警察に保護された黒川あかね。彼女の本来の姿に心撃たれた硝太は彼女に襲いかかる悪意とそれに犯される黒川あかねに気付くことが出来なかったことを酷く後悔する。
それでも黒川あかねは、そんな硝太が考えられる次元を大きく超えている
──他の誰でもない、貴女が戦うというのなら───
硝太も、再びその足で立ち上がる。
黒川あかねの自殺未遂がネットニュースになった。情報を流したのがどこの誰かは知らないがこれで黒川あかねと今回事件の知名度が上がることになる。
ネットでの呟きが人の死を連想させることから皆が引くかと思いきやそんなことにはならず、そのニュース呟かれるコメントには未だに誹謗中傷を続けている人がいた。
「───」
彼女が泣いていたことを知らない人間でも、自殺未遂というセンシティブな内容を知っても人を叩けるような連中ばかりで見ていて嫌気がさす。
それでも彼女は戦うこと決めた。これからも色々言われることを覚悟しながらも辞めない選択肢を取った。なら、彼女を一人で戦わせる訳にはいかない。事務所が違おうと、他人であろうと出来ることはある。ミヤコですら、黒川あかねの為に戦うこと自体は否定しなかった。
やるしかない。
誰かに言われるまでもなく、既に身体は行動を始めていた。
彼女のSNSに流された悪意を一つ一つ見て分析をしていく。そのアカウント情報を見て紐づいている情報やそのアカウントが呟いている他の情報を貪欲に漁る。1番の情報源はやはり写真だ。加工をしているものもあるとはいえ、所詮素人の加工ならいくらでも剥せるし、剥がせなくても隠しきれない細かな情報から相手の個人情報は抜き出せる。
悪意を自分の胸の内に秘め込むのではなく、他人を攻撃して発散するような人間というのは大体人柄が共通しており、まともな相手では無い。まず、社会的に信頼されたり認められるような立場にはいない。そのくせ自己肯定感ばかり高く、鬱憤としている。その憎悪を他人にぶつけることで発散しているのだ。その証拠に調べあげたヤツらは過去にも別のタレントに同じようなことをしていた。
──正直、そのタレントのことはどうでもいいけど。黒川さんの分は償ってもらおうか。
写真やら呟きから住所と本名、所属組織まで絞り込みそれらを何人分も重ねていく。
読み間違えてしまったら全てを失う可能性もあるので一つ一つ調べるのにも時間はかかる。オマケに当時の気温や天気からニュースまで裏付けに必要だ。
目的は名誉毀損で裁判を起こすこと。賠償金が黒川あかねのこれからの足しになるかと言われれば怪しいところではあるが償いを強制させられるのとこれからの誹謗中傷に対する牽制にはなる。
とはいえB小町のマネージャーになったからにはその仕事も手を抜くことは出来ない。それはミヤコとの約束であるのと同時に自分のやるべき仕事だから当然のこと。ぴえヨンとのコラボ動画を編集し終えてアップしたら次は別のYouTuberとコラボ動画を撮り、合間に二人だけの動画も撮影する。簡単な自己紹介動画や短時間のゲーム実況動画等。やるべきことは山積みだ。
その為まず最初に削るのは睡眠時間、次点で学校の時間。勿論、こんなことをしているのをミヤコやアクアに気付かれるわけにはいかない。ルビーやミヤコと同じ布団に入り、片方が寝たのを確認したあと起こさないようにそっと布団から出て調べ物を再開。学校は授業中に隠れてスマホで調べ物をし続けた。
調べ物にかけられる時間は決して長くない。今ガチ自体もう後半に差し掛かっている。今ガチが終わって時間が経ちすぎると事件を風化させようという動きが入る。それまでにやれることはしておきたい。今ガチの撮影は土日の休日にある。現状の黒川あかねの精神状態で撮影は不可能として、希望を示す意味でも撮影日よりも前にヤツらの個人情報を調べあげることだけでもやっておく必要がある。無理は幼少期から慣れている。それにこの程度の疲労、黒川あかねが感じたものに比べれば屁でもない。
◇◇◇
カタカタカタカタ
パソコンのキーボードを打つ音にも細心の注意を払いながらまた一人、個人を特定する。休めと脳は限界を告げているが溜めた息を吐いてやり過ごす。肉体は鍛えていた為大したことは無いが、脳の疲れは想像以上に限界を近づけていた。ただでさえと多くの情報量を捌くのに慣れていないのにそれを続けていれば当然そうなる。考えが浮かばなかったのは想像力不足に過ぎない。
「───ふぅ」
金曜日の午後。学校の後硝太は一人で近くのネットカフェに寄って調べ物を続けていた。苺プロに戻って調べ物をしてもいいが、それだとルビーや有馬に気付かれて心配をさせるリスクがある。B小町としての仕事がない日はネットカフェで仕事をすることにしていた。
「お疲れ様。コーヒーか紅茶、どっちがいい?」
「んーああ、紅茶で。コーヒーは苦くて飲めなくて───え?」
近くから最近になってようやく慣れてきた女性の声が聞こえ、思わず肩に手をやって振り返る。一人で来たから、そこには誰もいるはずがないのに。
そこには変装はしているものの日本が誇る美少女マルチタレントが片手にコーヒー、片手に紅茶の入ったコップを持って立っていた。普通の人がやればなんとも思われないような行動も彼女がやるだけで華になる。
「不知火さ───なんで──?」
周りを見渡しこちらに気づいている人がいないのを確認して出来るだけ小声で不知火に話しかける。すると驚くこちらに対して不知火は「隣、座るね」とだけ静かに言って隣に座る。
脳が疲れていることもあり、幻覚でも見ているのか、そう思って頬を叩くがバチン、と活きのいい音と共に手と頬が赤くなり、痛みが来るだけで目の前の状況は何も変わらない。
「何してるの?」
「いやこっちのセリフだよ!学校は!?」
「今日は仕事で遠出のロケしてたから休み。昨日も休んでたんだけど。知らないよね、
幻覚ではなく、夢でもない。そう考えると本物の不知火フリルがわざわざネットカフェにやってきたとしか思えない。しかしアクアとルビーすら知らないはずなのに何故全て知っているようにやってきたのか。そう思うこちらに対して不知火は何か思うところがある様子で紅茶を目の前に置く。
「…」
「ここ数日忙しそうだね。何しているの?」
冷静になりきれない頭を必死に回しながら出されたコップと出してきた不知火を見比べる。不知火は残ったコーヒーを1口飲むと芸能科で昼飯を食べている時のように何気なく質問をしてきた。本人は何気ない質問のつもりのようだが素直に説明することは出来ない。やっていることは個人情報を抜き取ろうとしているだけに過ぎない。いくら相手が悪人であろうと無関係であるはずの自分が好き勝手にやっていいことでは無い。そんなことを知らせては余計なことを考えさせてしまう。
「い、いや、その…」
「黒川あかねさんのこと?」
「っ!なんで」
しどろもどろになっているこちらの心境を的確に言い当てる不知火。隣に置いた資料やパソコンの画面は盗み見ようとすれば全然見ることが出来るがそれだけではネット上の誰かの個人情報を探っているだけにしか分からないだろう。少なくともそれと黒川あかねの炎上事件を合わせて考えるのには無理がある。
「黒川さんの炎上と自殺未遂は有名だからね。後君はそういうの素直に怒ってくれる人だから」
不知火はコーヒーで再び喉を湿らすとまるでこちらがいい人であるかのような言葉を言った。
彼女の言う通り黒川あかねの炎上と自殺未遂は今や今ガチを見ていない人にもわかるほどのニュースになっている。今ガチをチェックしている不知火が知らないわけが無い。しかしだからといって
「素直に、ね。僕がしてることはとても褒められたことじゃないよ」
手元にある書類の束を眺めながら自分のしていることを再確認する。これは個人情報、当人しか知らないはず、知ってはいけないはずの情報をわざわざ調べてやることなんて報復以上のものは無い。
おそらく不知火は本気で僕のことを善人だと思っているのだろう。冗談にして欲しい。本当に善人ならアクアマリンのように黒川あかねが自殺未遂を起こす前に止める。彼女の誹謗中傷を止めようとしても他人に危害を加えるようなやり方はしない。
「そうだね。炎上対策としていい手じゃない」
「わかってる…兄さんやお母さんが考えた方がいい手が浮かぶだろうね」
アクアマリンやミヤコが黒川あかねを助けるのなら、もっと穏便に済ませ誰もが納得するような方法を出せていただろう。二人とも落ち着いて冷静に対処できるだけの余裕とそれが出来る知識量を持っている。対して自分はなんだ。黒川あかねが追い込まれていたどころか自殺未遂をしていたことすら知らず、彼女を助ける明確な方法がより傷つけるかもしれない方法しか出てこない。そんなことに時間を割いているなら諦めてアクアマリンやミヤコに全てを任せた方がいい。そう思うのが自然だ。
不知火も思うところがあるようで書類の束を少し同情的な目で見ている。
「じゃあなんで?」
「黒川さんはお母さんと同じで努力家で、真面目で、優しい人なんだ。だから報われて欲しい、幸せになって欲しい。我慢だけし続けて悲しい結末になるなんて僕は許せない」
母親は、優しい人だ。産まれて生きているだけで負担な僕をここまで育ててくれた。こんな人の形をしただけの不良品を愛してくれた。アクアマリンもルビーも他所の子供でありながら分け隔てなく母親として接した。残された苺プロの社員を誰一人見捨てず、クビを切らなくても済むように新しくネットタレントのマネジメントを初めて成功させた。
けど、そのせいで彼女は未だに報われていない。優しい人は、誰かのために戦うことが出来る。自分を犠牲にして戦ってその結果を他人に渡すことが出来る。
──じゃあ、彼女個人の幸せはどうなるの?
子供がちゃんと大人になれば幸せか?
会社が軌道に乗れば幸せか?
本人はそれでいい、それで満足だと言うだろう。言っている本人は我慢している自覚すらない。もし本当にそれで十分だと思っていたとしてもこれだけ大変なことを強いておいてそんなささやかな小さな幸せで満足させていいのか。それでは釣り合いが取れていない。優しさを捨てて傲慢に生きた方が楽しめた、という結論になってしまう。お人好しが馬鹿を見る、なんて誰にも言わせない。
黒川あかねの場合も同じだ。彼女は間違いこそ犯したが周りの期待に答えようとしていた善人だ。そんな彼女がただ他人から攻撃されるだけなんて見ていられるわけが無い。彼女も優しさによって報われるべきだ。
──僕は優しい人じゃないから、どうなってもいい。だけど優しい人が報われない社会は嫌だ。
「そっか。でも斉藤くん、ルビーが心配してたよ。最近顔色悪いから、私が一緒に寝ても寝られないんじゃないかって。それでも君はやり続けるの?」
不知火に言われて画面が暗くなったパソコン画面を鏡代わりに見ると目元にしっかりとした隈が出来ていた。寝てる振りをしていただけで寝ていないのだから当然だが、そんなことにも気が付かなかった。
元々一人では寝れない不眠症を持っているのでルビーの心配は全くの的外れというものでもない。限界なのは脳だけと思っていたが身体も限界に近づいているようだ。
ちゃんとした鏡を見ていないのでなんとも言えないが、隈がついていることから顔色も相当悪いのだろう、そんな顔を見たら不知火がなにか思うところがあるような言い方をしていたのもわかる。
「うん。間違っている事なんてわかってる。でも、何もやれずに終わるならせめて手を差し伸べるぐらいのことはしたい。それが僕の責任だ」
それでも一度やり始めた以上、やっぱり辞めるなんてことは出来ない。
確かに出来ることが大したことでなくとも何もしないのは黒川あかねを見捨てるだけだ。今ガチを見て黒川あかねという女性を知って、彼女が自殺未遂までするに至った心を知って、目を塞いで見なかったことにすることは出来ない。
──続ける。このまま辞めたくない。
目元に涙を溜めながらも諦めなかった彼女の言葉が強く心に残る。彼女が戦うのなら僕も戦わなくてはならない。その結果無惨に殺されるとしても彼女の決意に泥を塗るよりかは幾分かはマシだ。
「…わかった。じゃあルビーには私がそれっぽい感じで隠しておくよ」
こちらの目を見て少し驚いた不知火は積み上げた書類に目をやると頷いてとんでもない提案をし始めた。
不知火がルビー相手に僕がやった事を隠すというのは楽なことでは無い。まず間違いなくルビー相手に嘘をついて騙すことになる。
「駄目だ。君に悪行の片棒を担がせる訳にはいかない」
即座に不知火の提案を否定する。
何度でも言うが、自分の行いはとても褒められたものではない。ルビーやアクアマリンに余計な心配をかけているのはもちろん、黒川あかねを救えるかどうか確証がない。そんな僕の行動のために不知火が不幸になる選択肢を選ぶことは無い。むしろ不知火はこのまま僕を放っておくべきなのだ。
──どちらが優しくないか、と言われればとは確実に僕だろう。傷付くのも傷つけられるのも僕一人で十分だ。
そう思うこちらに対して不知火は静かに首を横に振る。
「悪行?違うよ、私は君の選択が間違っていても後押ししたいって思ったから嘘をつくの。それが間違いでも別にいい。ルビーだって笑って許してくれるよ」
まるで、黒川あかねが『続ける』選択肢を選んだ時のような強い押しにこちらは何も言えない。
アクアマリンはともかく、ルビーはそんな簡単に騙されてくれないだろう。僕一人なら確実に全ての情報を丸裸にされていた。それに対して動いてくれるというのは正直に言うとありがたい。
しかしその為に他の人にリスク与えるなんてとうじはおまわなかった
「ごめん」
不知火フリルに辛い決断をさせてしまっ
た。そういった後悔を強く感じる。何故そんな決断をしてしまったのかもま分からないが
しかし不知火はまた静かに首を横に振る。
「違うよ。こういう時はね、ありがとうって言うの」
「…ありがとう」
謝罪をお礼に変えた瞬間、不知火は満足気に笑ったように見えた。その笑顔が相当綺麗で。僕はあろうことか数秒ほど目を奪われていた。
硝太とアイの一件を知ってから硝太にめちゃくちゃ優しいフリルさん。硝太の誰より異常なところを知って尚その対応はほんとすごいと思うそして誰より優しい人の為に自己犠牲を辞められない硝太。
間違っていようと突き進む猪突猛進型。悪くいうととんでもないわがままだけど、そのわがまま突き通しても本人は何もプラスにならないのほんと狂ってる。執念が常人のソレじゃない。
結局のところ硝太がキレたのは黒川あかねが優しい人だと思ったから。心のどこかで
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頭のネジ外れた主人公好きな人とか結構多いと思うんだ僕