ストーカーに刺されて意識を失った硝太が起きてから二日後。一眠りすら出来ない状態の硝太の元にフリルの所属事務所のマネージャーが現れる。氷室、という名前のマネージャーがフリルを芸能人、マルチタレントとしか見ていない言い方をしていた為硝太はキレた
硝太の目が覚めた。
ルビーからの衝撃のL〇NEが来てすぐ、マネージャーの氷室に連絡をして見舞いをする許可を取る為に連絡をした。マネージャーの氷室は頭が固いが優秀な人物で幼い頃から育ててもらったある意味第二の父親とも呼べる人物。頭の固い彼のことだから断られるだろう、と予想はしていたが物凄い剣幕で拒否され続けた。しかし必死に頼み込んだ結果氷室の付き添いという条件付きで見舞いを許可してもらった。今回の事件には彼なりに少し思うことがあったのだろう。
「いいか、俺が許可を出すまで病室に入るなよ」
病院内に入って背の高い氷室の背中に回ってひよこのように歩いていると氷室がいつも通りのぶっきらぼうな口調で言いつけてくる。
「なんで?」
「今回の件、その斉藤硝太って男が一番怪しいからだよ」
「硝太が?まさか」
あの警戒心が高いくせに人懐っこい捨て犬のような硝太がストーカーを使って人を奇襲するなんて出来るわけが無い。仮に出来たとしても自分が一番致命傷を負っているのにそんなことをするメリットは無い。世間的に同情を集めているわけでもなく数多くのニュースのひとつと処理されて無関係のまま終わることなんて硝太予想出来ないとは思えない。
数ヶ月過ごしてわかったことだが、硝太はやるべきことはなんでもやるが逆にそれ以外の時は基本的に手を抜いて余力を作るような子だ。本人が意味の無いとわかっている行動はしない。
「別に意図的にやった訳とは言わん。ただそいつからお前の情報が漏れたかもしれない。ストーカーへの対応もマトモとは言えんしな」
しかし硝太のことを信用出来ない氷室は絶妙に有り得そうな可能性を例にあげる。そんなことをしている間に硝太の病室の前まで辿り着いた。起きた硝太の症状はルビーからは基本元気だけど左腕が動かない、とだけ聞いている。なので病室も一般病棟に移ったようでカーテンの仕切りこそあるが病院は他の患者と共有するもの。今はたまたまなのか他の患者はカーテンで完全に締切っており中に誰かいるのかすら分からないが出入口側のベットが一つだけカーテンを開けている。そこには以前姿を見た硝太の母親と硝太が仲睦まじく話をしていた。
相手が母親ということもあり、硝太の表情はこれまで見たものより幼く見える。母親と二人きりで甘えているのだろう。頭を撫でてもらったりもしている。ルビーと話している時も若干幼く見えたので元々がそういう子だと思われる。
「よし。お前はそこで待ってろ」
氷室がそう言って病室の中に入っていく。ちょっと言葉遣いが荒かったり乱暴なところがある男だが最低限の線引きはするし仮にも二十年以上この業界を渡り歩いてきた男だ。問題事は起こさないだろう。
そう思っていると病室から硝太の母親がでてきた。おそらく氷室が外に出させたのだろう。硝太と二人きりで事件のことを話すなら邪魔にしかならない。
入口によって出来る死角に隠れて彼女をやり過ごす。氷室がなんと言おうと今回硝太が刺したのは不知火フリルのストーカー。それが確定している以上、硝太のことを最も愛して、彼の傷に悲しんだ母親には合わせる顔がない。しかしそう思う此方とは裏腹に彼女は少し振り返ってバレてしまう。一応、変装は完璧にしている。余程のファンでなければ気付くことは無い──筈なのだが手元にある帽子とサングラスの存在に気付くと目を細める。
「貴女は…ああ、硝太のお友達ですか?」
「え、あ、はい」
目を細めたときバレた、と思ったのだが気付かないのか、もしくは気づいていないフリをしているのか何事も無かったように聞いてくる。
「あの子、苦労するでしょう?人付き合いは下手で器用な子じゃないし。コレって決めたら何がなんでも突き通す頑固な子だから」
「いえ、そんな…私は助かってます」
「旦那に似てきたのよね。全部自分でなんとかしようするのよ。周りがどう思ってるのか、わかっていてもやめられないのね」
にこやかな顔で硝太のことを語る彼の母親。言葉だけ抜き出すと文句にしか聞こえないがその声はそんなところも可愛がっている母親のもの。呆れながらも、ちゃんと理解しているのだ。
きっと彼女は今回の事件に何か裏があることを掴んでいる。不知火フリルが関わっている、というところまで読み取れるかどうかは分からないが硝太が一人でいたところを狙われて刺されたわけでは無い、ということはわかっているだろう。硝太の友人が関わっていて、そのために命を使おうとしたと言うところまでわかっているような言葉に思わず身が引き締まる。
「だから、今回のことは貴女のせいじゃないわ」
「──いえ、そんな。私が付き纏われていたから…あ」
言ってしまった。硝太の母親に硝太が刺された理由を。
半ば分かった上で誘導される形だったが硝太の母親は驚くこともせずに首を横に振る。
「わたしがあの子に言ったのよ。『困ってる人がいたら助けられるような子になりなさい』って。あの子、硝太は色々持ってて普通の子のように生きられるわけじゃないのよ。他の人が当たり前にできることも出来ない。だから誰かを助けることで自信をつけることも、自分が助けてって言うこともできるようになることも必要なの」
硝太の母親はそういうと少し離れた廊下の壁に背中を当てて体重を乗せる。彼女のもつ色々…硝太の持つ障害のことは硝太から聞いた記憶がある。PTSD(心的外傷後ストレス障害)、パニック障害、解離性障害、統合失調症、自閉スペクトラム症、躁鬱病、成長障害。いずれも幼少期のトラウマに深く関係するものでその原因はおそらく姉である『B小町のアイ』の死。年齢と見た目的に成長障害を患ったのはその時点と見て間違いない。それだけの障害を持つ硝太が普通の子供として生活出来たか、と聞かれるとそれはまず無いだろうと言える。
きっと想像も出来ない苦労があったのだろう。通院にかける時間も資金も馬鹿にならない。苺プロの社長業がどれだけ大変か分からないが硝太に加えてアクアとルビーを見ていた、と聞くだけで想像も出来ない。
そんな母親が言う人を助けることはある意味普遍的である意味、現実的な話だ。助けることで次に助けて貰えるようになる、要するに返報性の原理を使って助けて欲しい時に助けて貰えるようにする。そのような前提を捨てでも硝太は今回の行動を取ったのだろうが母親がちゃんと言葉にして伝えているので気付き安いと思う。
「でも人付き合いが苦手でね。本当に人と関わろうとしなかったの。相手の気持ちを何となく理解出来る共感性はあるけどそれでも分からないことは多いから。普通じゃないってわかっている自分が拒絶されるのを怖がってた」
硝太が臆病なことは知っている。本当は人懐っこい子犬なのに一匹狼を気取っているように見えるのも人と接することが怖くてそうなっているだけだと。
だから一緒に話していて面白かった。正直、特異性で戦うような側面もある芸能界では硝太のような少しズレた人も非常に稀だがいるにはいる。その人たちは硝太と違って話は上手いしそれを上手くキャラ付けに使っている為硝太がそういう人たちと同じようになれるかと言われるとなれないだろうが、根本的に同じだ。
「だから、貴女は硝太の事拒絶しないであげて。確かにあの子は人付き合いも下手だし、向こう見ずな上に直情的で、少し面倒くさがりで、話もズレてるけど。それでもいい子よ」
「はい」
硝太の母親の言葉に頷く。硝太は普通の子供ではない、ハッキリ言って異常者だ。訓練も何も無しに腕を撃ち抜かれても冷静に物事を考えられるくせにに友達を作ろうとするのを怖がる精神性。人嫌いながらもなんだかんだ寂しがり屋で誰かを求めてしまう矛盾。自分が殴られたりすることには慣れて反抗も見せないのに身近な誰かがいれば相手が強かろうと自爆前提で喧嘩を仕掛ける利他主義。利他的でありながら目的の為なら捨てることを躊躇しない身勝手さ。
でもその違いは拒絶する理由にはならない。
硝太の母親はこちらが頷いたのを確認すると満足そうに廊下を歩いていく。私の事情を調べるようなことは欠片もしなかった。母親の立場からすれば私が硝太を刺すことを指示した、とみても不思議では無いのに。
硝太の母親の背中が見えなくなってから硝太いる病室を覗き込む。そこにはため息をつく氷室とベットの上に立つ硝太がいた。硝太からは感じたことの無い殺意が見えておりこちらに向けられたものでもないのにただ近くにいるという一点だけで足が竦む。その殺気には場馴れした氷室すら冷や汗が出ている。
「アイツは美少女マルチタレント『不知火フリル』だ。折らせるわけないし折れても立たふせる。それがマネージャーやプロデューサーの仕事だ」
「フリルは、マルチタレント『不知火フリル』である以前に、ただの女の子だ。お前みたいな奴にはわかんないだろうけどただの女の子はな、知らない男に後ろを歩かれるだけで怖いんだよ」
硝太の殺意の理由はどうやら私のようだ。氷室が何を言ったのか、までは硝太の母親と話していたので分からないがどうやら不知火フリルの商品価値について話していたらしい。
美少女マルチタレント『不知火フリル』としてみる氷室と女子高生不知火フリルとしてみる硝太。二人の溝はそう簡単には埋まらない。氷室には氷室の社会人としての立場がある。
「そういうこっちはお前の勝手な行動のせいで会社が傾きかけたんだ。俺達はテメェらみたいな家族経営の弱小プロダクションとは訳が違う。アイツがスキャンダル1つ出すだけで百人、いいや数百人の人間が路頭を迷って餓死する。もちろんその家族もだ。それだけの人間の人生背負っておいて今更普通の女の子って、ふざけてるのはお前の方だろ」
芸能人として金を稼ぐというのは人の好奇の目を向けられて仕事をするということ。嫉妬や勝手な失望から来る誹謗中傷など仕方ない、それどころかそれは注目の証だという見方も当然ある。目立つ芸能人の収入は一般人のものとはかけ離れていて私も一般女性の一生分の手取りを一年で稼ぐことが出来る。その分多くの人の人生に関わり、ちょっとしたミスで何人もの人を路頭に迷わせることが出来る。だからたった一人、個人を犠牲にするのはやむなしこと。それを受け入れるための賃金と言い換えることも出来る。むしろお金は貰ってるし他の女性タレントのように金持ち相手の太鼓判をさせられたりキャバクラごっこからは遠ざけてもらってる分、私は恵まれている。
もう不知火フリルは普通の女の子ではない。生きている限り仕事をしていようとしていなかろうと芸能人不知火フリル以外のものにはなれない。
──ごめん硝太。私も
硝太が真っ直ぐに不知火フリル個人を見てくれていることは素直に嬉しい。しかし誰が正しいか選べと言われれば誰もが氷室に票を入れるだろう。言い方は乱暴だが纏めると芸能人は一般人とは違う、ただそれだけ。芸能人が結婚したりする時に相手のことを一般人、と評するように誰もが芸能人を一般人の枠に入れさせない。
「…それで?
しかし、硝太はこちらの想像以上に諦めが悪い男だった。燃えるように輝く青い瞳が氷室を改めて睨む。睨まれているわけでも会話に参加している訳でもないのに硝太の考えるイメージが自然と伝わる。
綺麗で、清楚で、純粋で、どんな人間も愛し、愛されることが出来る愛玩動物のような人間。そのような人の欲望を詰め込んだような偶像。誰かは分からないが硝太はそうして作られたものに怒りを感じている。
彼はその過程で切り捨てられたものを愛した。それを尊いと感じて彼女を欲望を押し付けるものから遠ざけ大事に守ろうとした。
勝手だ。非常に身勝手でその人を除いた世界中の全ての人間を敵に回すような行為であり、感情。普通のタレントなら勢いをつけてグーで殴ってしまう。いや、その程度ではまだ優しい。この場で殺してしまっても情状酌量の余地があると思ってしまうもの。何せこれまで作ってきたキャラクターであり、自分の価値の否定を曇りなき善意のみで成し遂げようとしているのだから、殺されても文句は言えない。
なのに、それを言われて私は心の内で何かが燃え上がるのを感じた。怒りでも憎しみでもない。もっと綺麗で光り輝くようで、しかし締め付けられるように苦しい感情。
私はこれを知っている。その感情を持つキャラクターを何度も演じて、共感し、自分もしたことがある。それがテーマな作品も世の中には溢れかえるほどある。
「黙れ!お前に何がわかる!アイツがどれだけ売れるタレントなのかは俺が1番分かってんだ!アイツがどれだけ優秀で今後の希望もあるのかも、よく知ってる。だからアイツの周囲に変なやつが出てこないように対策するなんて当然やってたさ!でも出てきた。アレはお前がアイツの近く居たから激情した奴だろ!お前がアイツに近づかなければ、下手なことをする前に俺たちが止められてたんだ!」
同じものを感じた氷室が硝太の首を掴んで壁に投げ飛ばす。力の入らない怪我人を一方的に痛めつける、それも他の人の目が入ってもおかしくない場所で。氷室なら、というより普通の会社員なら絶対にやらないことだ。しかしそれをしてしまうほどに硝太の発言は氷室、否。芸能界の全ての人間を敵に回した。
けど私は、そんな彼の味方になりたいと思ってしまった。本来は恨んでも当然と言える発言をしたのに不知火フリルは、硝太の発言に欠片も怒りが湧いていない。
感情的になった氷室に対し、逆に落ち着いた硝太がベットの上に立ち氷室と目線を合わせる。
「──ああ、もういいよ。芸能人としての彼女しか愛せないならそれでいい。だけど覚悟しろ。不知火フリルは、僕がもらう」
氷室が硝太の目から逃れるように離れる。明らかに異質で人のものとは、生き物のものとは思えない瞳に睨まれるのは相当精神面にクるだろう。まだ猛獣に睨まれた方が生きた心地がするというものだ。
下手なSFの敵のような硝太から逃げる氷室は出入口付近で此方を一瞬だけ見ると早歩きでどこかへ行ってしまった。絶対に会うな、顔を見せるな、と目で訴えかけていたが私の感情がそれを許さない。
「──硝太」
氷室に続くように部屋から出てきた硝太が顔を見せる。人のものとは思えない異質な瞳を持つ顔から母親を待つ愛らしい子供の表情に戻った硝太。彼に声をかけると硝太は口を半開きにしてアホ面と言われる顔で固まる。
「フリ──不知火、さん」
そんな硝太の顔に頬が緩む。それと同時に今の感情に整理が着いた。硝太に私が抱いた感情を一言で現すのなら、それは『恋』、と言わざるおえない。
はい、硝フリ。と見せかけてミヤコさんの母親の目凄い回。ミヤコさん硝太の母親だしフリルの様子と硝太の反応で作戦内容はともかくやろうとしたことは分かるよな?って思って書いた。硝太は生まれてこの方動き方を参考にした人物がミヤコ+アクア+ルビーしかいないという事実。中学生までは苺プロで世界が完結していただけあってミヤコさんは硝太のことなら大抵のことは分かる。自分のせいなんじゃないか、って思っていたフリルに「なら拒絶しないであげて」というミヤコさんの母親力よ。
そんな彼女が腹を痛めて産んだ子供と聞けば聖人か英雄かだろうに…ってのも硝太の精神的な負担のひとつになったりしてる。
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嘘で作ったメッキを綺麗だな、と思えるくせに本人はメッキ剥がした内側に侵入したがる芸能人からすればこれ以上に厄介なやつはいない奴。しかもそれを金のためとか注目を浴びる為ではなく善意で行う厄介者。尚、そんなのに惚れる日本が誇る美少女マルチタレント