硝太とアイは姉弟だった。
───硝太は姉を失い、なぜ記憶を失ったのか。
新規アイドルグループ、プロデュース会議。
B小町解散以来10年ほどやってこなかったアイドルグループの立ち上げということで苺プロの会議室にて古株のスタッフ達が集まり会議を始める。その中には社長の斉藤ミヤコもちろん、2人のマネージャーを始めた硝太に苺プロにまだB小町としてアイを始めとしたアイドルが所属していた頃からのメンバーが集まっている。
中にいるのが古株のメンバーということもあり、いつもなら人が集合しているのに弱い硝太も普段以上に自分の意見が言いやすい環境になっている。
「まずは姉さんと有馬先輩には経験を積ませないと。新人アイドルってどんな仕事してるの?」
「そうね…ビラをくばって合同ライブに呼ばれて歌って踊る、ぐらいかしら。昔はね」
ミヤコの含みを持たせた言い方に硝太は首を傾げる。そもそも硝太はアイドルに詳しくないどころか芸能界にすら疎い。不知火フリルのファン、というのも数年前家族で見たドラマに出ていた役から興味を持った、という程度なので芸能プロダクションのスタッフ、それも社長の息子として考えると知識は圧倒的に少ない。
「今のアイドルカルチャーはネットが中心、YouTuberとしてファンを増やした方がリアルイベントにも人を集めやすくなるわ」
そんな硝太に個人授業をするように最近のアイドルについて話すミヤコ。一昔前、B小町が活動していた頃は先程ミヤコが言ったような活動が新人アイドル、それも立ち上げたばかりのアイドルグループの主な仕事だった。そこからファンを増やして単独ライブをやったりするのだが、今は違う。今はネットが広がり誰も彼もがネットに繋がって情報を得る社会になった。今やテレビの画面はゲームをする時のモニタ扱い。ならその時代に逆らうのではなく乗っかってネットからファンを作るのが一番効率がいい。
「となるとネットで見てもらう、じゃなくて見つけてもらう必要があると」
ネットで活動するのが効率がいい、ということは誰でもわかる。問題は情報で溢れるネットから元々の知名度もないアイドル2人をどうやってネットの中から輝かせるか。いくら二人がアイドルとして優秀であろうと見て貰えないことには判断がされない。強引にでも人の目に二人を晒す必要がある。
これを逆に利用したのが所謂迷惑系となる。マイナス印象がつこうが人の目に触れればその分覚えてもらえる可能性は高まる。しかし当然の事ながら苺プロにはそんなことをするYouTuberやティックトッカーは存在しないしこれから雇うつもりもない。
「そうね。そこはウチのYouTuberに協力してもらうことになるわ」
「そこは
ミヤコが周囲のスタッフの顔色を確認しながら応援を頼めそうなYouTuberを考える。苺プロはそもそもネットに強い事務所だ。億単位を稼ぐYouTuberが
そこで硝太は隣にいるひよこの覆面に海パンのみをつけた筋骨隆々の男を指さす。体躯の小さい硝太と比べると巨人にすら見えてしまうその男の名はぴえヨン。元々はプロダンサー兼振り付け師をしていたが苺プロの業務転換とほぼ同時にYouTuberへと転向した。その後メキメキと人気を伸ばして苺プロでも一二に争う人気を誇る苺プロの稼ぎ頭。そして同時に、記憶を失った直後の硝太を知る苺プロ職員の一人でもある。
「ウーム。ソウダネー。ルビーちゃん達とは客層は違うケド悪くない判断だと思ウヨ!」
硝太に呼ばれたぴえヨンは耳に突き刺さるようなアヒル声でその判断に賛成する。
硝太はぴえヨンのアヒル声には苦手意識を持っているようで少し顔を顰めるがこれがぴえヨンの人気の一員、と聞くと止めさせるのも気が引ける。
ぴえヨンは覆面系筋トレYouTuberと名乗っており、その名の通り酸欠になる可能性を配慮していないようなひよこのマスクを被って筋トレをしたり解説する動画を出しており、小中学生を始めとしてかなりの人気を持っている。
動画内では無いのでせめて会議の時間ぐらいはその覆面を取って欲しい、とは硝太を含めた他のスタッフがほとんど全員思ったことだが口には出さないでおいた。
「で、ドウスル?アイドルだし寝起きドッキリでもスル?」
「やーめーろ。僕が姉さんと寝てたらどうするんだ」
「そこは君が対策して欲しいんだけど…」
そんなぴえヨンは二人のプロフィールを見ると寝起きドッキリを提案するがその直後に硝太が反対する。
硝太は不眠症を併発しており、一人で寝ることが出来ない。個人部屋にベットは置いてあるものの、少し大きめのソファとしてしか使われておらず、基本的に斉藤ミヤコの部屋に入って二人で寝る。しかしミヤコの仕事が忙しかったりするとルビーやアクアの部屋に入って寝るようにしており、比較的硝太に甘いルビーの部屋で寝ていることが多い。普通に考えるのなら、血の繋がらない姉弟が同じ部屋で寝ているというのはいくら硝太が小学生のような小さな体躯をしているとはいえ問題になりそうなものだが、苺プロ職員は全員がもう慣れっ子であり、それ自体にはなんの疑問も抱かない。それより、苺プロのメンバーからすれば硝太が家族のミヤコ、ルビー、アクア以外にタメ口で話すことの方が珍しい。
一応、これは硝太が知らないことだが寝起きドッキリは事前に連絡が行っている。アイドルが男と寝ていたら問題だからという発想からだが嘘が極端に下手な硝太と嘘を嫌うルビーには寝起きドッキリは不向きと言わざる負えない。
「素直に二人と筋トレ動画撮ればいいじゃん。お前一応覆面系筋トレYouTuberだろ?二人とも今後ライブとかで歌って踊るなら筋肉は必要じゃん」
ぴえヨンが動画を撮るなら奇を衒った動画よりいつも通りの筋トレ動画にアイドルの二人を登場させた方がいい。というのが硝太の意見だ。事実、ぴえヨンの動画のコラボ企画で他のYouTuberがぴえヨンと筋トレダンスを踊る、ということをやった事は何度かやったことがあるので今回もその時と同じようにやれば何も難しいことは無い。
「ソレは構わないケド…平気ナノ?」
「僕が子供の頃にやってたのあるじゃん。比較的楽なヤツ選んどけばいいでしょ。どうです?」
ぴえヨンは少し悩む様子を見せるが、硝太は「楽なやつを選んでおけばいい」と言って他のスタッフ達にも話を振る。アイドルのプロデュースの経験は少なくとも、YouTuberのプロデュースは何人もやってきたプロ達から見て硝太の案はそこまで悪いものとは感じていないようで皆、頷く。
硝太は今でも子供、という当然の事ながら硝太自身が気付いていないことを言う人は今更いなかった。
◇◇◇
思い立ったらすぐ行動。というわけで硝太はミヤコと共にマネージャーとしての初仕事としてぴえヨンを担ぎながらルビーと有馬のいる事務室に来て二人に事情を話す。
ルビーは憧れていたアイドルの初仕事として興奮していたのに対し、有馬はげっそりとした顔でぴえヨンを見ていた。多分ぴえヨンが一億を稼いでいるYouTuberであることが信じられないのだろう。もしそうだとしたらそれを1番思っているのは硝太である。
「ぴよぴよぴよーぴえヨンチャンネルゥー!」
ぴえヨンの元気なアヒル声で動画が始まる。カメラの前でいつも通り立つぴえヨンとその両脇にぴえヨンと同じ覆面を被って立つ有馬とルビー。硝太とミヤコはその撮影を近くで見ている。
今回の動画の内容は簡単だ。ルビーと有馬の二人にぴえヨンと同じ覆面を被ってもらいぴえヨンブートダンスという筋トレダンスを一時間耐久してもらう。ダンスをし終えた後顔出しして自己紹介。
ぴえヨンブートダンスという筋トレダンスの元になった筋トレ自体は硝太が小学生時代、つまり不登校時代にまだプロダンサーだったぴえヨンをまだ信用していなかった硝太がミヤコと仕事の話をするぴえヨンを警戒してそんなぴえヨンがミヤコを襲うようなことになってもいいようにと素の力で殴り倒せるようにぴえヨンの筋トレをそのまま真似したのが始まり。つまり小学生の硝太でも出来た事なので硝太は二人なら余裕だろうと思っていた、のだが。
「あれって結構大変なんだ…」
ルビーと有馬は今すぐにでも倒れそうなほどに疲れ果てながらもぴえヨンにくらいつこうとしている。
硝太には他人がどれだけ動けるか、ということが分からない。幼稚園の頃の記憶は無くなり、小学生は学校に行っておらず本人はまともに行っていたと認識している中学校ですら体育の部活やイベント事は避けていたので同じ年頃の相手と動くことをしていない。幼い頃から共に居たアクアとルビー相手でさえどれだけの身体能力を持っているのかわかっていない。
そうなると当然、サンプルは自分の身体のみとなる。母親を守りたいという感情のみで大人でも裸足で抜け出すような無理なトレーニングを泣き言ひとつ言わずに繰り返し続け身体を改造し続けた硝太は既に常人の括りにいれるにはかなり厳しい。そんな硝太が小さい頃に出来た筋トレが女子高生の二人に適正なものかどうかは最早考えるまでもない。
硝太の目に映るルビーら顔はぴえヨンの覆面で隠されているが動きは目に見えて悪くなっている。疲れが全身に溜まっている。ぴえヨンの呼吸のことを欠片も考えていないような覆面はただでさえ息苦しいのにそこに汗が溜まりさらに息苦しくなる。
──ダメだ。見ていられない。
ルビーと有馬の状態に共感能力が働いた硝太が危機を察知する。心臓が一度打つ度に身体を壊してしまいそうなほどに強く鼓動する。喉が焼けて、肺まで熱に犯される。生温くて刺すような汗は肌触りが悪い。
アイドルの仕事が大変なのは理解するとしてもこれだけ辛いのはやりすぎだ。
「待ちなさい、硝太」
「でも…!」
しかし止めようと立ち上がった瞬間にミヤコが硝太の腕を掴んで小さな声で止める。それだけで熱に犯されていた硝太は幾らか落ち着くが瞳は強くルビーを見ている。
興奮状態にある硝太とは逆にミヤコは非常に落ち着いて二人を見ている。
「ちゃんと見てあげなさい」
ミヤコに促されて近くの椅子に再び座る硝太はもう一度、ルビーを注意深く見る。もう足元も覚束無いほど疲れ切っており、必死に呼吸をしているように見える。
「きっつ!死んじゃう!あははは!死んじゃう!」
しかし当の本人は楽しんでいた。ぴえヨンの覆面の裏で笑い声をあげている。キツすぎておかしくなってしまった、というのも考えたがどうやらそれでは無いようだ。本気で、ぴえヨンブートダンスを楽しんでいる。キツイのはその通り、それがおわったあとのことを期待している、というのなら分かるが、ルビーは筋トレそのものを楽しんでいるように見える。
「楽しんでる?」
「そういう子よ、あの子は」
アイドルになりたくて色んな努力をしてきたルビーを見てきた硝太も流石に筋トレ動画で苦しみながら楽しむ、なんてことは想像出来なかった。
硝太にとっては筋トレも母や兄姉を助ける為にする苦行でしかなかったから。それ自体を楽しめるルビーが非常に輝いて見える。
「…姉さん」
そうこうしている内に一時間の動画が終わる。限界を超えて動いたルビーと有馬はその場に倒れてしまうがまだ大事な仕事がひとつ残っている。
「ハイ!お見事!着ぐるみ取って自己紹介ドウゾ!」
疲れ果てている二人とは違い汗は書いているものの、まだ全然平気そうなぴえヨンが促すと二人は息苦しい上に汗でベタベタになっている覆面を外す。
「いちごプロしょぞく…星野ルビー…自称アイドルです」
「有馬かな!自称アイドルです!こんにちは!」
二人の自己紹介が終わると同時に動画も終了する。それを合図に硝太は酸素ボンベとタオルを持って二人の元へと跳び息を整えさせる。
「ゆっくり吸ってね。過呼吸になるから」
「すぅーはぁー」
ルビーも有馬もこれだけの運動は前例がなかったのか、最初のペース配分から厳しかったように見えた。ルビーは特に同時に楽しんでいたとはいえ最後は気合いだけで動いたようなものだ。気を失っていないだけ十分と言える。
──脈拍は上がってはいるけど危険域には言ってないな。とりあえずゆっくり体温を下げながら水分を与えれば大丈夫そうだ。
二人の汗を拭いて呼吸を整ってきたのを確認して後ろにずっと立っているぴえヨンに声をかける。
「やり過ぎだバカ、二人が倒れたらどうするつもりだったんだ」
「編集して一時間やったことにするつもりだったけどね。マジでガチったね。ホント凄いよ」
「ったく…お前今回の動画の分のお給料全額二人に渡せよ」
「ヒドイッ!」
ぴえヨンも二人の事を認めたようで未だに覆面こそ被っているがその中では誇らしそうに二人を見つめている目がある。そこまでされたら硝太も怒るに怒れない。そもそも筋トレ動画を推薦したのは硝太自身なので何も言えないのは当然なのだが。
「そうそう、大切なことを忘れていたよ。二人のユニット名とかあるの?」
「…もうルビーが決めていいわよ」
「いいの?じゃあ…」
二人の名前、つまりルビーと有馬のアイドルグループ名を聞かれて有馬は諦めたようにルビーに全てを任せる。それに対してルビーは何処か遠いところを見る目をして少し考える。ここでは無い何処か、遠い記憶の果てにありながら瞳を閉じれば思い出せる。そんな場所にいる男の姿。
硝太がそれを感じ取るとほぼ同時にルビーは元気な声で苺プロの新しいアイドルグループの名前を宣言した。
「B小町!」
B小町、結成!
え?1人足りない?そうだね足りないね…早く来て欲しいね…
それはそれとしてぴえヨンにめちゃくちゃ気安い硝太。君以外といい性格してるんだな…敬語じゃない上に相手への敬意のない言い方の硝太はちょっと年相応の悪ガキ感ありますね。基本がいい子なのでより目立つ。
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…感想も沢山書いてください。うるさくなるぐらい欲しいっす