陽東高校普通科の危険人物、藤波木陰に『世界の端っこ』という異空間連れていかれた硝太はその場で諸木亮太という青年と出会う。二人に自分が未来視というインスタントバレットがあること、未来視のインスタントバレットで斉藤硝太死ぬ未来が見られていることを告げられる。しかし友人、もしくは家族の《誰か》がその事件に巻き込まれる可能性を感じた硝太は自分が死ぬ事でその《誰か》を救う未来、最高のハッピーエンドを妄想する。
家族達と離れる。それはたとえ数時間のことであったとしても数ヶ月前までの硝太にとってそれは孤独よりも辛いことだった。孤独なら寂しいだけだから耐えられる。しかしそこに他人がいるのは硝太にとって猛獣と同じ檻に入れられたようなもの。たとえ爪と牙を折ったとしても猛獣に適う人間なんてそうそういない。理解できない相手に対する純粋な恐怖。人が怖かった。結果中学生の時は全身から気配を消すことで難を逃れた。中学三年間気配を消し続けていた為、問題行動を起こしても誰にも気にされることはなく卒業した。集合写真を除き、自分が一枚も写っていない卒業アルバムは、もうどこに行ったのかも分からない。多分捨てたのだと思う。1度も楽しかったことや嬉しかったことが無かったので今更どうでもいい。
そんな自分に話し相手が出来た。後に苺プロでB小町の所属アイドルをすることになる有馬先輩。彼女には不思議と恐怖は持たなかった。感情を全て口に出すからか、それとも僕のことを知っていながらも馴れ馴れしくなかったからか。よく分からないが最初から普通に話すことが出来た。苺プロの従業員の人でさえあそこまで普通には話せないそういう意味では今でも有馬先輩は特別な人間だと思う。
入学式になり、人生初めての友人が出来た。ルビーが仲介してくれたとはいえ、みなみさんの距離のとり方とか楽しく話せながらも踏み込まないところとか母親に似た気配で身内でもないのに異様に馴染んだ。その辺りは頼子ちゃんも似たようなものだと思う。不知火さんはマイペースだが、人生経験が多いからか一つ一つの対応が早くて正確。少なくとも嫌な経験をすることは無かった。
黒川あかねことあかね義姉ちゃんの炎上事件から関わり始めた『今ガチ』のメンバーのアクアを除いた五人。最初は最悪の出会いだったが各々人の良さが滲み出ていたこともあり、友人と言ってもいいほどの関係性を築く事が出来た。
全員、報われて欲しい善人だと思っている。人の良い振りをして私腹を肥す偽善者。弱者の振りをして強者に守るべきという暴言をぶつける異端者。自らの権力等の力を巧みに使い穢れた欲望を止めることなく発散する破綻者。そんな嘘吐きに利用されたり、その毒牙にかかって欲しくない。だからこそ、誰も死なない道を模索した。
八月の第一日曜日の午後九時、斉藤硝太と行動を共にしていたせいで襲われる《誰か》の特定は非常に厳しい。自分には未来を見ることが出来ない上に未来視のインスタントバレットからの追加情報も期待出来ない。知っていそうな諸木と藤波を尋問することも考えたが二人を敵に回すのもデメリットの方が大きい。
だから逆に特定しないことにした。考えてしまえば簡単な事だ。襲われる対象に斉藤硝太が入っている以上どれだけ《誰か》が決まっていてもそこに斉藤硝太がいることに変わりは無い。なら必然的に《誰か》はその時に斉藤硝太の近くにいた人物ということになる。
『それって来月だっけ。確か8月の…』
『そうだよー最初の日曜日だねー』
『…そんなに遅くならないならいっか。18時半から──うん、平気だ』
運がいいのか悪いのかその日はB小町のライブになった。時間もライブの終了後。つまり人生の最後にB小町のライブを見ることが出来る。
それだけでは無い。大切な人達を一人残らず時間を呼び出して一緒にライブを見て、その後皆が帰る方向とは別方向に逃げて一人になり、何処かの高層マンションの廊下で待つ。そうすれば《誰か》はその辺にいる適当な一般人になる。その後諸木と藤波が考えたように1人だけ逃げるなりなんなりして生き残ればいい。それなら身内も大切な人も誰一人欠けずに済む。そう思った。
しかし現実はそう上手くいかない。未来視のインスタントバレットにとっては既に誰が襲われるかは目に見えていることなのでそこまで上手くは行かないだろう。二人の反応から考えて未来視のインスタントバレットはこう伝えたはずだ。『共に襲われる誰かは斉藤硝太に伝えてはいけない』つまり襲われる誰かは襲われたらこちらにとって都合の悪い人物。その程度の抵抗で未来が変わるわけが無い。
まず最初に考えたのはB小町のライブの日に来ない人物がいる可能性。B小町のライブに誘うことで全員を一箇所に集めることでターゲットから逸らす方法をとるということは体調不良や別の予定などでいなくなる人物のことは考えられないということだ。
それぞれの自宅の住所のデータが必要になる。苺プロの人間は苺プロ内部から、学校が同じみなみとフリルが学校内の書類から住所の特定を始めた。しかしあかね達今ガチのメンバーの住所の特定は簡単では無い。だから、アクアマリンも出席する『今ガチ』の打ち上げに侵入してそれぞれの帰る方向から大まかな位置を特定することにした。あかね、ゆき、ノブユキ、ケンゴ、そしてその頃はまだB小町に入っていなかったMEMちょ。その頃はまだ友人とは思えなかったメンバー達だがアクアと仲がよく善人である彼らを被害者にしたくはなかった。
『質問の答えだけど、みんなを見に来た。が正解かな。あともう一つ理由はあるけど、それは後からだし』
『今ガチにはこれ以上関わらないんじゃなかったのか?』
『そのつもりだけど少し事情が変わってね。発言を撤回するようで悪いけど極秘に兄さんについてくることにした』
打ち上げの時にアクアマリンには少し疑われたような気はしたが上手く隠しきれたと思う。
『二人はこのまま幸せになって愛を誓い合うんだ。僕の
『兄さん、仕事だけで付き合ってあかね
僕が死んでアクアマリンは少し悲しむかもしれないがあかね義姉ちゃんもいる。二人なら大丈夫だと思う。あかねは優しい人だから、きっと二人で支え合って弟分の死なんて忘れてしまえるほど仲のいい理想の夫婦になれる。そう思ったから安心したて、自分の気持ちは置いていった。
全員分の住所を集めてそれぞれの自宅から出来る離れた場所を決める。自分が死ぬだろう位置。しかしそれで完璧かと言われるとそんなことは無い。これではその日に別の予定が入った場合の対策が出来ない。仕事もそうだが、友人宅や家族宅に行く、という予定まで全て調べ尽くすには時間が足りない。そのためこれも気休めに過ぎない。結局のところ誰かが巻き込まれるのは変えられない。変えられないのなら出来る範囲で傷を減らすしかない。
「結局誰かは巻き込まれる前提ってことか──仕方ない。僕が死ぬか」
《誰か》が本当に大切な人であるなら本当に仕方ない。どうにかして自分が死んで残った人物の保護を諸木と藤波に託すしかない。死ぬことは怖いし、死ななくて済むならそうしたい。こればかりは仕方がなかったってやつだ。
『怖いけど、凄く怖いけど。続ける。このまま辞めたくない』
炎上していたあの頃のあかね義姉ちゃんの方が怖かっただろう。殺されるどころか他の家族や大切な人にも迷惑がかかるかもしれない。それでも続けると、戦うと選択した彼女は立派だ。素直に尊敬する。自分では一生もがいたところで手に入れられない覚悟だ。それ比べて彼女に向き合う事すら出来なかった自分に彼らより生きる意味があるのかと言われたらまず無いだろう。
死ぬしかないと分かれば次にするべきなのは自分が死んだ後のこと。自分は苺プロにそこまで影響力を持つ訳では無いので死んだところで何も変わらないだろう。問題は数少ない仕事の引き継ぎと傷付くだろう人達へのアフターサービス。
B小町の三人のスタミナや筋力等をデータとして纏めるだけでなく三人がこれからもアイドルを楽しめるようにそれぞれの心の問題に着目してよく見ることにした。
ルビーは幼い頃からずっと見ているから問題ない。仮に僕が死んでも数日は泣き続けるだろうが、それが終わったらケロッとしてるだろう。MEMちょは少し心配だ。家族の為に夢を一時的にとはいえ諦めるほど家族思いな人なら傷付いたルビーを見て仕事を減らそうとする危険がある。その為何がなんでも仕事ができるように苺プロ内で声をかけてコラボ動画の予定も強引に入れさせた。有馬先輩は大丈夫だろう。「死ぬなら死ぬって先に言いなさいよ!」とひとしきりガミガミ騒げば収まってくれるはずだ。
『僕はみんな幸せならいいんです。みんなが僕の唯一の希望。みんなが幸せでいてくれるならもうそれ以上は求めません』
文字通り、苺プロのみんなの幸せさえあればいい。有馬はまだアイドルに乗り気では無さそうだが有名になれば元天才子役ではなく天才アイドルと呼ばれるようになれば役者としての仕事も来るので心象も良くなるだろう。そこまでこればこっちのものだ。メンバーが増えようと何が起きようとB小町は止まらない。ドームライブだって全然夢じゃない。母の夢が叶えられれば母の幸せさえあれば自分が生まれてきただけの価値はあったと思っていいだろう。
願うべくはそこで輝くみんなを直接見たかったが、それを願うのは罰当たりというのものだ。
目指すは最高のハッピーエンド。
◇◇◇
B小町のライブの後。スマホの時計は丁度20時を指している。斉藤硝太が死ぬまで残り1時間。B小町の三人とアクア、そしてミヤコを乗せた車がJIFの会場から遠ざかっていく。
文字通り家族との最後の別れを告げ、アクアとMEMちょを除く今ガチの四人、そして寿と吉祥寺の二人に別れのメールを送る。もちろん、自分が未来を知っていてこれから死ぬなんてことは書かず感謝の意だけを伝える。返事は当然確認しない。
──本当は電話をかけたかった相手もいたが、やめた。電話をかけて声を聞いてしまったら後悔ばかりが積み重なって死ぬのが余計に怖くなってしまうから。
家族が乗った車を視線から外し、近くに隠れているであろう不知火の元へと急ぐ。東京の夜には珍しく車も通らない場所、建物の陰に彼女はいる。一般人がいないからか、変装用のサングラスを外していつもの綺麗な顔がよく見える。
「ごめん、待たせたね。不知火さん」
こちらの謝罪に対して不知火は黙って首を横に振る。
その優しさに感謝すると同時に胸の奥が痛くなる。全員を帰らせた後、自分が死ぬまで残り1時間弱という短時間。この時点で他のみんなが帰っていることを考えると共に襲われる《誰か》は不知火の可能性が高い。その為今からはどうにかして不知火を守り切り、自分が死ぬかを考えなくてはならない。
「大丈夫。急に言ったのは私の方だし。斉藤くんこそ良かったの?ルビー達帰っちゃったみたいだけど」
話は少しで終わると思っているのだろう不知火はルビー達の乗った車の方に目を向ける。
確かに数分程度の話なら家族皆待っていてくれただろう。しかし現実は違う。これから斉藤硝太は誰かにナイフで刺し殺される。その未来だけは変わらないしこちらも変える気は無い。そして同時に不知火相手に隠し事をするのも限界になる。巻き込まれる以上、傷一つつけずに守りきったとしてもバレずに済ませられるほど自分は強い人間でも筋を通せる人間でもない。
──アクアマリンなら、あかね義姉ちゃんの時みたいに上手くやれたんだろうな。
つくづく自分の無能さに嫌気が立つ。しかしどれだけ怒ろうと後悔しようと自身のスペックが上がる訳では無い。
「…いいんだ。もうお別れは済ませた」
「え?」
驚きのあまり蛇のような目が大きく開かれる。本来ならゆっくり話して納得してもらいたいが時間がどれだけ残っているかも分からない都合上インスタントバレットのことや未来視のことまで長々と話す時間は無い。しかし何も話さずに済ませられもしない。
「…不知火さん、悪いことは言わない。今のうちに信用出来る大人に迎えを用意してもらって僕とは逆方向に帰るんだ」
「説明になってないよ」
最後の希望として不知火に帰ってもらうように言うが当の本人はちゃんと説明するまでは帰る気は無いようで居座る覚悟もしている。
出来れば信頼出来る大人、例えば親や事務所の人間と共に行動を共にして尚且つこちらから離れてくれた方が共に巻き込まれることになる《誰か》になる可能性が下がるので良かったのだが不知火にはその気は無いらしい。
「斉藤くん、説明して」
不知火が聞きたいのはこれからするべきことではなくその理由。少し内緒にしてる話をするだけで終わるかと思ったら家族を帰らせて自分一人で居残り、残りも帰らせようとする硝太の動きは不知火には理解の出来ない異質なものとして映るだろう。それでも理解を拒んだりするのではなく説明しろと詰めてくるので彼女はもしかしたら単に真面目なだけなのかもしれないと思ってしまう。
「それは──」
──これから僕はナイフを持った大男に刺し殺されるから逃げて欲しい。
そう言おうと思った瞬間、小さな違和感を感じた。何故自分はナイフを持った男に殺されるのだろうか。自分はそこまで恨まれるようなことをした覚えはない。仮にあったとして人との関わりを極端に減らしてきた為面識のある男の中で刺し殺しに来そうな大人言ったら鏑木と五反田のおっさんぐらいのものだ。しかし二人ともナイフを持った程度で暴れてもすぐに制圧することが出来るぐらいには弱い。では通り魔か。それならそれこそ離れるだけで解決するような問題だ。
未来視が
「──しまった」
刺される対象が自分しかわかっていなかったため推理から外してしまっていた。《誰か》が狙われたとしても話が通じるのなら。その《誰か》が不知火フリルである可能性が高いのなら。
今一番危険なのは彼女になる。そうなると信用出来る大人を呼んでここから離れるなんて以ての外。今すぐ、二人っきりで逃げ出すのが一番低リスクになる。
しかしこの推理にも当然穴がある。巻き込まれる《誰か》が不知火だと言うのが状況から読み取れただけであり確定している訳では無い。
「不知火さん、最近、その変なこととかあった?その…誰かに見られてる気がするとか、事務所に脅迫文が届いたとか」
「ストーカーのこと?まぁ…厄介なことをするファンは多いかな。けどほとんどは事務所が止めてくれてるし。君にも言ったやつを除けば…いや、半年ぐらい前に変な贈り物ならあったかな」
《誰か》が不知火ならその予兆がどこかにあるはず。空き巣犯がその家が空き巣になるタイミングを見るために家にメモ書きを残すように。考えられるのは熱心なストーカー。もしくは
不知火はストーカー被害に絞って考えてみるが大手の事務所だからかストーカーそのものはあっても問題にはならないという。しかし何か思い当たる節があるようで首を捻りながらスマホを取りだして写真を調べ始める。
「…どういうもの?」
「白い薔薇を持ったうさぎのぬいぐるみでね。刺繍が下手なところもあるから既製品じゃないんじゃないかって思ったんだけど」
恐る恐る聞いてみると不知火はスマホの画面を見せてきた。白い薔薇を持った赤い瞳のうさぎ。不知火の言う通り一見綺麗なぬいぐるみに見えるものの、所々に荒が目立つ。安物と罵ってしまえばそれまでだがぬいぐるみの綿の潰れ方が妙に不自然でそう思えない。
そして何より主役のはずのうさぎより目立つ白い薔薇に目線が持っていかれる。
「──白い薔薇」
『アイ、ドーム公演おめでとう。双子の子は、元気?』
『殺してくるやつ…ガタイのいい男としか。フードを被って白い薔薇を持ってるらしいが』
記憶の中から出てくる謎の声と藤波から聞いた未来視で見た未来の事実。その全てに一致する白い薔薇。花言葉は『純潔』『相思相愛』『深い尊敬』『私はあなたにふさわしい』等。そしてうさぎは繁殖力が強く子沢山であることから子孫繁栄の象徴として扱われる。この二つを結びつけるのはグッズとして売るにはミスマッチと言わざるおえない。何せ『純潔』と『子沢山』だ。この2つのワードは真反対と言ってもいい。まともな企業ならうさぎのキャラクターに白い薔薇なんて先ず持たせない。それを推しのタレントに送るなど以ての外。つまりこのぬいぐるみは個人制作。そして、ここまで共通点が多いと一つの考えが頭から抜けなくなる。
この不自然なうさぎのぬいぐるみを送った相手がストーカーであると同時に今回自身を刺し殺す相手では無いのか、と。
「あれ、なんだろう。あの車」
長々と推理していると不知火がなにかに気付いた様子で変装用のサングラス等をつける。
不知火の声で我に帰った硝太が顔を上げると赤のワンボックスカーが目の前の車道を走り、こちらを5m程通り過ぎると車道の端によって駐車した。夜中の車通りがほとんどない道とはいえ車道なので普段見るなら特に不思議に思うこともない。運転中に電話等が鳴ったら車通りの少ない道の脇道で停車して行う、というのは母もよくやる。
しかし──今の状況で来た車を警戒しないほど、硝太は愚かでもない。
車内にいる人物を確認して、もし相手が白い薔薇を持っているガタイのいい男ならストーカー本人と断定していいだろう。そう思い不知火の影になって見えなくなっていた車内を遠目に見るために不知火の後ろに回る。
途端、窓ガラスが開けられた車内の中から一瞬何かが黒光りして見えた。金属製の、不自然な光沢。それを見た瞬間、身体は自然と動いた。
「──不知火さん!」
不知火に近い左腕が反射的に不知火を突き飛ばす。
それと同時か少し遅れてか、なにか重いものを落としたような音と共に複数の痛みと腕から血が吹き出すのを確認した。
前二話と前半部分が#28~#38までの硝太の裏の行動です。あかねちゃん炎上事件の時と言い肝心な時に報連相しないなこの末っ子。そのせいで推理ミスしてるし、今のところいいとこ無さすぎる。
因みにフリルの白いうさぎのぬいぐるみは#18にでてきたやつですね。めちゃくちゃ久しぶりで流石に草。読者の人忘れてるんじゃねぇのか?
何はともあれサブタイトルにある失策にすぐに気づけて即行動に移せるのも硝太のいいポイント。しかし今回ばかりは悪手かな?
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でもなんだかんだヒーローの素質はある硝太