ルビーから硝太の事が心配という相談をされた。彼女曰く、硝太は元々不眠症で一人で寝ることが出来ない。その為いつもルビーか硝太のお母さんと同じベッドに入って眠っているのだが、最近の硝太は目元に隈が出来て顔色が悪い。一緒に寝ることで寝れないようになってしまったのではないか、という話だ。まず年頃の男の子、それも性欲が消えているような子ならともかく普通の男の子相手に同じベットで熟睡できるルビーや硝太のお母さんが凄いと思うがそれは置いておくことにした。みなみはその点について顔を赤くしながらなにか言いたそうな顔をしていたが、硝太は血の繋がらない姉をストーカーに刺されて亡くしている、という点を考えるとそこを追求する気にはなれなかった。
それよりも気になるのは不眠症の事。ほぼ同じタイミングに黒川あかねの自殺未遂がネットニュースに出たことが無関係とはとても思えない。硝太が有名税に対して否定的なスタンスを取っている。おそらくその引き金も
そう思っていたところ、仕事終わりの帰宅時に死にそうな顔でネットカフェに入る硝太を見つけた。
◇◇◇
彼と入店する時間を少しズラしてネットカフェに入る。変装はバッチリしているため余程のファンでもなければ初見で気づくことはまず無いだろう。
硝太が非常に疲れた様子だったのでドリンクバーからコーヒーと紅茶を入れて硝太のいる場所へとバレないように行く。硝太の元まで辿り着くと彼はパソコンの画面を熱心に眺めながら書類に何かを打ち込んでいた。今にも死にそうな顔をしながらパソコンと向き合う様子はまるで過労死直前のサラリーマンに見える。
「お疲れ様。コーヒーか紅茶、どっちがいい?」
「んーああ、紅茶で。コーヒーは苦くて飲めなくて───え?」
そんな彼を見ていると少し驚かしてやりたくなって学校にいる時のように声をかける。すると硝太は肩が凝っているのか肩に手をやりながらゆっくりと振り返って───そして、表情を止まった。
まるでノリツッコミのような展開に吹き出しそうになるのを真顔になりながら抑える。
「不知火さ───なんで──?」
誰かに気付かれていないかを確認するため周りを見渡して安全確認をした硝太は小声で話しかけてくる。驚いている顔を見ると本当に子供っぽくて嬉しく思う自分がいる。それを気付かせないように「隣、座るね」とだけ静かに言って隣に座る。
座りながら硝太の傍らに置いてある書類を見てみるとそこには誰かの名前と住所などが帝さ丁寧に書かれていた。それだけで何となく事情を察することが出来てしまった。
「何してるの?」
「いやこっちのセリフだよ!学校は!?」
「今日は仕事で遠出のロケしてたから休み。昨日も休んでたんだけど。知らないよね、
念の為聞いてみるがまさかつけられていた、とは思っていなかったのだろう。硝太はかなり慌てている。そんな硝太を尻目にオーダー通り紅茶を彼の前に置く。
ルビーが不眠症を疑っているということは少なくとも硝太はルビーに夜も起きていると思わせないように動いているということ。彼なりにちゃんと対策をしてきたのだろうがたまたま見つけてしまう可能性は考えていないようだ。
「ここ数日忙しそうだね。何しているの?」
硝太はポカンと口を開けたまま出されたコップと出してきたこちらを見比べている。残ったコーヒーを1口飲んで口を潤して硝太の顔をチラリと見る。硝太の顔は非常に気まずそうに見える。黒川あかねの炎上騒動と自殺未遂を知った硝太が彼女の為に何か出来ることを探していたのなら強引な手段をとってもおかしくない。例えば、黒川あかねに誹謗中傷を言った人に裁判を起こす。彼自身この選択がいいものだとは思っていないだろう。それでもやらなくてはならないと半ば強迫観念のようなものに突き動かされているように見える。そんな彼の心情を察しながらも分からないふりをして芸能科で昼飯を食べている時のように質問をする。
「い、いや、その…」
「黒川あかねさんのこと?」
「っ!なんで」
当たりか。
黒川あかねの名前を出すだけで硝太は腹に針でも刺されたように腹を押さえる。痛みに耐えているような顔は強い罪悪感を抱えている証拠。
「黒川さんの炎上と自殺未遂は有名だからね。後君はそういうの素直に怒ってくれる人だから」
硝太は分かりにくいが優しい子だ。もし誹謗中傷を受けたのが私だとしてもみなみだとしても同じように出来ることをやっているだろう。その証拠に硝太の傍にある書類は一日二日でやったとは思えないほどの情報量が詰まっていた。それほどの人数が黒川あかねに誹謗中傷をしていたとも言えるが逆にただ一人の女性の為にこれだけのことを調べられるという意味でもある。
「素直に、ね。僕がしてることはとても褒められたことじゃないよ」
硝太は遠い目をしながら手元の書類を確認していく。彼は予想だけで人を叩くような人間では無い。もし攻撃するとしたら確実に相手がどんな人間か読み解いた上で悪と判断した上で攻撃する。書類に書かれている個人情報も確定したものしか乗せていないのだろう。
それを調べるのも楽では無い。わざわざネットカフェを使っているのは悪どい行為に目をつけられてIPアドレスを確認されてもワンクッション置けるからだろうか。
「そうだね。炎上対策としていい手じゃない」
「わかってる…兄さんやお母さんが考えた方がいい手が浮かぶだろうね」
「じゃあなんで?」
彼自身、この行動が正しいとは思っていない。
黒川あかねの為に、なんて言ってもこの行動は他人を攻撃するだけのものだ。攻撃された他人が黒川あかねのようにならないという確証は無い。硝太自身、こんなことをして無事でいれるとは思えない。
やっていることを文字にしてみたらすごいことだが、実際は手段のない男が自分の出来る範囲のことで何とかしようともがいでいるだけに過ぎない。
本人もそれに気付いているのなら、わざわざ自分を追い込むことをする必要は無い。彼が言ったようにアクアさんや大人に任せた方が上手く進む。しかし硝太の目には強い決心が見て取れる。
「黒川さんはお母さんと同じで努力家で、真面目で、優しい人なんだ。だから報われて欲しい、幸せになって欲しい。我慢だけし続けて悲しい結末になるなんて僕は許せない」
幸せになって欲しい。
なんて純粋で気持ちのいい願いなのだろうか。その言葉には彼の黒川あかねと母親への見返りを求めない深い愛情を感じる。しかし、同時にそれを言っている硝太本人はまるで「自分は不幸にならなくてはならない」と言っているように見える。今ガチが始まってすぐの頃、学校で硝太が言っていたことを思い出す。優しい人に明確な基準を求めるのは野暮な話だが、硝太は自分を「優しい人」には決してしない。自分を優しくない人にして誰かの奴隷になることで自分をやっと存在していると言っているように見える。
「そっか。でも斉藤くん、ルビーが心配してたよ。最近顔色悪いから、私が一緒に寝ても寝られないんじゃないかって。それでも君はやり続けるの?」
硝太は暗くなったパソコンの画面をみて目元に触れる。おそらく酷い顔をしている、ということ自体今気づいたのだろう。
「うん。間違っている事なんてわかってる。でも、何もやれずに終わるならせめて手を差し伸べるぐらいのことはしたい。それが僕の責任だ」
──責任、か。
もし、あの時死んでいたのがアイではなく硝太だったのなら。アイが亡くなったのがB小町ドームライブの直前というのを考えるとドームライブは問題なく遂行され、多くのファンと彼女本人を楽しませただろう。その経験でアイはもっと有名になって苺プロも大きくなって、弱小プロダクションなんて決して言えない社会的にもっと認められていたのかもしれない。家族全員が幸せになれただろう。
彼にとっての真実はそうなっていたとしたら。彼は生き残ったことで家族を不幸にしてしまった罪悪感を一人で抱えるしかない。誰かが生きていてくれたことを喜んでも、硝太にとっては本来生きるべき命を捧げて帰ってきたのが自分という結果に絶望するしかない。
これはサバイバーズ・ギルトという名前がついているPTSDの一種だ。昔ドラマで似たような役をやったことがあるが本物を見せられるとやはりドラマはドラマ、脚色された『嘘』なのだと分かる。本物、彼はハッキリ言って異常だ。変わった人、なんて言葉で現せるものでは無い。
彼には何を言っても無駄だ。それこそ仮に彼自身が想像上のアイを超える活躍をしたとしても彼の中でアイの価値が上がるだけで治ることは無いだろう。それでも──彼の力になることが本当にできないのだろうか。
書類の束に目を向ける。何度見ても相当調べられている情報の数々。努力や才能といったものとは全く関係ない、執念の産物だ。
これだけの感情をただ一人の女性に、しかも家族で無ければ友達でもない相手に捧げられる人がいるだろうか。そう思う度に胸の奥が疼く。ある意味黒川あかねは幸運なのかもしれない。これだけ思われるのは女優の仕事も受けている身として嫉妬してしまいそうになる。
──ごめん、ルビー。
「…わかった。じゃあルビーには私がそれっぽい感じで隠しておくよ」
「駄目だ。君に悪行の片棒を担がせる訳にはいかない」
少し迷ってしまったが硝太の方を向いて彼の考えに同調する。間髪入れずに硝太が強気で断るが、首を横に振る。
彼なりにこちらのことを考えて言ってくれたのだろうが。こちらも彼の事情を知ってしまった以上無視はしたくない。
「悪行?違うよ、私は君の選択が間違っていても後押ししたいって思ったから嘘をつくの。それが間違いでも別にいい。ルビーだって笑って許してくれるよ」
おそらく彼の考えは彼の母親かアクアさんに即座に否定されて無かったことにされるだろう。マトモな考えの人ならみんな硝太のことを止めて「馬鹿なことをするな」と彼を罵倒するだろう。
なら、私ぐらいは
「ごめん」
「違うよ。こういう時はね、ありがとうって言うの」
「…ありがとう」
謝罪はできるくせにお礼をする時に作った下手な作り笑顔が可愛らしく、思わず笑ってしまった。
硝太も硝太だけどフリルもフリルで覚悟完了してるのほんと強い子。ルビーにも誤魔化しておく、なんてそう簡単には言えないですからね。ルビーからしたら硝太はアイの忘れ形見みたいなもんですし、相当大切にしているのを知っていながら言えるのは相当強い(小並感)
硝太が実は血の繋がらない姉を亡くしてそのショックで記憶喪失になった障害者、と知った途端に対応が優しい。お姉ちゃんみたい…
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実は本編の内容を考えてる時と同じくらい感想の返信書いてる時が楽しかったりする