的なノリの番外編。
「起きて、アクア」
暖かな日差しと心の奥底から待ち続けた懐かしい声。そんなはずは無い、と思いながらも重い瞼がゆっくりと開かれる。
そこには予想通りながらも本来ならそこにいるはずのない人物がいた。
「やっと起きた。学校遅れちゃうよ?」
「…アイ」
いるはずの無い、それどころか既に亡くなったはずのアイがそこにいる。あの日、ドームライブ当日にストーカーにナイフで刺されて亡くなったはずのアイがそこにいる。
久しぶりだな、こんな夢を見るのは。
アイが亡くなってからこうして当たり前のようにアイがいる夢を見た記憶がある。その度に涙を流してはアイに縋りついていたような気がする。が、もうそんな夢も見すぎたせいで現実ではないと直ぐにわかってしまう。
「ママ〜お兄ちゃん起きた〜?」
「うん起きたー。ほらアクア、早く着替えて朝ごはん」
別の部屋からルビーの声が聞こえそれに元気な声で返すアイ。ごく普通の一般家庭にありそうなやり取りをする二人の姿は理想郷にいるように感じてしまう。夢だとしても、こんなに恵まれた世界はそうないだろう。
アイに促されてパジャマから高校の制服に着替えて身支度をする。鏡を見ればいつも通りの自分の顔。夢だから当然だが部屋も荷物も記憶の通り。自分の部屋から出ていつものようにリビングへと向かう。そこには既に食卓に着いているアイとルビー、そして一人の青年がいた。
明るめの茶髪に椅子に座っていてもわかるほど背が高い。横顔からは幼さこそ感じるものの、全体を見れば年相応の大人な雰囲気を感じる。
「あっお兄ちゃん起きたー!遅いー!」
いち早くこちらに気づいたルビーが頬を膨らませながら怒る。プンプン、と擬音が出そうなほど膨れており、それを一人の青年が笑っている。
「珍しいね。アクアマリンがお眠さんなんて」
ルビーやアイと比べて聞き覚えのない、爽やかな好青年を感じさせる声。しかしその質は確かに感じたことがあるもの。
「硝太?」
「なんだい?死人を見るような顔して。ああ、昨日からこっちにいるんだ。せっかくだから朝ごはんも貰ってるとこ」
名前を呼ぶと硝太は首を傾げながらもこちらが戸惑っている理由がこの家にいるはずがない、と思っていると勘違いしたのかその理由を説明してくる。しかしこちらが抱いた疑問はここにいることでは無い、その姿をしている事。
声質だけで硝太、と名前を呼んだがそんなはずは無い。硝太はもっと声変わりのしていない、女性っぽい声をしており好青年の声なんてしていない。背丈も小学生かと疑うほど低く、立てばルビーの胸の辺り。下手をすればこちらより背が高いのではと思うほど背が高いなんてことはありえない。
硝太が呼び方をアク兄やら兄さんではなくアクアマリンと硝太以外誰も呼ばない本名で呼ぶことは今まで無かった訳ではないので言うほどでもないのでそれは別としても声と背丈はそんな瞬間欠片も見てない。当然記憶に残っているはずもない。夢だから誰かの身長やら声と混ざってしまったのだろうか。そう考えると声もどこか大人びているように聞こえる。
「なんか今日のアクア変じゃない?」
「昨日の夜遅くまでなんかしてたんじゃない?ほら、最近アクアマリン忙しそうだし」
慣れない姿の硝太に見られながらも食卓に並んだ朝食を食べ始める。するとルビーが急にとんでもない爆弾発言してきた。
変、と言われれば夢の中での話なので変なのは世界の方だがそんなことを言えるはずもなく硝太が軽くフォローを入れてくる。など聞いても声変わりをした硝太の声は聞きなれるものではなく、無関係の他人が家族にいるような違和感を感じる。
「別にそんなでもねーよ」
声や体格はもちろん性格も若干大人っぽくなった硝太に戸惑いながらもそれを隠して食事を続ける。アイが生きているように普通に成長して大人になれる硝太も夢の話と言っていい。不安点は多いがたかが夢にそんな影響力があるとは到底思えない。せっかく夢なのだから少しぐらい楽しんだって罰は当たらないはずだ。
「どうせアイドルのライブ映像でも見てたんでしょ。硝太が昨日不知火フリルのライブ映像見てたみたいに」
「えー!硝ちゃんそんなことしてたの!?浮気だ!浮気!お姉ちゃん許さないよ!」
「後学の為!後学の為だから!」
コチラにもった違和感にはそこまで大きなものを感じなかったのか標的をすぐに変え、今度は硝太に目掛けて爆弾発言をするルビー。
それにいち早く反応したアイは「浮気」と言いながら硝太に詰め寄る。それに狼狽えている硝太の反応も含めて二人の距離感が近すぎるように感じる。元々二人は仲が良かったとはいえここまでではなかったはずだ。
「アクアマリン?」
違和感を持っていたことがついにバレたのか硝太の両目が向く。澄んだ赤い瞳、見知った硝太と余り変わらない目に安心していると右目が数秒だけ青く輝く。人の目とは思えない、機械的な輝きに食事の手が止まる。光が収まると見てきた硝太は小さくため息をつく。
「気にしすぎだよ──ご馳走様」
先に食事を終えた硝太は全部分かったと言わんばかりの表情で後片付けを始める。アイとルビーもそれに続いて食事を終わらせ、硝太の後片付けを手伝う。アイがミヤコさんなら斉藤家でよく見る構図だがいないはずの人がいるというだけでその違いは大きく見える。
「…」
両目を擦って再びアイを見る。夢だからと気にしていなかったが記憶のままのアイがそこにいる。こんな『奇跡』があったらとどんなに願ったことか。アイを近くでみていられるだけで自分は満足だった。それこそ殺されたことに感謝してしまうほどに。
──夢、なのだろうか。本当に。
精巧さ、というより硝太を除いてあまりにも自然すぎてむしろ今まで見てきた方が夢だったのではあと感じてしまう。今からでも現実であれと願ってしまいたい。
不意に出てきた涙が頬を伝う。両手で拭うが、何度擦っても新しい涙がまた両目から流れる。
「あれ?アクア、泣いてる?」
いち早く気づいたアイが後片付けの手を止めて近くに歩いてくる。彼女の手が触れる。
夢の中では感じられるはずのない温かく、柔らかな体温。人が生きていることを証明する熱を感じて身体が細かく震える。
「アイ…」
「どうしたのー?甘えんぼさんかな?」
アイに抱きしめられ、両目を擦っていた腕が使えなくなり、身体がアイの体の中に沈む。身体がほとんど動かなかった赤子の時のように抱き抱えられる。
止められなくなった涙が余計に流れる。漏れそうな嗚咽を必死にとどめながらアイを抱き返す。
ファンとして見てきたアイドルとしてのアイ。
そのどれもが星野アイで。あの日から失い、求め続けた一番星。彼女が現実としてそこにいて笑ってくれるだけで全部救われた。何か忘れたような気がするがもうどうでもいい。アイさえいてくれれば、もうどうでもいい。
◇◇◇
「アクアどうしたの?変な物でも食べたの?」
「僕は別にいいと思うよ。虚像であれ夢であれ、そこに視点があるなら世界なんだ。視点があれば当然認識も発生する。その誤差が個人を個人たらしめるように、たった一人の個人が観測できる世界があってもいい」
急に泣き出したアクアを抱きしめるアイ、と朝から意味がわからないものを見せつけられルビーはついていけなくなっている。それに対して、硝太は見たものを正確に分析して一人で納得する。青い瞳が何を見たのかについて硝太は語る気は無いようで後片付けを終わらせるとすぐ近くの壁に背中を預ける。
「どういうこと?」
「今は説明できないかな。アクアマリンにも悪いし」
ルビーの問を適当に答えながら硝太は窓に目をやる。そこには街路樹の上に満足そうにたつ一羽のカラス。カラスのつぶらな瞳はアクアとアイを見ている。
硝太に見られるていることに気付いたのか、その直後どこかへ羽ばたいてしまった。しかしそこから何かを感じたのか硝太はクスリと笑った。
「そうだね、ツクヨミ。なんであれこっちの方が救いがある。僕らは傷付くために生きてるわけじゃない。幸せになるために生きてるんだから」
推しの子最終回まで読んで書きました。なんだかんだ言われてましたけど僕としては最終回を単行本以外で読んだ唯一の漫画、ブームに乗ったまま走りきった漫画ということで思い入れはあるので。
今回はわざとミヤコさんを登場させずにアクア視点で行きました。ミヤコさん登場させると硝太をもっと出したくなるので。このアクアがどの世界線のアクアで、アイが生きてる世界線がどの世界線なのかは読者の皆様方の解釈に全て委ねます。
因みに硝太がキャラ変わっているのは身体が成長した世界線なので肉体の成長に精神も引っ張られた、というより普通に大きくなって順当に大人になった硝ちゃんです。言葉も大人びて言葉が足りない不思議ちゃん成分がだされました。ねぇこれ本当に大人になったの?
それはさておき硝太とは逆に子供っぽく書いたアクア。正直に言うと身体ごと子供にしてしまおうかな、と思いましたがアクア側にそんなこと出来るやついねーじゃん!ってなったので高校生のまま精神だけ幼児退行してもらいました。ママに甘えるんだ、少しぐらいいいだろ。