【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回のあらすじ
硝太の遺言書を見つけ自分勝手な言い分に怒りを顕にするルビー。
返信が来ないことを心配する吉祥寺。
思いを応えられないことに公開するあかね。
想い人と共にいられないことに共感する有馬。
いい夢と悪い夢を連続で見たようで現実を受け入れられないMEMちょ。
自身の後悔に苛まれるフリル。

さて、斉藤硝太。これを見てお前は何を感じる?


#50 伽藍の空

 夜になった。

 この季節は夜中でも暑く、延命治療を施されている硝太の病室にもエアコンが音を立てながら稼働する。延命治療ということでICUの病室からは出ることが出来た硝太だが状況は日に日に悪くなっており、今この瞬間に亡くなっても全くおかしくない。しかし周りに人の気配は存在せず機械の音だけが硝太の生存を保証している。

 その病室の扉がギィ、と音を立てて開かれる。中から入ってくるのはcolorfulからツクヨミと呼称された銀にも見える白髪の少女。colorfulからの追撃を難なく振り切ったツクヨミはベットの上で目を閉じる硝太の近くに座る。

 

「まだ眠っているの?」

 

 声をかけてみるが、反応は無い。静かな呼吸音は機械音にかき消され、動かない身体はまるで学校にある人体模型のよう。今の彼は心臓を動かすことも息をすることも機械を介さなければできない。そういう意味では生きていない人形と言ってもいいだろう。

 

「…早く起きないと死んじゃうよ、って言ったんだけどな」

 

 もうすぐ死ぬ生き物を冷たい目で見つめる。その奥にあるのは失望か、あるいは後悔か。彼女にしか分からない。

 部屋の窓から入ってきた月明かりが二人を照らす。

 

 不意に、ツクヨミが振り返る。機械音とも、自分がたてた音とも違う声が聞こえた気がしたからだ。振り返ると部屋の奥から一人の成人男性が硝太の病室に入ってきた。見舞い、という訳では無いのは一目でわかった。酔っているように足元は覚束無く、一応病衣は来ているものの、着方はとてもだらしない。顔は包帯のようなものに雑に巻かれている。巻き方が雑なので黒く変色した肌がちらりと見える。目元は窪んでおり、奥には何も無いことが察せられる。

 

「驚いたよ。こんな夜遅く派手にしかけてくるなんて。アフリカ圏の伝手かな?でも動く死体(リビングデッド)なんて今どきやり尽くされたネタじゃない?」

 

 明らかに異物を見ながらもツクヨミは余裕を崩さずクスクスと笑いながら病室の窓を開ける。

 その直後、ゆっくりとした足取りながらも迫ってくる成人男性が開いた窓ガラスから入ってきた烏に部屋の外に弾き飛ばされた。リビングデッド、と呼ばれた男はゴロゴロと転がりながら向かい合った病室の扉にぶつかり扉に大きな音と共に凹みをつける。

 動く死体、ゲームやアニメではゾンビと言われるソレは元々西アフリカのブードゥー教という民間宗教、あるいはコンゴ語圏におけるンザンビという神からと言われている。が、ツクヨミにとっては粗末な問題である。アクアやルビーよりオカルトな存在であるツクヨミですら考えたところで意味の分からない存在、そういう物だと受け止めるしかないものになる。

 成人男性はゾンビ映画のイメージ通りゆっくりと立ち上がると両手を伸ばして再びツクヨミの元へと歩き出す、が直後に同じように烏がぶつかりその場に転がされる。

 

「危なーい」

 

 何度も転ばされては学習せずに立ち上がる成人男性を見て余裕そうに笑うツクヨミ。見た限りでは完全に舐めきっているように見えるが、実際は冷静に状況を分析している。

 目の前の敵はどう見ても硝太狙い。しかしまともに物事を考えられる頭がある訳では無い、本能に従う獣に近い知能をしている。となるとこの成人男性をロボットのように扱う相手がいることは間違いない。そんな手札を用意できる相手が夜中とはいえ人が行き交う病院で異様に目立つ動く死体なんて使うだろうか。

 そもそも、目的が分からない。硝太はこのまま放っておけば勝手に死ぬような身体だ。わざわざ危険(リスク)を犯してまで今このタイミングで殺しにくる必要性は無い。生きた斉藤硝太が目的だとしたら思考能力の低い動く死体を用いるのはおかしい。

 どちらにしろ、戦闘能力では圧倒的に劣る存在空いてでもツクヨミは今現在不利な状況と言える。相手の拘束手段が無く、狙いと思われる硝太は目と鼻の先と言えるほどに近い。今は入口が狭い上に一本しかないので手持ちの烏で諦めるまでハメ技で入り口を塞げるがほかの手段、例えばツクヨミ自身が先程開けた窓を入口として別働隊が来る等の手段を利用されたらツクヨミも本気を出さざるおえない。

 

「そんなにインスタントバレット(この子)が欲しいの?あげないよ?」

 

 不利な状況でありながらもそれを悟らせぬように余裕な表情で笑うツクヨミ。しかし動く死体はそれを意に介さず立ち上がっては転がされる。何度も倒れた身体は地面に赤い染みを作り、身体は変形していく。当然その度に相当の音も鳴るが誰かが確認しに来る様子すらない。ナースコールが押されていないとはいえ不審者が侵入して音が鳴っているのだから誰かしら確認に来てもいいはずだ。

 やはり何らかの手段で看護師にはバレないようにしている、と見ていい。そしてそんなことを動く死体がするなら全員の口を物理的に封じるしかないがそんなことすれば当然バレるのでその可能性は無い。看護師も医者も患者も全員グルか、もしくはそれらの情報を遮断する方法があるのか。いずれにしろ仲間、もしくは支持役がちゃんといて行動しているのは確実。その上でも陽動にしては手が込みすぎており、非効率でそのくせ戦力としては少なすぎるちぐはぐな行動に流石のツクヨミも顔をしかめる。

 

「もういいかな?私も飽きちゃった」

 

 敵の尖兵が動く死体一体なら何度でも立ち上がるとしても烏に分解させてしまえば何も出来ないツクヨミが烏に殺せと命令すればそれで終わりだ。その後は敵の首魁を炙り出せばいい。何度も動く死体が立ち上がっては倒れる動きを見て苛立ったツクヨミがからすれに命令しようとしたその瞬間。

 

 何処かから窓ガラスが割れる音がした。その音が鳴った方に顔を向けたと共に何処かから現れた新手が部屋に侵入する。見た目こそツクヨミを苛立たせた最初のゾンビのような動く死体に似ている。しかし最初に入ってきた個体とは違い、ゾンビだとか動く死体のイメージからそれる速度と運動能力を持っている。その証拠に先にその場にいた動く死体にターゲットを取られていたとはいえ烏の攻撃を難なくかわした。

 烏をまた新しく二羽出す。いくら初撃をかわされたと言っても数が足りないからそうなっただけで烏より早く動いている訳では無いのでカバーは容易。

 しかし新手が動き出すよりも、ツクヨミがその烏を飛ばすよりも早く別の変化が起きる。暗い部屋の中でずっと音を立てて稼働していたエアコンがなんの前触れもなく急に停止した。停止ボタンを押すなどで止まったのならもう少し動いてもいいはず。嫌な予感がしたツクヨミは硝太が寝ているベットに振り返る。

 振り返るとツクヨミの予想通り、硝太の体を生かしていた機械が停止していた。

 

──これはまずいね。

 

 目の前にいる動く死体は単なる陽動。目的は機械を停止させ、硝太を殺すこと。先程の窓ガラスが割れた音は別働隊の侵入時に鳴った音だろうか。しかし町医者ならともかく延命治療を行えるほど大きな病院で自家発電がない、切り替わらないのはおかしい。だがそれより機械が停止した時点で硝太を生かす為にツクヨミに取れる選択肢は無い。目の前の動く死体から逃げるのは容易。所詮二体の人形のようなもの。しかしその時点で硝太の死体も諦める必要がある。この相手の硝太を殺す理由があくまでただ憎んでいるだけなら仕方がないと諦められる。しかしその肉体を使用したいと考えているのならあの双子の為にもここは譲れない。

 顔から先程の驚きが出ないように余裕の表情を保つが目の前の動く死体はそんなことを気にする訳もなく手を伸ばして襲ってくる。

 

「伏せろ」

 

 不意に、枯れた子供の声が聞こえた。抵抗しようとした身体が自然とその声に従う。

 頭を抱えながら伏せるのと同時に頭上スレスレを何かが通った。すぐ近くをスポーツカーが駆け抜けたような生暖かい嫌な空気が肌や髪を撫でる。そして聞こえる地響きと轟音と誰かの悲鳴。それら全てが止んだ時ゆっくりと顔を上げる。

 そこにはベットの近くに置かれていた椅子を鈍器のように投げ飛ばした硝太とそれに巻き込まれて部屋の外に転がっている二体の動く死体がいた。

 

「状況は?」

 

 ついさっきまで、というより今も死に体でありながら何事も無かったように管や針を引き抜き立ち上がる硝太を見てツクヨミは自分が先程まで何を守ろうとしていたのかをようやく知った。

 目の前の男はブレーキが壊れたスポーツカーのようなもの。自壊しようとその目的を果たすまで止まらない。ある意味、最も成功体験に飢えている存在とも言える。

 

「ここは病院。目の前に動く死体(リビングデッド)のようなのが二体。おにーちゃんにはゾンビって言った方がわかりやすいかな?増援は今は見えないけど多分いる。味方は私だけ、いい?」

「ゾンビ?ああ、そういう役どころか。役を演じる者(プリテンダー)とはよく言ったもんだ。本来は詐欺師だろうに」

 

 彼に言われたように状況を説明するが文字にしてみると意味がわからない状況だ。動く死体なんてオカルトというより最早ファンタジーの域に突っ込んでいる存在が敵になって襲ってきている。正直インスタントバレットという魔法の話を聞いている硝太ですら理解が出来なくても仕方がない。

 硝太はそういう役どころか、と何処か投げやりな納得の仕方をする。それでいいのか、と思うがこればかりは仕方がない。そういう物だ、と納得しなければ前に進むことは出来ない。

 

「君は?」

「こっちは全身が痛くてマトモに動けそうにない。その上、右手は軽く痺れるし左腕に至っては感覚すらない」

 

 死に体でありながら急に立ち上がった硝太の状態を聞くと硝太は右腕を軽く振りながら冷静に体の状態を説明する。生きて立っているだけで奇跡だが、マトモに戦える状態では無いらしい。左腕は力なくプラン、と垂れているのでおそらく神経ごとやられたのだろう。その割には寝た状態から椅子をぶん投げて見せたが元よりただの人間でしかない硝太をマトモな戦力として数えることは出来ない。

 状況確認をしている間に動く死体は椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。蹴り飛ばされた椅子がこちらに飛んできて近くの窓ガラスを割る。

 

「おっと危ない。意外とパワフルだね」

「…ここ病院だっけ、流石だな。活きのいい死体がいくつも転がってる。生きてるうちに皮をかぶせたのか、もしくは死んでるやつに皮を被せたのか。どちらにしろ乱暴なやり方だ」

 

 硝太の右目、青い瞳が動く死体を睨む。睨みながら言った独り言は死体を文字通り別の次元から見下ろしているような言葉に感じられる。これがもし厨二病に目覚めただけのズレた言葉なら笑って済ませられただろう。しかし硝太は元より嘘が極端に下手で『真実』しか見ない。

 魔法使いというファンタジーな存在に触れ、見識を深めた結果、斉藤硝太は人としてズレた。

 ()()の臨死体験、そして動く死体という死を孕みながらも生きるものを見て、斉藤硝太は生き物としてズレた。

 その証拠とも言える言葉を隣で聞いていたツクヨミは余裕のある表情が消え、硝太から視点を外す。

 

「来るか」

 

 椅子を蹴り飛ばした動く死体が手を伸ばして襲ってくる。敵を視界に収めていなかったツクヨミの反応が遅れる。代わりに隙に合わせた硝太が間に挟まって残った右腕で押し込むが見た目通り成人男性の肉体相手に小学生の身体の硝太が片腕で勝てるはずも無い。単純な膂力で負けた硝太の身体は簡単に投げ飛ばされ、ベッド身体跳ね返って近くの機械に頭から突っ込む。

 

「あ───このっ!」

 

 硝太から視線を外したせいで一秒にも満たない攻防を見逃したツクヨミが烏を飛ばす。導きの神でもある八咫烏にただの死体が勝てるはずもなく腕を切られ、足を切られ、その場にバラバラ死体を作る。が、数秒立てば時間を巻き戻したように切り口が重なりゆっくりと立ち上がる。

 ツクヨミの余裕はもう完全に無くなっていることは傍目でもわかるほどになった。仕組みは不明だが潰しても切っても元に戻るのならツクヨミ自身に対抗手段は無い。

 

「逃げるよ、これじゃジリ貧だ」

 

 硝太の無事を確認するより前にツクヨミは死体が立ち上がる入口ではなく割られた窓ガラスを指差す。外に逃げれば八咫烏に体を持って安全に降りることが出来る。外に新手がいたとしても追われるとしてもこの場に纏まっているよりかはマシだろう。

 

「こいつっ。死体モドキのくせに──」

 

 頭から機械にぶつかった硝太は頭部の傷が開き額に巻かれた包帯が赤く染まり始める。死に体から起き上がったとはいえ戦力になる訳では無い。せいぜい逃げる時に自分の足で逃げるという択が増える程度の差でしかない。

 それどころか頭部のダメージが響いてその場に膝をつく。包帯で抑えきれなくなった血が地面に滴り落ちる。最初から戦える状態でないのに自分を過大評価した結果、何もなせずに今度こそ死ぬ。

 そう感じた硝太の手元に何かが触れる。掴んでみるとそれは透明なビー玉だった。ラムネにつけられた、透明なビー玉。それを見て硝太は覚悟した顔で黙って頷く。

 

「私たちにはどうにもできない。残念だけどここは逃げよう」

 

 ツクヨミは窓ガラスの破片を烏に跳ね除けさせると硝太の生きている右腕をつかみ窓の外に放り投げようとする。硝太が立ち上がれないのならツクヨミは烏に硝太を逃がさせるしかない。一度この病院から逃げれば頭部の傷は他の病院で治療できる程度なので死に体だった頃に比べたら大きな前進。少なくとも明日になればあの双子に硝太の元気な顔を見せることが出来る。それだけでツクヨミにとっては来た価値は十分あった。しかしそれで満足するのはあくまでツクヨミ。硝太はそんなことでは満足しない。

 

「逃げる?ダメだ、ここで逃げたら後をつかれる。このまま帰ってお母さん達に危害を加えるぐらいなら──」

 

 ツクヨミに掴まれた右腕を引き離し、硝太はゆっくりと立ち上がる。ビー玉をポケットの中に入れて何度か手をクレンチングして感覚を確かめる。まるで身体を休めていた肉食獣の目の前に獲物が通りがかったように。目の前の死体を青い瞳でもう一度睨む。膂力で圧倒的に勝っている相手だと言うのにその睨み一つで勝ち目がある、と思わせてしまうほど引き込まれる、殺意に籠った青い瞳。

 

「──なんであろうと、殺してみせる」

 

 青い瞳がその輝きをより強くする。その輝きに呼応したように色が変わっていない左の瞳に、黒い星のようなものが浮かぶ。

 硝太の瞳に、死体の内側にあるモノがより深く、より細かく映る。

 

 ダン、っと重い音を立てて硝太の身体が空を浮かぶ。死体が先程硝太がやったように腕を突き出し防御する。が、硝太の貫手はその防御に深く突き刺さる。しかし両者が血を流すことはなく、右腕が軋む音だけが部屋中に響く。突き刺さった右腕をドリルのように回し肩から胸にかけて縫うように腕を差し込むと、死体の右腕がだらんと、力をなくし肩の関節を外される。単純な膂力勝負なら、硝太に勝ち目は無い。それは既に証明された事だ。つまりこれは膂力勝負ではなく、既に魔法使いの勝負(殺し合い)になっている。硝太の攻撃が脆い人の体だったので硝太の体は自壊し、死体のダメージはこの程度で済んだとツクヨミは見る。

 腕を無力化された死体は思考力を持たないからか、特に気にする事はなく残った左腕をハンマーのように振るうが硝太はそれをかわして左腕ではカバーしきれない右の脇に回し蹴りを叩き込む。足の骨が悲鳴をあげるがそのおかげで蹴られた動く死体とそれに巻き込まれたもう一体は部屋の外に纏まって出された。

 

「──はぁ、っ」

 

 硝太の口から息のような悲鳴が出る。二日前からつい先程まで眠っていた硝太の身体は石のように凝り固まり、筋肉は萎んだ。気合いでどうにかできる領域であるはずがなく、今の硝太は立っているだけでもおかしい状態にある。呼吸の度にストーカーとの戦いで潰した肺が痛む。しかしそれで硝太は止まらない。

 気合いでは無い、気持ちでは無い、意思でもない。ただこの化け物を母の前に出さないという使命感のみで硝太はこの場に立っている。

 

「硝太!」

 

 傍目でも異常な戦いを見て、ツクヨミは硝太の名を呼び、何故か近くに置いてあったアタッシュケースを投げる。

 硝太は素早くアタッシュケースの留め具を破壊する(殺す)と中から落ちてきたブツを手に取る。

 一つは刃物。見た目だけならそれっぽい鞘がある為か武士の持つ脇差をまた1段階短くしたように見えるナイフ。古い血が固着しており、その周辺が錆びている為、鈍にしか見えない。生身の腕と比べたら上質だが武器としてはとても使えない。しかし、そのナイフについた血に硝太は手を伸ばす。

 

「お姉ちゃ──」

『ごめんね、硝ちゃん』

 

 ナイフの持ち手を握った瞬間、存在していながら消えていたはずの記憶が硝太の脳を駆け巡る。ごく一部ではあるものの、間違いなく硝太が記憶喪失で失った記憶。

 それを離さないように握り締めて二体の死体に殺意を持って言い放つ。

 

()が──僕の前に立つな!」

 

 ナイフを抜いて動く死体の身体、腹部から胸を撫でるように当てる。鈍のはずのナイフは死体に刺さるとなんの抵抗もなく元々そういう設計だったのかと思ってしまうほど抵抗なく真っ直ぐ綺麗に動く、が肉体ごと斬られた訳ではなくナイフが通り過ぎると死体は地面に倒れる。そのまま流れるようにナイフを逆手持ちに切り替えると残りの一体の首に突き刺すと右腕を軸としてきりもみ回転をしながら死体の頭を落とし脇からナイフを差し込み肺を切り、胃に差し込み腸まで侵入させたあと脛を流れるように削ぐ。が、これも血が出たりする訳ではなく、力を失った死体がその場に倒れるのみ。しかしその死体は起き上がったりすることはなく最初から死体だったようにその場に残されている。

 人を殺すのにその人間の膂力を上回る必要性もなければ超人的なスピードも必要無い。ただ持った得物と最低限の殺意さえあれば人間は誰しも殺せる。それを証明するような無駄な感情を感じない機械のような殺人。今回は死体を相手したので殺人というより人形の破壊だが精神的なハードルでは大した違いは無いはずだ。

 切られた死体は先程硝太に腕を貫かれた時と同様傷一つなく倒れたまま動かなくなる。まるで夢だったように戦いの痕跡は存在しない。人体では傷がつけられないように設定されたインスタントバレットなのだろう。

 動かない死体のトリックが分からないのか死体を見下ろしながら首を傾げるも硝太は最後に死体の血を払うようにぶん、とナイフを振る。

 

「お疲れ様」

 

 最早形以外は人として見れなくなってしまった子供に向けてツクヨミは手拍子のような拍手をする。死に体でありながら常識から外れた死体をただ切るだけではなく理屈こそ不明だが戦闘不能にしたのは素直に賞賛に値する。

 硝太はその賞賛に答えることはなく転がっていたナイフの鞘を拾い上げるとナイフの刃を鞘にしまう。ツクヨミの目では硝太の持つナイフは特殊なものには見えない。市販のナイフを研いで補足した後に柄を新しく作り、交換したあと鞘も作っただけの代物。手順は多く必要だがやれるかやれないかの二点だけなら誰でもやれるクオリティにしか見えない。特殊なのは硝太の魔法、インスタントバレットの能力。再生する死者を見た後だと霞むが死に体から起き上がるタフネスとその死者の再生ができない、というより再生という概念を通さない肉体を傷付けずに殺す特殊な攻撃という今この瞬間を除き使えるのかどうかすら定かではないものながらもその特異性だけなら他のインスタントバレットにも見劣りはしない。おそらく、今後の台風の目になる。そう感じたツクヨミの視界から逸れるように硝太は鞘に収めたナイフをポケットに突っ込むとガラスの割られた窓に手をかける。

 嫌な予感がしてツクヨミは声をかける。

 

「どこ行くの?」

「何処って…家に帰るんだけど。お母さん多分心配してると思うんだ」

 

 何かおかしいことを言いましたか?と言わんばかりの表情でとんでもないことを言い放つ硝太。部屋の窓ガラスは割れ、機械には血がついている状態で硝太が病院から消える。その上医者も看護師もその予兆すら見ていない。間違いなく問題になるだろうに、さも家に帰ることが正しいという目で何階もある病室の窓から自宅まで帰ろうとしている硝太。さすがのツクヨミも引いた。

 

「ダメに決まってるでしょ」

 

 冷たい声で硝太を引き止めるツクヨミ。結局その夜は眠れない硝太をベッドに強引に寝かせながら明日の変化を待った。




硝太復活回。実はこの話2分割しようかなって思ったんですけどアクションはあくまで僕の手癖と趣味なので一話に纏めました。「状況は?」の所で区切って硝太復活!うぉぉぉぉぉ!!ってやろうと思ったんです。まぁ即投げ飛ばされるんですけど。ショタだから仕方ないよね!それはそれとしてストーカー事件もこれぐらいにまとめろ?それはそう。やりたいことが多すぎたのはある。
これまでは月姫オマージュのシーン多かったけど今回はめちゃくちゃ『空の境界』オマージュ多い気がする。実はこれでも削った方なんだぜ?信じらんねぇだろ?ちなみに志貴と式なら僕は式の方が好きです。あと空の境界の橙子さんの長ったらしい説明好きなんです。言うべきこと全部言っちゃうから相当な長ゼリフになってる奴

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さて、もうそろそろ推しの子に戻るか。
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