硝太、ルビー(と有馬)のマネージャーになる。
命すら夢の為に捧げる強い意志と共に。
「姉さん、有馬先輩」
有馬がら契約書にサインを終えて苺プロのアイドルグループへの加入が決定して直後。事務所のノートパソコンとにらめっこしながら何やら話している二人の後ろからにこやかな顔をした硝太が声をかける。有馬を誘ったはずのアクアは既に自室に戻っている。ミヤコも他の社員も仕事中でこの場にはいない。
「どうしたの?」
夢のアイドルになっても面倒な話があって辟易していたのだろう。口元をへの字に曲げたルビーが硝太に顔を向ける。
「僕、姉さん達のマネージャーになったよ」
硝太はルビーに決定した事実だけを伝えるとルビーの隣に座り、2人がみていたノートパソコンの画面を見る。
そこには『今からガチ恋始めます』と銘打たれたテレビ番組のトプ画が貼り付けてあった。顔のいい高校生ほどの年齢の男女それぞれ3人ずつが並んでるだけのシンプルな写真。その中、中央には人の良さそうな面をしたアクアが居る。
間違いなくアクアが出演を決めた『恋愛リアリティショー』の番組の広告だ。まだ放送もしていない状態だが、撮影してすぐネットに出すなんてことはまず無い。つまり先程硝太とアクアが『恋愛リアリティショー』について話をしていた段階でもうアクアは撮影に参加することを決め、メイン画像の写真撮影は済ませたという事になる。
──さっきの時点でもう話は受けていたってことか。道理で少し強引だと思った。
今更事前相談のフリをした事後相談だったことから考えてもアクアはなんとしてでも鏑木からアイについての話が聞きたいらしい。鏑木の危険度を知って尚、彼から得られる情報の方に利があると感じた。どうやらアクアはかなりギャンブルが好きらしい。
ギャンブルは勝てるならいいが負けた時のリスクが大きすぎる。アクアにとって貴重な情報源である鏑木は今現在苺プロの敵に成りうる存在である。
──
「──え?ちょっと待って?アンタ、マネージャーやるの!?」
「あ」
アクアの出る番組の画像を睨みながら何やら一人で考え込んでいる硝太に向けて先程までノートパソコンを見ていた有馬が信じられないものを見た顔を向ける。先程までなんの問題もなさそうに自然と流していた言葉だが有馬とルビーからすれば大問題である。有馬が口に出して言ったことでルビーもことの重要さに気付いて再び硝太の方に首を回す。
「ええ。既にお母さんから承認はおりました」
有馬の信じられないような顔を見ても硝太は特に表情を変えずになんもおかしなことは無い、当然。と言うように頷く。
「や、やめておいた方がいいんじゃない?」
「そ、そうだよ!硝太は硝太なんだし」
硝太がいかにも自然に言うものだから受け入れてしまいそうになる。しかし前回の打ち上げを見た有馬と幼い頃から見てきたルビーからすれば硝太にマネージャーができるとは到底思えない。
「無理だからやめろ」と言おうとした有馬とルビーだったが、直前でその言葉を飲み込みできるだけ優しく促す。
「大丈夫です。あくまでサポートですから」
「ああ。ミヤコさんの、ってこと?」
ルビーの言葉に硝太はもう一度頷く。
ルビーはミヤコがかつてアイのマネージャーだったことを知っている。現在は元社長の失踪で社長業を変わっているとはいえ本来はマネージャーでそちらの方が向いている。社長業との兼ね合いもあり厳しい所もあるが本人がやると決めた以上有馬とルビーからとやかく言うことは無い。むしろ硝太が一人でマネジメントを担当するのを考えたらミヤコがマネジメントをして硝太は仲介に務めた方が双方助かる。
「あーなるほど。頑張りなさい」
有馬もミヤコが過去マネージャーだったことまでは知らないものの、状況を理解して落ち着く。今ある若手役者枠の仕事を失っててでも得たアイドル枠の仕事だ。いくらアイドルのやる気が無いとはいえ仕事を失うわけにはいかない。一先ず新規プロジェクトのマネージャーに能力のない子供を使うという暴挙に出るのではなく社長自らが出るというだけで安心は出来る。
「よく分かんないけど凄く馬鹿にされた気がする」
二人の思考を細部までは理解出来なくとも何となくで読み、2人が急に優しくなったのを見て露骨すぎる態度に硝太は頬を膨らませる。
見た目通りの子供らしい反応ににやけ顔を隠せないルビーが膨らんだ頬をつんつんと可愛らしくつつく。
「先輩からの応援よ。受け取りなさい」
事務所に来てから先程までしかめっ面や後悔したような顔が多かった有馬も硝太の反応に思わず頬が緩む。まるで、昔短い時間とはいえ世話した弟分が10年以上経ってもそのままの姿でいるように。
「それじゃあ私は社長に挨拶して帰るから」
そんな子供なマネージャー(偽)との顔合わせという名の会話を終え、有馬はミヤコのいる方へに向く。もう外の日は落ちて夕飯時。用事は終わったのにこれ以上ここに居続ける必要性は無い。
「え?帰っちゃうんですか?ご飯ぐらい食べていけばいいのに」
有馬の気遣いに気付かない硝太は顔だけを有馬の方に向ける。アホ毛を疑問符のように曲がっているのがなんとも面白い。
「そんな所に気を使わなくていいわよ。私は別に、あんたのお姉ちゃんじゃないんだから」
しかし有馬は硝太がそんな顔をしているのを一目見ることもせずにそう言い残すとミヤコが仕事をしている場所へ足を進める。
「じゃあせめて送りますよ!外は暗いんです、女の子を1人歩かせる訳には行きません」
有馬が帰りたそうにしていることをやっと察した硝太は急いで近くにある上着を持ち上げると袖を通す。
「じゃ、社長と話したら声かけるからその辺で待ってなさい」
有馬は一度だけ止まるものの、入ってきた玄関の方を顎で示すと再び顔も向けずにミヤコの方へと向かった。
◇◇◇
有馬の家は学校からそこまで遠くない、歩いて行ける場所に一人暮らしをしている。それも、学校に入学する時に引っ越した場所で家族は住所ぐらいしか知らない。硝太が家族の話を聞くと有馬は家族のことをそれっぽく濁して話す。しかしそれでも家族仲はそこまで良くないと硝太に説明しているようなものだった。
有馬と硝太、2人で並んで夜の道を歩く。現時刻は7時。太陽は見えない夜だが、東京の住宅街は街灯が揃っておりそれなりに明るい。
それでも脇道にそれれば暗く、女の子を1人歩かせるにはすこし危険なことは否定出来ない。しかしその女の子の有馬の隣に立つのは同年代でも背が低めな女子の有馬より背の低く、小学生にしか見えない硝太なので事情を知らないものからするとより危険に見える。
どちらかと言うと有馬の方が誘拐犯扱いされるだろう。
「ふむ、なるほど。じゃあ有馬先輩って結構お金持ちなんですね」
「子役の時の稼ぎがまだあるだけよ」
そんなことを気にせず有馬の付き添いという名目の硝太と有馬は世間話を始めていた。
「凄いんですね。コヤクノカセギ」
「ゲームのアイテム名みたいな言い方はやめなさい」
子役というワードに耳馴染みがないのか硝太の変なイントネーションの言い方に有馬は吹き出しそうになるのを押えながら年上として訂正する。
実際有馬は天才子役と呼ばれただけあって子役の時の演技力とその人気は類を見ないものだった。今となって『今日は甘口で』のような低予算で顔の良くて売りたいモデルの顔見せ企画の仕事ぐらいしかないが。
「これからはその上にアイドルの稼ぎが乗ることになりますね」
「あんたのその自信はどっから来るのよ」
仕事のことを考えてまだアイドルの覚悟ができていない有馬の肩を硝太が軽く叩く。家族相手を除いていつもは落ち着いている硝太だが、有馬に対しては口調こそ敬語ながらもかなり気安い。背が低い硝太が手を伸ばして肩を叩く姿を見ると同年代と比べても低いはずの有馬が長身の女性に見える。
背は低く仕草も顔も子供過ぎる硝太だが学校で着ていた学生服を脱いで私服に変わっているせいで余計に子供に見える。その見た目が昔にいた弟分と瓜二つ。彼が覚えていないのと出会ったのが10年以上前の話なのに見た目がほとんど変わっていないことから最初は弟か瓜二つの別人かと思った。だが、有馬が彼と出会った時アクアもルビーもいた上に硝太にアクア以外の兄は存在せず、硝太とアクアは一応同い年。身長差などからどうしても気になるし、何かの間違いとしか思えないが同い年と言われてしまえばそれまでの話だ。
何気ない話を続けながら夜道を歩くと有馬のマンションの近くまで辿り着く。
もう後は大丈夫。そう言って別れようとした有馬だったが硝太を見るとそうは言えなくなっていた。
「硝太」
先に進もうとする硝太に有馬は思わず声をかける。
最初は否定されたことで彼と硝太は別人だと思ったもののアクアと硝太が同い年と聞けばもう本人が認めているようなものだ。それはもういい。問題は本人が覚えていないことにある。別に忘れられたことが辛い訳では無い。かなり可愛がってはいたがもう10年以上も前の話。硝太が覚えていなくてもおかしくない。だが、有馬には硝太の『初めまして』に違和感を持った。
嘘、と言うよりもっと歪んだ何かを感じる。芸能人としての嗅覚が斉藤硝太の答えを知りたがっている。
「アンタ、本当に私の事覚えてないの?」
進もうとする足を止めて硝太の返答を待つ。硝太は二、三歩だけ前に進むと顎に手を当てて少し考える仕草を取った。
硝太は有馬から視線を外さずに熟考する。硝太はまだ自身の記憶喪失のことを有馬に伝えていない。唯一の友人とも言える寿みなみにも推しの不知火フリルにも伝えていない。苺プロ内部でも硝太の過去の記憶喪失は一部の人間しか知らない極秘情報だ。その理由は硝太が記憶喪失になった原因、そして記憶喪失前の硝太と周りの関係に起因する。伝説のアイドル『アイ』と硝太、そしてアクアとルビーの関係性、それを世間に露呈することを警戒した苺プロの判断。アクアとルビーがアイの子供というスキャンダルが世間にバレたら苺プロに受ける損害はそう簡単に想像できるものでは無い。何より子供達と共にその秘密を守って、亡くなったアイに向ける顔がない。
だから嘘のつけない硝太にも苺プロは隠し事を続けさせている。嘘がつけない硝太もミヤコの判断ということもあり、それを律儀に守り続けた。精神科の医者も、硝太の隠し事には気づいていない。硝太のトラウマを根本的に解決しようとした結果真相に近づこうとした医者もいたがそんな医者には硝太から離れた。硝太からすれば自分の精神病を治すことよりアイの嘘を守ることの方が優先であり、アイの嘘をばらしてアクアやルビーを危険に晒す相手には文字通り容赦はしない。
だから硝太の口からはその事実は言えない。だから言葉で濁すことも一瞬考えたが真相に近づきつつある有馬には適当に濁したところでただの時間稼ぎ。たどり着く真相は変わらないだろう。ただでさえ嘘をつく技術もない硝太には隠し事すら難易度が高いのに加えてどれだけ最近の仕事が減ったといっても有馬のような人と接する機会の多い芸能人から見れば瑣末な隠し事はすぐにバレる。だからこそ硝太もバレていい相手以外にはよりいっそう警戒を強めてはいた。が今となっては後の祭り。他人との関わりをもう少し減らすべきか、と心の中で考えるもすぐに目の前の問題に思考を切替える。
──ここで有馬先輩を
秘密を共有する相手に有馬を増やすことを考えるがそれもリスクが高い。有馬も芸能人なので嘘をついたり隠し事をすることは多いだろう。それが今更ひとつ増えた程度大した問題では無い。苺プロのアイドルとしてやっている今なら大きな影響はなく、むしろルビーとの軋轢も少しはなくなるだろう。しかしアイドルをやめて女優に戻った有馬が苺プロに居続けるとは限らない。他の事務所に行ったり、フリーに戻ったら情報統制も上手く進まない。他の事務所に行く時にその辺の出版社にタレコミをするだけで苺プロは簡単に傾く。有馬に悪意が無くても今の状態でそれを明かすのは硝太にとってもいい気分がすることでは無い。
「…理由は、言えません」
騙すことも、口封じをすることも出来ない硝太には結局自分は隠し事をしているがその答えは言えないと正直に言うしか無かった。
「理由はあるのね。別にいいわ、そういうの探るの趣味じゃないし」
多少不満はあるけど、と後に続けながらも有馬はそれ以上は探らずに硝太の隣に並び、そのまま通り過ぎてマンションの壁を指さす。
「じゃあ私、そこのマンションだから。気をつけて帰りなさいよ」
「あっ、はい」
追求されると身構えていた硝太は肩透かしを食らうことになり口をアホっぽくポカンと開ける。有馬も馬鹿では無い。今のやり取りで硝太の理由がどんな類のものなのかすぐに察しただろう。その気になって探れば答えはすぐに分かる。それでも有馬がそれ以上聞かなかったのは優しさや既に分かっている等ではなく硝太側に理由があるかどうか知りたかっただけ。なので有馬は聞きたいことを聞けただけなのだが硝太からすれば聞くだけ聞いて答えは求めないという意味のわからない状態になってしまう。
「また、明日」
それでも有馬の方に手を振って有馬がマンションの部屋に入るまでは見届けることにした。
◇◇◇
有馬がマンションに入ったのを確認して来た道を戻る。夜の道だからか街灯は光っていても人通りはなく、硝太からすれば肌寒さはあるものの、かなり過ごしやすい。
「…」
電球が古いのか故障したのか街灯がチカチカと点滅し始めたがそんなことは気にせず、硝太は有馬に言われたことを思い出す。
『アンタ、本当に私の事を覚えていないの?』
その言葉から、10年以上昔、記憶を失う前に有馬と一度会ったことがあるのだろうと硝太は結論づけた。しかしだとするなら有馬の反応は少しおかしい。有馬の方が今でも硝太のことを覚えていることでは無い。知らないと言ったのにそれを有馬が疑ったことにある。
硝太の場合は記憶喪失で過去の記憶を失っているが、もしそう出なかったとしても10年以上前の話だ。自然と忘れてしまってもおかしくない。実際記憶喪失になっていない筈のアクアマリンもルビーと有馬に言われるまで気付いていなかった。『言われても思い出せないからおかしいと思った』という意見も出てきたが硝太は納得出来ていない。有馬はアクアマリンに対しては『映画で共演した』と繋がりの深いと思われるワードを出したが硝太には何も出していない。硝太からすれば思い出すのには無理があると言われても有馬はコメント出来ないだろう。
「昔の僕、か」
答えの出ない思考を止めて一度、昔の自分について考える。
記憶喪失になる前の自身、事故に合う前からアクアマリンとルビーの弟分として仲良くしていたということは聞いているがそれ以上のことは何も知らない。
調べる必要性もなかったし、正直に言って硝太本人には興味が無い。硝太にとってはミヤコ、ルビー、アクアマリンで閉ざされた空間こそが自身の居場所であり、そこにいるのが本当の自分。昔のことを知ったところで彼は今の自分は違う、既に亡くなった存在。存在しないのだからフィクションのキャラクターと大差ない。
そう思って生きていたが有馬と出会い少し変わっていたことを自覚する。有馬の知る斉藤硝太は昔の斉藤硝太。今の斉藤硝太は昔の斉藤硝太の地続きだと思っている。昔の斉藤硝太は死んだ。その事実を有馬に言えばどうなるのか。それは分からない。今言えることは少ない…少なくとも今の斉藤硝太は有馬にとって斉藤硝太の紛い物でしかない。
昔の斉藤硝太はそう思わせるほど有馬と繋がっていたのだろう。そんな相手のことは覚えていないと言い放つとは。申し訳ないことをした。
「どういう人なんだろ」
頭を悩ませようと記憶が戻るわけでもなんでもない。結局昔の斉藤硝太に戻ることは諦めて帰り道を歩く。
不意にコツ、コツと硬い靴を鳴らす音がした。
その音に気付いて顔を上げると道路を挟んで向かい側の歩道から銀髪の少女が現れた。こんな真夜中に一人。親や兄弟は影も形も見えず、その代わりに少女の周りを烏が飛んでいる。身長は硝太と同じぐらいでその差は拳2つ分もない。背格好からして小学生、それも7、8歳ぐらいの子供。このような真夜中に一人で歩いているのは不自然ではある。
しかし硝太はそこにいるのが夜中にいるには不用心すぎる幼女ということよりその幼女の異質な気配を感じ取り思わず足が止まる。どこからどう見てもただの女の子のはずなのに硝太の目にはその少女が普通の人間とは明らかに違う異質なものに見えていた。
こちらの視線に気づいたのか少女の足が止まる。少女の瞳が硝太の方に向く。大きく見開かれた瞳は硝太の先を見ている。
少女は数秒硝太を眺めると口角を上げる。
「早く起きないと死んじゃうよ、お兄ちゃん」
少女は忠告するように、懇願するように意味の分からない言葉だけ告げるとそれに満足したようで何事も無かったように振り返り、夜の闇に消えていった。
遠くでカラスの鳴き声が響く。
その声はまるで何かを告げる角笛の音に聞こえた。
不穏!圧倒的不穏!
硝太の過去、過去の硝太と思われる人物と有馬の関係、そして最後に出てきた謎の幼女。
謎が増える…え?これじゃサスペンスじゃなくてミステリーだって?そこは、サスペンスとさせて下さい。
感想、高評価お待ちしております!
正直投稿ペースが遅いので週二投稿に切り替えて欲しいかこれまで(月曜日19時に本編、他の曜日に番外編を不定期に投稿)の方がいいか
-
週一投稿
-
番外編等も一話としてカウントして週二投稿
-
番外編等は一話としてカウントせず週二投稿