B小町とぴえヨンのコラボ動画を編集途中、黒川あかねの誹謗中傷の記事を見つける。
始まりは、焦りからだった。
恋愛リアリティショー『今からガチ恋始めます』は序盤は皆ほぼ均等に出番が与えられていたものの、すぐにモデルの鷲見ゆきとダンサーの熊野ノブユキとのカップリングが中心となって展開されていった。しばらくすると嫉妬心を持った森本ケンゴも参戦してきてゆき、ノブユキ、ケンゴの三角関係に発展して番組を盛り上げて行った。
当然の事ながら番組の尺は決まっている。その為番組としては目立つ三角関係となって発展している三人に注目させたくて三人に多めの尺を割いて他がその割を食うようになった。
その中でも恋愛に発展していないものの天然おバカ枠を確保したMEMちょも安定した出番を貰えていた。
しかし
「頑張るだけじゃ金にならないんだよ!爪痕一つ残させろ!」
社長がマネージャーにそう怒鳴っているのを聞いた時、胸の奥が締め付けられるように痛かった。私が不甲斐ないから、マネージャーにも社長にも迷惑をかけている。
──私が迷惑をかけている、もっと頑張らないと。もっと頑張って爪痕を残さないと。
『今求められているのはよりカゲキなもの』
MEMちょがそう言っていたことを思い出し、番組のスタッフに聞いてみたところ出てきた回答は「ゆきからノブユキを奪う悪女ムーブ」という回答が来た。
私はそんなことをする気は無い。けど、それが番組の中で目立って爪痕を残す方法だと言うのなら。
──頑張らないと。
運がいいことに舞台の上でならそのような役をやったことがある。その時のキャラのプロファイリングデータがまだあるので目立ちたい私を押し殺してその役に徹することにした。
──私が頑張らないと。
でもネットの意見は正直で、ゆきを好きだという意見は多いものの私を好きだと言ってくれる意見はひとつもなかった。
──もっと目立たないと。
私に期待してくれている人の期待に応えたくて頑張ったはずなのに、失敗した。
ゆきの頬を殴ってしまったのだ。その時にゆきにつけてもらった付け爪が彼女の頬に引っかき傷を残した。ゆきはすぐに笑って許してくれた。二人で抱きしめ合って笑い会えた。
けどネットはそんなことでは許してくれなかった。
まず最初に謝罪をした。放送になっていない場所は言えなくても誠心誠意謝れば許してくれると思った。しかしそれを合図に罵詈雑言は増えた。でもそれは私が悪いことをしたから当然。これはみんなの意見なのだから、と出来る限り全ての意見に目を通した。
『消えろブス』
『死んで謝罪しろ』
──その批判意見を見る度に心臓が締め付けられるほど痛くなった。けどこの人達が悪い訳じゃなくて私が悪いのだから言い返そうとは思わない。そう思いながらもゆきは許してくれても決してこの人たちには許されないと、その時知った。
日に日に増えていく罵倒。食事も喉を取らなくなり、学校でも友達だと思っていた子達が陰口を言っているのが聞こえた。ネットには私の卒アルの写真もばら撒かれていた。
『なんかさーいちいちマウントとらないと気が済まないのかって言うかさー』
『私はアンタ達とは違うから、って雰囲気出してきてさー』
──周りの人が、みんな自分のことを罵倒しているような気がする。みんな、私を指さして追い詰めているような気がする。
──つい最近までは昨日見たドラマの感想とか、近くにできた美味しいお店の感想とか言い合っていたのに。友達だって思っていたのに。なんで?
私本人への罵倒をするのに飽きたのか、いつしか罵倒は事務所や家族まで飛び火した。悪くない人達が罵倒されているのに、私には何も出来ず、それどころかそれが私のせいだと思う度に泣けてくる。泣きたいのは、彼らの方なのに。
『母親が教育しないからこういうカスが生まれる。負の連鎖じゃん』
『単純に事務所の管理がゴミカス』
──お母さんも事務所の人も悪くないのに。悪いのは私なのに、私のせいで責められている。
──私に期待してくれた人達なのに。私のことを快く送り出してくれた人達なのに。
──ごめんなさい。ごめんなさい。
番組の更新日が来てもその内容を確認する気力はなかった。この番組が続く限りこの問題は続く。それどころか芸能界に居続ける限り、黒川あかねとして生き続ける限りその問題は続いていくと知った。
──もっと有名な女優になりたくて、これからも演技続けたくてやってきたのに。
気付けば、雨の中歩道橋の上に立っていた。
目の前には散らばっている弁当やペットボトル。最近何も食べていないから食事をしようと思って買い物に行ったら躓いて転んでしまったのだろう。
それを見て、もうどうでも良くなってしまった。これから先のこととか、どうでもいい。
「疲れた」
導かれるように手すりの上に立つ。下には私の存在に気付いていない車やトラックが行き交っている。手すりの下に落ちれば自分の体はあっという間に車に引き潰されて死ぬだろう。
しかしそんなこともうどうでもいい。疲れた。考えるのに疲れた。苦しむのに疲れた。もう何も考えたくない。もう生きているのが辛い。
足を一歩前に踏み出す。その先に道は無い。身体は自然と道路まで落ちていく。落ちれば私は死ぬ。走馬灯もない。もう辛いことばかりで何も考えたくなくて何も思い出しくないからか。私はそんなことも考えないことにした。
その瞬間、身体がふわりと浮いたと思ったらお腹に強い締めつけを感じ、それが何か分からぬまま後ろの方へと叩きつけられた。
呆然としたまま、空を見上げる。滴り落ちる雨粒と腹のところに残る鈍い痛みが何より今自分が生きていることを証明している。
──なんで?なんで生きてるの?
何も分からない。分かるのは死のうとしたのに今生きているということだけ。
「あぁ!いやぁ!離して!」
感情的に藻掻く。もう私は死にたいんだ。もう、何も考えられないように死にたいのに。
もがけばもがくほど体を締め付ける力が強くなる。全力でもがいているのに全く身体が先に進まない。
「落ち着け!」
強い声に現実に引き戻される。聞き覚えのある男性の声。つい最近まで───今ガチの撮影で聞いていた声。
「俺は敵じゃない、頼むから落ち着いてくれ」
そこには、星野アクアがいた。
◇◇◇
「なんでっ!」
動画の編集中、調べ事をしようと検索サイトを立ち上げたら出てきたニュース記事から様々なものを調べた。その他のニュース記事、まとめサイト、SNS、番組公式サイトのコメント。
見た限りのもの全てに黒川あかねに対する悪意が籠っていた。
「なんでって、あの内容だと燃えるでしょ」
息を荒らげながら困惑する硝太に対して有馬は理性的にSNSの炎上を眺める。非常に冷めたように見ているその目は硝太の怒りを理解しながらも同調しない意思が読み取れる。
芸能人として長く業界にいる有馬だからこそ身についた処世術だがそれすらも硝太は気に入らなくなっている。
「巫山戯るな…!」
黒川あかねが何も悪くないか、と言われるとそれは違うと硝太も言う。理由はなんであれ、鷲見ゆきの頬に傷をつけたのら良くないことだ。しかしそれに対して炎上するのなら鷲見ゆきの傷に対する擁護から始まるべきものだ。もし炎上で燃えている原因が全てそれなら硝太も怒ることは決してしない。
だが現実はそうとはいかない。目立っていないとはいえ番組に出てお金を稼いでいることに対する嫉妬心、正義のヒーローのフリをして悪っぽい相手を叩くことで得ている自尊心、そして何も知らないくせに群がって攻撃する人の特性。
硝太の目にそれが映った時硝太は感情的になる自分を抑えられなかった。
「あんなの、正常でいられるわけないだろ!」
人の悪意は伝播する。SNSの暴走を黒川あかねが理解していないわけが無い。必ずその内容を見てしまい感情だけの悪意に触れるだろう。
見てくる人が皆、自分に殺意を抱いているような錯覚。とんでもないことをしてしまったという後悔。存在そのものが狂気に染っているような子供ならともかく黒川あかねは正常な人間。正常な思考は奪われ、日常生活もままならず誰も信じられなくなる。
それは硝太も経験したことがある地獄だ。硝太の場合は言語能力を始めとした生活能力や思考能力も失っていたのと、母親のミヤコに救われたため事なきを得たが黒川あかねはそうとはいかない。
芸能事務所や番組側がそんなことを理解できないはずがない。なのに何も動き出そうとしないのは文字通り黒川あかねが見捨てられたことを意味する。ただでさえ味方を奪われ、生きる意味や意志を奪われた黒川に対してその仕打ちはなんだ。
何もしない彼らに対する憤りも硝太は強く抱えている。
「硝太、落ち着いて」
普段は決して表に表すことの無い硝太の怒りにルビーが姉として硝太を横から抱きしめてソファに座らせて落ち着かせる。
有馬は見たことの無い硝太の怒りに若干引いているものの、ルビーはその怒りの根源をよく理解している。
──硝太、ママのこと大好きだったもんね。
それは、アイがストーカーに刺されてなくなった後のこと。当時人気のアイが亡くなったというのにニュースは異例の早さで静まった。それでもSNSはそうとは行かず当時のSNSでは他者を玩具にするような物言いで燃え上がるものもあった。
『しゃーなしって何?アイドルが恋愛したら殺されても仕方ないの!?ねぇ、そんな訳ないでしょ!?』
『有名税って何?』
『傷つけられる側が自分を納得させる為に使う言葉を人を傷つける免罪符に使うな…!』
ルビーが一人でキレ散らかしていたのを誰より傍で見ていた硝太が何を思って
だからこそ、これ以上硝太を先に進めては行けない。ルビーはそう感じた。
「恋愛リアリティショー番組は世界各国で人気だけど今まで50人近くの自殺者を出している。国によってはカウンセリングを義務づけているほどよ」
そう考えていると編集部屋に話を聞いていたミヤコがやってくる。それだけで硝太の怒りは幾分か収まったがそれでも抑えきれない怒りが硝太自身を呪い殺そうとするように燃え上がる。
「私だってアクアがこうなった時のためにカウンセリングの場所と時間は取ってある。けどそれは事務所によって違う。黒川あかねのことは私達が何とかできる管轄外のことよ」
「なんで、そんなっ!」
ミヤコもアクアの母代わりとして、苺プロの社長としてアクアがSNSなどで攻撃を受けた時の対応は考えており、その準備も行っている。しかしそれもアクアが傷付いた時の対策でしかなく今回のように黒川あかねの時の対策はできない。
「硝太、気持ちはわかるけど黒川あかねは別の事務所の子よ。下手に手を出せば事務所同士の問題になりかねない」
「…」
どれだけ黒川あかねの問題に怒る硝太だとしても流石に事務所の問題に発展するとなると強くは言えない。
硝太の中でも最優先事項は斉藤ミヤコの命。その次にルビーにアクアにと続いていくのだが、彼らのためには事務所の存続はマストと言っていい。その為いくら黒川あかねに共感していたとしても下手に苺プロを危険に晒すような真似は硝太には出来ない。硝太が黙ったことで誰も何も言えなくなり数分の静寂が流れる。
その静寂を打ち破ったのはミヤコがポケットに入れていた携帯の着信だった。ミヤコが着信に出て電話を始めたのを見て硝太は右目を閉じて左目だけで一瞬ミヤコを見るとすぐに外出の準備を始める。
「もしもし、はい。え?本当ですか?はい、すぐに…」
ミヤコは電話の内容に驚きながらも硝太が行動し始めたことを見て電話を切った。
こういう時の硝太の読みは確実に当たる。特に黒川あかねで敏感になっているのだからその精度は相当なものだ。
「え?どうしたの?」
硝太が動き出したことで何かあった、というのは察したものの話についていけていないルビーが戸惑いながらミヤコに話しかけるとミヤコは微妙な顔で呟くように言った。
「アクアが警察のご厄介になったみたいで…」
驚きの声を上げる二人を他所に硝太は準備を終えて玄関に待っていた。瞳の奥を輝かせながら。
───止めたとしても走って向かうだろうな。
ミヤコはギラついた目になっている硝太を見て小さくため息をついた。
ガチギレワンコ。忠犬硝公。ワンパチ。イヌと和解せよ。
高評価、感想よろしくお願いします!
評価バー全部埋まんないかな…