『今ガチ』に再び参加することを決めた黒川あかね。
彼女のキャラ付けにアクアが言った特徴は彼の母親、アイに合致していた
前話は今ガチの撮影に硝太がついて行った世界線、今回は、というかこれからの続きはついて行かなかった世界線ですのでご安心を
黒川あかね。
一流の役者しかいないと言われる劇団ララライの若きエース。徹底した役作り、与えられた役への深い考察と洞察。そしてそれを完璧に演じきる天性のセンス。
役者としては天才というしかない。
『ふぁっ、眠いんだよねー収録早すぎてさー。あっもうカメラ回ってる?てへっ☆』
たった一言。たった一瞬。それで全て持って行った。キャストも、スタッフも、カメラマンですら視線も集中させられる。不思議な引力。
天才アイドル、アイのようなカリスマ性がそこにはあった。
誰しもがそこに集中させられる中、世界でたった一人だけその熱に焼かれた人がいた。
◇◇◇
目を開けて最初に染みだらけの天井が見えた。染みの数を数えているだけで二、三日終わってしまいそうなほど汚い。
「ここ、は?」
身に覚えがない場所で寝ている。
その危険性に気付き油の抜けた機械のように軋む身体に鞭打って身体を押し上げる。
──ズキッ
その瞬間、頭に杭でも刺されたような痛みが走る。身を引き締めていなかったのもあり痛みのあまり吐き気すら出てきたが口からは胃液すら出てこない。代わりに掠れた悲鳴は喉や肺に相当負担を与えたのかその部位が強く痛む。
意識がまだちゃんとしていないのか視界はひび割れたガラスのようにあちこちに線が入っている。
「──かはっ」
息が、上手くできない。何も腹に溜まっていないからか息を吸うことすら上手くできず、普段なら過呼吸になりそうな程に肺を動かすがそれでも意識を保つ程度のことしか出来ない。
呼吸の度に肺に何かが突き刺さるように痛い。数時間休まずに運動し続けたあとの疲労が溜まった状態で無理やり動いているような痛みに近い。指先で自身の胸に触れるがそこには何も突き刺さっていない。
「───はぁっ、はぁっ、はぁっ」
せっかく起こした身体が再びベットの上に落ちる。酸素が届いていないのか手足に痺れを感じる。身体が重く、もう立て直すことすら出来ない。───死ぬ。何となくそう思った。何故こんな所にいるのかすら分からないのに。何も分からず、自分は死ぬのか。
視界にひび割れが大きくなる。もう自分を含めた全てが割れて崩れてしまいそうだ。
「──硝太」
そう思ったと同時に優しい声と共に冷たい手が胸の上を撫でる。それだけで死ぬほど辛かった呼吸が落ち着き、全身に酸素が行き届く。頭痛もゆっくり引いていき、先程までの痛みが全て嘘のようになる。
急な事で自分の目には手しか見えなかったがその持ち主は顔を見なくてもわかった。
「おかーさん」
もう一度身体を起こして顔を向けるとそこには予想通りミヤコが小さな椅子にちょこんと座っていた。
「ここ、どこ?」
「病院よ。家の中で倒れたから救急車でここまで運ばれてきたんだけど、分かる?」
首を横に振る。
自分が覚えているのは夜中にミヤコと同じベットで寝た記憶まで。昨日なのか一昨日なのか、それ以前なのかは日付がわかるものが無いため確証がないが少なくとも朝起きて以降の記憶が綺麗さっぱり抜けている。
朝起きた記憶もなければ家の中で倒れた記憶すらないのだから。
「そう。仕方ないわね。何処か痛い所とかある?」
「今治った」
「ならいいわ。ちょっとお医者さんに声をかけてくるから、しばらく休んでなさい」
そう言い残すとミヤコは先程は気づかなかった部屋の奥にある扉から外に出て行った。
気付けば先程苦しんでいた時には見えなかったものが多く見える。病室を分けるカーテンに母が座っていた椅子。自分が身にまとっているのは少し大きめの子供用病衣。病院も気付けば子供の頃よく入院していた病院の病室で天井のシミはそこまで多くない。まるで苦しんでいた時は別世界にいたように見える景色が大きく変わっていた。考えてみれば触れてくれるまで母の存在に気が付かなかったのはおかしい。目か脳に以上があったと見るべきだ。
周囲を確認しているとベットの隣に置いてある小さな机に自分のスマホが置いてあったので手に取って日付と時間だけを確認する。記憶の中と日付が一日ズレている。どうやら思い出せる最後の記憶は昨夜、母と共に寝る直前の記憶のようだ。現在の時刻は昼前。つまり半日分の記憶が綺麗さっぱり消えてしまったことになる。
「今日のB小町の予定はっと…無いな、兄さんが引き続き撮影中ってぐらいか」
次に予定を調べてみるが本日はB小町の活動予定はなし。アクアマリンは今ガチの撮影中な為苺プロの仕事がないという訳では無いがわざわざミヤコが病室に来たことで影響が出る日でなかったことは不幸中の幸いと言える。
硝太はベットから降りて周囲の安全確認を行う。この部屋に硝太以外の人間の気配が幾つかある。その人間が何者か把握しておかないと不安でゆっくり休むことも出来ない。とは言ってもその人間一人一人に話しかけるような勇気も当然ない。
硝太は呼吸を一時的に止め、音も立てずに壁に張り付く。素手と素足ならツルツルの病院の壁でも登るのは容易。純粋な腕力と脚力、そして体幹だけで壁をスイスイと登りそのまま天井には張り付く。カーテンに身を隠しながらカーテンの隙間から人間の気配を探る。
50代程の男性、左腕にギプスがついているので骨折したのだろう。おそらく長期入院患者。すぐに動ける相手じゃない。一先ず脅威では無い。
70代程の女性。目をつぶって寝ている。花瓶には綺麗な花がたくさんあり、自分が倒れている間に誰かお見舞いが来たことを察せられる。見た目からして運動能力は低いし武器になるようなものも持っていない。彼女も驚異として見るべきではないだろう。
残りは30代か40代程の女性、隣のベットで寝ている。見た目では原因は分からない。少なくとも外傷によるものでは無いことは確か。服装が病衣であることから今日来た患者ではなさそうだ。お見舞いと見られる女性が同じカーテンで区切られた中にいる。その女性には見覚えがある。
お見舞いの女性を見た瞬間、口が勝手に動き出した。
「──吉祥寺先生?」
「え?」
「やべっ」
吉祥寺先生。本名吉祥寺頼子。アクアマリンが出演したドラマ『今日は甘口で』の原作者である漫画家。少女漫画としてクオリティの高いフィクション性も非常にリアルな感情表現を持ち合わせる。性格は温厚でどことなく
勝手に口が動くどころか声も出してしまったことで名前を呼ばれたと思った当人はこちらを振り返る。一応カーテンに隠れながら見ているので余程ちゃんと見なければ気づかれないがそれでも万が一というのがある。特に相手は吉祥寺頼子先生。観察力は相当高く見積もっても間違いじゃない。
即座に床に着地してベットに潜る。隣の部屋では患者の女性と吉祥寺先生が話しており、とにかく免れたと判断して良さそうだ。
「なんで隣に吉祥寺先生が?」
普通に考えれば友人か知り合いかが病気になって入院したのでお見舞いをしに来た、と考えるべき事で実際そうなのだろうがあまりにも突然のことすぎて頭が真っ白になってしまう。とりあえず吉祥寺先生と共にいる女性を除けばすぐに動けるような相手はいない。その部屋に吉祥寺先生がいることを考えればその相手が何か変なことをするとは思えない。安心して眠れる、という訳では無いが警戒は必要最低限でいい。
「…」
母には休んでいろ、と言われたものの信頼出来る人間なんて吉祥寺先生しかいない、そしてその吉祥寺先生にも気付かれていないような状況下で体を休ませるのは簡単な話では無い。よく学校で寝てしまったりしている人を見るが彼らは相当心臓が強いのだろうと思う。普通ならよく分からない人間達に囲まれた密室で寝るなんて野生動物でもしない。警戒心が薄すぎる。多分心臓がゴリラみたいになってる。
時間潰しを探す代わりに再びスマホを手に取ってルビーと有馬達からの着信がないか確認する。ルビーと有馬の着信は無い。有馬はともかくルビーは友達と遊ぶなどの予定は聞いていないので少なくとも家で共にいたのは確定している。危険な時に共に居たから病院に運ばれるほどの事態になっても連絡するようなことがないのでそこまで期待していた訳では無いが。代わりに、不知火からの着信が入っていた。
『今日の今ガチ見たよ
黒川あかねさん、アイさんみたいだったね』
「──あ」
不知火からの言葉で最近まで何をしていたのかを思い出す。今ガチの炎上騒動後、あかねもキャラ付けするという話になりその時にアクアが示したキャラが彼の母親であるアイだった。
不知火が何故それに気付いたのかは別として傍から見てもアイそっくりに立ち回れたのなら、誹謗中傷から来るダメージを最小限に止めることが出来る。
『ごめん、君に黙ってもらったのに上手く使えなかった』
黒川あかねに誹謗中傷したアカウントの特定中、不知火にルビーに誤魔化すために協力してもらった。しかしその情報は全て使い物にならなくなってしまった。元々そうなる覚悟はしていたとはいえ協力者としてそれは伝えて謝罪はしておくべきだろう。
『いいよ別に。気にしないで』
しかし不知火は元ネタの分からないスタンプ付きで本当に何も気にしていないように返してくる。あの時のやり取りと覚悟が嘘のような軽い返しに思わず硝太も笑ってしまう。深刻になっていた自分が馬鹿のようにおもえてしまう。──否。本当に馬鹿なんだ。何も出来ないと知っているのなら無駄な労力は避けるべきだった。黒川あかねを見捨てても自分になんの不利益がある訳でもないのに。結局自分は何も出来るわけがなく救えるのはアクアマリンなのに。何かをしようとした自分は本物の馬鹿者だ。
それでも協力してくれた不知火は感謝している。退院したら不知火にお礼に何か用意しておこう、そんなことを思いながらスマホの画面を閉じて机の上に置いてベットに寝そべる。
『──硝ちゃん』
突如、どこかで聞いたことのある幻聴と共に腹部から首にかけてゾクリと何者かに心臓を撫でられるような気味の悪い感覚が襲ってきた。
また冷たい汗が額から出てくる。金縛りにあったように身体がピクリとも動かない。
──誰かが僕の心臓を握っている。根拠は無いがそんな気がする。
『ごめんねぇ』
「───ッ!」
心臓を握り潰される幻覚が見える。聞こえる幻聴は死にかけのように弱々しいくせにその声は傷のように深く残り、膿んでいる。
──これは、さっきと同じ──
肺が焼けるように痛み呼吸が安定せず、再び強い頭痛がする。違うことがあるとすれば幻覚が混じっているとはいえ、風景自体は現実のものであるということ。そして金縛りのように身体が動かないということ。呼吸に必死で声が出ず、身体が動かないので当然助けも呼べない。先程の場合は母がすぐ近くにいてくれたので助かったが今回は同じようには行かない。
『ごめんね、硝ちゃ──』
「どけっ!──かはっ」
幻聴が聞こえた瞬間、反射的に動かないはずの腕が勢いよく振られる。理屈は分からないが身体が動いた代わりに強い吐き気に襲われる。吐き気は腹に何も無かったので運良く何も吐かずに溜め込むことに成功するも振り切った腕はそのまま壁に勢いよく当たり、壁に跡が出来ると同時に手についた傷跡が開いて血が流れる。
「はーっ、はーっ、はーっ」
激しくなってしまった呼吸を何とか整え直す。なんの前触れもなく襲われた幻覚とはいえ本気で死を覚悟した。それを掌を傷付けて多少痺れる程度で治ったのなら運が良かったと思うべきだ。この程度の出血なら唾をつけておけば勝手に治る。母は間違いなくちゃんと手当するだろうが。
「あのー大丈夫で…キミは、確か…」
すると隣のベットの方から心配そうに吉祥寺が顔を覗かせて来た。相当大きな音を立てたのだろう。表情からは少し恐怖を感じたがこちらの顔を見つけた途端にその感情が消える。
「あ」
気付かれてはいけない理由がないとはいえ、先程隠れたくせにヘマしてバレたのが馬鹿らしく感じた。
◇◇◇
「久しぶり、だね。硝太くんだっけ?アクアさんと一緒にいた…」
隣のベットにいた人と軽く挨拶を済ませたあと微妙そうな顔でカーテンで仕切られたこちらのベットの近く、先程までミヤコが座っていた椅子に座る吉祥寺。アクアや有馬と話していた時より硝太と話す時の方が言葉が優しめ、というより気安い。これは吉祥寺が硝太の年齢を見た目から判断──つまり小学生以下と考えていることによるものだが硝太は当然気づいていない。
「はい、お久しぶりです。座ったままで失礼します、吉祥寺先生」
「ああ、ごめん。そんなに気にしなくてもいいよ。先生、とか敬語とかそんな仰々しくしなくても」
それに対して硝太はベットから身体を起こしてその場で正座して頭を下げて挨拶と謝罪をする。先程の壁を殴った件も含めて迷惑をかけてばかりで特に吉祥寺先生のような忙しい人がおそらく友人と思われる相手の見舞いに来ているというのに余計な迷惑をかけたことに強い罪悪感を感じているが故の行動。しかし吉祥寺は顔の前に手を振って気を使わせないようにしてくる。吉祥寺からすれば親しくなろうとしている子供が急に大人のように、それも過剰に敬語を盛ってくるように話してきたのでもう少し砕けた話をしたいと思っての事なのだが、硝太にそんなことが理解できるはずもない。
「…じゃあ、頼子ちゃんで」
少し気安く、ぐらいの関係になると思っていたのに急に「ちゃん」付けの愛称で呼ばれて流石の吉祥寺も一瞬だけど引くが即座に眼鏡をかけ直す振りをしながら自身を落ち着かせる。吉祥寺の想定している硝太──つまり5、6歳頃の子供なら大人をちゃん付けして呼ぶのも珍しいことでは無いだろう。幼稚園児が先生を友達のように扱うのと同じだ、とそれを硝太に言ったら思考を停止させそうなことを考えて急な愛称と敬語無しを受け入れる。
「頼子ちゃん…?まぁ、いいか。硝太くんは何かあったの?」
「いえ──あ、いや、大したことじゃないよ」
日常会話として聞いたこの病院にいる理由を敬語を崩していきながら流す硝太。硝太にはこの病院にいる理由がわからない上に急な頭痛や肺の痛みとよく分からないことだらけでマトモな推理を立てられもしない。そして確定していないことを硝太が口に出すことは出来ないため話の内容は濁すしかなくなる。
吉祥寺の方もわざわざ入院した理由を深堀りする理由もなく、硝太の様子から少し複雑な事情を感じ取ったのでそれ以上は追求せず「そうなんだ」とだけ言って引き下がる。
しかし硝太の様子がおかしい事に気付いた吉祥寺はできるだけ優しい声で聞きながら硝太に椅子ごと近寄る。
「──もしも、なんだけどさ、悩みがあるなら聞くよ」
「いや、そんなこと…せんせ、頼子ちゃんに話すなんて恐れ多い…」
今更タメ口どころか愛称で話しておきながら恐れ多いとは。まるであの子みたいに変わった可愛い子ね。
ズケズケ踏み込むように言ってきながら肝心なところでは恥ずかしがりながら内に篭もる。硝太のそんな発言や性格は昔吉祥寺のアシスタントをしていた弟子のことを思い出させる。彼女と硝太を内心で重ねながらもそれを口には出さず吉祥寺は硝太を見据える。
「硝太くん。一人で悩んでばかりだと解決しないわよ。借りれる時は人の助けを借りるのも手よ」
一人の大人としての助言に硝太は目を丸くして聞く。赤い硝子玉の瞳に吉祥寺が写る。あまりにも綺麗な瞳に、教育した側の吉祥寺の目が吸い寄せられる。
「──僕って、ここにいていいのかなって思ってたんです」
綺麗な瞳を曇らせながら硝太は傷ついた自分の掌に視線を落とす。開いた傷口は強く抑えたからかもう血は止まっている。見た目で負った傷はこうしてパッと見るだけで傷の治り具合を確認出来るしそれまでの時間は大体経験則や求めることが出来る。しかし心の傷等の精神状態はその限りでは無い。
「僕はこれまで家族を身と幸せを守るために生きてきました。それだけが生き甲斐で最悪それ以外はどうなろうとどうでも良かった。なのに、今黒川さんを助けられなかった自分をこんなに恨んでいる自分がいる」
まるで独り言のような硝太の内情がわかっている前提の言葉に吉祥寺は思わず顔を引きつかせる。黒川あかねを救えるのはアクアで硝太では無い。そんなことは心の髄まで理解したはずなのにそれを拒もうとしている自分がいる、それを否定しようとしている自分がいる。
吉祥寺は分からない単語ばかりが出てくるものの、漫画家として人を見てきてまたそれを物語として描いてきた経験から硝太の悩みを言語化して落とし込む。
硝太の言った悩みは大きくわけて二つ。
一つは自分は家族のためだけに生きてきたのに黒川さんという人のことを家族のように考えている。
もう一つはそんな黒川さんを助けられなかった自分の存在理由がわからない。
一見これで十分、簡単に見えるような問題も、実際に考えてみるとそうとも行かない。意識的な無意識か黒川さんという女性を家族と同じように考えているのが硝太にとってどういう意味になるのか吉祥寺は知らない。そのため言葉を選びながら大人として答える。
「硝太くんはその黒川さんって人を助けたかったんだ」
「うん」
「けどそれは出来なかった」
「兄さんがいたから何とかなったんだ。最初から兄さんに任せておけばよかった、なんて言われなくても分かってるんだ。自分が無力であることは自分が1番理解してる」
硝太の言葉を一言一言聞きながら吉祥寺はこの問題の核となるものを見つけた。そして同時にそれがかなり複雑な問題であることも。
硝太がアクアを強く尊敬していることは、前にあった『今日甘』の打ち上げで判明している。実際に話をすれば硝太は家族愛の強い純粋な男の子、として目に映るだろう。実際その通りだと吉祥寺も思う。しかし同時に優秀な兄がいることで彼にどうしても基準を合わせてしまう。競い合う友人などがいないから仕方の無いことだ。単純にアクアと硝太では
だからこの場合大切なのは君は優秀だ、ということでは無い。彼の能力を褒めても結局アクアと比べて自分を卑下する。硝太には決定的に人生経験が足りないし追いつこうとしても、まず追いつくことは無いだろう。だからこの場合必要なのはその足りない力で何をしたか、それが本当に無意味なのか。
「硝太くん」
「はい」
「本当に君がしたことはなんの意味もないのかな」
「使えないモノを生み出したのだから当然です」
硝太の声に苛立ちを感じる。無意味なことに時間をかけるべきではないというタイムパフォーマンス的な見方でも黒川さんという人を助けるという意味でも硝太の生み出したものは全く使い物にもならなかったのだろう。もしほんの少しでも使えたのならそれで硝太は些細なことながらも自身をつけたはずだ。だから硝太の行動が結果的に黒川さんという人を助ける一手にならなかったことを吉祥寺は既に理解している。
それでも。
「本当にそうかな。私なら嬉しいよ。確かにそれがなんの意味にもならなくても私のために行動してくれたってことは」
「そんなもの、なんの意味があるって言うんです。気持ちだけで人の心が救えるとでも?」
度重なる追求に流石の硝太も苛立ちを隠せなくなっている。
仮に吉祥寺が君は何も使えない、利用出来ないなんの意味も無い代物等罵倒したら彼は素直に受け入れただろう。と、いうよりそう言って諦めさせて欲しかったのかもしれない。硝太は長い間アクアと共にいるのだ。単純な能力差の話など聞き飽きたぐらいに聞いていることは吉祥寺にも察せられる。それでも求めてしまうのだから諦める理由が欲しくなるのもわかる。気持ちだけで人が救えるなんてそんな夢物語、フィクションの世界でしか起こらないと断言出来る。しかしそうはさせない。硝太の行動は黒川という人の為に起こしたのだから尚更だ。
「私は黒川さんって人のことを知らないから断定はできないわ。もちろん、黒川さんも硝太くんのことを無意味だって思ってる可能性も充分あるわよ。けど硝太くん、その様子だとちゃんと話してないんじゃない?」
硝太は先程見せていた苛立ちを収めて考え込むように再び下を向く。
その様子を見て吉祥寺は顔に出さないながらも「やはり」と思った。硝太は自分で心に蓋をして堂々巡りをしてしまうくせがある。誰かに自分のことを打ち明けることで離れていくのを怖がっているのだろう。昔のアシスタントに似た人がいる。
「僕と彼らは別の人間だ。おいそれと話すことは出来ない。…出来ない、けど、うん。そっか」
正論を言われるとそれっぽい言い訳で誤魔化すくせも昔のアシスタントと同じ。しかしその後の反応はほんの少しだけ違った。まだ飲み込めていないながらも大人の意見として納得しようとしてくれているのが伺える。
「僕は──」
「硝太、大丈夫!?」
硝太が何かを言おうとしたのとほぼ同時に病室の扉が勢いよく開いて中からアクアに似た金髪の美少女、ルビーが入ってくる。
ルビーは病室に入ってすぐ、カーテンの隙間からこちらが見えたのだろう。硝太の方に突進するように向かってきた。
カーテンの中に入れば当然、椅子に座っている吉祥寺の存在にも気付く。逆に吉祥寺も病室に美少女が急に入ってきたのでその顔を注意深く見てしまう。
そして二人の顔があった。
「──あ」
吉祥寺からすれば、硝太の名を呼びながら来た金髪の美少女。硝太とは特に似ている訳では無いがアクアとはよく似ているので硝太を含めた三兄妹なのだろう、と考える。
問題はルビーの方だ。人見知りが激しく、他人と話すことはおろか目を合わせることさえ嫌う硝太が誰かと仲良く話していた。しかもその女性はどう見ても大人の女性。
ルビーは吉祥寺の全身を舐めまわすように確認する。3、40代という母親より少し若い年齢、豊満な胸。ふんわりとした落ち着いた雰囲気を纏った成人女性。箇条書きマジックと受け取られるかもしれないが見た目だけでも全体的に母親であるミヤコに似ている吉祥寺。そして硝太は自他ともに認めるマザコン。恋愛感情を理解できなくても居心地のいい相手と共にいようするのはなんの不思議もない。
「硝太──うそ」
「ああ、紹介するよ姉さん。
珍しいルビーの様子に硝太は「そういえば紹介したこと無かったな」と思い吉祥寺を紹介しようとする。因みに、硝太の言った彼女は英語にすると《She》の方だが、吉祥寺の特徴を確認したルビーは彼女という単語を《Girlfriend》と捉えた。
勢いよく回れ右をすると少し遅れて病室に顔を出したミヤコに泣きつく。
「ミヤコさーん!硝太に彼女出来たー!」
「え、え!?ええー!?」
あまりに急な出来事に吉祥寺は素っ頓狂な声を上げながら硝太とルビーが泣きつかれ表情を歪めたミヤコとの顔を見比べた。
硝太のトラウマと吉祥寺先生、もとい頼子ちゃん回。
ミヤコさんに似ている+『今日甘』の作品を見て硝太は大体の人柄を知っているのタブルパンチで頼子ちゃん相手に結構素直になる硝太。病室に入ってまず安全確認するような男が姿を確認しただけで「彼女は平気」って思うぐらいは信頼されてるって文字に書くと気振りジジイが出てきそうだな…
ルビーはルビーで自分がせんせ好きで結婚する気だから仕方ないとはいえ硝太×吉祥寺で即波動を感じるのおかしいだろ…見た目小学生の合法ショタにアラフォー(?)は犯罪なんよ
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実はサブヒロイン枠頼子ちゃん