【硝子玉の子】   作:みっつ─

67 / 149
前回のあらすじ
ツクヨミが神様パワーで戦闘の形跡を綺麗に消し去った部屋で一眠り(はできなかった)硝太は次の日の朝、ミヤコと再会する。


多分だけどここで硝太がマジで死んだらミヤコさん余計に自分追い込みそうで怖いんだ。アクルビがいるから壊れはしないだろうけど葬式は家族葬で来る人がJIFに来たメンバーが来てくれるかぐらいだから小規模で悲惨そう、というか家族だけで済ませそう


#53 普通の女の子(前編)

 脳死寸前状態になり、延命治療に切り替わってから目を覚ますという奇跡は病院内で騒ぎになり大きな話題となったが特に病院外に広まったり、ニュースになることはなく二日も経てばいつも通りの日常に戻った。

 その二日間、硝太はあれこれ検査に回されることになった。ただでさえ脳死寸前まで追い詰められ生還しただけで稀有な例なのに寝たきりになるかと思いきやその日のうちに元気に走り回っていたのだから医者も看護師も別の意味で頭を抱えた。結果傷を塞いだのが早かったおかげで大事には至らず脳死の可能性は最初からなかった、と結論付けられた。

 

「まだ帰れないの?」

 

 検査と称して身体を弄り回された地獄の2日間を終え、すっかり病院嫌いになった硝太は見舞いに来たミヤコに入院生活が長いことを告げられ頬を膨らませる。

 硝太の傷は深く、臓器にも大量の傷がついていたがそのほとんどは治癒されており、もう日常生活ができるまでに回復していた。しかしそれも完璧という訳ではなく左腕だけはこげ茶色に変色して全く動かない状態になっている。医者も粉砕骨折している上に神経断裂、多数の内出血により腕全体が変色の大怪我で全治4ヶ月を言い渡された。

 

「まだ腕が治るまで時間がかかるでしょ」

「えーやだ。お母さんと一緒に帰りたい。病院飯じゃなくてお母さんのご飯食べたい」

 

 最もなことを言うミヤコに対して硝太は人が変わったようにミヤコに甘えながら文句を言う。二日間死に体だったのが、左腕が動かない程度まで改善したのを知り、ミヤコは普通に眠れるようになり状態も良くなった。しかし硝太にとって入院生活は地獄であり、硝太の顔は疲れが見え始めている。

 まず治療も検査もする人間は医者と看護師。信用出来ない相手に自分の体を任せるのだから相手がどれだけ名医であろうと硝太の恐怖を和らげることができるはずもなく硝太は検査や治療の度に身体を強ばらせて必死に耐えている。その上家族の誰もいない病室で硝太がゆっくり休めるはずもなく、ミヤコやルビーがいないので眠ることは愚か一瞬でも体を休めたことがない。これが4ヶ月続く、と考えるも硝太にとっては地獄としか言い表せない。

 どうせ休めないなら、とルビーに持ってきてもらった学校の課題を暇つぶし兼気分転換にやっていたがもう9割以上が終わっている。

 

「お医者さんには掛け合ってみるから…それまでは我慢しなさい」

「むぅ…」

 

 硝太にしてみれば寝る時に身内がいるというだけで通院に切り替えたいのだがそこまで上手く行かないらしい。納得はいかないが医師の判断なのでミヤコに文句を言ってもしょうがないので諦める。

 ミヤコが伸ばしてきた手を受け取り、腕ごと抱きしめながら気になることを眠っていた二日間と地獄の二日間の併せて四日間のことを確認する。

 

「姉さん達は?」

「JIFも成功してYouTubeの登録者数が結構増えたってMEMちょが喜んでたわ。滑り出しは順調、ってところかしらね」

 

 ルビー達、新生B小町はJIFの後順調に人気を勝ち取っているようだ。内部かつ贔屓目をしがちな硝太の判断だがB小町のライブは地下アイドルも多いスターステージの枠を超えたクオリティかつ盛り上がりもあったので予想はしていたがこうして実際に結果として出ると三人の努力が報われたように見えて嬉しい。

 

「そっか、良かった」

「三人とも硝太が刺されたって聞いた後からパフォーマンスが落ちてたように見えたから心配してたけど、硝太が起きてからはいつも通り。早く元気になって三人にちゃんと顔見せてあげないとね」

「うん」

 

 B小町の三人、特にセンターのルビーは弟の硝太が刺されたと聞いてかなり動揺していた。それでもアイドルとして動画の撮影などではそれを隠して来たのだから人気や経験でケチを付けられることはあれどもう一人のプロと言ってもいい。

 硝太の病室に来た時に何やら隠している雰囲気があったが、緊急性がないのなら話は退院したあとでいい。今は何より彼女達のパフォーマンスが崩れなかったことを喜ぶべきだ。

 

 

「見舞いってさ、ふり…不知火さんは来てた?」

「不知火さん?──ああ、そういえばJIFにもいたわね。お母さんは見てないけど、どうしたの?」

「いや──大したことじゃないよ」

 

 ルビー達が大丈夫なら次する心配はフリルの事だ。あの事件の最後があまり思い出せないが事件後、ニュースを粗方調べてみたが僕の実名が出ている報道はあっても不知火フリルやそれを匂わせるような内容の報道はなかった。おそらくフリルの事務所が圧力をかけたのだろう。苺プロには無理な事だが大きな事務所はちょっとしたスキャンダル程度なら事務所の圧力で無かったことにしてしまえる。

 しかし問題はそこでは無い。ストーカー、かどうか確証は無いとはいえ命を狙われたのは確かだ。精神的苦痛は察するに余りある。あくまで数ヶ月の付き合いでしかないが彼女は人が刺されたと聞いて普通にいられるような人では無いと思う。役者としても売れているだけの実力があるので表面上はなんでもないように繕えるかもしれない。それでも命を狙われたという事実は言葉以上にこれからの人生に影を落とす。たとえ犯人に傷をつけられなかったとしても見えない傷は数日では治らない。本当なら病院の監視も緩いので勝手に抜け出して会いに行いに行くべきだろうが、事件を思い出させるような男が会いに来たところで傷口に塩を塗るだけだ。

──僕は二度と、フリルには会わない方がいい。

 そんなことを考えていると、病室に誰かが入ってきた。グレーの背広にシマシマのネクタイと英国紳士のような格好をした50代ぐらいの男性。身長はぴえヨンぐらいで身長が高いせいかかなりガタイがよく見える。初老を迎えながらも身体はガッチリしているのでそれなりに鍛えているのだろう。

 硝太は黙ってミヤコの手を離して右腕だけで身体を起こす。最大限の警戒を見せながら男は気にもとめずに硝太の元まで歩く。

 

「失礼、君が斉藤硝太だね」

 

 男は人の良さそうな声で名前を確認すると硝太の枕元に立つ。声質は落ち着いているが笑っていない目が硝太を一瞥する。

 

「急にすみません。私は──の氷室、と言います。彼と少しの間二人きりにさせて貰えませんか?」

 

 男は氷室、と名乗るとミヤコに名刺を手渡し、二人きりになりたいと申し出る。どこの所属か、その部分だけミヤコのみに聞こえるように少し音を濁して言ったが名前を聞いたミヤコが反応を示したことからそれなりに大きな企業である可能性が高い。聞こえないようにしたかった対象は硝太ではなく同じ部屋にいる他の患者。他所に出したくない話をすることになると二人とも理解した。

 当然、硝太が知らない人と二人だけでマトモに話せるような子では無いと知っているミヤコは顔を顰める。

 

「この子、疲れてるみたいなので…」

「なに、ただ話をするだけです。数分で終わりますよ」

「…お母さん、ちょっと席を外してくれる?大丈夫。何かあったらナースコール使うから」

 

 疲れているからと拒否するミヤコに対し硝太は目を鋭くしながら氷室を睨む。話をしたいとしてもそこにミヤコを噛ませないということはミヤコ聞かせたくない内容、事件のことである可能性が非常に高い。事件のことをミヤコに知られたくないのは硝太も同じ。氷室の死角、自分の腰の裏に手を入れて枕を軽く叩きながらミヤコに微笑んで退室を促す。

 

「わかった。硝太、失礼なことはしないようにね」

 

 その意図に気付いたミヤコは硝太の頭を撫でた後荷物を置いたまま病室から出て行った。

 ミヤコの影が見えなくなるまで病室の出入口を見つめていた氷室がミヤコの座っていた椅子にドカッと音を立てて座る。胸ポケットを触って煙草のようなものを取り出そうとした後ここが病院だと思い出して再びポケットにしまいこむ。

 

「今回の件、上は相当キレてた。そりゃそうだ。事務所の稼ぎ頭がストーカー被害なんてそれこそ13年前のテメェらと同じだからな。管理体制が甘い、なんて言われるのは当然だろ」

 

 椅子に座った氷室は先程までの人のいい顔から相当の歳と経験を積んだ荒っぽい成人男性へと雰囲気を変えた。これが氷室の素。

 素に戻った氷室が口にしたのは硝太の予想通りフリルのストーカー事件の件。氷室はフリルの事務所の人間で事務所側が揉み消した今回の事件の真実を知っている数少ない人物。それは逆説的に今のフリルについて詳しい人間でもある。

 

「彼女は無事なんですか?」

「あ?別に怪我したわけでもない、今は少し休みを取ってるが二、三日以内には復帰するさ」

「そっか…良かった」

 

 氷室の言葉を信用するならフリルには大した問題は起こらなかったようだ。硝太はまだ氷室という男を信用こそしていないものの事務所の人間の判断なので今後の芸能人生を危ぶまれるようなことにはならなかったのは確定していい。

 一先ず胸を撫で下ろす硝太を見て氷室は顔を強ばらせる。

 

「とはいえ、だ。今回の件は事務所(ウチ)でも結構重く見てる。お前、金輪際ウチの稼ぎ頭に関わるな」

「…わかってます」

 

 氷室の言葉に今度は硝太が顔を強ばらせる。予想はしていたし硝太自身もそうしようとしていたとはいえこうして言葉に出されるとキツイものがある。

 今回フリルが襲われたストーカーの外国人はともかく、colorfulの七辻は明らかに硝太を狙っていた。あの一時間は非常に多くの情報が行き交っていた戦場だった。フリルの事務所としてはそれを引き起こしたとも言える爆弾を大切なタレントに近付けたくないというのは当然のこと。その上今回の事件をフリルの事務所が抑えたのなら事件の詳細を知っている硝太を今後関わることの出来ない場所に追いやりたいと考えるだろう。硝太も立場が逆なら間違いなくそうしていた。入学以前から知っていた有名タレントに友人として関わる事が出来たのは文字通り夢だったと思う他ない。最初からフリルとは出会っていなかった、友達にもなってないし、一緒にお昼を食べたり何気ない会話をしたのも全部嘘だったことにする。しなくてはならない。それがあの事件でフリルを傷つけた斉藤硝太に出来る唯一の償いであり、フリルの事務所が命令する『最低限』のこと。

 

 そこまで理解した硝太に対して氷室は呆れた顔でひとつ大きなため息をつく。まるで「その程度で満足される訳にはいかない」と言っているようだ。

 

「って上は言ってんだが、俺としてはそれでも生温いと言うしかないな。有り体に言うと、だ。下手に情報広げる前にさっさと死んでくれ」

「っ!」

 

 嘘や冗談では無い、本気の殺意。それでいながら自分の手は汚したくないという感情が透けて見える。適当に事故だ何だで死んでくれたらどんなにいいか。むしろ刺された後に目覚めずそのまま終わってくれたら良かった。

 そんな感情が氷室から伝わってくる。その殺意に思わず三角巾の中に隠したナイフに手が伸びる、が氷室自身に襲う気は無いため持ち手を握ることはなくベットの上に右手を落とすように置く。

 

「そんな驚くなよ、当然だろ?事件のことを知ってるお前がSNSやらなんやらに事件のこと書き込まないと決まった訳じゃない。もしそうしなかったとしても誰かと話している時に何気なくバラす危険性もある。そんなことになる前に死んでくれ。当然他所様に火の粉が散らないように」

 

 得意げに言った氷室の言い分も一理ある。事件を揉み消したのなら事務所にとって今回の事件は誰にもつかれたくないウィークポイントになる。あとから掘り返されれば『自分のタレントが襲われているのに目先の利益に眩んで問題にしなかった』会社となるからだ。そしてそのウィークポイントをいつでも突ける…当然証拠を集める必要はあるが比較的にすぐ見つかる可能性は高い。そんな男に死んで欲しいと考えるのは至極真っ当な話。自分はそれだけのことをしたのだ、と思う度に硝太の胸の当たりが強く痛む。

 しかし同時に強い違和感を感じた。

 フリルの事務所の職員なら必ず言うべきことをこの男は言っていない。フリルにかかってきた問題を知っているのなら一番最初にするべきことをやっていない。

 

「死ぬのは別にいい。けどその前に確認したいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「フリルは本当に無事なんだな?」

 

 氷室の殺意に答えるように硝太も殺意を込めた瞳で氷室を睨む。青く輝く瞳が氷室の内側、思考内容ごと視ていく。侮蔑、怒り、不信──その根底にある硝太の破壊衝動を現すように輝く瞳。硝太の睨みに一瞬だけ身体を震わせた氷室だが直後に何事も無かったように質問に答える。

 

「ナイフもお前にしか刺さってなかったんだよ。アイツは殴られてすら──」

「違う。今回の事件で、彼女にカウンセリングを受けさせたりしたのか?本当に無事なんだな?」

 

 氷室の回答が気に食わなかった硝太が発言を途中で切り替える。

 先程までの氷室の言葉は事務所の人間としての言葉しか無かった。不知火フリルを商品としてみてその品質を保持するために言っている言葉。芸能人として金を稼ぐ以上そういう見方があるのは硝太も十分知っている。しかし、氷室の言葉は()()しか無かった。一言も、「フリルの心を痛めた斉藤硝太に鉄槌を下す」言葉が無かった。一つも、フリルの為の行動がなかった。全て事務所と自らの保身に走った行動。そんなこと、()の苺プロなら絶対にしない。ミヤコがそんなことを許すわけがない。

 明確に殺意を見せる硝太に氷室は思わずため息を吐く。

 

「はぁ…俺はな、アイツを姉ともども餓鬼の頃から見てんだ。アイツの商品価値は誰よりも保証できる。そうでなくとも事務所の稼ぎ頭だぞ?その程度でパフォーマンスが崩れるわけがない。アイツは美少女マルチタレント『不知火フリル』だ。折らせるわけないし折れても立たせる。それがマネージャーやプロデューサーの仕事だ」

「フリルは、マルチタレント『不知火フリル』である以前に、ただの女の子だ。お前みたいな奴にはわかんないだろうけどただの女の子はな、知らない男に後ろを歩かれるだけで怖いんだよ」

 

『仕事柄、仕方ないことだけど』

『…みんな君みたいな子だったら、いいんだけどね』

 みなみとルビーを加えた四人で何気ない会話をしていた時にフリルから出た言葉を思い出す。あれはフリル本人が今の立場に悩んでいるからこそ出てきた言葉では無いのか。

 関係ない人たちから好奇の目で見られるのを良しとして一人の人間としての彼女を殺し続けてしまったのではないか。氷室の「餓鬼の頃から見ている」という言葉が本当ならフリルは幼い頃から芸能人は一人の人間としての人生を捨てることで目立つ生き物なのだと教えこまれたことになる。それは誰がなんと言おうと不幸だ。

 

「芸能人として金を稼ぐってのはそういうことだ。人の目受けて仕事するんだからプライベートだって当然事務所、いや社会全体のものだ。お前の姉と同じだよ。他のやつがどれだけ頑張ろうと立てない舞台に何度も立って小娘のくせに年収は億単位。プライベート捨ててこれならむしろ儲けもんだろ」

「それはフリルの才能と努力の結果であってフリルが普通の女の子としての姿を消し去ったからじゃない…ああ、合点がいったよ。フリルは事務所の人間がこんな頼りないやつだから襲われたんだな。僕みたいなやつに頼りたくなったんだな。巫山戯んなよ、そんな奴らに友達を任せられるわけが無い。お前らの命令は聞かない、聞く必要性がない」

 

 硝太は力一杯の言葉で氷室を非難すると体幹だけで身体を起こしたままベットから降りる。2m近くある氷室と1mちょっとの硝太の身長差はかなり大きいが硝太は欠片もひるまずに氷室の瞳を逃がさないように睨み続ける。

 事務所の人間という立場上不知火フリルは会社の中で最高級の『売り物』だ。傷がついたり品質が下がらないような努力こそする。時には卑劣な事をしてでも。そんな事務所の人間として当然の行動が硝太の逆鱗に触れた。

 アイリも、こんな奴に歪められて狂って罪を犯した。どんな罪かまでは今の硝太が知るよしもないが彼女に罪に対して罰を受けろというのならこうして歪めた人間だって罰を受けるべきだ。なのに、彼らは平然と逃げる。元々傷付けた事が無かったように宣い、本心で忘れる。多くの被害者のうちの哀れな一匹としてすら処理されない。ただそいつはもともと悪かったと言われて芸能界の闇ととってつけたような肩書きをつける。確かにアイリの行動は悪そのものでそれに関しては否定はできない。しかし彼女の悪意を継いでいくと言った硝太に氷室の態度と行動は看過出来ない。

 

「そういうこっちはお前の勝手な行動のせいで会社が傾きかけたんだ。俺達はテメェらみたいな家族経営の弱小プロダクションとは訳が違う。アイツがスキャンダル1つ出すだけで百人、いいや数百人の人間が路頭を迷って餓死する。もちろんその家族もだ。それだけの人間の人生背負っておいて今更普通の女の子って、ふざけてるのはお前の方だろ」

 

 フリルの利用価値を誰よりも理解していると豪語する氷室が言うように芸能人『不知火フリル』の価値は高い。彼女の仕事で出てくる大金はもちろん、不知火フリルを出すからという理由で売り出したい新たな若手への投資が出来る、不知火フリルが主演をすればそれだけで大量スポンサーがつく、フリルが仕事をするだけで業界での信用も高められる。最早不知火フリルは事務所の財産であり業界の財産。

 硝太の意見は横暴と言う他ない。身勝手で短絡的で暴力的。誰かへの優しさなんて微塵もなくただ暴君のように自分の意見を通す。それでいて、誰よりも正直に不知火フリルを見ている。

 

「…それで?()()()数百人の為にフリルを売れと言うのか。そんなに死にたいなら僕が殺してやろうか?」

 

 数百人の人間の命の重さを知っておいて、「たかが」と片付けた硝太に氷室は眉を細める。演技が出来る出来ない以前に本当に何事もなく言い捨てた硝太の顔に嘘がないことは多くの芸能人と向き合ってきた氷室は一瞬で理解した。比喩でもなく、数百人の人間が死ぬことの意味を知らないわけでもなくただ単純に天秤にかけた時にフリルを普通の女の子でい続けさせる方に傾いただけのこと。

 同時にその為なら本当に数百人を殺害することに忌避感を持たない。母に「人を不幸にするな」というルールを付け加えられているが、それでも殺るべき時には殺る。家族を傷つけた者には欠片の同情もせずに、良心の呵責もなく、守るために殺す。

 

「お母さんなら絶対にタレントを守るために戦う。タレントを一人の人間として扱う。タレントの夢や目標だって忘れないし真摯に向き合う。お前がどれだけ偉いのか知らないけどそんな偉い奴らが出来ないことを当然のようにやる。お前が低レベルで満足してるだけだろ、人を道具のように使うのが染み付いたか。彼女は人間だ。それすら理解出来ないなら彼女を解放しろ」

 

 硝太が氷室に迫る。抜き身のナイフのような殺意と威圧感に業界を動かしてきた人間と多くの場数をこなしてきた氷室でさえもたじろぎ、後退する。そしてそれに気付き、目を見開いて歯噛みする。

 

「黙れ!お前に何がわかる!」

 

 冷や汗を流した腕で硝太の首に腕が伸びる。小さな子供の体である硝太の首は氷室が片手で覆えるほどに細く、握り潰せてしまいそうな程に柔らかい。両手で硝太の首を持ち、体ごと持ち上げる。息が出来ない程に強く締め付けられながらも硝太は表情を変えない。残った右腕での抵抗もせず、ただ睨み続ける。

 気味が悪い。まるで死体を掴んでいるように冷たく脆い身体を持った氷室はその異常さに声を荒らげながら硝太を病室の壁に投げつけた。

 ドン、と音が響き硝太の身体は近くの壁にぶつかり、力無く落ちる。同じ病室にいる他の患者や看護師がやってくることは無かったもののそんなことも頭に無いように氷室は声を張り上げる。

 

「アイツがどれだけ売れるタレントなのかは俺が1番分かってんだ!アイツがどれだけ優秀で今後の希望もあるのかも、よく知ってる。だからアイツの周囲に変なやつが出てこないように対策するなんて当然やってたさ!でも出てきた。アレはお前がアイツの近く居たから激情した奴だろ!お前がアイツに近づかなければ、下手なことをする前に俺たちが止められてたんだ!」

 

 氷室も今回の件に責任を感じていない訳では無い。元々フリルのストーカー対策には細心の注意を払っていた。SNSの監視、友人関係を調べて裏が取れない連中とは離れるように命令。変な噂がある俳優や映画関係者とは共演以上のことはしないように言いつける。火の無いところに煙は立たないと言うがそれを立たせるのがメディアの仕事。メディアに圧力をかけるのはもちろんの事、代わりに最新情報を手渡すことで仲良くしたりなど不知火フリルの為にやってきたことは数しれず。硝太が一度ストーカーを遠ざけた程度では競う対象にもなりはしない。正体不明のストーカーなんて、当然来る可能性を考えて事務所や自宅に警備をつけたり等やることはやった。それでも起きたのなら別の外部的要因があったとしか考えられない。

 近くにいた男に反応した、なんてストーカーが激情する理由としては十分。硝太のせいでフリルが襲われたと結論づけるのも事務所からすれば早計では無い。

 

 壁に打ち付けられた硝太はベットに手を伸ばしてその上に立ち上がると殺意が込められたままの目で氷室と視線を合わせる。まるで目だけで人を殺すような、北欧の神様のようにすら見える。

 

「──ああ、もういいよ。芸能人としての彼女しか愛せないならそれでいい。だけど覚悟しろ。不知火フリルは、僕がもらう

 

 投げ飛ばされても全く堪えていないどころかヒートアップしてるまである硝太。その目に耐えきれなくなった氷室は舌打ちをしながら後ろに下がる。

 そのまま病室の外に出て走っていく姿を見届けた硝太はため息をつくと身体についた埃を払いながら母を呼ぶためにベットから降りる。そこには先程まで出ていた殺意は嘘のように消え失せ、親を待つ子供の顔になっていた。

 

「──硝太」

 

 病室から出た硝太に声がかかる。母のものでは無い、清らかな水のようなイメージの声に驚いて口を小さく開いた、所謂アホ面で顔が固まる。

 

「フリ──不知火、さん」

 

 不知火フリルがそこに立っていた。




原作完結前にこのストーリーやれて本当に良かった…本当は次の話までやりたかったけどそれはそれ。
硝太のキレシーンです。これ以前にキレてたのがあかねちゃんのときだから実は割とすぐキレることが発覚した硝太。父母と比べてすぐ怒るなこいつ。それでも鏑木の時と違って手を出そうとしなかったのは成長したと言える。…けどキレてる


氷室
不知火フリルの事務所の人間で美少女マルチタレント不知火フリルのマネージャー。硝太と同じこの作品オリジナル100パーセントのキャラクター。実はこの話でフリルの事務所もオリジナル設定で出してしまおうかと思ったがなんか今後出てきそうで怖かったから辞めた為所属が未だに分からないことになってる被害者。
フリル側の動かしやすいキャラクターが欲しかったから書いたが今のところ硝太が続々とお友達増やしてるから普通の人とは付き合えないんだよということを証明するためのキャラクターになってしまっている。

2m近い身長とガタイのいい体格というぴえヨン(中身)と丸被りしたビジュアルから繰り出されるちゃんと仕事をしている社会人その1。有名事務所で長い間仕事しながら稼ぎ頭のマネージャーしてるから有能であることに間違いは無いが初戦の相手が芸能界からみたらキ〇ガイのせいで割食ってる。フリルを芸能界に出た時から見ていてマネージャーしているため二人目の親とも言える立ち位置にいる。ちゃんと社会人してるから割り切り出来ているクレバーな様で情を捨てきれていないという魅力はある。けど50のおっさん。裏設定として高校生の頃はヤンキーで毎日のように喧嘩していたというのがあるが生かせるとは思えない


感想、お気に入り、高評価お願いします!
次の回はフリル視点です
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。