気がついたら、知らない天井だった。
そこから始まるママカウンセリングと吉祥寺カウンセリング。
ルビーは気振った
今ガチの撮影の合間、休憩しながらアクアが始めたのは硝太が記録したあかねに誹謗中傷をしたアカウントの個人情報の確認だった。
アクアはあかねの自殺未遂を止めた時から『出演者目線での今ガチ』を作ってそこに世間の目を向かせることで立ち直らせる、という方法を選んでいたのだが硝太はその方法ではなく相手を完膚なきまでに叩き潰す戦略を取った。警戒心が高いが故にいざと言う時に攻撃的なのは硝太と共に過ごしているので十分承知していたが、まさか住所から電話番号、会社や学校の名前まで特定してそれを餌に裁判を起こそうとしているとは考えてもいなかった。
当然のことだが、仮に裁判をするとしても硝太の策は機能しない。裁判をするならT〇itterなどのSNSから開示請求を行う必要がある。長い時間と多額の資金を費やして行う作業だがそうでもしないと裁判を起こしても勝ち目は無い。逆に硝太が個人情報を抜き取ったとして裁判にかけられる可能性すらある。その為硝太は最初から詰んでいた訳なのだが、逆に言えば多額の資金と時間を費やしてやっと特定出来るものを硝太は自力で、尚且つ数日無理をするだけで調べ尽くした。硝太が協力者を雇えるとは思えないので硝太はこれをたった一人で考えて実行したことになる。
「凄いな、これ」
この情報であっているのかどうか、アクアに全てを判断する術は無いためなんとも言えないが正直感嘆せざるおえない。硝太の1つの事柄に大して固執して突き詰める能力、多くの情報から正解を選び出す能力、少ない情報から答えを導き出す能力は相当高い。おそらく幼い頃から人をよく見て善人か悪人か、身を任せてもいい人かいけない人かなどの事を短時間で判断するようにしていたからだろう。この能力はアイを殺害した相手を探すのに使える。
アイを刺殺したストーカーは今でも
──硝太は俺がアイの事を知りたがっているということまでは知っている。が、復讐の事は知らない。仮に硝太に復讐のことを伝えたらアイツは間違いなく協力する。
『今日甘』の打ち上げ会での鏑木との話を聞かれていたことから星野アクアマリンはB小町アイのことを知りたがっている、ということは硝太も理解を示している。そこに動機としてアイの死の理由が他殺であること、その相手が今でも逃走していることを伝えたら硝太はまた数日間寝込むようなことになってでも真実を見つけただそうとするだろう。硝太は単純な性格をしているので誘導するのは容易い。自己評価は低いが能力は高く、一度信用した相手は決して裏切らない。ここまで尖兵向きな男もそうそういない。
思わず口角が上がる。自分はなんて愚かなんだ。こんなにも身近に使える道具があるじゃないか、と。昔の自分を笑い飛ばしたくなってしまう。しかも硝太は自覚がないとはいえ、あかねに惚れている。硝太とあかねを多少強引にでもくっつけてカップルにすればアイの役作りができるあかねと硝太を同時に手中に入れることが出来る。
巫山戯たような偶然、必然のような
「それ、硝太君が調べてくれたやつ?」
すると丁度いいところにあかねがやってきた。撮影中では無いのでアイの役作りはしていないがその表情は柔らかい。
「ああ、裁判には使えないがちゃんと調べてある。そこまで凝り性って訳でもないんだけどな、真面目なんだよ硝太は」
「そうだね。真面目すぎてよく分からない方向行っちゃったりするけど」
少しだけ笑うとあかねは硝太が出してきた書類を手に取るとペラペラと適当にめくって行く。黒川あかねへの誹謗中傷の内容も乗っているが彼女は表情を変えずに元あった場所に置く。
「なぁ、あかね。硝太のことどう思う?」
「どうって…」
「硝太はあかねのことを相当気に入ってる、惚れてるって言っても間違いないだろう。兄としては、あかねと付き合ってくれると安定するし悪くないと思うんだが」
無理に外堀を埋めるのではなく、あかねに硝太への距離を近づけるようなアドバイスをする。無理に言うとあかねも逆に引いてしまう、と思った上での采配だがあかねは小さく首を横に振った。
「私は硝太くんと付き合う気は無いよ」
「…何故?」
周囲の気温が冷めるのを肌で感じる。
あかねの迷いの無い返答にアクアは先程立てた作戦が即座に崩されていくのを感じる。復讐抜きにしてもあかねと硝太の相性はいいと思う。大切な人の為ならすぐに無理をする硝太にはあかねのような人がいてくれた方が安定するのは事実。あかねも、同じようなことが起こった時に守ってくれる硝太は悪く思っていないだろう。何故断る、そう思いながらも表情には出さずにあかねに理由を聞く。
「あの子はきっと、本当に好きな誰かと私を重ねてみているだけなんだと思うんだ。もしかしたらその人はこの場にいないかもしれないけど、私がその人の席をそのまま奪うようなことはしたくない」
あかねの語った理由に思わずアクアは唾を飲み込む。考えてみればおかしくないことだ。硝太があかねの心の不安を読み取ったように、あかねが硝太の不安を読み取っても。そしてその理由に大方気づいていたとしても。
あかねの言葉に間違いは無い。硝太は恋愛感情を理解するどころか今の精神状態で恋愛だのなんだの考えることは出来ないだろう。そんな硝太はあかねに向けている感情は
「仮に硝太があかねに告白したとしても?」
「うん。断るよ。ごめんね、アクア君の希望に寄り添えなくて」
「いや、いい。俺もお節介がすぎた」
あかねの無慈悲な結論をアクアは素直に受け入れて引き下がる。本当なら硝太とあかねにはくっついて欲しかったが、これ以上あかねに何かを言ったところで何も変わりはしないだろう。
そこまで考えていると突然携帯に着信が入る。携帯を取って番号を確認すると相手はルビーだった。仕事中に連絡してくるなよ、と思いながらもあかねに一言言って部屋の隅へと行く。
「もしもし」
『もしもしお兄ちゃん!硝太が倒れた!』
電話を取ると電話先からは救急車のサイレンと、忙しそうに叫ぶルビーの声が聞こえた。ルビーの声は大きく近くにいたあかね達にも聞こえそうなボリューム。声からも相当焦っていることが分かる。
硝太が倒れるのは小学生の頃はよくあった話だった。今よりも重度のPTSD、パニック障害などでよく自傷行為に走ったり過呼吸になって倒れたりするのをよく見た。その度にルビーが必要以上に慌ててミヤコさんがそれを収める、という姿も何度も見ている。しかし中学生になって一年も経つ頃にはそのほとんどが収まっていたはず。
「落ち着け、まずは呼吸を整えさせて──」
『今ガチを見た途端苦しそうな顔して、倒れちゃったの!』
ルビーを落ち着かせるために出来るだけ優しい声で久しぶりのアドバイスをしている最中にルビーが『今ガチ』の話題を出して言葉に詰まる。
そういえば、あかねを助けられなかったと悔いていた時も掌に爪を食い込ませて自傷行為をしていた。しかしそれはたまたまそうなってしまっただけで自傷行為が目的では無い。だからミヤコさんも特に触れることなく傷の処置をしていたしアクアも黙っていた。
今回も同じような状態なのかどうかは分からない。が、今日の放送分はあかねがアイの役作りをした最初の話。あかねの役作りの対象が
ある意味、硝太が倒れたことが何よりあかねのアイの役作りの精度の高さとアイを日常生活から把握していることの証明になる。
『もしもしアクア。硝太の方は大丈夫だから貴方は撮影を頑張りなさい』
こちらが黙ったのを心配したのか。ルビーからミヤコさんへと携帯が手渡されて、撮影を続けるように言ってきた。流石硝太の事にはよく慣れている。
「ああ、わかった」
電話を切ってスマホをポケットにしまう。
硝太は心配だが、硝太が倒れてくれたおかげであかねが数年共に居た俺達以上にアイのことを知っていることがわかった。
──たとえ硝太と共にいてくれなかったとしてもこの才能を手放す訳には行かない。
「硝太くん、何かあったの?」
「ちょっと倒れたって。無理が祟ったんだろうな。家族も心配しなくていいって言ってたししばらく寝れば治るだろ」
後ろで通話が終わるまで待っていたあかねが心配そうに声をかけてくる。ルビーの声が大きかったので近くにいたあかねにも聞こえてしまったのだろう。特に嘘をつく必要も無いので素直に話す。しかし今ガチを見て倒れた、あかねのアイの演技を見て倒れたということだけは隠し続ける。
「そっか…うん。ねぇ、アクアくん」
再び、空気が変わった。
目の前にいるあかねは先程の会話で何かを確信したようでその表情には強い意志を感じる。周りにはあかねしかいないのに何十人という人数の人が睨んできている妄想が頭に浮かぶ。
まるで刑事ドラマの真相解明シーンのようだ。
「なんだ?」
「アクアくんと硝太くんって血は繋がってないんだよね?」
「ああ、俺…ともう一人双子の妹がいるんだが俺達は引き取られたんだ」
声が震えていないことを確認しながらあかねから言われたことを確認する。アクアと硝太が血の繋がっていない兄弟という事実は既に硝太が言ってしまっているので今更隠すことは出来ないし隠そうとしたら硝太と同学年であることの説明がめんどくさくなる。
それを聞くとあかねは少し下を見て目元を暗くする。点と点が線で繋がった、しかしその真実はとても辛いものだ、とあかね個人が言っているように見える。
「じゃあ──アクアくんと妹さんとアイが血のつがった姉弟なんだね」
「───」
外れだ。外れながらも目の付け所としては悪くない考察に呼吸を忘れる。少なくともアイと俺達が血縁だということはあかねにバレている。
「ごめんね。アイのことを調べている時にさ、アイが硝太くんを抱きしめている動画とアクアくんっぽい子と同じ歳ぐらいの女の子がペンライト振ってる動画を見つけちゃってさ…硝太くんはその頃から何も変わってなくてアクアくんは生き生きしていて驚いたんだ。」
なんで、と言うより前にあかねがその理由を告げる。アイが硝太を抱きしめている動画、がどれのことを指すのかは確定では無いがおそらくアイが出演した生放送で硝太が乱入した話だろう。あれは一時期B小町のファンの中で話題となっていたので映像が残っていても不思議では無い。ルビーと赤子の頃のアクアがペンライトを振ってる、オタ芸をしていたのはアイのライブに言った時は毎回のようにやっていたからいつの頃のものか覚えていない。
「硝太くんが成長障害だってことは予想してたけど、まさかあれほどとは思わなかった。ごめんね。二人ともアイさんのことが好きだったんでしょ?」
「…ああ、そうだ」
硝太とアイは本当に仲が良かった。お互いにお互いのことを理解し合えていた。今にして思い返すと硝太と共にいるアイは普段とは雰囲気が変わっていたように思える。だからアイの死を誰が1番悲しんでいたか、と聞かれるとアクアは間違いなく硝太だと言える。
──B小町のアイには特に反応を示さなかったくせに。現金なヤツ。
「そうなんだ…ごめんね。わたし、そんなことにも気付けなくて」
「気にしなくていい」
硝太とアイの関係を知ったあかねは硝太の状況を理解したのか目から涙が溢れそうになってそれを手の甲で拭う。その目はまるで先程外した答えが外すこと全体で言ったように見えた。その目で読み違いをしていたことに気付く。
──いや待て。硝太の動画を見て、俺達のオタ芸を見てそれだけでアイと俺が血縁だとわかったのはなんでだ?
アイのことをそれほどよく調べていたのならは施設育ちだということはすぐに分かる。過去のプロフィール欄を見ればすぐに分かる話だ。それこそアクアとルビーのオタ芸の動画を見つけるより容易に見つかるだろう。施設育ちのアイに16歳以上年の離れた弟と妹がいるなんて普通は思わない。全員が家族だとしてもそれこそアイと硝太とアクアが皆血の繋がらない兄弟だと考えるのが自然だ。何故、あかねはまず最初に血縁を疑った。
──まさか、さっきの言葉はアイと俺が親子だと確認するために。
「あかね、お前…」
最初から知っていたのか。そう聞こうとするが、それより前にあかねは小さく首を横に振った。
「怖い想像しちゃって、もしそうじゃなかったらなって思ったんだ。誰にもいえずにずっと孤独だったんだろうなって…」
あかねの腕が背中に回る。少し身長の低い彼女の肩の上に頭が丁度乗せられる。
──あかねにはもう全てお見通しなんだろう。硝太の記憶喪失も、俺の目的も、全部。その上で、そういうんだな。
「私は何があってもアクアくんの味方だよ。辛いことは一緒に支えてあげるからね」
「──悪い」
『今ガチ』最終回。アクアとあかねのカップルが成立した。その撮影裏、誰にも気付かれない場所でその様子を見ていたカラスは一際大きく鳴いた。
今回は前回、硝太が吉祥寺カウンセリングを受けている間のお話ですね。
実はカウンセリングを受けてる間にBSSされていた硝太。
そんなことはさておきあかねを救えるのはやはりアクア、ということで原作通りこの二人にはくっついてもらいました。原作との違いと言うと硝太がヘマしたおかげでアクアとアイの親子関係があかねにバレたことですね。しかし問題なくくっついた二人。しかもアクアは別としてあかねの方はもうママ味を感じる。
いい関係、いい関係なのですが、問題が一つ。───硝太はアクア、ルビーとアイの親子関係がバレたら何をしでかすか分からない。鏑木をノータイムで殺害しようとしたように。
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硝太の性能がだんだん評価されてきてるような…きてないような…