【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回のあらすじ
拳銃を持った男、colorfulの七辻すいむ、白薔薇を持ったフードの男と三連戦をした結果最後のフードの男に刺された硝太。最後の悪足掻きで何とか敵を倒すものの、それで斉藤硝太の役目は終えた


#46 なんで

 ライブ後疲れた体を休ませようとしていた時に聞いた硝太が刺されたというニュースを聞いてルビーは自分が地獄に落ちたと錯覚した。呑気に風呂掃除をしていたアクアを呼んですぐさま病院へと急ぐ。

 少し前から嫌な予感はしていた。あの硝太が仕事があるとはいえミヤコさんにあまり近づかなくなったこと。次を意識するときに自分が関わらないようにしていたこと。そして別れる前の最期の言葉。まるで死期を感じ取ったような振る舞いには違和感を持っていた。そう、アレは刺される直前のアイのようだった。しかし硝太は好き勝手動くことが多い子だし、私達が不幸になるようなことを進んでやる子じゃない。そう思っていたから気付いていないフリをした。友達も増えてこれから普通の男の子として楽しめるようになってきたというのに、あの日のアイと同じように刺された。

 

 病院につくと病院のスタッフの人がすぐに通してくれた。ほかの病室を通り過ぎてICU(集中治療室)に辿り着く。病室に入る前に近くのガラス窓から病室を覗く。ここに来るまでの間に既に治療を済ませたらしく硝太が寝ている大きなベットの周りにはたくさんの機械が並んでいた。

 

「あの、硝太は大丈夫なんですよね?」

 

 病室に入る前に白衣を着た医者のような男が出てきたのを見てミヤコさんが声をかける。沢山の機械に繋がれているものの、治療中ではないということは処置は既に終わったということ。あの日のアイは救急車すら間に合わなかったのに対し、硝太は病院まで辿り着き、処置も受けた。きっと大丈夫だ。そう思って近くの医師に聞いたミヤコさんに対し男は一度病室に目を向けると重々しく首を横に振った。

 

「傷は何とか縫合しました。しかし血液が止まっていた時間が長く特に脳の損傷が強いです。──ここ数日が峠かと」

 

 ミヤコさんが膝から崩れ落ちた。両手で顔を覆いその場でうなだれてしまう。

 現実とは思えなかった。夢の話か何かだと言われれば私も納得するだろう。ついさっきまで、別れる前までは元気に飛び回っていたのだ。それがたった一時間でこんなことになるなんて考えられない。怪我をしたとしても二、三日寝ていれば勝手に治る。

 

「嘘だ、嘘でしょ」

 

 ドッキリなら看板を掲げた誰かが来てもいい頃合いだ。ドッキリだとしたら本当は許せないが今回は笑って許そう。だから嘘であって欲しい。しかし医者は残念そうに俯くだけで嘘だとは言ってくれない。医者ですらもう匙を投げた状態、誰もが硝太の未来を諦めた。それが嘘ではないと分かりより絶望する。

 アクアはただ病室で眠る硝太を見ている。何を思っているのかすら分からない。

 

「傷からおそらく脳死になるでしょう。脳死になった場合──」

 

 医者が続けて何かを言った気がするが私の耳には一切届かない。兎に角硝太の顔を見たかった。きっと大丈夫だと、希望を持ちたかった。

 

 医者の話が終わり、固くしまった病室の扉が開かれる。少しほかの個人病室より広い病室の中央に大きなベットが横たわっておりそのまわりには所狭しと謎の機械が並んでいる。そしてベットの上には機会に繋がれた硝太が眠っている。

 一人では眠れないはずの硝太が両目を閉じている。それだけでこの状況の異質さがよくわかる。機械から伸びた線や管が硝太の体に突き刺さったり繋がれている。頭には包帯が巻かれてり、左腕は板で変な方向に曲がらないように固定されながら巻かれている。包帯の隙間から見える肌は大火傷を負ったようにただれており非常にグロテスクに見える。右は右手がテーピングのように包帯が巻かれており、お腹はフィクション作品のロボットの改造シーンのように多数の線や管が繋がれている。本来は面会なんてまず拒否されるような状態でも会うことが許可されたのは硝太の命が潰える寸前、最期に家族に会わせてあげようという病院側の配慮だろう。

 

「硝太」

 

 ミヤコさんがベットの隣のパイプ椅子に座り、一番に傷が少ないと思われる右手を持ち上げる。硝太は反応しない。いつもなら硝太は起きて目の前にいるミヤコさんに甘えるか、最低でも手を握り返してミヤコさんをその場から離れられなくしてしまうだろう。普段は迷惑にすら感じる行動も今は無い。それは硝太にはそれをするだけの余裕すらないという証明になる。

 

「なんでこの子なの?なんでこの子ばっかりこんな目に遭うの?」

 

 ポツリ、と抑えていたであろう言葉をミヤコが零す。そこには嘘や裏は何もない純粋な疑問がある。何故硝太がこんな目に遭わなくてはならないのか、と。

 硝太は生まれながらの善人という訳では無い。悪いことだってやったことはあるしその度にミヤコさんに怒られている。けどそれに対してこれが自業自得、因果応報と言われるほどのものでは無い。もしそう言われるのならこの世界は不自由すぎる。姉であるアイを失った事実に、その姉のことすら完全に忘れてしまった記憶喪失。この世界に神様がいるとするならこの子ばかりに残酷な運命を与えすぎている。これではまるで呪いだ。

 力なく涙を流しながら右手を握るミヤコさんに私もアクアもかける言葉がない。私があの時無理にでも硝太を止めていたら。不安な要素が出た時から硝太の行動を制限させておけば。私がちゃんと、硝太を見れていれば。もう過ぎたことで時は元に戻らないからこそ、生まれる後悔は拭いきれない。その間も聞こえるピッピッと無感情な機械の音が煩わしい。

 

「…ごめんなさい」

 

 私たちに弱い姿を見せないようにするためだろう。涙を必死に拭いながらミヤコさんが小さい声で硝太に謝る。これは硝太が最もみたくなかった光景のはず。何よりもミヤコさんを優先する硝太がミヤコさんを泣かせるなんて普段なら有り得ない。

 

──硝太、これで本当にいいの?硝太のせいでミヤコさんこんなに泣いちゃってるんだよ?

「ごめんね、硝太」

 

 手を強く握りながら声を絞り出すミヤコさん。その声を聞いた時、ミヤコさんに握られた指が一瞬だけ動いたように見えた。命の灯火が消える直前までミヤコさんを認識している何よりもの証拠だ。ほんの少し、瞬きの間に終わってしまうような反応だったが、それはミヤコさんに「泣かないで」と言っているように聞こえた。最期までマザコンな弟だが、硝太が反応したのはそれきりだった。

 

「ルビー、アクア。硝太に声をかけてあげてくれる?硝太が聞いてくれるのは多分最後だと思うから」

 

 しばらく硝太の手を握っていたミヤコさんは再び目元の涙を拭うと硝太の手をベッドの上に置き、パイプ椅子から立ち上がる。そのままミヤコさんは後ろに回ってパイプ椅子に座るように促してくる。促されたままパイプ椅子に座らされるが『これで最期』そう思うと私は硝太に何も言えなかった。アクアも思い詰めた表情で硝太の方をジッと見続けていた。

 

◇◇◇

「ちょっとごめんなさい」

 

 病室から出るとミヤコさんがスマホを持ってどこかへ行く。おそらく硝太の事について、事務所でも対応しなくてはならないことは多い。アイの死後元社長が逃げた後ミヤコさんはアイの死を悲しむ間もなく社長を継いで苺プロを建て直した。硝太は社長やアイのように苺プロでも重要な立ち位置だったかと言われるとそうでも無く、唯一の仕事のB小町のマネージャーも変えはいくらでも効くので全く同じという訳では無い。しかし大体ミヤコさんがすることは同じ。硝太の死を悲しむ間も与えられず仕事に追われることになる。おそらく涙を流すのも今日で終わるだろう。

 硝太の残したであろう仕事の引き継ぎと穴埋め。今後やることになるだろう葬式やお墓について。葬式は苺プロの人間だけ呼べばいいが、お墓は元社長が逃げてしまったせいで斉藤家としてのお墓があるとは思えないし新しく作るとしてもお金はかかる。そもそもの話、社長が何かしらの理由で今後戻ってきた場合硝太と同じ墓に入れるのは残酷すぎるのでミヤコさんは避けようとするはずだ。

 硝太の病室にもう一度目を向ける。入る前と同様謎の機械に繋がれた硝太は普通ならもう動くようには見えない。

 

──硝太、本当に死んじゃうのかな。

 

 医者も既に諦めている硝太の生存。ミヤコさんも大人として医者の言葉を信用して最期に泣きながら謝った。しかし私は今でも硝太がひょっこり起き上がってきて「お母さんなんで泣いてるの?」なんて馬鹿っぽい事を言ってきそうな気がする。硝太が死ぬようには見えない、というより医者の言葉が信用出来ない。

 本当なら血が繋がっていないとはいえ弟が重症の怪我でこれから回復の見込みは無い、なんて言われたらもっと悲しむか生き残るはずなのに、現実に感じることが出来ない。そのせいで硝太がこれから死ぬというのに、涙を流すことすら出来ない。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。硝太本当に死んじゃうの?」

「…」

「お兄ちゃん?」

 

 隣で先程からずっと硝太の方を見て黙っているアクアに声をかける。16年、双子の兄妹として共に生き続けている間にアクアの前世の話を聞いたり考えたことは片手で数える程しかないがアクアの前世はせんせみたいにある頭のいい人だったのだと思う。そんなアクアが硝太の生存を諦めていなかったらこの感情にも説明がつく。しかしアクアは耳が聞こえないように何も反応を示さない。

 心神喪失状態なのだろうか。そう思い肩を揺らして見るとアクアはこちらに目を向ける。暗い目、見るだけでも悪意が浮かび上がってきそうな目でこちらを見てくる。

 

「硝太の腹に刺し傷があった。形からして多分ナイフだ」

 

 アクアは再び硝太のいる病室に目を向けるとゆっくりと硝太の身体の感想を述べる。腹に刺し傷がある見ればわかるどころか最初から聞いていたので見なくてもわかる。ナイフで刺された、だってバカバカ言われる私でも何となくわかる。普段の聡明なアクアとはかけ離れたまるで小学生のような感想に何も言えなくなってしまう。

 しかしすぐにアクアは唾を飲み込み、両手で頭を抱えたあとゆっくりと続きを喋りだした。

 

「左腕のは防御創で、右手のは余程固いものを殴ったせいで壊したように見える。──おかしいだろ。硝太だって馬鹿じゃない。仮にナイフを持った危険人物が近くにいて襲ってきたとしても、だ。そんな危険人物(ヤツ)が近くにいるなら間違いなく逃げる」

 

 アクアの言葉にハッとする。確かに、刺し傷があったのは最初から聞いていたがほかの傷は聞いていなかった。防御創という傷は名前からしてナイフの傷から急所を守ろうとしてできた傷だろう。右手のは攻撃で出来た傷。アクアの言った言葉が正しいとするなら硝太は誰かと向き合って戦ったことになる。

 それはおかしい。硝太は誰よりも足が早いし危険な人がいるなら間違いなく逃げる。直情的な子ではあるがその辺の線引きはかなりドライでもある硝太が判断を間違えるとは思えない。仮に相手が凄く強くて追いつかれたとしても傷は背中側につくはずだ。しかし刺されたのは真正面から。完全に無警戒なところを刺されたなら硝太が正面から刺されるのもわかるがそうでは無い。その上で硝太は攻撃を少なくとも二回は受けて反撃すらしている。それは真正面から戦ったという何よりもの証明。誰が、何のために。

 

「…確かに。じゃあなんで」

「逃げられない理由があったんだろ。自分の命を秤に乗せても捨てるだけ大切なものがあったんだ」

 

 前述の通り硝太は直情的でありながら割り切りはかなりちゃんとしている、という意味ではかなりドライだ。誰かの為なら自分の命など惜しくもない、と言いそうな自己犠牲をすることはあるが、実際は知らない人が何百人死のうと自分が生き残ることを優先する。硝太が生存を諦める、もしくは自己犠牲をする時は自分以上に大切なものを守ろうとした時。

 硝太にとって自分の命より大切なものなんて『家族』しか浮かばない。私か、アクアか、ミヤコさんか。硝太が死んでも戦うとするなら誰かしかない。

 硝太はアイのことを完全に忘れてしまっている。それでも誰かを守るためなら本気になれる子だ。

 

 硝太は家族を守るために戦ってその結果敗北して重症となった。そう考えると少し歯痒い違和感を感じるものの話が通じてしまう。別れる直前の言葉と対応が覚悟をした硝太が最期の少しだけ持った後悔と恐怖から湧き上がったものだとしたら。その時に硝太は助けて欲しいと思っていたとしたら。

 それに気づかなかった私たちは。

 

「もしかして私達?」

「その可能性は高い」

 

 もし本当に硝太が家族を守ろうとして戦って負けたのなら、その相手がまだいるかもしれない。私達に何かをする可能性はもちろん、硝太が生きてると分かったらとどめを刺す可能性もある。もしトドメに来るならついでに硝太を見に来た私たちをターゲットにしてもおかしくない。

 その時、同時に強い違和感を覚えたがそれを頭を振って振り落とす。硝太は何らかの手段で私達の敵に気付いて尚且つ誰にも言えない理由があり、一人で対処したところ返り討ちにあって刺された。そう考えると筋は通るしあの子ならやりかねないとわかる。あの子はまず、警察を始めとした他人を信じないから、一人で解決することを良しとする。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。それって犯人がここに来るかもしれないってこと?」

「来たとしても硝太は病室だし放っておけば死ぬ傷だ、わざわざトドメを刺しには来ないだろう。問題はルビー相手のストーカー…今回のライブを見に来たB小町のファンが硝太とルビーが仲良くしてるのを見て嫉妬した衝動的な犯行の可能性が捨てきれないことで」

「何それ!?私硝太のお姉ちゃんなんだよ!硝太甘やかしたって仲良くしたっていいじゃん!」

 

 アクアの発言に思わず大声で反論する。

 確かに私は硝太と外でも仲良くしてたがそれはカップルとか夫婦の距離感ではなく姉弟の距離感だし、仮にそう感じたとしてまそんなものを見て嫉妬するどころか殺しにくる権利がファン側にあるわけが無い。傍目から見たら抵抗出来ない小学生のような見た目をした硝太を狙う残虐性も酷い。B小町のファンにそんな人がいるなんて信じたくない。信じたくない、が実際にアイは刺されてる以上それを否定することなんて出来ない。

 

「なんでママも硝太もこんなことになるの!?どうして…私が悪いの?私が二人の近くにいたのが悪いの?」

「ルビー。いや、違う。そうじゃない。さっきのもあくまで考察だ。当たってる保証なんてない」

 

 アイを刺したストーカーもそんな破綻した考えでアイを殺したに違いない。アイドルが子供産んだからとか言い出して勝手に恋愛持ち出してガチ恋したくせに絶望して殺しにくるような身勝手さ。それでもアイも硝太も私が原因で殺されたなら、私がいる必要はどこにもない。

 アイドルになりたいって夢も硝太が刺されてしまった理由ななってこれからも似たような人が現れるのなら辞めてしまった方がいい。

 

「硝太はルビーのアイドルを誰よりも喜んでたんだ。そんなルビーがアイドル辞めたら一番後悔するのは硝太だぞ」

 

 アクアに肩を掴まれ、諭されるが納得できない。確かに硝太が一番アイドルをやっている私を見て喜んでくれたしアイドル好きなりの感情を理解できない不器用さを見せながらも一番に推してくれていた。私がアイドルを辞めたら一番悲しむのは硝太だ、間違いない。

 けど、死んだら硝太は二度と私を推してくれない。何度ライブをやってもあのヘンテコなオタ芸は二度と見れないし、甘えてくる弟もいない。

 

「なら硝太を返してよ…あの子なんも悪くないじゃん」

 

 先程まで一滴も出なかったはずの涙が頬を伝う。私はただ病室に向かってわんわん泣きわめくことしか出来なかった。

 

 硝太はごく普通の一般人だが、街中で人が刺されたというショッキングなニュースは起こったのが夜中だと言うのに次の日の朝には番組で放送された。アイの時と違い、一応犯人が拘束されたのでそこまで不安感を煽るような内容にはならず、ネットにも全く見向きもされずに幾つもあるニュースの一つとして処理された。誰も、硝太を見ようとはしなかった。




予想以上に辛い話になっちゃったよ…どうしよ(建前)
ルビーやミヤコさんが硝太をあの子、この子と内心で小さい子扱いするの好き。実際に小さい子なのも含めて。

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愚策の罰を背負うのは策士だがその影響は一人では収まらない。田舎の番犬みたいな生き方していたけど少なくとも硝太は家族3人には愛されていたってことです
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