『今ガチ』をやめないと決めたあかねの為に硝太は黒川あかねに誹謗中傷を行ったアカウントとその個人情報をくまなく集める。
それが正しくないと知りながら。
その週の土日、今ガチ撮影日。硝太は事前に作った書類を持ってアクア達が撮影している学校に侵入した。
勿論無許可である。見つかったら見つかったで苺プロの人間だ、と言ってそれを証明出来ればいい話だがそれを考える余裕は硝太にはない。少し気まずそうなカメラマンやAD達の視線を掻い潜り出演者用の待機部屋へと入る。そこにはあかねを除いた今ガチメンバー全員が揃っていた。もちろん、アクアの姿もある。
「──なんだ、これは」
呼んでいないはずなのに突然待機部屋に訪れた硝太と彼が出してきた分厚い書類の束にアクア達出演者は全員驚きを隠せない。
アクアは硝太が顔色を悪くしている様子から何かを企んでいる、ということまでは考えていたがまさか個人情報を集め出すとは思ってもいなかったようで書類をいち早く受け取ると誰よりも確認している。
「なんだって、見ればわかるでしょ。黒川さんを追い詰めたヤツらの個人情報。今ガチのコメントがアカウントがないと出来ないタイプで助かった。そうじゃなかったら辿るのも無理だったし」
相当疲れているのか多少言い方がぶっきらぼうになっている硝太はポケットからスマホを取り出すと画面に弁護士事務所をいくつか表示する。
「これだけ証拠があれば裁判起こせる。黒川さんへの誹謗中傷を丸っきり相手側に押し付けることが出来る…かもしれない」
SNSの誹謗中傷が原因の裁判は別に前例がない訳では無い。弁護士を雇って名誉毀損罪で訴えれば損害賠償請求もできるし、世間的に黒川あかねを被害者にしてネットを加害者にすることも出来る。
余裕のなさを感じさせながらも硝太が出してきた案は決して不可能なものでは無い。
「これ、相当大変だったんじゃない?」
この中で一番ネットに詳しいMEMちょが書類の束を見て驚きを越えて恐怖を感じて怯えるような声を出す。余程自意識過剰な人でもなければ自分のアカウントに個人情報をつけようなんて考えもしないだろう。それを過去の呟き等から特定してしまう、それを複数人分を一人で行うのだからその怒りは言葉に表せるようなものでは無い。
その上アクア以外は硝太の事を見た目と印象から小学生低学年の子供と思っているのでその恐怖は相当なものだろう。
「なんとか…しました」
「なんとか!?」
それに対して硝太はMEMちょと顔を合わせて会話するのが恥ずかしいのか顔を逸らして適当に受け答えをする。
「けどよ、これを根に持ってまたやられたりとか…」
「逆ですよ。これで相手を徹底的に叩きのめしてそれで他のやつにこうなりたくなければ誹謗中傷をやめろっていうメッセージにするんですよ。抑止力ってやつです」
ノブユキの常識的な指摘も硝太は即座に言い捨てる。硝太はできるだけ多くの黒川あかねへの誹謗中傷を集めたがそれでも毎秒増えているのではと思ってしまうほど増えていく黒川あかねへの誹謗中傷の全てを調べあげることは出来ていない。今回硝太が集めたのは特に何度も粘着質にやっているなどの悪質なものを中心としている。
「とにかく。このまま放っておくのはより危険です。対策は早めに取っておくに越したことはない」
「とは言っても、なぁ?」
「う、うん」
強く訴えかける硝太に対して今ガチのメンバーは乗り気では無い。いくら黒川あかねの為に頑張ろう、フォローしようと一致団結したとしても学生である彼らには裁判という法的手段には流石に尻込みしてしまう。そもそもそれを決める権利はここにいる誰にもない。
何より、彼らにはもう別の手段がある。
「どうしようアクたん?」
MEMちょは困惑した顔でアクアの方を向く。硝太の案は学生がやれる範囲を優に超えている。弁護士を雇うにも裁判を起こすにも時間と金がかかる。本来なら即座に棄却する案なのだがこれだけの個人情報を集めるほど労力を費やした子供にそれを遠慮なく言う気にはMEMちょもなれなかった。
「どうって──無理だろ」
それをアクアは遠慮無く切り捨てた。疲れきった硝太の顔が一瞬で絶望に染まる。瞳から光が消え、ただでさえ人工物のようになっている目がより異質に目立つ。
「なんでっ!」
絶望した顔のままアクアに詰め寄る硝太。つい先日黒川あかねが番組を続けると言った時と全く同じ反応だ。
「じゃあお前、有馬とルビーはどうするんだ」
「っ、それは…そうなんだけど…」
しかしアクアに間髪入れずに痛いところをつかれたようで言葉に詰まってしまう。最初から考えないようにしていたのだろう、未だに闘志は見えながらも目に見えて勢いが無くなる。
硝太もアクアが正しいことが分かっている。それでも納得できない理由があって感情の行き場が無くなっているのだろう。そう思った今ガチのメンバーたちの硝太を見る視線に同情が出てくる。
「簡単に裁判起こせばいいとか、弁護士雇えばいいとか言ってるけどお前がやれることじゃないだろ。金も時間も相当かかる。マネージャーやるんだろ。二人を見捨てる気か?」
「じゃあ黒川さんは!?黒川さんは見捨ててもいいの!?このままじゃヤツらを増長させて黒川さんがまた追い詰められるだけじゃないか!」
そんな硝太に対してアクアは膝を曲げて視線を合わせながら両肩を掴んで話を聞かない子供に教育する親のように強く言い聞かせる。それに硝太はより強く反発してしまうが、もう硝太は感情でしか物を語れなくなっている。つまり、もうアクアに反発できるだけの手札がない。
「…分かってるよ。僕が間違ってるってことぐらい。兄さんに任せた方が上手く行くってことぐらい…!」
理解しながらも納得が出来ない。
結局のところ硝太は作業途中からそう思いながら動いていた。せめて、この行動が黒川あかねに少しでもいい影響を出せれば。それさえ出来れば硝太は納得出来ただろうに。残念ながら硝太に出来ることでは黒川あかねは救えない。
──斉藤硝太の力では天と地がひっくり返ろうと黒川あかねを救う事は出来ない。
「でも黒川さんの為に何も出来ないって…それじゃ、僕は何のために。生きて、行くんだ」
「硝太」
硝太の告白にアクアは何も言えなくなり名前を呼ぶことしか出来ない。硝太の中で黒川あかねの存在が大きくなっているのは理解していた。硝太が大切な人や大切なものの為なら自分を容赦無く捨て駒に出来る人間であることも知っていた。
それでもアクアは硝太には何も出来ない、と感じて何もしなかった。実際硝太には何も出来ない。黒川あかねの誹謗中傷をしている人の個人情報を集めたところで私刑をすれば間違いなく苺プロに迷惑がかかる。苺プロ、というより母親を想う理性と必要な能力と立場が無いことを踏まえて何も出来ることは無い、と諦めてくれると思っていた。
硝太の想いを聞いて皆複雑な見ていると硝太がなにかに気付いた様子で扉の方を向くと、素早くバックステップを踏んだ。アクアを庇うようにアクアと扉の間に入ると素早く構えをとる。どれだけ精神的に傷ついていたとしても本能で染み付いたものは剥がれない。
そこから数秒待つと扉が開く。本番前の呼び出しだろうか、と今ガチのメンバーが予想したがそれに反して意外な人物が顔を見せた。
「あれ、硝太くん?」
「あかね!?」
事件の渦中にいる黒川あかねがそこにいた。変装用の赤ぶちメガネとニットキャップをつけているが、誹謗中傷で心を痛めているはずのあかねが来れるはずがない、と全員が思っていた為硝太がやってきた時以上に驚いている。
当のあかねは扉の目の前で何やら特殊な構えをしている硝太を見て首を傾げる。
「大丈夫なの!?」
「うん、まだ撮影は出来ないけど…みんなで頑張ろう、って声かけてくれたから」
驚く今ガチメンバーに対してあかねはいつも通りに、否。これまでより強い意志を見せながら頷く。もう、自殺未遂の時に弱りきっていた彼女の面影は無い。あかねを中心に今ガチメンバーが集まって何か話し合いが始まる。
疎外感を感じた硝太が輪から離れて遠目に眺める。
「…僕、やっぱりいらなかったな」
今ガチのメンバーは皆同世代で仲が良く、この様な問題になっても皆で支え合っていく。問題解決能力ならアクアの方が優れているし、黒川あかねを助けるのなら最初から斉藤硝太にやれることは無い。
その証拠に今は撮影に参加できないとはいえ黒川あかねの笑顔が輪から外れた硝太にも見えた。それは今ガチの収録中で見えた笑顔より輝いて見える。
壁に背中を預けて数日ぶりに呼吸を整える。悔しさはあるがそれ以上に黒川あかねはもう笑えている。
──まぁ、いっか。何も出来ないのは今に始まった話じゃないし──
それだけで安心した硝太は今まで張りつめていた緊張の糸がプツリと切れる。そのまま緊張し直すことも出来ず奥深いところに意識を落とした。この場合は寝る、というより気絶に近い。当然壁にもたれ掛かりながら気絶という器用なことができるはずもなく硝太はそのまま床に倒れる。
「硝太?」
ドサッっと音を立てて倒れた硝太にいち早く気付いたアクアが駆け寄る。気絶した硝太であるがパッと見は寝ているとしか見えない状態で、数日一時も休まずに作業していた割には問題がない。
「疲れて寝ちゃったのかな」
アクアに続いたMEMちょが気絶した硝太の頭を撫でてたんこぶなどが出来ていないかを確認する。泡でも吹いていれば救急車を呼ばれていただろうがただ突然寝ただけでは疲れ切っただけとしか判断されていない。
すぐに寝息を立てて体勢を変えた為アクアも安心したのか脇を持って硝太を持ち上げる。
「その辺に寝かせておくか」
「雑だな…」
硝太は間違いなく正規の手段でここに入ってきていない。それを何となく理解しているアクアは外の人間に助けを呼ぶことも出来ず近くのソファに硝太を寝転がらせる。
「その子どうするの?親御さん呼んで迎えに来てもらう?」
「放っておけば起きるだろ、自宅以外でずっと寝てるようなやつじゃない」
「なら私が見ておくよ。撮影中もスタッフの人にはバレないようにしておくね」
事情を何となく察したあかねが硝太の寝ているソファまで行き、隣に座る。硝太が小さく呻き声を上げるがそれは隣にいるあかねにすら聞き取れなかった。
「じゃあ、始めちゃおっか」
硝太が眠って問題ないことを確認してMEMちょが改めてアクア達に声をかける。
硝太が突然やってきて話が乱れてしまったが、元々アクア達もあかねの誹謗中傷を止める為の案は考えていた。硝太のように誰かを傷つけることなく済ませられる。
「おう!」
この中で最もノリのいい熊野ノブユキがいの一番に反応する。他のメンバー達も続々と集まる中アクアはパソコンを立ち上げて動画の編集画面を出した。
「ここからが本当のリアリティショーだ」
◇◇◇
アクアの考えた案は言葉にしてみれば簡単なことである。『今からガチ恋始めます』というテレビ番組は当然の事ながらテレビのことを知ったプロ達が編集して番組として出している。
その中には黒川あかねを悪役にしたら面白い、という思惑が存在する。ならその思惑がない本来の今ガチを出していけばいい。出演者なら公式アカウントにアップすることが出来る。世間からの注目度が高い今、今ガチの出演者だからこそ行える方法。
「あー違う違う!そこ長尺の方が素人が頑張って作った感出るって!」
「ここで俺の曲行こうぜ!」
「ここはバーンと行こうぜ!バーンと!」
「うっせぇなぁ…」
あかね含めた五人があれ入れたいこれ入れたいと声を上げながらアクアがそれに対応する作業が外が暗くなるまで続いた。
その作業中も硝太はソファの上で寝ており、硝太が起きた頃にはもう全ての作業が終わり、アップする直前となっていた。
「んん…?おかーさん?」
半日以上ぐっすり寝た硝太が目覚めて最初に見たのは頭に冷えピタを貼ってエナジードリンクを大量に飲みながら呻き声を上げてるゾンビのようになった兄とワクワクしている他の今ガチメンバー。寝起きなこともあり、頭は混乱状態になる。硝太が起き上がったことで誰かがかけていた毛布代わりのタオルが落ちる。その音にたまたま気付いたMEMちょが硝太の元に振り返る。
「おっ、硝ちゃん起きた?」
「硝、ちゃん…?」
変わった愛称をつけられていることに気付かず硝太は寝ぼけた目を擦りながら立ち上がる。しかし寝起き状態だからか足元は覚束ず、その場でこてん、と倒れてしまう。
その様子が面白いのか今ガチのメンバーは皆微笑ましい笑みを浮かべながら倒れた硝太を起き上がらせる。筋肉が詰まっているため見た目以上に重い硝太だが普段から動いているノブユキ達にひょいと持ち上げられる。
「うっわ、この子結構ガッチリしてて重っ…」
「マジで?うおっ、マジじゃん。体重50kgぐらいあんじゃね?」
「流石にそれは無いだろ」
「わ、え、え?」
硝太は何も知らないまま、パソコンの画面の前まで連れていかれる。そこにはSNSにアップする直前の画面が映し出されていた。
「監督ーエンコード終わったよー投稿しちゃうからねー」
「弟ずっと寝てたぞー」
MEMちょが部屋の片隅で二日酔いになったように突っ伏しているアクアに声をかける。何故監督と呼ばれているかは不明だが、呼ばれたアクアはのっそりと起き上がるとボロボロの状態でゆっくりと歩いてくる。歩いてくる過程で硝太が見え、その時やっと硝太が起きてきたことを知ったアクアは皮肉っぽい笑みを見せる。
「兄さん…?」
「硝太お前…よくさっきまでぐっすり寝れたな」
「おかげさまで」
アクアの皮肉っぽい笑みに硝太も皮肉っぽく返すと画面から遠ざかろうとする、がその前にアクアに首根っこを掴まれて元いた位置に下ろされる。ちょろちょろ動くな、と言いたいのだろうが硝太からすれば今ガチはアクアが居る場であり自分の居場所では無い。
「硝太くんも起きたんだしはやく出そうよ」
「どん位伸びるかなぁ、5000ぐらい行って欲しいよね」
「それも結構難しいよぉ、気合い入れて作ったものこそ伸びなかったりするしねぇ」
硝太を再び今ガチの輪の中に突っ込むとアクアはマウスを握って動画をアップする準備をする。その間も今ガチのメンバーは期待しながら投稿前の画面を共に見ている。それを硝太はジッと眺める。
──期待に満ちた眼差し。
先程まで寝ていたため事前情報のない硝太でもこの行動が黒川あかねの誹謗中傷対策のものであることは理解出来る。動画で何をするか、までは予想すらできていないがどんなものであろうと追い詰められた個人を助ける動画を作るのは簡単では無いはず。なのに皆硝太やアクアのような疲れは感じさせず楽しそうにしていた。
「まぁやれることはやったんだ。さぁ、ショーダウンと行こうぜ!」
「リーダー面が酷いね」
最後にノブユキが仕切ろうとするも直後にゆきに突っ込まれる。
アクアが動画をSNSにあげる。直後、いいねとリツイートの数がポンポンと増えていく。
「硝太くん」
その様子を確認して会話にも混じっていた黒川あかねは硝太に声をかける。
「メムちゃん達に聞いたよ。ありがとう」
主語はなかったが硝太は即座に自分がやった個人情報をまとめた書類の話だと気付いて近くに置かれていた書類に目を向ける。相当無理をして、不知火フリルに嘘までつかせてやったというのに結局のところ、何にも使うことは無い情報を得ただけ。そもそもこんなことをすれば余計に法律的に面倒な話になるので使わないに越したことはないのだが。
しかしあかねはそんな事実より自分のためにそれだけの事をしたということに着目して硝太にしか聞こえない声で謝罪をする。
「…僕は何も出来なかった。今回もやったのは兄さん達で僕の力は欠けらも無い」
書類を手に取ってむしゃくしゃに破りたい衝動を押えながら硝太は静かにあかねの言葉に答える。
「そうだけど。君の思いは充分伝わったから」
「僕は、貴女が幸せでいてくれればいいんです」
───だから、貴女が安心している姿が見たかっただけなんですよ。そう言いそうになる口を押えて再び硝太はパソコンの画面に向き合う。
それを言ってしまったら自分の中で押えた残りのものが全て溢れ出てしまいそうな気がして。硝太は必死に自己を守りつづけた。それでも悔しくて涙を流しそうになる自分が嫌いだ。ここで涙を流してみっともない姿を見せるぐらいなら目玉を抉り出してしまいたい。
リツイート数はその時点で既に280を超えていた。
「イケる!これイケる!来たァ!」
この動画は後に黒川あかねのイメージ変革と共に『今ガチ』の人気を決定づけるものとなった。
硝太の問題点
動き出しが遅い(特に今ガチのメンバーに声かけるのが遅い)
やることが自分達の行える範疇を超えている(作中でアクアも指摘しているように時間も金も相当にかかる)
また誰かを傷つける行為でしかない
この辺ですかね。結局のところ仲間から力も借りられない硝太は雑草を狩る時に鎌で上の方をさっと切るような対策しか思い浮かぶわけが無いんです。根っこを理解していないから引っこ抜けない。
それでもあかねを助けたかったのが本心で、自分は要らない子とされてしまった硝太。これからどうするのか。
実はボツネタであかねが警察に行ったあたりで硝太が提案だけして打ち切られた後原作通りアクアが動いた為その補助に入る、という展開も考えましたが後の物語の都合上ここで硝太の心を念入りに折っておく必要があったと硝太があかねを助けられるのは解釈違いなのでボツにしました。(実は一回その展開で書いたんですけどデータが吹き飛んだのでここで自分の甘えを外そうと思ってより辛い展開に舵を切りました)
感想、高評価、お気に入り登録よろしくお願いします!
今は…ちょっとしたタメ気ですけどちゃんと硝太が好きなキャラになるような物語になりますから!異聞推しの子として楽しめる出来になりますから!
今後もこのようなバットエンドを見たいか、あと幕間や番外編もで欲しいですか
-
バットエンドみたい、超見たい。
-
普段の幕間や番外編だけでいい
-
『教えて!アイ先生!』はいらない
-
別ヒロインルート読みたい
-
普段の幕間や番外編も要らない