年齢の子供なら背伸びして大人に視線を合わせようとすることもよくある。雨宮吾郎として生きてた頃はこういった子供の相手を何度かした経験がある。硝太のように読めもしない本を読もうとしたり、女の子だと母親の化粧品を盗んで化粧をしようとした子もいた。そのほとんどは笑って済ませられるようなものでなんだかんだ元気になって親の元へと帰った。
──いや、一人だけいたな。
昔の医者の仕事をサボった記憶を思い出すと、必然的にその『ほとんど』に入らなかった子を思い出してしまう。狭い病室で、小さなテレビに映るアイをかぶりつくように見続けていた報われない女の子を。
もしかしたら、『親に愛されない子』という共通点を半ば無理矢理に見つけて二人を同じように扱おうとしているのかもしれない。転生なんてものが望まれるのなら、その役目は前世の後悔に対する報いであるのが大半だろう。アクア──雨宮吾郎にとって後悔は数多くあるが最大の後悔はその女の子のことと言われて首を横に振ることはない。
だが、それは叶うことはない。硝太とその子は全くの別人で繋がりなんて小さな共通点があるだけに過ぎない。箇条書きマジック、というものだ。共通点を見つけてこじつけているだけ。本質的なものを見れば2人はむしろ真反対の人間だ、まだルビーの方が似ている。
「満足そうだね、アクアマリン」
「そうか?」
「遠い空は昔に見えるから」
「どういう意味だよ」
わけの分からない言葉を残すと硝太はアクアの頭上を跳んで、他の園児達の頭上も同じように跳んでかわすと茂みの方へと行ってしまった。あまりにも素早く跳ねるので職員も誰も気付いていない。この経験から硝太はとりあえず隠れていれば面倒事を回避できるのだと学習するだろう、新たな面倒事の気配がしてアクアは小さくため息を吐いた。
◇◇◇
夕暮れとなり、迎えに来たミヤコと共に家に帰ると先に仕事を終えていたアイが待っていた。
「ただいまーママー!」
勢いよくアイへと跳んでいくルビー。家にアイがいる日は毎日こんなことをしている。アイが先に帰っている日の方が少ない、恥ずかしさとかは置いておくとしても毎日毎日こんなことをして飽きないのだろうか、とどうしても考えてしまう。
「はい、おかえりー」
跳んできたルビーを受け止めるとそのまま抱っこに移る。3歳になり、相応に重くなったルビーを表情を一瞬も変えることなくまるで赤子の頃と変わらないように抱っこできるのは、流石歌って踊っているアイドルだ。舞台の上でもないというのにルビーを抱きしめている軽い所作一つ一つが華のように映える。
「硝ちゃんとアクアもおかえり〜今日どうだった?」
「今日はねー滑り台とねーブランコでねー」
「いっぱい遊んできたね、じゃあ次はママとテレビ見よっか」
「うん!」
本当の3歳児のようなルビーとアイのやり取りに共感性羞恥を感じながらもアクアはアイの横をすり抜けるように通ってリビングのテレビ前に座る。
今は時間帯的にニュース番組ばかり。ニュースキャスターが明日の天気はなんだの、今日の気温はなんだの無感情に読み上げられる文を耳に入れる。その中に雨宮吾郎という3年ほど前に死亡した医者の名はない。ほとぼりが冷めた後アクアは調べてみたが雨宮吾郎は死体が見つかるどころか死んだという事実でさえ、まだないそうだ。おそらだがく当時の妊婦(アイ)を残して夜逃げなりしたと思われているのだろう、結婚しているわけでも家族と住んでいた訳でもないので行方不明扱いで済まされていると思われる。
「アクアニュース見てるのー?大人だねぇ、じゃあママも見ようかな」
「えーつまんない」
そこにやってきたアイとアイに抱かれたルビーがアクアの横に座る。ルビーは一言文句こそ言うがチャンネルを変えたり、それ以上文句を続けるわけでもなく、黙ってテレビを見る。だが、その背後にいるはずの硝太がいない。
「あれ?硝ちゃんは?」
「トイレじゃない?」
「んー、どうだろ?硝ちゃーん!」
抱っこしていたルビーをアクアの隣に下ろしてアイは硝太を探しに行く。だが先程幼稚園でやったようにぴょんぴょん飛び跳ねて逃げられる身体能力を持つのなら5本の指を壁や天井に食い込ませて歩いても何もおかしくない。アイ一人で探すのは難しそうなのでアクアは黙ってその後ろを着いていく。
だがアクアの予想を裏切り、硝太はすぐに見つかった。場所は社長──斉藤壱護の書斎。斉藤壱護本人はまだ仕事で戻ってきていないため、部屋は硝太一人。主人のいない部屋で逃げはしたが隠れもせず、硝太は中の本を一冊一冊だして読んでいた。読んでいた、と言うが実際は少し違う。硝太には大人が書くような漢字ばかりの文は読めない。だからこれは『読む』というより『解読』に近い。
一文字一文字出会う度に他のものと照らし合わせて置いてあるノートパソコンに打ち込んでいく。ローマ字も検索方法も分からないので何度も打ち込んではその仕組みやルールを近くの紙に書き込んではトライアンドエラーを繰り返している。目を離した時間はせいぜい数十秒。そんな時間で硝太が読めた文字はそこまで多くはない。異常なのは決断の速さとそれを打ち込む執念だ、アイが部屋に入ってきても硝太は一瞥すらせず作業を続ける。
純粋な理解力が高い3歳児は珍しいながらも存在する。2年前の映画にいた
「硝ちゃんお勉強?偉いね」
「…」
能天気なアイは一瞥されないのを気付かれていないと思ったのか硝太に近づいて声をかける。だが硝太は外の世界から断絶されたかのように黙ったままだ。ただ黙々と作業を続ける。
静かな時の中にいながらその行動は狂気的に見える。
「うーん、ちょっと言い過ぎちゃったかなぁ」
アイは困った様子で頭をポリポリかく。何を言いすぎたのかは分からないが、流石のアイでもこの状態の硝太を同行することは無理か。そう判断したアクアが無理矢理にでも連れていく方針に切り替えようと思った時、アイは硝太の隣に腰を下ろした。視線を硝太の高さに合わせると聞いてないと知りながら一言だけ口にする。
「嫌なら怒っていいんだよ」
それだけ言うとアイは硝太に背を向けて元きた道を戻る。
それを見たアクアは自分の
きっと硝太はアクアにあしらわれたのを軽く見られたのだと誤解して怒っていたのだろう。漢字が読めないなんて3歳児にとっては常識だ。それを当然のように読んでいる相手にあんな扱いをされれば怒ってしまうのも無理はない。
だが硝太は五反田を殴った後、暴力を禁止されている。ただ暴力を禁止されただけなら殴ったりしないように怒るのが普通だろうが硝太にとっては「感情を顕にする」のと「相手を殴り倒す」が一本で繋がっているのだ。だから感情を出して怒ることができない。
怒る代わりの対応が自分でその原因を解決する、今回の場合は分からない漢字を読めるように勉強すること。一般的なアンガーマネジメントとは少しズレたが対応はかなり大人っぽい。
「アクア来ちゃったの?戻ろっ」
アイに手を引かれてアクアも来た道を戻る。一人になるのに変わらず感じの解読を続けている。おそらく全部解読するか力で引っ張るかするまでは手を止める気はないのだろう。部屋の主である斉藤壱護が帰ってきたら否が応でも退かされるのだろうが、アイはもうそれ以上この件に関わる気は内容で関心すら消えたように見える。
◇◇◇
次の日。朝起きたアクアが目を開けた時一番最初に見えたのは覗き込むようにしてみてくる硝太の顔だった。
「ん、朝…って、硝太!?」
「ああ、おはようアクアマリン」
3歳になったアクアとルビーは基本的にアイと同じベット、硝太は基本的にミヤコのベットで寝ている。だがお互いに仕事が忙しかったりするとミヤコのベットにまとめて寝たり、アイと一緒に寝たりということもそれなりにある。なのでアクアと硝太が一緒に寝ないのも、硝太がアイの寝室に訪れるのも不思議では無い。
アクアが驚いたのは別の理由だ。
「お前、昨夜ずっとやってたのか?」
「お陰様で昨日の本は全部読めたよ」
「そこは寝ろよ」
どうやら昨日の壱護の書斎での勉強は深夜まで続いたらしい。1日程度の寝坊で隈ができたりする訳では無いので見た目では分からないが硝太の落ち着いた声色からやりきったのを察する。
昨日、幼稚園から帰ってきたあとの硝太は晩御飯と風呂の時間にミヤコに無理矢理連れてこられたのを除けばずっと壱護の書斎にこもっていた。運がいいのか悪いのか、その日壱護は帰ってくることなく、硝太の邪魔をするものはなかった。アイはなんとなくそれを察していたのか、硝太を止めたり壱護に知らせることなくやりたいようにやらせていた。
それによってアクアが読んでいた本を読めるようになった、と言っているがその言葉をそのまま信用するのは難しい。そもそも勤勉とはいえ3歳児が1日勉強した程度で読むのは無理だろう。だがここでそれを指摘してはまた繰り返しになる。
「まぁ、よく頑張ったな」
「うん。勉強したかいはあった」
褒められて満足したのか硝太は寝室から立ち去る。
時計を見る、時計は5時過ぎを指している。朝日は登っているがまだ起きるには少し早い。瞳を閉じて二度寝をしようとしたアクアの視界の端に一冊の本が置かれている。アクアが先日読んでいた本、そして硝太がいの一番に「解読」を始めた本。
「…まさか」
嫌な予感がしてベットから降りて本を手に取る。ペラペラとページを捲ってみるが落書きの様子はない。その代わりに本の隙間から折りたたんだ数枚の紙が落ちてきた。
黙ったまま紙を一枚手に取って広げる。
「──あなたが
書かれていたのはそのページの文章、その全てによみがなが書いてあり、補足のような形で言葉の意味まで書いてある。それが全てのページに挟まっている。適当に広げて内容を確認してみるが間違いは見つけられない。
これは文字通り一夜漬けの勉強の結果だ。普通の一夜漬けと違うと確信できるのは、その内容が全部まとめて硝太の頭の中に入っていると確信できることだけ。
硝太がアクアたちのような何者かの生まれ変わりだとしたらこんなことをする必要性は欠けらも無い。文字通りただの3歳児が1冊のサイコロ本を読み切ったのだ。
「…やりやがった、あいつ」
まだ3歳の子供がたった一日、やる気を出しただけでこれだけのことをやりきってしまった。いくら脳が若いとはいえ未就学児がこれをやるのには相当な才能とそれを支える執念が必要。
こんなことができる赤子が今後化けない筈がない。ギフテッドだなんだと持ち上げられ、その才能を磨き続けられるだろう。その可能性を考えると一人の医者として背筋が冷えた。
まだ可愛いとこがあった本編の合法ショタのガチショタの頃ですがここから人間離れしか本来の挙動を見せるようになります。
アクアがコナン君みたいに幼い姿で大人してくれるお陰で転生要素とか関係ない化け物が生まれる。やっぱり比較で生まれるんですね、こういうの
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