【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回のあらすじ
芸能プロダクション、株式会社苺プロダクションこと苺プロの女社長斉藤ミヤコの息子。斉藤硝太は幼年期、記憶喪失になった後の母に救われた記憶を思い出す。
──この人の為だけに自分の人生を使う。
しかしそう思ったのもつかの間、姉のルビーがアイドルの応募に落ちる。
死因、胃潰瘍。

前途多難とはこのことである。


#2 アイドルの夢

「駄目だった...」

 

 涙を流しながらそう言う姉のルビーを見て思わず頭を抱えた。

 ルビーの容姿は身内としての贔屓目もあるかもしれないがかなりいい。アイドルというものをほとんど見てこず、音楽番組とかに良く出てくるグループすらよく知らないがあの中にルビーがいても見劣りしない、むしろ周りの目を引いて他のアイドルをゲームのMOBにしてしまうほどの輝きがあると思っている。

 そんなルビーがアイドルの応募で落とされたのだから考えられる理由は少ない。

 

 一つ目は政治的な理由。この娘を推したいとおもった上の人がいたためにそれより『可愛い』ルビーを落とした可能性。

 二つ目はルビーが試験で不味いことをした可能性。面接官に対して無礼を働いたりすればどれだけ可愛くてもまず落とされるだろう。しかしルビーがそんなことをするとは思えない。

 三つ目は第三者の介入の可能性。正直考えたくもないがこれが一番可能性としては高い。ルビーをアイドルにしたくない()()()()()()()()が辞退したメールか電話を出して落とされたことにした。

 

 実を言うと犯人に心当たりはある。だがそれよりまずルビーだ。ずっとなりたかったアイドルという夢を半ばでへし折られた気分は痛いほど伝わる。犯人当てクイズをするよりまずはそんなルビーに対して出来ることがあるはずだ。

 その証拠にすぐ近くにいた母のミヤコはルビーの後ろから抱きついて慰めている。羨ましい───かどうかは置いておいて頭を抱えるより先にやるべきことがあったはずだ。

 

「ね、姉さん!大丈夫だって!次は受かるよ!ほ、ほらポ〇モンやろうよ!ね?」

 

 反射的に近くにあったス〇ッチを手に取ってルビーの目の前に突き出したが、ルビーは落選を告げられたスマホをずっと見ながら泣いている。

 その様子を見て今すぐ自分を殴りたくなったのを抑えて冷静にスイ〇チを机の上に置く。

 

──ずっと目指した夢を叶えられる手前で落とされた痛みはわかるはずだろうになんで最初に示すのがポケ〇ンなんだ馬鹿野郎。もっとかける言葉あるだろ。

 

「ちょっと頭冷やしてくる」

 

 ルビーは反応を示さず、俯いたまま自室へと行ってしまった。

 

「...やらかした」

 

 再び頭を抱えてその場に座り込む。夢を絶たれた相手にゲームを進めるのは流石にデリカシーというものが欠けてるにも程がある。そんなこと考えれば直ぐにわかる話だろう。だと言うのに、反射的に思いついたことをしてしまった。

 

「仕方ないわよ。落ち着くまで待つしかないわ」

 

 母が隣に座って背中を摩ってくれるがそんなことで楽になるのは僕だけであり、ルビーの傷は無くならない。自分だけ楽になろうとしてるみたいで自分が嫌になる。

 

「悲しんでたのに」

「オーディションは誰もが受かるわけじゃない。どれだけ努力しても受からないことだって沢山ある」

 

 母の言い分も分かる。というよりアクアマリンという懸念点さえ除けば僕もそういう考えを持っていただろう。

 何よりそうやって兄を疑っている自分を今すぐ殺したい。ただ実際にやってしまえば母が悲しむので手を出すことすら出来ない。それがとてももどかしい。

 

「確かに、アイドルにしたくないって気持ちが分からないわけじゃない」

「...」

 

 アクアマリンがそこまでしてルビーの夢をへし折った理由は、決して他人の不幸を喜びたいからという愉悦からでは無いことは分かる。

 理由は簡単、ルビーを芸能界に入れたくないからだ。

 芸能界の闇というのは芸能事務所の社長の息子として聞いてこなかった訳では無い。人の善意を吸って金にするマスコミ、安全圏から言いたいことを好き放題言うだけの自称正義の人、人が表舞台から落ちる様を楽しむ破綻者。魑魅魍魎がその辺を歩いていると表現されても違和感のない地獄だ。芸能界に入れば嫌でもそのようなものから馬尾雑言を受ける。応援してくれるファンですら気に入らなければ攻撃をすることに躊躇いがない。

 そんな地獄変に身内を入れるのは確かに心配だし可能ならさせたくない。

 オマケに二人の母親、星野アイはルビーが目指す先と同じアイドルであり、ファンに刺されて死亡。そしてそのファンは()()()()()()()()()()ので、アイさんの娘としてルビーが狙われないとは言えない。

 だから僕も可能ならルビーをアイドルにしたくない。だが──。

 

「それでも、姉さんは本気だったよ。遊びじゃない」

 

 それでもルビーは本気だった。アクアマリンの気持ちもわかるが、アイドルになりたいと何度も聞いてきたルビーの気持ちは本当なのに、そんなルビーに何も告げずにその行動をとるのは流石に勝手すぎる行動だ。

 

「硝太、疲れてるのよ」

 

 母が指摘するとそれを証明するように熱い訳でもないのに額から気分の悪い嫌な汗が頬を伝う。 

 いつの間にか嫌な想像をして汗をかいていたようだ。ルビーの感情に当てられたか、それとも僕自身の感情なのかは分からないが何も出来なかったことへのもどかしさを強く感じる。

 アクアマリンのことを懸念点とするならアクアマリンと最初に僕自身が話をするべきだった。アクアマリンがやる気がないならそれで良し、やる気があるというのならルビーを交えて話す場を設けるだけで状況は変わっていたはずだ。クールぶっているがアクアマリンはルビーを嫌っておらず、むしろ唯一の肉親として愛を持っている。互いに腹を割って話し合わせて折衷案を作るだけで状況は好転していた。

 例えば、信用出来る事務所のアイドルとか──

 一瞬だけ、頭を殴られた直後のような痺れが走る。それと共にアクアマリンを納得させられるであろう案が一つだけ浮かんだ。

 それは子供が思いつく癇癪のようなものであり、最善であるとはとても思えない案だ。だが、現在ルビーのアイドルという夢は絶たれてしまったことに変わりは無く、この案ならアクアマリンも納得させることは出来る。しかし僕にはその選択肢をとる事が出来ない。この案で困るのはアクアマリンだけでは無い。母──斎藤ミヤコを困らせるだけでなく、傷つけることにもなるリスクが大きい案だ。

 

 だからそれは出来ない。何があっても、仮にそれ以外の人類全てが不幸になるとしても母親だけは裏切れない。この人の為に自分の人生を捧げると誓ったのなら、それをせめて自分が死ぬまでは突き通すべきだ。

 

「何か、考えてるんでしょ?」

 

 頭を上げて隣の母に視線を向ける。母はそれだけでこちらが考えていることを見透かしたようで優しい笑みを浮かべながら背中を摩っていた手を頭の上に乗せてくれた。

 そのまま優しく頭を撫でられる。

 

「ある」

「苺プロにアイドル部門を立ち上げてルビーをそこに入れる。そんなところでしょ」

 

 黙りながらも小さく頷く。

 母が自慢げに言った案は確かに僕の頭に浮かんだ案と同じものだ。だが、これは僕が勝手に決めていい話じゃない。始める時だけでは無い、今後ルビーが仕事を続ける限り、母の負担も今後増え続ける愚案だ。ならアクアマリンに黙ってルビーがアクアマリンから隠れながら別ルートでアイドルになれるようにするか。いや、それでも続ける限りアクアマリンには遅かれ早かれバレて傷付けるだろうし兄妹仲に溝を生む結果にはしたくない。そもそもそれではルビーを守ることが出来ない。

 誰かを傷つける案はすぐ浮かぶのに自分が傷つくことで解決する対策だけは浮かばないのが斉藤硝太という人間を表現しているようだ。自分から簡単で甘い方向へとズレる臆病者。無理矢理使うとしても何かができる訳では無いから替えも当然ある。要するに僕本人の存在価値はどこにでも居る数合わせ以下だ。それ以上の価値は見込めない。

 母は少し考えると諦めたようで小さく息を吐いた。

 

「分かったわ。ルビーに確認をとる。もし、ルビーがウチでアイドルをやりたいって言うなら新規アイドルグループを立ち上げる」

「いいの?やりたくない、って今まで思ってたみたいだけど」

 

 母がこのような案を考えるのは予想外で思わず隠そうと思っていた言葉が出る。考えなくてもわかるが元々母は優しい人だ。けど同時に十数年前に無くなった二人の母親、星野アイさんが殺された時のことを引きずっており、事務所にアイドルを作るのを避けてきていた。勿論、僕らや事務所を守るためというのもあるだろうが母の夢すらもその時に置いてしまったように見えたのだ。

 だからルビーも別の事務所でアイドルをやろうとしていたわけで。だが、その道が絶たれたとなれば次は自分を傷つけてでもルビーを助けたくなるのはすぐに考えるべきだった。

 

「いいのよ。ルビーの気持ちは止められないし。素質がある。何よりやらせてあげたいもの」

「...」

 

 駄目だ。やめてくれ。そう言いたかったが、それを言うことは出来ない。それは確かに母の望みであり、誰かに誘導されたり、命令されたものでもない。こちらも考えを胸奥に留めておいていたので一から百までミヤコの考えて思いついた方法だ。それを否定することは出来ない。

 

「硝太、別に私は自分を犠牲にしたい訳でも、してる訳でもないわ。やらせてあげたいからやってるだけ。それに貴方が罪悪感を持つのはお門違いよ」

「ごめん」

 

 こちらに気付いた母が僕の傲慢さをたしなめる。僕の考えは母を被害者に据えおこうとしていた勝手な考えだ。母は被害者でもましてや加害者でもない。ルビーの夢であるアイドルをやらせてあげたい、アクアマリンの心配を拭いたい。ただそれだけだ。それに事務所でアイドルをやって売れれば次の仕事に繋がるだの色々考えているだけ。僕だけがずっと可哀想だとかねじ曲がったものの見方をしている。

 

「ならルビーを呼んできてくれる?硝太の言うことなら聞いてくれるはずだから」

 

 僕が気負わないように気遣ったのだろう。母はいつもそういう人だ。子供の頃から足枷にしかならないような僕を息子として愛して育ててくれた。そしてそれを全く不幸と思っていない。むしろ僕の方を気遣ってくれて、罪悪感を感じさせないようにさせてくれている。

 事務所で新しくアイドル部門を立ち上げる、というのは言葉以上に大変なことだ。契約書や色々な書類を作ることはもちろん、他の事務員への仕事の割り振り、他部署との連携。考えられるだけでそっとやちょっとで出来るものでは無い。

 なら自分のやるべきことはなんだ。不幸な振りをしてずっと沈み込むことか。違う。ルビーにちゃんと言葉をかけて、アクアマリンの不安を解決して二人に話す場を設ける。それが二人の弟で、苺プロ代表──斉藤ミヤコの息子、斉藤硝太の仕事だ。

 

 パソコンへと向かって作業を始めた母に背中を向けてルビーの部屋へと向かった。

 

 

◇◇◇

 ルビーの部屋の前。

 

「姉さん、入っていい?」

 

 ノックをしてルビーに声をかけてみる。まだ塞ぎ込んでいて、反応も得られない。そういう展開になるかと思ったが扉の向こうからはいつも通りのルビーの声が聞こえた。

 

「硝太?いいよー」

 

 いつも元気なルビーの声、先程まで落選したことに落ち込んで涙を流していたとは思えない声色だ。僕が勝手に落ち込んでいる間に回復したのか。いや、違う。落ちてもいいと思って落ちたものとあれだけ頑張って努力した結果落ちることでは心の落差が桁違いだ。これはルビーの演技。

 しかし今はそれを追求するべきでは無い。騙された振りをしてルビーの部屋に入る。演技力に問題は無い。なぜなら僕は正真正銘ファンを嘘で喜ばせるアイドルの弟なのだから!

 

「い、いイイ、イヤー。ゴキゲンヨーネエサン。ゲ、ゲン、ゲンキニナッテボクワウレシイヨー」

「下手な演技しない硝太」

 

 意気揚々と言葉を選んで発言したはずなのだが、ルビーには一目で見抜かれてしまった。やはり演技力が足りなかったか。人を騙せるほどの演技をするにはまだ精進しなくてはならないらしい。

 ジト目でこちらを見てくるルビーに反応したのか、それとも下手とはいえ演技をしてしまったからか背中から冷たい汗が吹き出る。

 

「ごめん、嘘ついた」

「よくそれで騙せるって思ったねー。硝太は嘘つけないってお姉ちゃんわかってるんだよ」

 

 演技はダメだったがそもそも今回の話には嘘をつく必要性は無い。母から言われたことをルビーに言えばいいだけの、ただのお使いだ。

 

「姉さん、アイドルの話なんだけど」

「大丈夫、次は受かるから!そ・れ・にもしかしたら街中でスカウトとかされちゃうかもしれないし!そうだよ!よし!外行こ硝太!」

 

 もう何も気にしていないように演技するルビーはその表情とは裏腹にとても痛々しく見える。気にしないわけないだろう。

 自分はルビーの言う通り自分は優しい嘘、騙す為の嘘に限らず嘘が付けない。オマケに演技も隠し事も下手で身内に関して言えば何をしているのか何をしていたのか事細かにバレる。

 だが今のルビーの嘘はそんな自分の嘘と同じぐらいわかりやすい強がりだ。

 

 逃げようとするルビーの腕を掴む。ここから逃がしたら母から任された仕事すら完遂できないような気がしたからだ。

 

「姉さん、もう強がらなくていいよ」

 

 驚くルビーが何かアクションを起こす前にできるだけ優しい声でルビーの心を和らげるように言う。

 こちらで先手を取ったからか、ルビーは何も言わないし腕を振りほどこうともしない。ただ顔をこちらに向けず下の方を向いている。次の言葉を待っているのか、僕の行動に驚いて声も出ないのか。出来れば前者であって欲しい。

 

「悔しいし辛いってことぐらい僕でもわかる。そんな嘘をつかないでよ」

 

 ルビーの腕を強く引き寄せる。ルビーは顔を背けたままだが抵抗せずにこちらに近づく。その時点で僕の意志に気づいたのか、

 

「姉さん、アイドルになりたいんでしょ?」

「そうだよ。ずっと夢だったんだ。アイ(ママ)みたいに格好いい衣装着て可愛い歌歌って皆にコール貰って大きなステージに立って喜んでもらう...そんな夢」

 

 泣きそうな声で語られるルビーのアイドルへの夢を聞く度にルビーの裏にいる誰かの影を感じる。それは夢どころか学校にも行けないような貧乏な家の子にも見えるし病院の上でずっと死を待つだけの子にも見える。あるいは優しすぎた結果誰かに合わせて動いて自分のしたいことを失った誰か。

 それが誰かは分からない。だけどきっとその人はルビーと同じ思いを抱いて、叶えられる権利すら失って散った。でもルビーの場合は母が居る。だからこそと言うべきかルビーが夢を折られて悲しんでいる所を見たくない。

 

「本気でやるんだね」

「うん。やる。私もママみたいなアイドルになるんだ」

 

 ママ、恐らく二人の母親である星野アイの事だろう。僕はその人の人となりは知らないがドームライブ直前で亡くなったということは聞いている。その時彼女は何を思ったのだろうか。ドームライブが彼女の夢だったとは聞いていないが、ドームライブが数々のアイドルの夢ということは母から聞いたことがある。アイもそうだとしたら、それはきっとルビーのような後悔や悔しさがそこにあったのだろう。別にルビーがそれを背負う必要性は無いがルビー自身、高い目標としてみている節がある。ならば越えさせてみせることも可能だ。

 

「ならドームに行こうよ。ステージの上で姉さんがかっこいい衣装を着て、可愛い歌を歌って踊って、ファンの人達のサイリウムでドームを染め上げる」

 

 いつかの日に母が思っていた夢を語る。星野アイさんが何を思っていたのかは知らないが少なくとも母は自分でステージの上に立って歌って踊るのではなく、アイに夢を託すことを選んだ。そしてアイさんはその夢の直前に亡くなった。その後は僕や兄姉を育てたり事務所を守ったりで夢を追う機会すら与えられなかった。

 ルビーがアイドルの応募に落ちたのは今思えば良かったとすら言えるかもしれない。もしルビーが別の事務所に行けばルビーの夢は叶っても母の夢は叶わなかったから。

 

「ママの叶えられなかった夢──うん、やるよ。次は絶対に受かるから!」

 

 ルビーの顔が上がる。その顔は闘志に満ちているように感じた。星野アイを目指すのではなく星野アイを超える。母はルビーには素質があると言っていた。アイドルの素質とか僕には欠けらも無いがそれは正しい。僕はそう信じて行動する。

 

「次じゃない。今からやるんだ」

「え?」

「──我々苺プロは十数年ぶりにアイドル部門を立ち上げます。ついて来れる?姉さん」

 

 母の言いたかったであろう一言を代弁する。アイドルになるなら残念ながら中途半端はさせない。何がなんでもルビーをトップにして、ドームへと行かせる。

 

──たとえ、それが『悪』とされる行為であったとしても。

 

「───!硝太の方こそついてきてね」

 

 ルビーは僕の一言で全てを察したのだろう。僕が何を考えているのか、何故ルビーの部屋に入ってきたのか、この筋書きを考えたのは誰なのか。

 全てを察した上で顔を上げて満面の笑みで僕が掴んできた腕を両手で掴んでぴょんぴょん跳ね始めた。

 

──一応言っておくと。ついてこいと言われたところで僕はアイドルにならないんだが。




次回、4月8日予定です
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