【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回のあらすじ
硝太、アクかなの微妙な関係に気付けない。
フリルに生霊が憑いていると言った占い師、逝く。


#32 身の上

 7月末。JIFまで残り一週間を切った。陽東高校も夏休みとなり、B小町の追い込みが始まる。

 

「硝太、そっちはどう?」

「うん、二人のおかげでみんな日に日に良くなってるよ。特に姉さんの歌はもうオンチとは言わせないクオリティだね」

 

 ミヤコは社長業務として他の配信者達の様子を見ながらもちょこちょこB小町の様子が気になって見てくれている。苺プロの社長という側面を排除したとしても愛娘の初舞台だ。気になるのも当然。少し心配そうなミヤコに対して硝太は自信あり気に言う。

 実質ボランティアとはいえ事務所に無断で仕事を振ってることになっている二人のことは気になるしミヤコも最大限警戒しているが事務所側も怪しんでいないようなので黙っていればまずバレない。二人が言い出すリスクは硝太が信用していると言うだけでそれは無い、と言い切れる。

 

「ならいいわ、任せるわよ」

 

 念には念を押して硝太に警戒するように言うミヤコに硝太は黙って頷く。知識不足の硝太も、最低限の事は理解しているし最後のラインは超えてこない。最悪の可能性を考えることも大事だが、そればかりに気を取られるのも避けたい。

 となれば硝太の策が上手く嵌って来ることを願うのみだ。実際歌が下手と言われていたルビーの歌唱力は目に見えて上がっているしダンスの一体感なども良くなっている。

 

 あとミヤコが心配するべきは苺プロ社長としてではなくアクア、ルビー、硝太三人の母親としてのこと。

 

「硝太」

「何?」

「無理はしすぎちゃダメよ。ルビー達はもちろん、貴方も疲れた時は休みなさい」

 

 ミヤコは澄んだ瞳で硝太の方に顔を向けて硝太にちゃんと言いつける。硝太には頭ごなしに叱るよりこと細かく説明してダメだ、と言った方が聞きがいいのは長年一緒にいてわかること。

 

「…なんで?」

「本番前に硝太が倒れたらみんな心配するし、練習に身が入らなくなるでしょ」

 

 予想通り、硝太は純粋に首を傾げて理由を聞いてくる。煽りなどではなく純粋に休まなくてはならない理由に気付いていないのだろう、とミヤコは予想する。硝太からすればライブをするルビー達が倒れるのは問題だが、自分が倒れても影響が出るわけではないし仮に死んだとしても苺プロにとって大きな損失にならないからいい、と考えてもおかしくない状況にある。

 まさか硝太一人が死んだ程度でJIFとB小町のライブに影響が出るなんて硝太は考えてすらいない。

 

「そっか」

「そうよ」

 

 ミヤコは硝太の頭に手を伸ばすとゆっくりと硝太の頭を撫でる。最近頭を撫でてもらえる回数が増えた硝太だが母に撫でられている時が一番満足するようで気持ちよさそうに目を細めてている。

 

「お母さんは申し込みとか当日のスケジュールとか済ませておくからルビー達の方はお願いね」

「うー、うん」

 

 硝太の頭を撫でていたミヤコの手が離れると硝太は背伸びをして小さくおねだりをするがミヤコはB小町を硝太に任せて部屋から出ていってしまう。

 

「よっ」

 

 ミヤコが離れたのを見計らってB小町の練習を見ていたノブユキとケンゴが硝太の元に来る。二人とも自身の芸能活動の合間を縫って来ているのでずっと見ている訳では無いが着実に成長している三人を見れて楽しそうにしている。

 硝太は持ってきた蓋の開けていないペットボトルを二人に投げると三人の様子を聞く。

 

「姉さん達はどう?」

「いいんじゃね?アクアの妹ちゃんは元々スキル高いしMEMちょと有馬さんも周りを見てちゃんとやれてる。他のアイドルがどんだけすげえかは分からんけど結構いいと思うぜ」

「有馬さんは元々上手いし、ルビーは素直だから教えた分だけちゃんと真似してやれてる。メムも複数で歌ってるとちゃんと合わせられるようになってきた。ダンスと合わせても違和感は無いな」

 

 楽観的に捉えているように見えてダンサーとして三人の動きをそれぞれ見ているノブユキとルビーを集中的に鍛えながらもほかの二人も見てダンスの合わせも見ていたケンゴ。どちらとも専門的な視点からB小町の三人の様子を見てちゃんと評価と指導をしている。

 特にルビーは最初のオンチという評価からかなり変わった。ケンゴ曰く、全体的にレベルを上げるのだと間に合わない可能性が高いため今回ライブで歌う曲に絞って重点的に練習をした結果だそうだ。

 

「けど次からはちゃんとした指導員雇った方がいいぞ。俺達も一応プロとしてやってるけど、やるのが上手いのと教えるのが上手いのは別の話だろ」

 

 踊っている三人から視線を外して水分を取っているケンゴが現実的な指摘をする。現在二人ともプロとしてバンド活動やダンスをしている。当然自身が教えてもらったり培ってきたやり方を教えることは出来る。しかし教育と実行は細かく言うと別ジャンルにあたる。指導員として様々なアイドルや歌手等を見てきたもの達と比べると教育の精度や方法では明らかに劣る。せめて二人にその経験があれば良かったのだがそういう訳でもない。今回B小町の三人が明らかに良くなっているのはセンターであり、一番致命的な問題を抱えていたルビーが素直だったのと有馬とMEMちょが合わせるのが上手いという特徴を持っていたからに過ぎない。そしてそれを硝太が読んでいた訳では無いので今回は運が良かっただけ。

 

「次…次か、うん。考えておくよ」

 

 それをわかっていながらも信用出来ない相手に家族を任せられない硝太は煮え切らない様子で頷く。

 本当なら学校も同じクラスにいたいぐらいだがルール上仕方ない、と諦めている。しかしルビーの夢であり、母の夢を叶えられるアイドルの為にはルール上仕方ない、では諦められないという考えはある。だがケンゴの言うことが事実、何処かで信用出来る指導員を呼ぶかしないと自身のエゴでB小町が輝くのを止めてしまう。これでは意味が無い。

 

「うおっ、やべっもうこんな時間かよ。わりぃ硝太。俺抜けるわ」

 

 そうして話しているとノブユキが時計を見て急に帰り支度を始めた。B小町のレッスンの見学も二人は別に強制されてきてるわけでも金を払って雇われている訳でもないので来るのも去るのも基本的に自由だ。一応記者などにつかれないようには対策してもらっているが逆に言えば二人の帰宅を止めるのはその程度のものでしかない。先程までB小町に付きっきりだった為時計を見ていなかったのだろう、話している間はのんびりしていたが今はかなり焦っている。焦っているが同時にその焦りさえも楽しんでそうなノブユキの様子に硝太は純粋に疑問を感じる。

 

「ああ、いいけど…どうかしたの?」

「ちょっとゆきと約束しててなっ」

「ゆきと?」

「詮索してやんな。丁度いい時間だし俺も抜けるわ」

 

 『今ガチ』でも仲の良かったゆきと遊ぶ約束でもしていたのか。まだ遊んでいる訳でもないのに楽しそうに荷物を担いでいるノブユキが少し羨ましく見える。大人っぽく詮索を止めるように言ったケンゴも同じタイミングで抜けるようで荷物を回収してノブユキと共に出ていってしまった。

 

「またな!」

「ん、また」

 

◇◇◇

 ケンゴとノブユキ二人が帰宅し、三人の練習も休憩を入れる。日は既に落ち、三人とも分かりやすく疲れている。

 

「お疲れ様、水分取ってね」

 

 三人に飲み物を配った後、硝太は休憩がてらベランダに出て空を眺める。今日は雲ひとつない快晴。昼は日当たりが良すぎて暑いが夜は街の光に負けないように光っている星がよく見える。

 何故か理由を言葉にすることは出来ないが星を見るのは嫌いじゃない、むしろ好きだ。

 

 生暖かい夜風を浴び、今日も熱帯夜かと思いながら夜の星空に手を伸ばす。近くにいるようにキラキラと輝きながらもいくら手が長くなろうと決して手の届かない先にいる星はまるで兄姉のようで。虚しくなりながらもその輝きをより多くの人に見て貰って評価されることが心の底から嬉しい。

 

「硝ちゃん」

「MEMちょ」

 

 一人で夜風に当たっていた硝太の背後からMEMちょが声をかける。ペットボトル片手にベランダの柵に体重をかけるとMEMちょは真上を見て硝太と同じように夜空を見上げる。硝太と同じ方向を見ながらも余計なことは何も言わずに黙っているMEMちょだったが互いに黙っているのが耐えられなかったのか独り言のように話しかけ始めた。

 

「私、母子家庭でさ。弟も二人いて最初は働くつもりだったんだよねぇ」

 

 MEMちょの独り言に硝太は大きな反応は示さず瞳だけ夜空を見上げるMEMちょに向ける。

 

「けどママが夢を応援してくれてさ、オーディションとか応募するようにしたんだけど。ママ、働きすぎで倒れちゃったんだよね」

「──そうか」

 

 『ママ』というワードに硝太の右目が青く輝き始める。アクアやルビーの持つ星のような輝きとは全く違う、元の色を塗りつぶす青い光。まるでその光が硝太を別のモノに変えてしまうような輝き。それに加え声変わりしていない幼いながらも実年齢を感じさせる覇気を感じさせる声にMEMちょも硝太の方に顔を向ける。

 

「バイトしたり、ガールズバーで働いたりしてお金作って弟達を大学に行かせたりしたんだけど…その内に23歳になっちゃって」

 

 MEMちょの過去、今より若い頃にアイドルにならなかった理由を聞いて硝太はMEMちょから視線を外す。

 MEMちょは母親が倒れた時、何を思っただろう。幼い頃から好きだった夢のアイドルを目指して努力してその夢に手がかかった時、急に家族とその夢を天秤にかけられた時の気持ちはどうだっただろう。家族の為と言って夢を諦めて残った情熱をなにかに向けたくて配信などを始めた時はどんなつもりだっただろう。

 

──『夢』を捨てるってどんな気持ちなんだろう。

 

 硝太は誰かの『夢』を叶えさせてあげたいと思ったことはあっても自分自身に『夢』は無い。何かに情熱的になることは出来ない。強いて言うならあかねの誹謗中傷を行ったアカウントの特定をした時、だろうか。それ以外は『家族の為に必要だからやった』事と『楽しいからやった』事しかない。自分自身がなりたいビジョンが欠けらも無い。

 だから硝太にはMEMちょの気持ちが全てわかる訳では無い。分からないなら推し量るしかない。

 

「前も言ったけど、年齢がなにさ。僕のお母さんの方がMEMちょより年上だけどお母さんは誰より綺麗だ。老けなんてあくまで比較でしかない。結局綺麗な人はずっと綺麗だし悪いやつは赤子だろうが老人だろうが悪い。MEMちょは今も可愛いよ、きっと30代になったも40代になってもそこんじょそこらのアイドルより可愛い」

「あはは、社長と比べられちゃうか〜硝ちゃんも子供っぽいし二人には老けない遺伝子とかありそうだねぇ」

 

 硝太真面目に返したはずなのに当のMEMちょには冗談のように返されて硝太はしばらく黙る。MEMちょにとって、というよりアイドルにとって年齢はルックスと同じぐらい大きな問題。アイドルとして輝けるのは10代の子、20代はババア、などと言う勝手かつ根拠の無い言葉が当然のように蔓延る業界が芸能界。美貌を売り物として担保を得る都合上、若い女は使い捨ての割り箸のように使っては捨て、使っては捨てを繰り返される。それでも枠は開かないような狂気の世界に当時23歳のMEMちょは大人しく諦めるしか選択を選べなかったのだろう。

 

「…僕は、高校行かずに働くつもりだったよ」

「なんで?」

「行く意味がないって思ったから。勉強はそれなりに出来たけどそれで高校とか大学行っても結局大したことは出来ないし。それなら見切りをつけて一秒でも早く働くべきだって思った」

 

 MEMちょの身の上話が終わったので硝太も自身の身の上話を始める。

 学校はどんな場所か、と聞かれれば大半の人間は勉強をする場所と答えるだろう。硝太もその認識で中学校三年間比較的マジメに通っていた訳だが。人の自意識を育てる小学生の時代に引きこもっていたとしても硝太は遺伝子だけは優秀なので努力しなくても勉学で結果が出せた。PTSDやパニック発作の治療もあり体育の授業や運動会といった動く機会を止められていた為共に活動する経験が少なく仮にあったとしても自分一人で圧倒的出来ると自覚している。

 無論上には上がいる。勉強はアクアマリンの方が出来た、流石に運動能力に上は近所の中学ではいなかったが仮に居たとしても気持ちは特に変わらない。

 高校や大学に通えば新しいスキルが身につくだろうしそこだ交友を増やすことも出来る、しかしそれに魅力は感じられない。そんなどうでもいいことより、アイドルになりたいというルビーに夢を追うだけの余裕を持って生きて欲しいということだけ考えていた。

 

「僕がMEMちょの立場にいればよかったのに」

 

 硝太がMEMちょの立場なら。『夢』を持たない硝太を応援する意味は無いので母親は倒れなかった。弟達を大学に行かせる為に働くのになんの忌避感もない、そもそも高校に行く気もないので無駄な学費を支払うことなく、多少とはいえ家計に余裕が出来ていただろう。その金で弟達にもっといい大学や教育を与えられていたかもしれない。

 そんなことを思いながら硝太は柵に体重をかけて手すり部分の上に乗る。高校に行って楽しいことが出来ても、学費はタダでは無い。せめて払った分の学費を補填できる何かが、未来への投資としての何かがなければ意味は無い。そういう意味では未だに高校に入学したことは後悔している。

 

「硝ちゃん、それは違うよ。硝ちゃんのこれからは一杯楽しいことがあるんだから、自分だけ意味が無いとか思っちゃダメ」

「…そうだといいかもね」

 

 冗談っぽく言った硝太の言葉に今度はMEMちょは真面目に返す。 硝太の憐憫はMEMちょにとって自分を卑下するだけの発言だった為かMEMちょは真面目に言うというより硝太を叱っている。MEMちょに叱られるも、硝太は謝ったりすることはなく曖昧に言葉を濁す。

 

 素直に謝ると思っていたイメージとの乖離にMEMちょは目を細める。

 

「硝ちゃん、私達に何か隠してるでしょ」

「エ、エエエッ。ナンノーコトカナー」

「それでバレないって思ったの?」

 

 つい最近からの硝太の不思議な行動に向けて『隠し事』をしてると当てると硝太は分かりやすくたじろぎ、誤魔化そうとするが嘘が極端に下手な硝太にそんなことが出来るわけがなくMEMちょに「私は隠し事をしています」とバラすようなことになる。

 

「有馬ちゃんはわかんないけどルビーはもうわかってるよ。硝ちゃんが話してくれるのを待ってる」

「だからMEMちょの身の上話で釣り合いを持たそうって事か…ごめん。みんなには悪いけどこれは言えない。みんな気づかないフリをして欲しい」

「…分かったよ」

 

 硝太は窓の向こうで有馬と楽しそうに話しているルビーに目を向ける。アイドルとして輝く数日前のルビー。『夢』を叶えようとしているルビーはその日を待ち侘びている。しかしそれと同時に硝太の『隠し事』に気付いて尚気付かないフリをしている。

 ルビーは幼い頃から硝太と共にいるのだ。硝太が隠し事をしていることなんて百も承知。その『隠し事』が本当は隠してはならない隠し事であることも。MEMちょ以上に気づいている。

 

──ルビーはその隠し事を僕の口で言うのを待っているだろうけど…それはダメだ。少なくとも死ぬまで言えない。

 

 MEMちょは一瞬顔を顰めて考えたがすぐに諦めたようで目を閉じて再び夜空に顔を向けた硝太に背中を向けた。しかし数歩歩いて窓に手をかけた時何かに気付いたようで振り返る。

 

「あ、忘れてた。硝ちゃん。私をアイドルにしてくれて、ありがとう」

 

 硝太はMEMちょのお礼を聞いて小さく口角を上げた。




硝太の隠し事。
───この子嘘が下手なら喋らなければいい!って考えるタイプなんですけどそれはそれとして黙っているのも下手なんですよね。だからルビーやミヤコさんにはすぐバレる。そして何も知らない有馬かな(16)
そんな硝太だからノブユキとゆきの交際を知らない(というより恋愛感情を理解していない硝太にそういうことを言うのははばかられた、というのが大きいでしょうが)んですよね


それでは高評価、お気に入り、感想よろしくお願いします!
硝太とノブユキとケンゴのトリオの呼称欲しいな…硝太は今ガチ関係ないからなー
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